転生したらサメ映画の世界だった。

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第1話

普通、トラックに轢かれて目覚めたら、そこは剣と魔法のファンタジー世界だと思うだろう。女神様がいて、チートスキルを授けてくれて、エルフの美少女が出迎えてくれる。それが異世界転生のセオリーというやつだ。

 

だが、俺の耳に届いたのは神の啓示ではなく、どこからともなく不自然な大音量で流れてくるフリー音源の『ワルキューレの騎行』だった。

 

そして見上げた空は――7分がサメで、3分が空だった。

 

転生したら、サメ映画の世界だった。wtf。

 

「おい、嘘だろ……」

 

点けっぱなしのテレビでは、天気予報士が笑顔で語っている。くそっ、ニューヨークの空は安全ってか。

 

『――地方、今日の午後は局地的なシャーク・ストームにご注意ください。お出かけの際は傘ではなく、対空用の高出力チェーンソーをお忘れなく!』

 

おそらく間違いない。ここは前世で観た、あの映画。

 

『スカイ・シャーク3』の狂った世界だ。

 

魔法なんてない。伝説の剣もない。俺のチート能力と呼べるものはただ一つ、「この世界の理不尽な脚本(ルール)をおおまかに記憶していること」だけだ。

 

窓の外を見れば、向かいのタワーマンションの最上階で「俺は金持ちだぞ!」と叫びながらシャンパンを開けていた男が、雲からダイブしてきたホオジロザメに頭から丸呑みにされていた。

 

なら、映画本編開始10分ってところか。

 

理不尽極まりないフラグの即時回収。物理法則よりも「インパクト」が優先される地獄の生態系。

 

まともにやれば、ここからの生存は絶望的な状況だ。

 

だが、俺の心は不思議と高揚していた。

 

俺には明確な目的がある。

 

まずは、このクソみたいに退屈で理不尽な「魔の80分間」を、ライターと殺虫剤で作った簡易火炎放射器(ホームセンター・パイロ)で生き延びる。

 

そして物語の終盤、イカれた発明家のジジイを見つけ出し、彼が自爆特攻に使うはずだった最強のご都合主義兵器――車体全面(前面ではない。全面だ)にチェーンソーを満載した『チェーンソー・トラック』のハンドルを奪い取るのだ。

 

目指すは、米国秘密兵器として開発され脱走した、このシャークストームの発生源、超電磁サメとの最終決戦。

 

「ギャァァァァッシュ!!」

 

思索に耽っていた俺の目の前で、リビングの窓ガラスを盛大に突き破り、空飛ぶサメが絨毯に突っ込んできた。背後ではなぜか、ヴィヴァルディの『春』が優雅に流れ始めている。

俺は手元にあった殺虫剤と1ドルライターをガムテープで縛り付け、サメを撃退した。

 

「ギャァァァァッシュ!!」

 

襲ってくるときも倒した時も鳴き声が使いまわしだ。さすがサメ映画の世界だと思うと同時に、本当にサメ映画の世界に巻き込まれたのだと納得する。

 

「さあ、頭の悪いB級サバイバルの始まりだ……!」

 

この狂った空に向かってニヤリと笑った。

 

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まずホームセンターにたどり着かないといけない。チェーンソー・トラック、ガソリンが切れてるからな。

 

補充用のガソリンをあらかじめ確保に走る。クレバーな選択だ。

 

しかしここで第一の問題発生。渋滞だ。

 

みんないち早くこの都市から逃げ出そうとしているが、車列は一向に進まない。

 

クラクションが鳴り響く中俺は車を脱出し、歩行者モブに一声かけてやった。

 

「やるよこの車!」

 

このモブが助かるかは、サメ映画のサメの食いちぎる力に車が耐えられたらの話である。

 

「た、助かった!」と叫びながら俺の車に滑り込むモブを背に、俺は都合よくその辺に転がっていたマウンテンバイクをかっぱらい、ペダルを全力で漕ぎ出した。

 

