ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

108 / 109
既に配布済み

/*/ 星団暦3069年 ベイジ司令部・広報資料室 /*/

 

 

 

 ナカカラ王都侵攻戦は、失敗した。

 

 王都ナカカラは落ちなかった。

 

 フィルモア皇帝ダイ・グの勅命によって戦場の重心は反転し、ブーレイ傭兵騎士団オデオン五十騎は寝返り、ノイエシルチス青グループは再び前進し、同盟軍はナカカラから叩き出された。

 

 事実だけを並べれば、そうなる。

 

 だが、戦争は事実だけでは動かない。

 

 士気がいる。

 

 面子がいる。

 

 次の作戦に繋がる説明がいる。

 

 そして、失敗を失敗のまま置いておくと、兵も都市も商人も不安になる。

 

 だから、広報は仕事をした。

 

 

 

/*/ 星団各紙・見出し /*/

 

 

 ナカカラ北部戦線、同盟軍再編へ

 銀月騎士団マトリア卿、撤退線を指揮!

 被害を最小限に抑え、ロッゾ・西部連合の主力を救出

 

 マトリア卿、現地判断で撤退支援を決断

 通信混乱下、銀月・黒豹両騎士団を統制

 同盟軍戦力の温存に成功

 

 バッハトマ主宰、ジョー・ジィッド・マトリア卿を総督中将に任命

 ノウラン市・オータ市・ボルサ諸島列島を含む周辺軍政地域を正式管轄へ

 

 ノウラン=オータ=ボルサ経済圏、より一層の発展へ

 現地税収、街道整備、保存食生産、酒造、工房税が好調

 軍政から広域復興統治へ移行

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは、その束を見て沈黙した。

 

 黙って、見出しを読み直した。

 

 そして、低く言った。

 

「……負けたよな?」

 

 ラドが横で咳払いする。

 

「王都攻略は失敗しました」

 

 ノエルが補足する。

 

「ただし、撤退戦は成功しました」

 

 管理官は涼しい顔で言う。

 

「広報上は、そこを強調します」

 

 ジィッドは記事を持ち上げる。

 

「“同盟軍再編へ”ってなんだ」

 

「撤退です」

 

「“戦力の温存に成功”は」

 

「撤退です」

 

「“広域復興統治へ移行”は」

 

「総督中将就任です」

 

「全部言い換えじゃないか」

 

「広報ですので」

 

 ジィッドは額を押さえた。

 

「便利な言葉だな、広報」

 

 

 

/*/ 帝国系軍事通信番組 /*/

 

 

 

 受像機の中では、解説官が地図を前にしていた。

 

 ナカカラ北部戦線。

 

 ロッゾ傭兵騎士団。

 

 西部騎士団連合。

 

 ブーレイ傭兵騎士団オデオン。

 

 ノイエシルチス青グループ。

 

 そして、銀月騎士団と黒豹騎士団。

 

 解説官は棒で地図を示しながら、よく通る声で言った。

 

「今回、特筆すべきは銀月騎士団の動きです」

 

 画面が切り替わる。

 

 白銀のデムザンバラ。

 

 撤退線を塞ぐ黒豹の影。

 

 後退するロッゾと西部連合。

 

「ジョー・ジィッド・マトリア卿は、広域通信網の混乱、ブーレイ部隊の敵味方識別変更、王宮方面への敵増援降下という極めて困難な状況下で、即座に王都攻略の継続を断念。銀月騎士団58騎、黒豹騎士団72騎を用いて撤退支援線を形成しました」

 

 ジィッドは受像機の前で、椅子に沈んでいる。

 

「俺、そんな格好いいことしたか?」

 

 ラドが答える。

 

「しましたよ」

 

 ノエルも頷く。

 

「かなりしました」

 

「お前らまで広報に染まるな」

 

 受像機の解説は続く。

 

