青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜   作:SK43

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6.囲まれる青年

 自分の現状を改めて思い知らされた翌日。

 

 清潔感あふれる白を基調とした薬局の待合スペースで、アルスは静かに椅子へ腰掛けていた。

 

 棚には色とりどりの薬瓶が整然と並び、薬草特有の青っぽい香りが室内に漂っている。窓から差し込む昼前の日差しが床を明るく照らし、外の喧騒が嘘のように穏やかな空間だった。

 

「ガ~ディ~ルくん、お客さんだよ~」

 

 気の抜けるような間延びした声が店内へ響く。

 薄桃色のぼさぼさ髪を揺らしながら、よれよれの袖をした女性が奥へ向かって声を張った。

 ガーディールを呼んでほしいと頼んだのは、他でもないアルス自身だ。

 

 今日はどうしても報告したいことがあって、この薬局へ足を運んでいた。

 それにしてもこの女性、いつ見ても驚くほど髪がぼさぼさだ。

 

 確かガーディールの先輩だった気がするが、職場の身だしなみ的に大丈夫なのだろうかと、アルスは少し気になってしまう。

 

「客ぅ? ……だれスか」

 

 奥の調剤室から聞こえてきたのは、気怠そうな男の声。

 白衣と眼鏡を身に着けたガーディールが、薬品棚に向かったままこちらへ視線も寄越さずに問い返してくる。

 

 筋骨隆々の体を無理やり白衣へ押し込めているせいで、服が妙に窮屈そうだった。

 薬剤師というより、どう見ても格闘家が無理やり潜入捜査している図にしか見えない。

 

「アルスくん」

 

「……」

 

 アルスの名前が出た瞬間。

 ガーディールの口が露骨にへの字に曲がった。

 そのまま面倒臭そうにのそのそと表へ出てきて、開口一番。

 

「んだよニート。仕事中だぞ」

 

「ニートじゃない」

 

 本当に失礼な男だ、とアルスは思う。

 

「まぁお前もこれ見たらそんなこと言えなくなるよ」

 

 アルスはそう言いながら、クリアファイルに入った封筒を取り出し、高々と掲げた。

 今にも「この紋所が目に入らぬか!」とでも言い出しそうな勢いである。

 どこかの物語の名台詞だった気がする。

 

「控えろ!! 今朝起きたらポストに! ポストにこれがあったんだぞ!! しかも二枚!」

 

「ああ?」

 

 ガーディールは怪訝そうな顔で封筒を眺めていた。

 だがその内容を理解した瞬間、目に見えて表情が変わる。

 

「おいおいおい、こいつぁ……! 今日は槍が降るぞ……。おい先輩、今日は帰れませんよ」

 

「えぇ~~残業やだなぁ……」

 

 封筒の中身は、紛れもない調査依頼だった。

 

 ――【アルス様へ。魔物調査の依頼】

 

 昨日の営業活動が功を奏したのか、アルスへ仕事を頼みたいという依頼人が現れたのである。

 しかも、一件ではなく二件。

 今までまるで相手にされなかったことを考えれば、まさに青天の霹靂だった。

 

 ガーディールの失礼な反応も無理はない。正直、アルス自身も同じ気持ちだった。

 

「う、嘘じゃないよねコレ」

 

「いや、俺が知るかよ……」

 

 夢か幻か疑ったのは今朝のことだ。

 だが今でも現実感は薄い。

 

 これは一刻も早く依頼人に会い、この幸運が本物であることを確かめなければならない。

 

「ともかくやったー!! 僕、行ってくるよ!」

 

「ん~?……おう。ま、詐欺とかじゃないといいな……」

 

 去り際に投げられた不穏な言葉は、聞こえなかったことにした。

 

 ◆

 

 待ち合わせ場所は、小さな喫茶店だった。

 どうやら個人経営らしい。

 

 メインストリートから少し離れた場所にあり、聞こえてくるのは風が木々を揺らす音と、小鳥のさえずりだけ。

 晴れた日に訪れるには実に心地良い空間だった。

 

 テラス席では、小太りの中年女性が優雅にコーヒーを飲んでいる。

 手紙には「昼頃、テラスで待っています」と書かれていた。

 恐らく彼女が依頼人なのだろう。

 

 アルスは緊張を押し殺しながら声をかける。

 初めての依頼人だ。

 声が上擦らないよう、慎重に。

 

「あのー、この手紙をくれた方ですか? 初めまして、研究家のアルスです」

 

「え?」

 

 女性は一瞬驚いたような顔を見せ――次の瞬間、勢いよく立ち上がった。

 

「あらあらあらあらあらぁ! 貴方がアルスさんね!? どうもぉようこそおいでくださいました!!」

 

 凄まじい勢いで距離を詰めてくる。

 アルスは思わずたじろいだ。

 距離感が近い。

 

 近すぎる。

 

 随分元気な人だな、とアルスは若干圧倒されながらも考える。

 ……まぁ、仕事を依頼してくれるなら人格面に文句を言うつもりはない。

 

 早速話を聞こう……と思った矢先。

 

「お仕事のお話は後々させて頂くとして、貴方、神様って信じますか!? 信じてますよね!!」

 

「……ん?」

 

 嫌な予感がした。

 

「わたくしどもが信仰する神様は魔物との戦いをルーツにしているんですよぉ。なんでも大昔の戦争でも人々に親しまれていたとか……」

 

 話の方向が妙に怪しい。

 

「今ならこちらの銀のネックレスをご購入いただくだけで年会費無料!!」

 

 仕事の話は。

 

「即決頂ければもう一つ同じものを!!」

 

 あの。

 

「さぁ是非ご入会を!!!!」

 

 矢継ぎ早に飛んでくる勧誘文句を前に、アルスの思考は完全に停止した。

 魔法機械には詳しくないが、これが噂に聞く“ブルースクリーン”というやつなのだろう。

 頭の中が真っ青だった。

 

「え、遠慮しときますぅ……」

 

 辛うじて絞り出した声は、驚くほど弱々しい。

 結局その後、アルスはしっかり信徒たちに囲まれ、貴重な時間を盛大に無駄にする羽目になった。

 純粋な期待を踏みにじってくれたこの教団の名前を、アルスはしばらく忘れられそうになかった。








みなさんは宗教の勧誘って受けた事ありますか?
私は2回程ありまして、本当にいるんだ~ってなった記憶があります。
その内1回は外国の方2人組だったことを記憶しています。
拙い日本語でパンフレットを配っているのが健気でしてね。一生懸命幸せについて説くんですよ。

そこでこう聞かれました。
「幸せってどんな事があると思いますか?」
私はこう答えます。
「酒と肉と女ですね」
彼らはこう答えました。
「それも、幸せの形だと思います」
多分テンプレ通りの答えだと思うんですけど、宗教家としては良いのかそれで。
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