バックミラーなんて上等なものは自転車にないが、振り返る必要すらない。

 

数秒後、背後から「ギャァァァァッシュ!!」という例の使い回しの鳴き声と、バリバリと車のルーフが引き裂かれる不快な金属音が響き渡った。続いて聞こえるのは、案の定の悲鳴だ。

 

南無三。耐えられなかったか。合掌。

 

俺は一切速度を落とさず、グリッドロック(完全マヒ)を起こした車列の隙間を縫うように自転車を走らせる。

 

目指すはここから数ブロック先にあるホームセンター『パパズ・ハードウェア』。

 

最終盤に現れるあの天才『チェーンソー・トラック』は、車体全面にチェーンソーを満載しているせいか、信じられないほど燃費が悪い。

 

それ以前になぜかガソリンが切れている。最終兵器が最初から使えたら興ざめ(サメ映画だけに!)という脚本の都合だが、

 

俺はそれを防ぐため、あらかじめ携行缶(ジェリカン)にガソリンをパンパンに詰めて合流する。

 

これこそが、このサメ映画をハックするための絶対条件だ。

 

だが、空を泳ぐサメどもは、自転車で必死に疾走する俺を格好の『動く標的(ファストフード)』と認識したらしい。

 

上空の厚いサメ雲から、3匹のサメが弾丸のような速度で俺めがけて急降下してきた。

 

ふん、小サメが。

 

俺は華麗に自転車から飛び降りる。速度が変わり、サメの追尾は自転車に。

 

ガシャーン!!という派手なクラッシュ音と共に、俺の愛車(盗品)だったマウンテンバイクが、サメの強靭な顎で一瞬にしてスクラップにされる。

 

サメは鉄くずを美味そうに咀嚼しながら、「ギャァァァァッシュ!!」と例の使い回しの鳴き声を上げて空へ戻っていった。

 

……よし、回避成功。サメの偏差射撃を見切って、直前で飛び降りた俺の判断は100点満点だ。

 

ただ一つ、致命的な問題があるとすれば。

 

「……ホームセンターまで、あと3ブロック。徒歩かよ」

 

周囲を見渡す。渋滞の車列はサメの襲撃でさらにパニックになり、もはや地獄絵図。ここから安全に拝借できる乗り物なんて、どこにも見当たらない。

 

映画の尺で言えば、まだ開始15分。一番じりじりと低予算な逃走劇を見せられる、観客の退屈ゾーンだ。

 

しかも悪いことに、俺が華麗に地面をローリングした衝撃で、ポケットの中の「1ドルライター」のガスが抜けるプシューという切ない音が響いた。

 

「おい嘘だろ、ホームセンター・パイロ(簡易火炎放射器)すら使えねえじゃねえか」

 

武器なし。足なし。

 

あるのは、いつサメに特攻されてもおかしくない、剥き出しの生身の身体だけ。

 

「さすがにノープランが過ぎたか……」と俺が冷や汗を流したその時、横の路地裏からけたたましいパンクロックの重低音(※カーステレオの音ではない。彼自身の内なるBGMだ)と共に、一人の少年が飛び出してきた。

 

後ろ前に被ったキャップ、不自然に太いダボダボのジーンズ。絵に描いたような90年代風のアメリカン・クソガキモブだ。

 

「ヒャッハー!サメが何だってんだよ!俺のトリックを見やがれ――」

 

少年が歩道の段差を使って華麗にジャンプをキメた瞬間、上空から時速100キロで自由落下してきたスカイ・シャークの巨大な顎が、空中の一点で見事に彼を捉えた。

 

「ギャァァァァッシュ!!」

 

例の使い回しの鳴き声と共に、少年はセリフの途中であっけなくパックンチョ。サメ映画において「状況を舐め腐っている若者」の生存率は0%だ。

 

だが、主を失ったスケートボードだけは、慣性の法則に従って綺麗な放物線を描き、俺の目の前へと落ちてくる。

 

