青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜   作:SK43

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24.ウォーブランドの傭兵

 

 心臓の鼓動が耳の奥を激しく打っていた。

 額には脂汗が滲み、指先からすうっと血の気が引いていく。この、全身を冷たい水に沈められるような感覚が、エスカは昔から嫌いだった。

 

 敵は魔法によって姿を消している。

 どこから襲ってくるか分からない。

 

 最初こそ牽制になっていた松明の火も、今となっては意味を成さないだろう。ホロウガルム達は既に炎への警戒を捨て始めている。エスカは舌打ち混じりに魔機の火を消し、乱暴にポーチへ押し込んだ。

 

 薄霧に包まれた森が静かになる。

 

 木々の隙間を抜ける風の音。

 ぬかるんだ泥を滴が叩く音。

 そして、どこか遠くで獣が喉を鳴らす低い唸り声。

 

 その全てが、見えない死を連想させる。

 いっそ気がおかしくなりそうな緊張感の中で、エスカは何もない空間へ向けて剣を構えていた。

 

 ……力加減が分からなかったから結構思い切り蹴ってしまったけれど、アルスさんは大丈夫だろうか。

 

 ふと脳裏に、吹き飛ばされたアルスの姿がよぎる。

 あの時は考える暇すらなかった。ああするしかなかったのだ。

 

 けれど胸の奥には、じわりとした後悔が残っていた。

 

 貴方はあたしに親近感を抱いてくれていたけれど、実際のあたしはギルドの中じゃ落ちこぼれだ。優秀でありながら周りに理解されない貴方とは雪と墨のようなもの。

 実力は下の方だし大事な所でいつもポカをやる。仕事だっていつもギルドの仲間が連れていってくれるのが殆どで、1人で行った試しはない。

 

 脳裏に浮かぶのは、仲間たちの背中だった。

 いつも誰かが助けてくれた。

 誰かがフォローしてくれた。

 

 失敗しても、「仕方ねぇな」で済ませてもらえていた。

 

 でも、だからこそ、今回はあたしにとって自分を変えるチャンスでもあるんだ。

 誰かの依頼についていくわけじゃない、正真正銘あたしだけで二人を守りきる。

 

 命を賭してそれができてこそ──ドーラ最大の傭兵ギルド<ウォーブランド>の一員だ。

 

 震えそうになる膝を無理やり踏みしめ、エスカはゆっくり息を吐いた。

 

「……やっぱり見えないか。……大きく動く時だけ魔法が解けるみたいね」

 

 周囲へ必死に目を凝らす。

 だが、魔法で景色に溶け込んだホロウガルムの姿は見えない。

 

 完全な透明ではない。

 だが、森の闇と木々の影に紛れたそれを見抜けるほど、エスカの目は良くなかった。

 

「エスカさん……!! これを……!」

 

「っ!」

 

 張り詰めた思考を、その声が引き戻す。

 振り向けば、高い木の上にいるアルスが何かを投げてきていた。

 不格好な放物線を描いたそれを反射的に掴む。

 

 手の中に収まったのは、先ほどアルスが使っていた方位磁石(アナライズ)の魔機だった。

 画面の針は狂ったように回転し続けている。

 

「これを……」

 

 どうすれば良いのよ、と言いかけた瞬間。

 エスカは息を呑んだ。

 

 針は回転し続けているが、よく見れば止まっては回ってを繰り返している。

 これを利用すれば──

 

「ゥォォオオオオン!!!!」

 

 耳を劈く咆哮が森を揺らした。

 空気が震える。

 枝葉がざわめき、霧が揺れる。

 

 ついに包囲していたホロウガルム達が動いたのだ。

 

 彼我の距離は数メートルもない。

 エスカは慌てて方位磁石へ視線を落とす。

 

 果たして、指し示す方向は。

 

「──正面と、後ろ!!」

 

 敵は見えない。

 だが、魔機は確かにそこに魔力反応が存在すると告げている。

 

 エスカは両手で剣を握り込み、振り返りざま全力で横薙ぎに振るった。

 

「こん……のぉ!!」

 

 振り向きざまの一閃が迫る爪を弾き飛ばし、甲高い金属音を森に響かせる。

 死角から迫っていたホロウガルムが大きく弾き飛ばされた。

 

「っ……!! 次っ……!」

 

 衝撃で後退するホロウガルムは大きく動いた事で景色と同化する魔法が解けている。けれどそんな事を気にする暇もなく、正面に目を戻した頃にはもう次が飛び掛かってきていた。

 

 多対一。

 一度でも転べば終わり。

 

 エスカは振り切った勢いのまま、再び剣を正面へ叩き込む。

 

