/*/ 星団暦3069年 ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏 総督府執務棟 /*/
机の上に、会議予定表が置かれていた。
ジィッドはそれを見た。
見た瞬間、閉じた。
隣にいたラドが、そっと言う。
「団長」
「俺は何も見ていない」
「総督閣下」
「やめろ」
「では、中将」
「もっとやめろ」
ノエルが、少し離れたところで書類束を抱えている。
管理官は、いつも通り涼しい顔だった。
ニナリスはジィッドの斜め後ろに控え、すでに記録用端末を開いている。
ジィッドは、閉じた会議予定表をもう一度見た。
表紙には、こう書かれている。
『総督府定例会議設置に伴う初回調整会議』
ジィッドは、しばらく黙った。
そして、低く言った。
「会議のための会議を作るな」
管理官は、当然のように答えた。
「総督府定例会議の議題です」
「その名前からして嫌だ」
「必要です」
「必要なものほど嫌な名前をしている」
ジィッドは椅子に座った。
座った瞬間、机の上へ次の書類が置かれた。
ベイジ行政会議。
ノウラン市行政会議。
オータ市行政会議。
ボルサ諸島列島島長会議。
周辺衛星都市代表会議。
商業組合・酒造組合・乳製品組合との合同会合。
旧ミグノシア議会系名士との懇談。
軍政管理官庁との週次会議。
治安・防諜・裏社会監視会議。
税収・予算・復興計画承認会議。
ジィッドは無言で一枚ずつめくった。
めくるたびに、顔が少しずつ死んでいく。
「多い」
管理官は首を振った。
「これでも絞りました」
「嘘をつくな」
「本当です。原案では、この倍ありました」
ラドが小声で呟いた。
「倍……」
ノエルが顔をしかめる。
「倍あったら、もう戦争じゃなくて会議で死にますね」
管理官は真面目な顔で言う。
「総督府は戦場ではありません」
ジィッドが即座に返す。
「戦場より悪い」
管理官は、少し考えてから頷いた。
「否定はしません」
「否定しろ」
/*/ 第一議題:ノウラン市行政会議 /*/
管理官が最初の書類を開いた。
「まず、ノウラン市行政会議です」
「ノウランはもう回っているだろう」
「回っているからこそ、定例確認が必要です」
「回ってないところを見ろ」
「回っているところを見ないと、回らなくなった時に気づけません」
正論だった。
ジィッドは嫌な顔をする。
「内容は」
「農業生産、水路補修、酪農、乳製品加工、保存食工場、医療栄養品、産院支援、保育所、難民就労、街道接続です」
「多い」
「ノウラン市は後方生命線都市ですので」
「言い方を重くするな」
「事実です」
ニナリスが静かに補足する。
「ノウラン市の保存食出荷が遅延した場合、前線補給に影響します。乳製品加工の衛生事故が起きた場合、病院食と幼児配給に影響します」
「分かった。やる」
管理官が記録する。
「ノウラン市行政会議、月二回で承認」
「待て。俺は回数を承認していない」
「最低限です」
「最低限という言葉が嫌いになってきた」
/*/ 第二議題:ベイジ行政会議 /*/
次の書類が出る。
「ベイジ行政会議です」
ジィッドは、すでに頭が痛くなっていた。
「税収だな」
「税収だけではありません。商業区、酒造、倉庫、劇場、公認賭場、宿泊施設、工房街、軍需補助加工、運送組合、旧議会文書、都市警備、金融監査です」
「税収だけの方がまだましだった」
「ベイジは都市の骨格が太いため、放置すると勝手に複雑化します」
「もうしているだろう」
「はい」
「はい、じゃない」
ラドが書類を覗き込む。
「団長、ベイジの酒造税だけで、ノウラン側の水路補修費がかなり賄えています」
「知っている」
「あと、商業区の税収で街道警備隊の増員も可能です」
「知っている」
「つまり、ベイジ行政会議を削ると――」
「分かった。やる」
ジィッドは先に折れた。
管理官が即座に記録する。
「ベイジ行政会議、週一回で承認」
「月二回だ」
「無理です」
「なぜ」
「税収規模が大きすぎます」
「金があると仕事が増える」
「はい」
「嫌な国だな」
「総督府です」
「もっと嫌だ」
/*/ 第三議題:周辺衛星都市代表会議 /*/
管理官が、さらに厚い束を出した。
「周辺衛星都市代表会議です」