「……サンキュー、名もなきスケーター」

 

俺は空中でそのボードを完璧にキャッチし、地面にドロップ。前世でちょっとだけ嗜んでいたスケボーの技術が、まさかサメ映画の世界で命綱になるとは思わなかった。

 

アスファルトを力強くプッシュする。自転車ほどの最高速度は出ないが、渋滞で完全にマヒした車列の間をすり抜けるには、これ以上ない最高の機動力だ。

 

「ギャァァァァッシュ!!」

 

少年を一口で完食し、デザートを探して再び俺を睨みつけるサメ。

 

だが遅い。ボードの加速に乗った俺は、すでに目的地の看板を視界に捉えていた。(3ブロックあったはずだろって? サメ映画お得意のワープさ!)

 

緑色の派手なネオンで書かれたその文字は――『パパズ・ハードウェア』。

 

ガソリン携行缶と、中盤を生き抜くためのDIY兵器の材料が眠る、約束の地(ホームセンター)だ。

 

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「ウィーン」と気の抜けた音を立てて自動ドアが開く。

店内に一歩足を踏み入れると、そこは外の地獄が嘘のような静寂に包まれていた。

 

パニックに陥った客の怒号もなければ、奪い合いも起きていない。ただ、クラシック音楽の有線放送(※もちろん著作権切れの『ボレロ』だ)が、無駄に厳かに店内に響き渡っているだけ。

 

そしてレジカウンターには、予想通りの人物がいた。

 

気だるげに頬杖をつき、スマホの画面を虚無的な目で眺めながら、ガムをくちゃくちゃと噛んでいる金髪のバイト店員だ。名札には『ボブ』とある。

 

(……おい、ボブ。外がサメだらけだってのに、お前は呑気なもんだな)

 

心の中で突っ込みつつも、俺には時間がない。棚をダッシュで回り、目当てのアイテムをカウンターに叩きつけた。

 

赤いプラスチック製のガソリン携行缶(ジェリカン)が3個。

それから、ホームセンター・パイロ用の強力な除草バーナー、プロパンガスの小型ボンベ、そしてこれらを固定するための頑丈なガムテープだ。

 

「おい、これ。大至急会計してくれ」

 

ボブはスマホからゆっくりと目を離し、俺を一瞥すると、気の抜けた声で言った。

 

「……ハァーイ。ジェリカン3つにバーナーね。計45ドル……あー、あと、外のサメの特殊効果(CG)、マジでクオリティ低くてウケるよね。超フェイクじゃん」

 

ガムを「クチャッ」と鳴らし、ボブがバーコードリーダーを携行缶にかざした――まさにその瞬間だった。

 

「ギャァァァァッシュ!!」

 

店内の天井(トタン屋根)を突き破り、時速100キロでスカイ・シャークが垂直落下してきた。

 

ボブの「45ドル」の「ドル」の母音が響き切る前に、サメの巨大な顎がカウンターごと彼を丸呑みにする。

 

「クチャ……」というガムの音だけを残して、ボブは画面から文字通り『消滅』した。お会計の瞬間に食われる。これぞB級パニック映画の教科書通りの完璧な退場だ。ちなみに、ボブを喰ったサメのグラフィックは、心なしかさっきボブが言っていた通り、さっきよりさらにポリゴン数が減ってカクカクしている気がする。

 

「おいボブ、お前の言う通り、このサメのCGはマジでクソだな」

 

俺は飛び散ったボブのガムの代わりに、カウンターに残されたレジのレシート(45ドル・未決済)をひったくり、まだサメの口からダラダラと溢れているチープな血(トマトケチャップ)を飛び越えて、店の奥へと走り出した。

 

トタン屋根の穴から次々と「ギャァァァァッシュ!!」と降ってくるカクカクのサメどもをモップで殴り倒しながら、俺は工具売り場の奥へと滑り込んだ。

 