 まず飛び掛かってきた1匹目を同じように弾き、続けざま足元を狙ってくる2匹目を跳んで躱す。

 ぬかるむ地面を踏みしめて着地。わずかな時間で方位磁石に目を落とし、針の動きを確認する。

 

 針は尚もぐわんぐわんと動き続け、迫る命の危機を証明してくれる。

 仲間の攻撃が失敗したと判断するや否や繰り出される次の攻撃は左右からだ。

 

「──っ射出の魔機(ボルト・シュート)起動(アウェイクン)!」

 

 右手首の魔機が作動する。

 内部で撃鉄が落ち、収納されていたナイフが空気を裂いて射出された。

 放たれた刃が飛び掛かるより早く一匹の鼻先を撃ち抜く。

 

「次っ!!」

 

 その後目前へと迫ってきたもう1匹をエスカは迷いなく水平に構えた剣で刺突した。

 口から胴体まで深々と剣が突き刺さったホロウガルムの首元から血飛沫が溢れ、倒れた狼の背後から今度は更に3匹が襲い来る。

 

 まるで少しくらい数を減らされても問題ないぞとでも言っているかのような捨て身の突撃だ。

 鍔まで刺さった剣を引き抜いている暇がない──迷っている時間はもっとない。

 

「最悪……!」

 

 エスカは即座に剣を手放し、後方へ飛び退く。

 肺が焼けるように熱い。足がもつれそうになる。

 

 それでも左腕の魔機へ手を伸ばした。

 

盾の魔機(レイズ・シールド)起動(アウェイクン)!」

 

 青白い魔力が奔流となり、半透明の障壁が展開される。

 ハニカム模様の盾が実体化し、飛び掛かるホロウガルム達を受け止めた。

 

 重い衝撃が腕に伝わる。

 まるで巨岩をぶつけられたようだった。

 

「おもっっ……あうっ!!」

 

 三匹分の重量を受け止め切れず、エスカの身体は泥へ叩きつけられる。

 肺から空気が押し出され、視界が白黒に点滅した。

 

「ウォフッ!! ォォォオオオン!!!!」

 

 獲物が倒れた。

 そう判断したのだろう。

 後方で待機していた個体までもが、一斉に突撃を開始する。

 

円に変形(プロテクト・クレスト)……!!」

 

 震える声で追加のキーワードを唱える。

 障壁が変形し、エスカを包み込むドーム型へ変わった。

 

 次の瞬間、無数の爪や牙が障壁を叩く。

 

 暴風雨のような猛攻が障壁を軋ませる。

 

「~~~~ッ!!」

 

 歯を食いしばり、喉の奥からこみ上げた悲鳴は声にならない。

 ただエスカを食いちぎらんとする牙が、爪が、障壁を軋ませる耳障りな音だけがけたたましく森を包んでいた。

 

「エスカさんっ!!」

 

「くっそ……! なにかねぇかなにかねぇか!!」

 

「ダメ二人とも!! そこにいて!!」

 

 木の上から飛び降りようとする二人を、エスカは割れんばかりの声で制止する。

 

 障壁にさらにひびが入る。

 腕輪が危険を知らせるアラート音を鳴らし始める。

 限界だった。

 

 ああ、結局うまくいかなかったなぁ。

 そんな諦観がエスカの胸を満たしていく。

 

「……いいや! 諦めんな!! なんとかなるぜ!!」

 

 ガーディールの怒声が森へ響いた。

 最後の手段とポーチへ手を伸ばしかけていたエスカの動きが止まる。

 

 何事かと上を見れば、頭上から大量の透明な液体が降り注いだ。

 

「……え?」

 

 障壁の外。

 ホロウガルム達の周囲。

 地面一帯へ、ばしゃばしゃと撒かれていく液体。

 

 見れば、ガーディールが木の上から次々と瓶を逆さにしていた。

 その刺激臭を嗅いだ瞬間、エスカは理解する。

 

 ホロウガルム達も異変に気づいたのか、攻撃の勢いが鈍る。

 

「ふぅ〜〜……普段こんなもん持ち歩かねぇから忘れてたぜ……今日の俺は医者まがいだったわ」

 

 空瓶を投げ捨てながら、ガーディールは脂汗を拭った。

 

「で、俺は魔機なんて便利なもん持ってねぇから原始的ですまねぇが……」

 

 そして、手に持ったマッチを擦り──指で弾いて投擲する。

 ゆっくり、殊更にゆっくり見える軌道で落ちるそれは、やがて液体で満たされた地へと落ちる。

 

「まぁ十分だろ」

 

 直後。

 

 ばらまかれたアルコールに火種が投じられ──森は爆ぜるような炎に包まれた。







読んでくれてアリガトネッ
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