/*/ 星団暦3069年 総督府執務棟 /*/
任命式は、簡易だった。
簡易、とジィッドは言った。
だが、総督府管理官庁が絡んだ時点で、簡易にも書式があった。
辞令。
署名。
階級章。
記録官。
立会人。
写真記録。
総督中将訓示。
ラドとノエルは、大佐になった。
正確には、すでになっていた。
ただ本人たちが知らなかっただけだった。
そして今。
控室に戻った二人は、新しい階級章を見下ろしながら、同時に沈黙していた。
ラドがぽつりと言った。
「……副官だと思っていたのに」
ノエルが続ける。
「自分の仕事にも副官が必要になった件」
二人は顔を見合わせた。
「「どういうことですか、これ」」
ジィッドは椅子に座り、昨夜より少しまともな朝食を食べていた。
温かい粥。
漬物。
薄い茶。
総督中将の朝食としては地味だが、会食より百倍ましだった。
「仕事が増えたからだろう」
ジィッドは当然のように言った。
ラドが訴える。
「団長、俺たちは団長の副官だと思ってたんですよ」
「違うのか?」
「違いませんけど!」
ノエルが書類束を持ち上げる。
「でも、この量は副官の仕事ではなく、部署の仕事です」
「だから副官をつけろと言っている」
「俺たちに副官がつくんですか」
「大佐だからな」
ラドが呻いた。
「大佐って怖い」
ノエルも頷いた。
「給料が上がる理由が分かってきました」
「分かってくれて助かる」
「助かりません」
ジィッドは粥を一口食べ、淡々と言った。
「秘書でも良いし、騎士団員でなくても良いぞ。事務仕事だからな」
ラドとノエルが揃って顔を上げる。
「騎士団員でなくても?」
「ああ」
ジィッドは茶を飲む。
「管理官たちに紹介して貰っても良い。軍政管理官庁にも、使える事務官はいる。元ベイジ市政評議会の書記官でもいい。ノウランの帳簿係でもいい。要は仕事を回せる人間だ」
ノエルが少し慎重に言った。
「ですが、派閥がどうのとか、あるんじゃないですか」
「あるだろうな」
ジィッドは即答した。
「旧議会系、商業組合系、軍政管理官庁系、銀月生え抜き、国家騎士団側、ノウラン行政組、オータ税務組。面倒な線はいくらでもある」
ラドが嫌そうな顔をする。
「じゃあ、やっぱり身内から選んだ方が」
「身内だけで回せる量じゃない」
ジィッドの声は静かだった。
「俺たちにそんな余裕はない」
控室が少し静かになる。
ジィッドは二人を見た。
「派閥を気にして仕事を抱え込んだら、お前たちが潰れる。お前たちが潰れると、俺のところへ全部戻ってくる。俺が潰れると、総督府が止まる。総督府が止まると、街道と税収と配給と整備が詰まる」
ノエルが小さく言った。
「最悪の循環ですね」
「そうだ」
ジィッドは頷いた。
「だから人を使え。信用しきるな。だが、使わないのはもっと駄目だ」
ラドが腕を組んだ。
「秘書か……」
ノエルが書類を見ながら言う。
「俺の方は行政軍務連絡だから、旧市政評議会系の書記官がいると助かりますね。ただ、あまり旧議会寄りすぎると情報が偏る」
「なら二人つけろ」
ジィッドが言う。
「一人は旧市政系。一人は軍政管理官庁系。互いに記録を照合させろ」
ノエルが固まった。
「二人」
「一人だと派閥になる。二人だと監査になる」
ラドが感心したように言う。
「団長、性格悪いですね」
「仕事だ」
「否定しないんですね」
「否定する余裕もない」
ラドが自分の書類をめくる。
「俺の方は街道警備、黒豹受入、国家騎士団酒場利用規定、撤退支援訓練……これ、秘書で足ります?」
「足りないなら補佐官にしろ」
「言葉が重くなった」
「仕事も重い」
ニナリスが静かに端末を開く。
「ラド様の場合、軍務秘書一名、兵站記録官一名、国家騎士団連絡担当一名を置くのが妥当です」
ラドが目を見開く。
「三人!?」
「はい」
「俺の下に三人!?」
「大佐ですので」
ラドは頭を抱えた。
「大佐って怖い」