『ボレロ』の単調なスネアドラムの音が、徐々に音量を増していく。

映画の尺で言えば、ここから約3分間は主人公がノリノリで武器を作る時間だ。世界の強制力(脚本)が、俺の身体を勝手に動かし始める。

 

俺はガムテープを歯で引きちぎり、除草バーナーとプロパンガスボンベをこれでもかと強固に連結した。

 

【画面分割の演出(無駄に画面が4つに割れ、それぞれの枠で俺が作業している)】

 

ガムテープを巻く俺の顔。

ボンベのバルブを締める俺の手元。

なぜか火花を散らしている溶接機(※ガムテープを巻いているだけなので火花が出るはずはない)。

そして、無駄にキリッとした俺のキメ顔。

 

これぞB級パニック映画の義務教育、DIYモンタージュだ!

 

「よし……完成だ!」

 

『ボレロ』がジャジャジャジャーン!と最大のクライマックスを迎えた瞬間、俺の手元には、ホームセンターのあり合わせの資材で作られたとは思えないほど重厚感のある(ただしガムテープがベタベタと張り付いた)重装火炎放射器――『ホームセンター・パイロ・カスタム』が完成していた。

 

総重量、およそ15キロ。

背中に背負ったプロパンガスボンベは、サメに一噛みされれば俺ごと大爆発する最高のスリル(自爆フラグ)を秘めている。

 

「ガソリンの携行缶も確保した。あとは……」

 

あの天才『チェーンソー・トラック』を駆るジジイとの合流地点、ジジイ工場(ファンには本当にそう呼ばれている)へ向かうだけだ。

 

だが、このクソ映画が、俺をこのまま大人しく店から出してくれるはずがなかった。

 

「ギャァァァァッシュ!!」

 

正面の園芸コーナーから、資材の山をなぎ倒して現れたのは、さっきボブを喰ったやつとは明らかに格が違う(音声は同じ)、体長5メートルはあろうかという巨体――このホームセンターのボスと思しき、『メガ・ウッドチップ・シャーク(※園芸用の木くずチップを全身に纏った低予算クリーチャー)』だった。

 

コイツ、本編だと主人公が倒してたが……やるしかねえってことかよ!

 

「消し炭にしてやるぜ!」

 

俺は『ホームセンター・パイロ・カスタム』のトリガーを全力で引き絞った。

 

ゴオオオオオオオオッ!!!という、明らかにガムテープ溶接のDIY兵器からは出てはいけないレベルの爆音とともに、超高熱の紅蓮の炎が一直線に放たれる。

 

対する相手は全身に乾燥した木くずを纏ったクリーチャーだ。

 

――こうかはばつぐんだ!

 

「ギャァァァァッシュ!?」

 

いつもの使い回しの鳴き声が、心なしか今回は本当に苦しそうな悲鳴に聞こえた。炎が触れた瞬間、メガ・木屑・シャークは導火線に火がついたかのように一瞬で大炎上。全身のポリゴンが真っ赤な炎のエフェクト(※これまた一昔前のフリー素材っぽい粗さだ)に包まれ、のたうち回る。

 

バチバチと木くずが爆ぜる音と、サメの脂が焼ける悪臭が店内に充満する。

 

「フゥー、くさタイプのサメで助かったぜ……」

 

俺が安堵の息を漏らした、その時だった。

 

「ギャァァァァッシュ!!」

 

炎上し、完全にパニックになったメガ・木屑・シャークが、狂ったように辺りをのたうち回りながら、俺めがけて猛然と突進してきた。

 

「おい待て、そこは大人しく消し炭になってろよ!?」

 

サメ映画のモンスターに引き際という概念はない。全身を激しく燃え上がらせたまま、火達磨の巨体が園芸コーナーの棚をドミノ倒しにしながら迫ってくる。

 

このまま激突されれば、俺が背負っているプロパンガスボンベに引火して大爆発(100本分のパイロよりはマシだが)は確実。まさに文字通りの自爆フラグだ。

 

