青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜   作:SK43

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18.出発する青年

 

 そうして準備を進めているうちに、気が付けば出発の日がやって来た。

 人々で賑わう飛空艇ターミナルの一角で、アルスたちは大きな荷物を抱えながら集合していた。

 

「ノート良し! ペン良し! 研究道具良し!」

 

「金良し! チケット良し! 酔い止め良し!」

 

「「今日も一日、ご安全に!!」」

 

 勢いよく指差し確認をするアルスとガーディールを見て、エスカは呆れたようにため息を吐く。

 

「なにやってるんですか二人とも……」

 

「え? いや、忘れ物チェックだけど」

 

「持ち物チェックって普通は家を出る前にやるものですよ」

 

 ぐうの音も出ない正論だった。

 それでもアルスにとってはそれで良いのだ。こういうのは雰囲気を大事にするもので。

 

「まぁ、なんというか……ちょっと浮足立っちゃってまして」

 

 苦笑しながら頭を掻くアルスの横で、ガーディールは腕を組んだまま大きく頷いた。

 

「良いじゃねぇか。なんせこいつの初仕事だ。出発くらい賑やかでよ」

 

「もぉ……本当に大丈夫なのかな」

 

 エスカは肩をすくめて諦めたように言いながら、ターミナル中央の巨大な掲示板へ視線を向けた。

 行き先を表示する液晶には、次々と便名や時刻が流れていく。

 

 アルスも久しぶりに訪れた飛空艇ターミナルの景色へ自然と目を向けていた。

 

「相変わらず、凄いなぁ……」

 

 魔力文明の発展は、この数十年で世界の姿を大きく変えた。

 特に劇的に進歩したのは交通手段だろう。

 

 かつては一部の大型軍用艇しか空を飛べなかった時代もあったらしいが、今では魔力を動力源とする飛空艇が世界中を行き交っている。

 

 家庭用の小型飛空艇すら普及し始めた現在では、空を飛ぶという行為そのものが特別ではなくなりつつあった。

 

「おっ、見ろよアルス。でけぇの飛ぶぞ」

 

 ガーディールに言われて窓の外を見ると、巨大な旅客飛空艇が大きなハッチの中から今まさに浮上していく所だった。

 

「おぉ~~……」

 

 思わず声が漏れる。

 窓際に張り付いて飛空艇を見送る大男と痩せ男の図は、傍から見れば中々奇妙だったかもしれない。

 しかし当の本人たちはそんな事を気にする余裕もなく、ただ子供のように目を輝かせていた。

 

 飛空艇とは、魔力によって生み出された膨大なエネルギーを動力として飛行する空飛ぶ船だ。

 ターミナル内に並ぶ液晶掲示板も、映像を映し出すモニターも、頭上から流れる音声案内も、すべて魔力で動作する魔法機械──通称『魔機』によって成り立っている。

 

 アルスが今回持ち込んだ研究道具の中にも、いくつか同じ技術を利用したものが含まれていた。

 

「ほら、そろそろあたしたちの便ですよ」

 

「あっ、待って待って!」

 

「おいバカ、カバン忘れてんぞ!」

 

 慌ただしく荷物を抱え直しながら、三人は搭乗口へ向かう。

 そうして飛空艇へ乗り込めばいよいよ後戻りはできない。

 

 搭乗口を抜けた先には、白と金を基調にした広々とした船内通路が続いていた。

 そこを抜ければ広々とした広場のようなラウンジに、様々な施設が備えられている。基本的に指定の座席という概念はなく、個室でもなければラウンジ内にある椅子に適当に腰かければいい。

 

「うわぁ……」

 

 ラウンジの窓に近寄り、アルスは思わず感嘆の声を漏らした。

 飛空艇に乗ること自体は初めてではない。しかし、こうして調査依頼のために乗り込むとなると話は別だった。

 胸の奥がそわそわと落ち着かない。

 