ノエルが横で真顔になる。
「俺は?」
ニナリスは即答した。
「行政記録秘書一名、旧議会系調整補佐一名、衛星都市連絡官一名を推奨します」
ノエルも頭を抱えた。
「三人……」
ジィッドは粥を食べ終えた。
「よかったな。部下が増える」
ラドが睨む。
「団長、他人事みたいに」
「他人事ではない。お前たちの部下が増えれば、俺に来る書類が少し減る」
「本音!」
「本音だ」
ノエルが深く息を吐く。
「人選はどうします?」
ジィッドは茶碗を置いた。
「管理官に候補を出させろ。ただし、管理官推薦だけで決めるな。ラドとノエルが面接しろ」
「面接……」
「お前たちが使う人間だ。お前たちが見ろ」
ラドが少し真面目な顔になる。
「基準は?」
「仕事が速い。記録を誤魔化さない。余計な忠誠を売り込まない。派閥の話を最初にしない。質問に答える。分からない時に分からないと言える」
ノエルが頷く。
「有能すぎるより、嘘をつかない人間」
「そうだ」
ジィッドは言った。
「有能な嘘つきは面倒だ。無能な正直者も困る。普通に仕事ができて、記録を曲げない奴がいい」
ラドが苦笑する。
「それ、結構貴重では?」
「だから管理官たちに探させる」
その時、まるで呼ばれたかのように扉が開いた。
管理官が書類束を持って入ってくる。
「お呼びでしょうか」
ジィッドは半眼になった。
「盗聴しているのか」
「控室前で待機していました」
「ほぼ同じだ」
管理官は涼しい顔で書類を置いた。
「ラド大佐、ノエル大佐の補佐人員候補一覧です」
ラドとノエルが同時に叫ぶ。
「もうあるんですか!?」
「はい。大佐任官は事前に通達されていましたので」
ジィッドが顔をしかめる。
「本人以外にはな」
管理官は一礼する。
「必要な準備でした」
ラドが恐る恐る候補一覧を見る。
「名前が多い……」
ノエルも目を通す。
「旧市政評議会系、軍政管理官庁系、ノウラン帳簿組、旧ベイジ税務組、国家騎士団連絡班……本当に派閥だらけですね」
「だから混ぜろ」
ジィッドは言った。
「一色にするな。派閥を消そうとすると地下へ潜る。見える形で混ぜて、仕事で縛れ」
管理官が目を輝かせる。
「名言ですね。総督府人事方針に――」
「使うな」
ニナリスが静かに言う。
「記録しました」
「記録はいつも残酷だな」
ラドは候補一覧を見ながら、ぽつりと言った。
「俺、副官だと思ってたのになあ」
ノエルが頷く。
「気づいたら、自分の下に秘書と補佐官と連絡官がつく側です」
ジィッドは少しだけ笑った。
「俺も、ただの騎士団長だったはずだ」
ラドとノエルが同時に返す。
「現在は総督中将です」
ジィッドは苦い顔をした。
「お前らまで言葉で殴るな」
控室に短い笑いが起きた。
だが、笑いながらもラドとノエルは候補者一覧を読み始めた。
副官だと思っていた二人は、大佐になった。
大佐になった二人には、さらに副官が必要になった。
総督府は、そうやって勝手に形を作っていく。
ジィッドは空の椀を見下ろし、ぽつりと言った。
「仕事というのは、部下を増やすと減るんじゃないのか」
管理官が答えた。
「減る仕事と、増える仕事があります」
「増える方を先に言うな」
ニナリスが静かに補足する。
「ただし、処理不能な仕事は減ります」
ジィッドは少し黙った。
「なら、やるしかないか」
「はい」
ラドが候補一覧を掲げる。
「では、面接ですね」
ノエルも頷く。
「大佐初仕事が、自分の副官探しですか」
ジィッドは立ち上がった。
「いいじゃないか。最初に自分が潰れない仕組みを作る。大事な仕事だ」
二人は顔を見合わせた。
そして少しだけ、納得したように頷いた。
その日、総督府には新しい小さな部署が二つ生まれた。
ラド大佐付き軍務補佐班。
ノエル大佐付き行政軍務連絡班。
そしてジィッドは、ようやく少しだけ自分の机の上が減る未来を期待した。
なお、その期待は翌日の会議で裏切られることになる。