青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜   作:SK43

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28.おもてなしと青年2

 

 ミーティアの先導で、アルスたちは村の一角へと向かっていた。

 

 石畳のない土道には家々の灯りがぽつぽつと灯っている。

 山間の村らしい静けさの中にも、人の営みの温度が感じられる時間帯だった。

 

 やがてミーティアが立ち止まった先には、年季の入った木造家屋があった。

 入口には暖簾が揺れ、窓からは橙色の灯りと賑やかな声が漏れている。

 話によれば、ここはミーティアの母親が切り盛りしている酒場らしい。

 

 宿だけでなく酒場まである辺り、昨今のヒヒイロという村が観光客を見越して発展してきた事がよく分かる。

 今は閑散としているものの、本来は温泉目当ての旅人が多く訪れるという。

 特に冬には雪景色の中に現れる珍しい野鳥を見るため、遠方から客が来るのだとミーティアは教えてくれた。

 

 そんな話を聞きながら暖簾をくぐると──。

 店内には、既に多くの村人たちが集まっていた。

 

「ああ博士(はくし)様、ようこそいらっしゃいました。突然のご招待になって、すみません」

 

 出迎えてくれたのは、昼間に事情を説明してくれた村長の娘──ソフィアだった。

 彼女はきっちりとした身なりのまま、穏やかな笑みを浮かべて頭を下げる。

 

「あまり綺麗な店じゃなくてごめんなさい、どうぞどうぞ広い所に!」

「あのお兄ちゃんたちだれー??」

「パパとお兄ちゃんを取り返してくれる研究家様よ」

 

 店の中は活気に満ちていた。

 子供たちは興味津々にこちらを見上げ、奥では店員らしき女性が慌ただしく料理を運んでいる。

 焼いた肉の匂い、香草の香り、酒の匂い。

 様々な熱気が入り混じり、外の冷え始めた空気とは別世界のようだった。

 

「すっご……ミーティア、これもしかして村のみんなが?」

 

「う、うん。みんなすっごい張り切っちゃって。特にお母さんが……」

 

「おばさまが?」

 

「そうよぉ、言い出したのも私だもの!」

 

 その言葉に反応するように、厨房の奥から快活な声が飛んできた。

 現れたのは、恰幅の良い女性だった。

 長い髪を手拭いで無造作にまとめ上げ、腕まくりした姿は料理人というより熟練の職人に近い。

 堂々とした立ち姿には、この酒場を切り盛りしてきた年月がそのまま刻まれているようだった。

 

「っ……! おばさま! 久しぶり!」

 

 エスカの表情がぱっと明るくなり、次の瞬間には勢いよく婦人へ抱き着いていた。

 しかし、エスカが飛び込んでも婦人はびくともしない。

 むしろ豪快に笑いながら背中を叩き返す余裕すらあった。

 

「久しぶりね、エスカちゃん。見ないうちに色々逞しくなっちゃって!! ……傭兵なんですって?」

 

「うん、今回はこの人の護衛として来たの。あたし達に任せておばさま」

 

「無理はするんじゃないよ……あんた昔っからそそっかしいんだから」

 

 その言葉にエスカは少し照れたように笑った。

 久しぶりの再会が嬉しかったのだろう。

 

「エスカさんは、元々ヒヒイロの生まれなんだっけ」

 

 アルスは自然と浮かんだ疑問を口にする。

 

「そうよ。まぁ、あたしだけちょっと事情があって……今はブレイズにいる親戚のお世話になってるんだけどさ」

 

「なるほど。そういうことか」

 

「貴方とガーディールはずっと王都暮らしだったの?」

 

 エスカは今度は二人へ視線を向ける。

 するとガーディが苦笑しながら首を横に振った。

 

「生まれも育ちも王都なのは俺だけだな。アルスとは大学から知り合った仲だ。……つっても専門も違えば、課外活動も全く被ってなかったが……」

 

「ふーん。……にしてはやけに仲良いわよね」

 

「色々あったんだよ、色々な」

 

「な、なによ気になるわね……」

 

