ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

104 / 110
Cレーションを持て!

/*/ 星団暦3069年 総督府執務棟 /*/

 

 

 

 会食は終わった。

 

 終わった、はずだった。

 

 だがジィッドには、何かを食べたという実感がなかった。

 

 皿は出た。

 

 香りもあった。

 

 肉も、魚も、野菜も、氷菓も、蒸留酒も、焼き菓子も、順番に運ばれてきた。

 

 だが、そのたびに誰かが喋る。

 

 商業組合が税率の話をする。

 

 酒造組合が特別樽を差し出す。

 

 乳製品組合が新作氷菓を総督監修商品にしようとする。

 

 旧議会系名士が市民還元を探る。

 

 管理官庁が予算配分を匂わせる。

 

 食事ではない。

 

 罠の合間に食器が置かれているだけだった。

 

 控室に戻った瞬間、ジィッドは椅子に沈んだ。

 

「食った気がしない」

 

 ラドが苦笑する。

 

「一応、全部召し上がってましたよ」

 

「食ったんじゃない。処理したんだ」

 

 ノエルが記録板を閉じながら頷いた。

 

「会食処理ですね」

 

「その言い方をするな。余計に腹が減る」

 

 ジィッドは天井を見た。

 

「Aレーションとは言わない」

 

 ラドとノエルが顔を上げる。

 

 ジィッドは疲れた声で続けた。

 

「Cレーションをくれ」

 

 ラドが一瞬、真顔になった。

 

「総督中将が、就任晩餐会の後にCレーション」

 

「総督中将だから腹が減るんだ」

 

 ノエルが小さく笑う。

 

「名言に聞こえなくもない」

 

「聞こえるな」

 

「記録します?」

 

「するな」

 

 ニナリスが、静かにジィッドの横へ立った。

 

「マスター」

 

「なんだ」

 

「帰ったら、何か簡単なものをお作りします」

 

 ジィッドは、そこでようやく少しだけ顔を上げた。

 

「頼む」

 

 声に、本気の安堵があった。

 

「温かいものがいい」

 

「はい」

 

「量は多くなくていい。会食で腹は一応入っている。だが、飯を食った気がしない」

 

「では、軽い粥か、具を少なめにした汁物にします」

 

「それがいい」

 

 ジィッドは、ラドとノエルを見る。

 

「お前らは平気なのか」

 

 ラドは即答した。

 

「帰ったら軽く食べます」

 

 ノエルも頷く。

 

「同じく。会食は食事ではなく任務なので」

 

「お前らもそう思ってたのか」

 

「思いますよ」

 

 ラドが、少し遠い目をした。

 

「氷菓を食べた瞬間に、乳製品組合の代表が商品化の話を始めた時点で、味が消えました」

 

 ノエルが続ける。

 

「蒸留酒も、香りを楽しむ前に税率と出荷量の話が来ました」

 

 ジィッドは深く頷いた。

 

「飯に仕事を混ぜるな」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「会食とは、仕事を食事の形にしたものです」

 

「本当に嫌な真理を出すな」

 

 ラドが笑いながら椅子に腰を下ろす。

 

「でも、団長はよく耐えましたよ。怒らなかったし、飲まされなかったし、余計な約束も少なかった」

 

「少なかっただけで、増えたんだろ」

 

 ノエルが記録板を見る。

 

「追加案件は五件です」

 

「五件」

 

「かなり少ないです」

 

「会食一回で五件増えるのを少ないと言うな」

 

 ニナリスが補足する。

 

「通常であれば十件以上増える可能性がありました」

 

「会食はやはり戦場だな」

 

「はい」

 

 ジィッドは、椅子の背にもたれた。

 

「戦場なら、せめて戦闘糧食を出してくれ」

 

 ラドが吹き出す。

 

「晩餐会場でCレーションを開ける総督閣下」

 

「強いですね」

 

 ノエルが笑いを堪えながら言う。

 

「旧議会系名士がどう反応するか見たいです」

 

「やるなよ」

 

 ジィッドは真顔で釘を刺した。

 

「俺の机に“総督府公式携行食晩餐会”とかいう企画が来る」

 

 ラドとノエルが同時に黙った。

 

 あり得る。

 

 この総督府では、妙な冗談はだいたい誰かが書類にする。

 

 ニナリスが静かに言った。

 

「マスター。Cレーション晩餐会は、兵站教育行事として成立する可能性があります」

 

「成立させるな」

 

「承知しました」

 

「本当に承知してくれ」

 

 ジィッドは立ち上がる。

 

 礼装の肩が重い。

 

 飾緒が邪魔だ。

 

 剣帯も硬い。

 

 軍服に戻りたい。

 

 もっと言えば、今はただ、温かい汁物が欲しかった。

 

「帰るぞ」

 

 ラドが敬礼する。

 

「はい、総督閣下」

 

「やめろ」

 

 ノエルも続く。

 

「中将閣下、夜食の護衛をいたします」

 

「護衛はいらん。箸を持て」

 

「軍務ですので」

 

「便利に使うな」

 

 控室を出ると、廊下の先では管理官が待っていた。

 

 手には書類。

 

 ジィッドは足を止めた。

 

「今はやめろ」

 

 管理官は一礼する。

 

「明朝の予算確認会議の資料です」

 

「今はやめろと言った」

 

「お持ち帰り用です」

 

「食い物みたいに言うな」

 

 ニナリスが一歩前に出た。

 

「管理官。マスターはこれより休息に入ります。資料は私が預かります」

 

 管理官は即座に書類を差し出した。

 

「承知しました」

 

 ジィッドはニナリスを見る。

 

「預かるのか」

 

「はい。帰ってからはお見せしません」

 

「助かる」

 

「ただし、明朝は確認していただきます」

 

「分かっている」

 

 ジィッドは深く息を吐いた。

 

「まず飯だ」

 

 ニナリスは、ほんの少しだけ柔らかい声で答えた。

 

「はい。帰ったら、すぐにお作りします」

 

 その言葉だけで、ジィッドの足取りが少し軽くなった。

 

 総督中将。

 

 銀月騎士団団長。

 

 ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏の責任者。

 

 七百騎強のGTMを抱える男。

 

 それでも、会食の後に欲しいものは単純だった。

 

 温かいもの。

 

 静かな部屋。

 

 仕事ではない飯。

 

 ジィッドは廊下を歩きながら、ぽつりと言った。

 

「次の晩餐会には、懐にCレーションを忍ばせておく」

 

 ラドが真顔で返す。

 

「団長、それは礼儀作法的にどうなんですか」

 

 ニナリスが静かに答えた。

 

「非常時でなければ推奨しません」

 

「非常時だろ」

 

「空腹は非常時ではありません」

 

「俺にとっては非常時だ」

 

 ノエルが笑った。

 

「では、次回までに“会食後夜食導線”を整備しましょう」

 

 ジィッドは足を止めた。

 

「それだ」

 

 ラドが頷く。

 

「総督府公式夜食導線」

 

「名前をつけるな」

 

 ニナリスが記録する。

 

「会食後の軽食準備。マスター用、ラド様、ノエル様分も含む」

 

 ジィッドは、少しだけ笑った。

 

「それなら許す」

 

 その夜、総督府の公式記録には残らなかったが。

 

 総督中将は、就任晩餐会の後、自室で温かい汁物を食べた。

 

 それが、その日一番まともな食事だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。