ジィッドは手を上げた。
「それは書類で済ませろ」
「済みません」
「なぜ」
「各衛星都市、宿場町、農村、工房町、倉庫町の利害が衝突します」
ノエルが説明を引き継ぐ。
「街道宿場町は通行税を欲しがります。飼料生産村は輸送優先権を欲しがります。樽材供給村は酒造組合との直接契約を望んでいます。農具修理町は軍需補助工房扱いを要求しています。倉庫衛星都市はスバース市の管理下から外れたがっています」
ジィッドは目を閉じた。
「なぜ村町が政治を始めている」
管理官が答える。
「復興したからです」
「復興とは面倒だな」
「はい」
ニナリスが静かに言う。
「マスター。周辺衛星都市は補給線を支えています。代表会議を置かない場合、不満が個別陳情として総督府へ直接流入します」
「どちらがましだ」
「代表会議です」
「なら、やる」
管理官が記録する。
「周辺衛星都市代表会議、月一回」
ジィッドが睨む。
「それ以上増やすな」
「議題数によります」
「増やす気だな」
「必要なら」
/*/ 第四議題:組合会合 /*/
次は、妙に華やかな紙だった。
「商業組合・酒造組合・乳製品組合との会合です」
「それは飯が出るやつか」
「出ます」
「嫌だ」
ラドが笑いを堪えた。
「団長、食べられる会議ですよ」
「食べると仕事が増える会議だ」
ノエルが頷く。
「前回、氷菓検分と蒸留酒検分が増えましたからね」
「忘れろ」
管理官が真面目に言う。
「忘れられません。すでに予定表に入っています」
「記録はいつも残酷だな」
ニナリスが訂正する。
「今回は会食予定です」
「もっと残酷だ」
管理官は続ける。
「商業組合は税率と物流。酒造組合は原料配分と販売許可。乳製品組合は配給品と市場品の区分。三者を別々に呼ぶと、互いの不満が総督府へ個別に来ます」
「まとめて呼ぶと?」
「会場で喧嘩します」
「駄目じゃないか」
「総督の前では抑えます」
「俺を重しにするな」
「総督ですので」
「その言葉が強すぎる」
/*/ 第五議題:旧ミグノシア議会系名士との懇談 /*/
ジィッドの顔が、少しだけ変わった。
「これは必要だな」
管理官が頷く。
「はい。旧議会系名士、旧行政官、法務官、書記官、商業名家との関係維持です」
「反バッハトマ感情は消えていない」
「消えていません」
「消すな」
管理官が顔を上げる。
ジィッドは淡々と言った。
「消そうとすると地下へ沈む。文句は言わせろ。議論もさせろ。演説も、線を越えない限りは放っておけ。壊す奴だけ潰せ」
ノエルが小さく言う。
「総督っぽいですね」
「言うな」
ラドが記録する。
「旧議会系名士との懇談、月一回」
ジィッドは嫌そうな顔をしたが、反対しなかった。
「ただし、会食にするな」
管理官が答える。
「茶会形式です」
「似たようなものだろ」
「酒が出ません」
「ならまだましか」
/*/ 第六議題:軍政管理官庁との週次会議 /*/
管理官が満を持して出した。
「軍政管理官庁との週次会議です」
ジィッドは即答した。
「いらん」
「必要です」
「毎日顔を見ている」
「それは個別案件です。週次会議では全体統括を行います」
「全体統括という言葉は、仕事を増やすためにある」
「否定しません」
「否定しろ」
管理官は資料を並べる。
「各都市の税収、治安、補給、医療、教育、産院、工房、酒場、公認賭場、裏社会監視、街道警備、GTM整備、人員配置、中央報告。これらを週次で確認します」
ジィッドは頭を抱えた。
「俺はいつ戦うんだ」
ラドが小声で言う。
「会議後ですかね」
ノエルが続く。
「または会議前に」
「どっちも嫌だ」
ニナリスが言う。
「マスター。週次会議を行わない場合、各部門からの個別確認が毎日発生します」
「週一回でまとめる方がまし、か」
「はい」
「分かった。やる」
管理官が記録する。
「軍政管理官庁週次会議、毎週第一日午前」
「朝からか」
「午後にすると、案件が増えた状態で持ち込まれます」
「朝から殴られる方がましということか」
「はい」
/*/ 第七議題:治安・防諜・裏社会監視会議 /*/
部屋の空気が、少しだけ低くなった。
「これは必ずやる」
ジィッドが先に言った。
管理官が頷く。
「はい」
「酒場、賭場、裏流通、薬物、情報屋、反乱兆候、敵性工作員、財団系商人の動き。全部まとめて見る」