 含みを持たせるようなガーディの言い方に、エスカはますます興味を惹かれたようだった。

 アルスはそんな二人を横目に、どこかくすぐったい気持ちになる。

 ガーディールとの出会いを思い返せば確かに色々あったが、それを今ここで語るには長くなり過ぎる。

 

 ちょうどその時だった。

 ぱんっ、と。

 手を叩く小気味良い音が店内へ響く。

 

「さてさて! それでは主役にもお越しいただきましたし、早速始めましょうか!」

 

 ソフィアが場を取り仕切るように声を張った。

 柔らかさの中にも芯が通っており、自然と人の視線を集める力がある。

 賑やかだった店内は次第に静まり返り、やがて全員の視線がアルスたちへ向けられる。

 その空気の変化に、アルスは小さく息を呑んだ。

 

「改めて博士(はくし)様。このような辺境の村に来て頂きまして、心からお礼申し上げます」

 

 ソフィアは深々と頭を下げる。

 そして静かに顔を上げると、その瞳に強い意志を宿したまま続けた。

 

「この通りの惨事ではございますが……ヒヒイロの人間は誰一人諦めておりません。わたくし達もできる限りの協力を致しますので、何卒……いなくなった皆の事、よろしくお願いします」

 

 その言葉の通り、店内の空気は沈んではいない。

 村人たちの表情には当然不安も恐れも浮かんでいる。

 けれど、それ以上に“信じたい”という想いが宿っていた。

 アルスはその視線を真正面から受け止める、唾を飲み込む。

 

「歓迎会というにはささやかですが……みんなで腕によりをかけましたわ。今夜はぜひ英気を養ってくださいませ」

 

 ──期待されているんだ。

 そう理解した瞬間、アルスは肩に乗る重圧をより強く感じた。

 自分は本当に、その期待に応えられるのか。

 胸の奥で不安がざわつく。

 

「あー……っと」

 

 だからこそ、ここで黙っているわけにはいかなかった。

 

「──期待に水を差すようで憚られるんだけど、その~……僕は正直に言うと、研究家として未熟です」

 

 アルスは一歩前へ出る。

 そして「ちょっと……」と不安そうにしているエスカを横目に、息を吸い込んだ。

 

「諸事情あって博士(はくし)と呼ばれるのすらおこがましい立場にあります。論文も破かれてばっかだし、まともに図書館に立ち入る事すらできません。同期の研究家に比べれば本当に酷くって」

 

 その言葉は全て事実だ。

 見栄を張る事もできるし、今この瞬間だけは虚栄で身を飾る事も容易い。なによりヒヒイロの人間は王都の事情に疎いのだから、適当を言った所でバレる事もないだろう。

 けれど、アルス自身が自分に希望を託してくれる人たちに嘘をつきたくなかった。

 

 喉が詰まりそうになる。

 けれどアルスは、震えそうになる声を必死に押し出した。

 村人たちの表情が戸惑いに変わっていくのを感じる。

 

「こ、こほん。なんだけど」

 

 怖い。

 失望されるかもしれないと思った。

 それでも。

 

「誰よりも、僕が一番魔物を知っています。だから安心してください」

 

 アルスは拳を握り締める。

 胸の奥で、自分自身に叫ぶ。

 ──ビビるな。言い切れ。

 

「全てを賭けてこの村を救います。……えっと、必ず!」

 

 最後に深く頭を下げる。

 スピーチなんて得意じゃない。

 きっと格好良くもない。

 けれど、それが今の彼にできる精一杯だった。

 静まり返った店内。

 アルスは祈るように頭を下げ続ける。

 その沈黙を破ったのは──。

 

「がんばれー! はくしさま!」

 

 幼い少女の声だった。

 ぱちぱち、と。

 小さな拍手が響く。

 それに釣られるように、拍手は一人、また一人と広がっていく。

 やがて酒場全体を包み込むほどの大きな喝采となり、頭を下げたままのアルスへ降り注いだ。

 その温かな音に包まれながら、アルスはぎゅっと唇を噛む。

 胸の奥が、少しだけ熱かった。

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