俺はとっさに左脇に抱えていたガソリン携行缶(ジェリカン)の一つを、迫り来るサメの大きな口めがけてフリースローの要領で投げつけた。

 

「これを味わいやがれ!」

 

ジェリカンは綺麗な放物線を描き、激しく燃え盛るサメの顎の中へと吸い込まれていく。

 

そして、俺はすかさずホームセンター・パイロの銃口をそのジェリカンへと向けた。

 

――ターゲット確認。本編開始30分、中盤の見せ場(中ボス戦)のクライマックスだ!

 

俺は二度目のトリガーを引いた。

 

「KA-BOOOM!!!!!!」

 

店内のガラスが一斉に吹き飛ぶほどの、本日二度目の大爆発。

 

目の前いっぱいに広がる爆発エフェクト(※無関係なビル爆破映画からの流用映像だ)の爆風に煽られながら、俺はレジカウンターの陰へとダイブした。

 

トタン屋根の破片と、炭になった木くずが雨のように降ってくる。

 

耳鳴りの中、恐る恐る頭を上げると、そこには変わり果てたメガ・ウッドチップ・シャークの姿があった。

全身のポリゴンが真っ黒に焦げ、まるで出来の悪い炭のオブジェのようになっている。そして次の瞬間、サメの巨体はパッと煙のように消滅し、なぜかその場に「こんがり焼けた白身魚のフライ」が3つ、綺麗なお皿に盛られた状態でポツンと残されていた。

 

「……おいおい、ゲームかよ」

 

本編でもこうだったので仕方ないのだが、俺は床に転がったお皿からフライをひとつ、手掴みで口に放り込んだ。

 

サメ映画の世界だ、食べれば体力が回復する仕様である。うん、普通にタルタルソースが欲しい味だ。

 

「よし、これで中盤の見せ場(開始30分)はクリアだ」

 

背負ったプロパンガスの残量はあとわずか。手元のガソリン携行缶(ジェリカン)は、一缶を爆弾代わりに消費したため、残り二缶。

 

映画の尺で言えば、ここからはダレ場(予算節約のための移動シーン)だ。空飛ぶサメの襲撃も一旦落ち着き、登場人物たちが深刻な顔でどうでもいい昔話をしながら目的地へ向かう、観客が一番スマホをいじる時間帯。

 

つまり、今なら安全に移動できる。

 

俺は焦げたレシートと、ガソリンが詰まった2缶のジェリカンを両手に抱え、ボブとサメが消え去ったホームセンターを後にした。

 

目指すは、この街のスクラップ工場、ファン通称ジジイ工場。

 

俺たちの、そしてこの映画の最終兵器が眠る場所だ。

 

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ホームセンターを出てからスケボーを蹴りつつ数十分。

 

映画の画面なら、登場人物たちが「実は俺、昔親父がサメを食ってさ……復讐に来たサメが親父を……」なんていう、誰も興味のないお涙頂戴の昔話を延々と垂れ流しているはずの時間帯だ。

 

だが、一人旅の俺にそんな無駄話をする相手はいない。

 

サメの襲撃がピタリと止んだ不自然な静寂の中、俺はスケボーを蹴り続け、ついにその場所にたどり着いた。

 

街のハズレにある、おびただしい鉄クズの山。通称『ジジイ工場』。

 

錆びついた鉄格子の門をくぐり、煙を上げるスクラップの山をすり抜けて、俺は工場のメインガレージへと足を踏み入れた。

 

「――おいおい、マジかよ」

 

薄暗いガレージの奥。スポットライト(※なぜか天井の穴から差し込む不自然な日光)を浴びて、『ソレ』は静かに鎮座していた。

 

ベースは大型のコンバインか、あるいは軍用の装甲車か。

 

車体の前面、側面、ルーフ、果てはタイヤのホイールに至るまで、文字通り『全面』に数十本のチェーンソーがこれでもかと溶接されている。

 