ラドが真顔になる。
「頻度は?」
「週一」
管理官が言う前に、ジィッドが答えた。
ノエルが驚く。
「団長が自分から会議を増やした」
「これは増やす」
ジィッドは、机を指で叩いた。
「表の治安は、目に見える。だが裏は、見えなくなったら終わりだ。潰しすぎるな。潜らせるな。見える場所で汚れさせろ。腐る前に切る」
管理官は静かに記録した。
「治安・防諜・裏社会監視会議、週一回で設定」
「あと、臨時招集権限もつけろ」
「承知しました」
ラドがぼそりと言う。
「この会議だけ、団長が生き生きしてますね」
「生き生きではない。必要なだけだ」
ニナリスが静かに言った。
「マスターは、都市が腐る兆候に敏感です」
「褒めるな。嫌な才能だ」
/*/ 第八議題:税収・予算・復興計画承認会議 /*/
最後の束は、一番厚かった。
ジィッドは見ただけで嫌そうな顔をした。
「それは嫌だ」
「まだ説明していません」
「厚さで分かる」
管理官は開いた。
「税収、予算、復興計画の承認会議です」
「名前だけで胃が痛い」
「総督府の中心会議です」
「中心が一番嫌なやつか」
「はい」
「はい、じゃない」
管理官は読み上げる。
「水路補修。商業区再整備。街道第三支線。衛星倉庫増築。酒造税率改定。乳製品配給補助。産院増設。保育施設拡張。GTM整備予備部品調達。防諜予算。裏社会監視費。公認賭場監査費。戦没者遺族補助。難民定住村土地割当」
ジィッドは天井を見た。
「どれも削りにくい」
「はい」
「だから嫌なんだ」
ニナリスが言う。
「予算は責任の形です」
「詩的に言うな。余計に重い」
管理官が確認する。
「月一回でよろしいでしょうか」
「月一で足りるのか」
「足りません」
「おい」
「ただし、週一にすると総督閣下が機能停止します」
「よく分かっている」
「月一回の本会議と、週次の小規模予算確認を提案します」
「結局週一じゃないか」
「小規模です」
「小規模という言葉を信用しない」
/*/ 会議終了後 /*/
全議題が終わった時、ジィッドは椅子に沈んでいた。
戦場から戻った時より疲れているように見えた。
管理官は、満足そうに会議録をまとめる。
「では、総督府定例会議体系は以上で仮承認とします」
「仮でこれか」
「正式承認は次回の総督府定例会議で」
ジィッドは、ゆっくり顔を上げた。
「会議体系を承認するために、また会議をするのか」
「はい」
「会議のための会議じゃないか」
「総督府定例会議の正式議題です」
「その名前からして嫌だと言っただろう」
ラドが笑いを堪えながら、書類をまとめる。
「団長、でもこれで各部門からの突発陳情は減りますよ」
ノエルが続く。
「多分」
「多分をつけるな」
ニナリスが記録を閉じる。
「マスター。本日の会議対応は適切でした」
「本当か」
「はい。必要な会議を削らず、不要な会議を増やしすぎず、治安・防諜案件については主導権を取りました」
「勝利判定か」
「はい」
ジィッドは深く息を吐いた。
「戦場の勝利より嬉しくない」
管理官が言う。
「総督府運営においては重要な勝利です」
「その言い方も嫌だ」
部屋を出る直前、管理官がさらりと言った。
「なお、次の議題は各会議の議長代理選任です」
ジィッドは足を止めた。
「まだあるのか」
「はい」
「今すぐやるのか」
「いえ、次回会議です」
「……会議のための会議の次は、会議に出る人間を決める会議か」
「正確には、議長代理と議事録承認権限の設定会議です」
ジィッドは目を閉じた。
「デムザンバラを出せ」
ラドが慌てる。
「何と戦うんですか」
「会議だ」
ノエルが真顔で言う。
「斬れません」
「知っている。だから腹が立つ」
ニナリスが静かに言った。
「マスター。会議は斬れませんが、短縮は可能です」
ジィッドが目を開けた。
「教えてくれ」
「事前資料の様式統一、議題提出期限、発言時間制限、決裁区分の明確化です」
管理官が目を輝かせた。
「素晴らしい。では、その制度設計会議を――」
「作るな!」
ジィッドの声が、第一会議室に響いた。
その日、総督府仮執務棟にいた全員が理解した。
総督中将ジョー・ジィッド・マトリアの最初の敵は、フィルモアでも黒ローブでもなかった。
会議だった。