青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜   作:SK43

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20.質問と青年

「お待たせしました、アルスさん」

 

 厳かな明かりが灯る静かな個室に、アルスたちは通されていた。

 木造の室内には香草を焚いたような落ち着く匂いが漂い、窓の外からはかすかに山風の音が聞こえてくる。

 

 ゆったりとした客人用のソファに腰掛けるアルス、エスカ、ガーディール。その対面に座っているのは、今回の依頼人であるミーティアと──

 

「こ、こちらは、最初にいなくなった村長さんの娘……ソフィアさんです」

 

 紹介された少女は、緊張した様子で小さく会釈をした。

 淡い銀髪を揺らしながら、両手を膝の上でぎゅっと握り締めている。その青白い顔からは、この数日まともに眠れていないことが見て取れた。

 

 アルスは改めて軽く頭を下げると、早速本題を切り出す。

 

「まず、今の状況を確認させてください。七日ほど前から村の男の人が消え始めたという話は既に伺っていますが……もう村に男の人は?」

 

 村の様子を見れば答えはほとんど分かっていた。

 それでも、わずかな希望に縋るように問いかける。

 

 しかし対面の二人は、苦しげな表情のまま静かに首を横へ振った。

 語らずとも、それが答えだった。

 

「──村の人たちを見つけるためにも、いくつか質問をさせてください」

 

 男たちの安否は依然不明。

 だが今は、少しでも情報を集めるしかない。

 アルスの落ち着いた声音に安心したのか、伏せられていた二人の顔がわずかに上がる。

 

「誰かが見ている前で突然消えたりはしましたか? 例えば、すーっと透明になるように……」

 

 一見すると奇妙な質問だった。

 だがアルスの表情は真剣そのものだ。

 

 “消える”といっても手口は様々であり、人をさらう魔物にはある程度行動の法則性がある。消失の状況が分かれば、候補をかなり絞り込めるのだ。

 

「そういう話は……聞いたことがありませんわ。父も、朝起きたらいつの間にか家からいなくなっていて……」

 

 最初の被害者の娘だというソフィアが、震える声で口を開く。

 

「最初は、すぐ帰ってくると思っていたんです……。けれど、日が落ちても戻らなくて。いつも行く森まで探しに行ったのですが、影すら見つからなくて……」

 

「では、どこかで争った形跡は?」

 

「ありませんでしたわ……本当に、布団から忽然と消えてしまったみたいで……!」

 

「……痕跡を消す魔物は珍しいな」

 

 アルスは周りに聞こえるか聞こえないか程度の小さな声量で呟き、懐からメモ帳を取り出した。

 

 さらさらと魔物の名前を書き連ね、頭の中で知識を整理していく。

 図鑑をめくるように、これまで積み上げてきた膨大な情報を照合しているのだ。

 

「あー、なぁ。基本的な質問で恐縮なんだが、捜索はしたんスか?」

 

 ガーディールが腕を組みながら口を挟む。

 

「消えてから時間が経ってなければ、足跡とか痕跡が残ってそうな気がするんスけど」

 

「それはもちろんしましたわ、人が消える度に。……少しだけ残っていた足跡を追って皆で森を捜索したんです。けれど……」

 

「あっ、足跡は途中で消えちゃってて……。み、みんなで森中探したんですけど、誰も見つけられませんでした」

 

 ソフィアの言葉をミーティアが引き継ぐ。

 さらう時には痕跡を残さず、足跡すら途中で消える。

 そこまで聞いたところで、エスカが顎に手を当てた。

 

「なんか、随分人間的というか……やってる事が妙ね。そんな魔物いるのかしら……」

 

「……かなり知性が高いタイプだと思います。しかも、人間の行動をよく理解してる」

 

 アルスの表情にも、わずかに緊張が混じる。

 

 魔物の種類は数多い。

 だがここまで計画的な行動を取る存在は珍しかった。

 

 アルスはメモ帳に書き込んだ名前を一つ残らず斜線で消し、そのまま勢いよく閉じる。

 

「わかりました。ありがとうございます。結論から申し上げますと──」

 

「えっ……!? まさか、もう分かったの!?」

 

 エスカが思わず身を乗り出す。

 その反応に、ミーティアとソフィアの瞳にも期待の色が宿った。

 しかしアルスはゆっくり立ち上がると、後頭部をぼりぼり掻きながら言った。

 

「ぶっちゃけ全然わかんないんで、とりあえず森に調査行ってきますっ」

 

「えぇ……」

 

 部屋の空気が一瞬でずっこけた。

 真顔で言い切ったせいか、全員の視線がほんの少し冷たくなる。

 

 そんな空気を気にせず、アルスはそそくさと部屋を出て行ってしまった。

 

「え、エスカ……だいじょうぶ、だよね……?」

 

「だだだ大丈夫よ! 大丈夫! あの人ちょっと変わってるけど、凄いらしいから! ……多分、きっと!!」

 

 背後の扉越しに聞こえてきたそんな会話に、アルスは思わず肩を落としかける。

 だがすぐに気を取り直し、小さく拳を握った。

 

 逆境を跳ね返してこそ、本物だ。

 

 そう自分に言い聞かせながら、アルスは村の森へと足を踏み出した。

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