まだエンジンはかかっていないというのに、そのあまりの凶悪さとIQの低さに、圧倒的な威圧感すら覚える。

 

これが、映画のラスト10分で突如現れてすべてを解決するデウス・エクス・マキナ。

 

『{天才《ジーニアス》チェーンソー・トラック』だ。実物のバカバカしさは、画面で観るより遥かに凄まじい。

 

「ヒャッハーーー! 見慣れない顔だな、小僧!!」

 

突然、トラックの影からダクトテープと溶接マスクを掲げたジジイが飛び出してきた。

 

ボロボロのタンクトップに、油まみれのオーバーオール。この映画の良心であり、最大の狂人、通称『イカれた発明家のジジイ』だ。

 

ジジイは俺が両手に抱えた2缶のジェリカンを見るなり、剥き出しの歯でギロリと笑った。

 

「そいつはガソリンか!? 最高だ! この『チェーンソー・マジェスティ号』はなァ、全面の刃を回すだけで1マイルあたり10ガロンも消費する大食漢でな! 燃料がなくて困ってたところだ!」

 

「知ってるよ、ジジイ。だから持ってきてやったんだ」

 

俺はジェリカンを床に置き、代わりにトラックの運転席のドアノブに手をかけた。

 

「おい小僧、何をする気だ!?」

 

「何って、運転だよ。ジジイ、お前この後、サメの口の中にトラックごと突っ込んで自爆する予定だろ? その熱い見せ場は俺がもらう。お前は助手席で大人しくチェーンソーの紐でも引っ張ってな」

 

「……何だか知らんが、お前、最高にイカれてるな!」

 

ジジイは怒るどころか、さらに嬉しそうに顔を歪めて助手席へと飛び乗った。

 

これで最終兵器の確保、そしてジジイの生存ルートが確定した。

 

その時だった。

 

ガレージのトタン壁が、外側から凄まじい力で「ベコォッ!」とひしゃげた。

 

ジジイ工場の防衛フェーズ(開始50分)だ。

 

映画の予算が復活し、クライマックスに向けてCGサメの猛攻が再開される時間だ。

 

外から響いてくるのは、さっきまでの使い回しの鳴き声ではない。

 

バリバリと周囲の電子機器を狂わせる放電の音。そして、空間を引き裂くような重低音の咆哮。

 

「ギャリギャリギャリギャリッ!!!」

 

「来やがったな……このシャークストームの元凶、米国(USA)秘密(トップシークレット)兵器(バイオウェポン)『超電磁サメ』だ!」

 

ジジイが叫ぶ。強敵、電子機器を狂わせる超電磁サメ。悠然と空を飛ぶ超電磁サメの統率に従い、襲い来るモブサメがピンチを演出するシーンだ。

 

しかし、しかしだ。本編では足りなかった、ガソリンが今ここにはある!

 

そして俺たちの天才チェーンソー・トラックは完全マニュアル操作、電子的制御は行っていないため、そのパワーを120%発揮できる!

 

俺は不敵に笑ってイグニッションキーを回した。

 

キュルルルル……ガガガッ! ドゴォォォォン!!

 

爆発的なバックファイアとともに、トラックのV8モンスターエンジンが目を覚ます。

 

同時に、車体全面に溶接された数十本のチェーンソーが一斉に「ギュイィィィィン!!」と狂ったような金属音を立てて回転を始めた。

 

その瞬間、ガレージ全体にすさまじいダウンフォース――いや、アップフォース(揚力)が発生する。

 

全面のチェーンソーの刃が超高速回転することで周囲の空気を強引にかき混ぜ、黄金の……もとい、十数トンの鉄の塊であるはずのトラックが、フワリと地面から浮き上がった。

 

「ヒャッハー! 浮いたぞ小僧! 航空力学なんてクソ食らえだァ!!」

 

「チェーンソーの操作は任せたぜジジイ! 面舵いっぱーい!」

 

電子制御ゼロ。すべてが剥き出しのギヤとワイヤーで繋がれたこのアナログの怪物にとって、超電磁サメの放つ電磁パルス(EMP)など、ただの心地よい静電気に過ぎない。

 

ドガシャァァァン!!!

