青年アルスの研究日誌〜全てを失った魔物学者は竜の力で理不尽な世界を調停する〜 作:SK43
(なんつーかよ。ツボ売るって感じじゃねーな)
(しっ、聞こえるよ……)
少女の後ろをついて長い廊下を歩いている最中、ガーディールが大きな体を屈めて耳打ちしてきた。
館の内部は天井が高く、声が反響しやすい。
不用意な発言をアルスは慌ててたしなめたが、確かにここはツボや石を売りつけるような小規模な詐欺師の住処には見えなかった。
磨き上げられた床。
壁に飾られた絵画や装飾品。
通り過ぎるだけでも分かる、豪奢で上品な空気。
この洋館全体から漂う雰囲気は、むしろ由緒正しい名家のそれに近い。
「ここで待っていてください。私はちょっと準備がありますので。すぐ戻ります」
「あっ、はい。分かりました」
通されたのは、向かい合わせのソファが置かれた応接室だった。
少女はぺこりと一礼すると、何か準備があるらしく慌ただしく部屋を後にする。
「……」
「……」
残されたアルスとガーディールは、しばらく言葉もなく部屋を見回した。
椅子へ座ることすら忘れ、ただ茫然と顔を見合わせる。
今の自分がどんな顔をしているのかアルスには分からなかったが、多分ガーディールも同じように締まりのない顔をしているのだろう。
「いやこれ、マジかもしれねぇぞ」
「しかもこんな大豪邸……!」
ソファの材質。
壁掛けの調度品。
立派な観葉植物。
どれを見ても安物ではない。
アルスはごくりと唾を飲み込む。
――これはもしかすると、本当に大当たりなのではないか。
「やったなアルス!!」
「やったよガーディ!!」
思わず二人は腕を突き出し、勢いよくぶつけ合った。
まだ依頼内容すら聞いていないのに、胸が高鳴って仕方ない。
天から舞い降りた千載一遇の好機。
小躍りしたくなる気持ちも無理はなかった。
……だが。
ふと、視線を感じる。
「ん……?」
もう少女が戻ってきたのかと思い、アルスは扉の方を見た。
しかし、そこには誰もいない。
気のせいかと思ったところで、隣のガーディールが顎をしゃくる。
「おいアルス。下だ下」
「下……?」
言われるまま視線を落とした瞬間。
扉の隙間から、小さな顔がひょこりと覗いているのが見えた。
そこにいたのは、幼い女の子だった。
先ほど二人を案内した少女を、そのまま小さくしたような面影がある。
きらきらした瞳で、じっとこちらを見つめていた。
「……君は?」
アルスは自然としゃがみ込みながら問いかける。
十歳くらいか、あるいはもっと幼いか。
女の子はしばらく無言のままこちらを見つめていたが、やがておずおずと口を開いた。
「あのあの、まもののおにいちゃんですか?」
「へ?」
舌足らずな発音。
だが確かにそう聞こえた。
“魔物のお兄ちゃん”。
一瞬意味を理解できず、アルスは頭の中で言葉を反芻する。
……ああ、なるほど。
きっと“魔物に詳しいお兄ちゃん”という意味なのだろう。
「えっと……そうだよ。魔物研究家のお兄ちゃんです」
アルスが優しく答えた瞬間、少女の瞳がぱぁっと輝いた。
そして次の瞬間。
どこに隠れていたのか、わらわらと小さな子供たちが部屋へ雪崩れ込んできた。
「やっぱりそうだよ! タージェの言ったとーり!」
「タージェちゃんものしりー!」
「おれだって言ってたって!!」
「あっちの人でけー」
最初の女の子以外にも、小さな女の子が一人、男の子が二人。
どの子も十歳に満たないくらい幼い。
最初に出迎えてくれた少女の弟妹だろうか――そう考える暇もなく、アルスたちはあっという間に囲まれてしまった。
「うわ、うわうわ……」
「お、おいおいなんだなんだ?」
子供たちは足元でわいわい騒ぎ続ける。
あまりの勢いに、アルスもガーディールも身動きが取れない。
特にガーディールなど迂闊に動けば子供を吹き飛ばしかねないため、完全に硬直していた。
そんな混沌を切り裂くように――
「こらーッ!!!!」
切り裂くような怒号が響いた。
廊下の向こうから誰かが全力で駆けてくる音が近づいてくる。
「やべっ姉ちゃんだ!」
「逃げろー!!」
「きゃーーっ!!!!」
「もー!! お姉ちゃん今日お仕事だって言ったでしょ! ちゃんとお部屋戻って遊んでなさい!」
「「「「はーい!!」」」」
子供たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ出した。
嵐のような騒ぎはあっという間に遠ざかり、部屋には静寂が戻る。
後に残ったのは、呆気に取られたアルスたちと、肩で息をしている少女だけだった。
まるで小さな台風が通り過ぎた後みたいだ、とアルスは思う。
「もう……!! どこ行ったかと思えば!」
少女は息を整えながら、わなわなと肩を震わせる。
全力で走ってきたせいか、綺麗だったオレンジ色の髪も少し乱れていた。
「……大丈夫ですか?」
「あっ! え、えっと……これはその、騒がしくてごめんなさい」
少女は恥ずかしそうに手櫛で髪を整える。
滑らかな髪質のおかげか、乱れた髪はすぐ元通りになった。
「ご、ごほんっ。お待たせしました。お話、始めてもいいですか?」
どうやらようやく本題へ入れるらしい。
色々聞きたいことはあるが、今はそれを飲み込みアルスは気持ちを切り替えた。
「……聞かせてください」
そうして三人が席へ着き――いよいよ、仕事の話が始まる。