 周囲では商人らしき男たちが荷物を抱えて歩き回り、家族連れの子どもたちは窓際へ駆け寄ってはしゃいでいる。

 船員たちも忙しなく行き交っていて、船内は独特の熱気に包まれていた。

 

「あんまキョロキョロすると田舎者だと思われるぜ」

 

「それって偏見だぞガーディ。別に僕は乗り慣れてるし」

 

「そういう奴のリアクションには見えねぇなぁ」

 

 軽口をたたき合っていれば、アナウンスと同時に船体全体がわずかに震えた。

 飛空艇前方のハッチが開き、少しずつ離陸体勢へと移行していく。

 

 体が一瞬ふわりと浮く感覚と共に一気に飛び立った飛空艇はぐんぐん速度を増していき、地面を離れ、大空へと舞い上がった。

 賑やかな街並みはあっという間に遠ざかり、窓の外は次第に深い森ばかりになっていく。

 その景色の変化を見ていると、アルスはようやく遠くまで行くのだという実感を覚え始めていた。

 

 胸の奥が、期待と不安で落ち着かない。

 初めての調査任務。

 

 失敗したらどうしようという不安もある。

 それでも、魔物の調査ができるという高揚感の方が今は遥かに強かった。

 

「にしても……ヒヒイロまで往復13金か……ほんっと飛空艇って高ぇよなぁ」

 

 窓際の席でガーディールが渋い顔をする。

 

「近くまで行く陸路もあったじゃないか。嫌がったのガーディだろ」

 

「そりゃまぁ、そうなんだがよ。陸路は時間かかるし、魔物に襲われる事もあるからな……」

 

 ぶつぶつ文句を言いながら、ガーディールは顎に手を当てた。

 遠方への移動手段は主に飛空艇か地上バスの二択だ。

 

 飛空艇は高額だが速く安全。

 対して地上バスは安価な代わりに、移動時間も長く危険性も高い。

 

 特に問題視されているのは、走行中の魔物襲撃だった。

 道路整備は進められているものの効果は薄く、バスが魔物に襲われたというニュースは今でも珍しくない。

 

 だが、それでも地上バスという交通手段は廃れなかった。

 理由は単純で、驚くほど頑丈だからだ。

 

 対魔物用に設計された地上バスは並大抵の攻撃では壊れず、運行開始から現在に至るまで死者は一人も出していない。

 もちろん怪我人は大量に出る。

 

 しかし逆にそれを面白がって、魔物の襲撃を一目見ようとする物好きな観光客や研究家がわざわざ乗り込む事すらあるらしい。

 そうして半ば観光名所のようになった地上バスは、今でも貧乏人たちの足として世界中で利用され続けていた。

 

 アルス自身、一人だったなら間違いなく地上バスを選んでいただろう。

 ただ、ガーディールはどうやらあまり得意ではないらしい。

 

 体格だけ見れば熊のような男なのに、妙なところで慎重なのだ。

 

「あたしは地上バス、結構好きですよ」

 

 不意に声がして振り返ると、いつの間にか備え付けのサーバーでジュースを取ってきていたエスカが近くに来ていた。

 

「いざとなったら戦えますし」

 

 そう言って小さく笑う。

 今日の彼女は屋敷で会った時とは打って変わって、動きやすそうな軽装姿だった。

 

 腰には鉄剣。

 鉄製の前掛けと革ベルトを身に着けた姿は、確かに歴戦の傭兵らしい空気をまとっている。

 

「いざって時はよろしくお願いします」

 

「任せてください。これでも結構やる方なんですから」

 

「何事も起きねぇのが一番なんだけどな……」

 

 ガーディールは小さくぼやきながら、窓の外へ視線を向けた。

 飛空艇は雲を裂くように進み続ける。

 ヒヒイロまで、あと一時間ほど。

 

 穏やかな談笑の時間はまだ続いていたが、この時の三人は知らない。

 これから向かう先で、自分たちが想像以上に深刻な事態へ足を踏み入れる事になるなど。

 

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