 

俺はアクセルを床が抜けるほど踏み込み、工場のトタン屋根を内側から突き破って大空へと飛び出した。

 

ガレージの外に出た瞬間、フロントガラス越しに見えたのは――サメが7分に空が3分の、完全なる終末の光景だった。

 

空を埋め尽くすスカイ・シャークの超大群。その中心で、全身に青白い稲妻を纏った超巨大な米国秘密兵器(USAバイオウェポン)『超電磁サメ』が、俺たちを嘲笑うように咆哮している。

 

「おいジジイ! 右側面のチェーンソーの回転数を上げろ! キャタピラと同じ原理で空中旋回するぞ!」

 

「ガッテン承知! サメども、人類の知恵の恐ろしさを教えてやるわい!!」

 

炎を噴くマフラー。唸りを上げる無数の刃。

 

チェーンソーの揚力だけで空を駆ける俺たちの天才チェーンソー・トラックは、空中ドリフトをカマしながら、超電磁サメの統率するサメの防壁へと真っ正面から突っ込んでいった。

 

突撃するだけで、進路上にいたモブサメたちが次々とミンチになり、生身のサメがなぜか「ドカン」「ドカン」と大爆発を起こして画面を赤く染めていく。

 

「いける! このまま超電磁サメの眉間にチェーンソーを叩き込んで、映画を強制終了してやる!」

 

俺が勝利を確信し、アクセルを踏み込んだ――まさにその時だった。

 

上空のシャーク・ストームが、不自然なほど激しく渦巻き始めた。

 

そして、勝ち誇っていたはずの超電磁サメが、突然「ギャァァァァッシュ!?」と、この日一番の、そして台本にはない本気の悲鳴を上げた。

 

バリバリバリッ!!!

 

超電磁サメの背後の空間(※低予算ゆえに歪みのエフェクトが完全に浮いている)が裂け、そこから『それ』が現れた。

 

それは、T字型の頭が横に3つ並んだ、空気抵抗という概念をドブに捨てた最悪のデザイン。

 

バクゥッ!!!

 

「……は? 嘘だろ?」

 

俺の目の前で、この映画のラスボスだったはずの超電磁サメが、20メートルはあろうかという三つ首の化け物(トリプル・ハンマーヘッド・シャーク)に一撃で貪り食われた。

 

ここ、『スカイ・シャーク3』じゃなかったのかよ!? 知らない映画になってるぞ!?

 

「知らないサメだ!!!」

 

「どうするんだよ転生者ァァァ!!」

 

ジジイが溶接マスクを跳ね上げて絶叫する。

 

言ってない情報がいつのまにか伝わってるのもB級作品のお約束!

 

----

 

前世の知識(チート)の恩恵はすべて消失! 俺は迫り来る三つの巨大な顎を睨みつけ、ギリッと歯を鳴らした。

 

「考えるな! 自分の感覚を信じるんだ!!」

 

ジジイの叫びと同時に、フロントガラスに突撃してくる三つ首のサメ。

 

――ギギギギギャリギャリィィィッ!!!

 

すれ違いざま、トラックのフロント全面のチェーンソーが、サメの右側の頭部を綺麗に捉えた。

 

生々しい音を立てて、1つ目の首が空中へ吹っ飛ぶ。

 

「よし! 首を一つ吹っ飛ばしたぞ!」

 

俺はガッツポーズをキメた。だが、助手席のジジイが血相を変えて叫ぶ。

 

「いや、ダメだ、再生してる!」

 

「マイガッ! 三つの首を同時に吹き飛ばせってことか!」

 

断面からブクブクと不気味な泡(※あきらかにCGの質が浮いている)が立ったかと思うと、わずか2秒で新しい頭がニョキッと生えてきた。

 

何のひねりもないゲームのボス戦みたいなルールを引っ提げてきやがって!

 

「地獄の番サメって感じだな」

 

「言ってる場合かジジイ!」

 

「サメ竜巻にはトラック竜巻だ! こんなこともあろうかと仕込んでおいたニトロを使え!」

 

「使うとどうなるんだ!?」

 

「『トルネード・チェーンソー・ドライブ』が発動する! ニトロとトラックとチェーンソーが合わさったワシたちは……無敵じゃ!」

 

「何だか知らんが、とにかくいっけええええええええ!」

 

俺はなぜか髑髏マークのついているニトロの点火スイッチを親指で押し込んだ。

 

「トルネード!」

 

「チェーンソー!」

 

「「ドライブゥゥゥゥゥゥゥ!!」」

 

二人の絶叫が響いた瞬間、トラックのマフラーから規格外の青白い炎が噴き出す。

 

さらにジジイは、右側のチェーンソーの出力を限界突破で固定した。強烈なトルクの偏りが発生し、数トンのトラックが空中でグルグルと超高速回転を始める。

 

推進力、炎、そして回転。

 

チェーンソー・トラックは、空間そのものを切り刻む灼熱の巨大竜巻――『トルネード・チェーンソー・ドライブ』へと変貌した。

 

「ギャァァァァッシュ!!」

 

3つの顎を大きく開けて喰らいつこうとするトリプル・ハンマーヘッド・シャークの正面へ、俺たちは超高速きりもみ回転をカマしながら真正面から特攻した。

 

ギシャギャリギャリギャリギャリィィィッ!!!!

 

火花、チープな血(トマトケチャップ)、そして炭化したサメの肉片が画面を完全に覆い尽くす。

 

トラックの回転軌道が、サメの3つの頭部を、コンマ1秒の狂いもなく同時に、完璧にちぎり落とした!

 

再生する隙すら与えない、完全なる同時斬首だ。

 

「KA-BOOOM!!!!!!」

 

どこから持ってきたのか分からない、おそらく無関係な戦争映画から流用されたような大爆発のキノコ雲が上空に立ち上る。

 

核燃料でも使ってたのか、あのサメ。

 

画面がホワイトアウトし、数秒の静寂。

 

――ドン。

 

ボロボロになったアスファルトの上に、黒焦げで原型を留めていないトラックの残骸が突き刺さっていた。

 

シューシューと煙を上げるフロントガラス(※すでに消失している)の向こうから、顔だけがススで真っ黒になった俺とジジイが、咳き込みながら這い出す。

 

「うまくいったな」

 

「ああ」

 

空を見上げれば、サメの姿は一匹もない。ただ、雲ひとつない綺麗なニューヨーク(※地方都市のはずだったが)の青空が広がっていた。映画の尺はきっちり90分。オールクリアだ。

 

俺とジジイは顔を見合わせ、フッと笑うと、おもむろに胸ポケットから(なぜか無傷の)サングラスを取り出して同時に装着した。

 

「……どうやら、チェーンソーの刃を研ぎ直す必要がありそうだな」

 

「ヒャハハ! 次はレーザーを積むとしようぜ、小僧!」

 

二人が親指を立てて(サムズアップ)並んだ瞬間、背後のトラックの残骸が「ドカン!」とダメ押しの小爆発を起こした。だが、俺たちは絶対に後ろを振り返らない。

 

【ストップモーション & 画面がセピア色にフェードアウト】

 

突然、耳をつんざくような(ボリューム調整をミスった)アップテンポのフリー音源パンクロックが鳴り響き、荒々しい黄色いフォントのエンドロールが下から上へと猛スピードで流れていく。

 

 

 

『シャーク・リインカーネーション』――完。

 

to be 『シャーク・リインカーネーション 2』。(好評なら、マジで"ある"よ!)


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