「この判断により、ロッゾ傭兵騎士団および西部騎士団連合の主力は壊滅を免れ、同盟軍は次期作戦へ戦力を温存することに成功しました。撤退は敗北ではなく、次の戦いへ繋ぐ高度な軍事判断であります」

 

 ジィッドはぼそりと言う。

 

「敗北ではあるだろ」

 

 ニナリスが静かに答える。

 

「王都攻略は失敗です。しかし撤退支援は成功です」

 

「その切り分けが広報になるのか」

 

「はい」

 

「怖いな」

 

 

 

/*/ オータ市・商業新聞 /*/

 

 

 軍事紙より、商業紙の方がもっと露骨だった。

 

 

/*/

 

 

 マトリア総督中将就任でノウラン=オータ=ボルサ経済圏、安定強化へ

 現地税収の正式予算化により街道・倉庫・酒造・工房への再投資拡大

 オータ市、商業区取引額が過去最高水準

 

 戦場から戻った総督、まず見たのは撤退線と帳簿

 銀月式統治、軍政から広域経済管理へ

 

 酒造税、想定上振れ

 総督府、市民還元策を検討

 産院・保育所・街道補修・保存食価格安定へ

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドはその記事を見て、目を細めた。

 

「“戦場から戻った総督、まず見たのは撤退線と帳簿”」

 

 ラドが言う。

 

「間違ってはいませんね」

 

「間違っていないのが嫌なんだ」

 

 ノエルが別紙をめくる。

 

「こっちもあります」

 

 

 

/*/

 

 

 GTM700騎強を抱える総督中将、GTMは都市防衛に配備。

 通常部隊と市政評議会で行政維持。

 商業都市としての安定性を重視。

 

 

/*/

 

 

 

 管理官が満足そうに頷く。

 

「良い記事です」

 

 ジィッドは顔をしかめる。

 

「良いのか」

 

「オータ市の商人に安心感を与えます。GTMが配備される。市政評議会が残る。市場が動く。港湾と通信は管理されるが、商売は続く。これが伝わるのは重要です」

 

「なるほど」

 

「さらに、AP騎士団側にも圧力になります」

 

 ジィッドは黙った。

 

 管理官は続ける。

 

「ベイジ、ノウラン市、オータ市が金を吐く都市であり、かつ総督府が経済を保っていることが広く知られれば、奪還側も雑な侵攻がしづらくなります」

 

「記事まで抑止力にするのか」

 

「はい」

 

 ジィッドは、深く息を吐いた。

 

「広報は戦場より性格が悪いな」

 

 

 

/*/ ノウラン市・市民向け広報 /*/

 

 

 

 ノウラン側の見出しは、もっと生活寄りだった。

 

 

 

/*/

 

 

 保存食工場、軍需契約更新へ

 民間流通分は維持、価格安定を優先

 

 総督府、乳幼児配給路を優先補修へ

 産院・保育所への供給遅延防止策

 

 ノウラン酪農組合、総督中将就任に祝意

 乳製品加工補助金、来期も継続見込み

 

 銀月騎士団、ナカカラより帰還

 総督府、戦没者・負傷者支援窓口を設置

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドはこの最後の記事で、少しだけ黙った。

 

 ナカカラから帰った。

 

 全員ではない。

 

 王宮方面へ割って入った味方は、救えなかった。

 

 銀月は騎士死亡なしで戻ったが、黒豹には死者が出た。

 

 ロッゾと西部連合も、無傷ではない。

 

 広報は、士気を維持するために書く。

 

 だが、死者が消えるわけではない。

 

 ジィッドは記事を置いた。

 

「戦没者支援窓口は、広報だけで終わらせるな」

 

 管理官が頷く。

 

「既に予算案に入れています」

 

「黒豹の分もだ」

 

「黒豹騎士団は別部隊ですが」

 

「撤退支援で指揮下に入れた。俺の責任もある」

 

 ニナリスが記録する。

 

「黒豹騎士団損耗に対する総督府支援、別枠確認」

 

 ラドが少しだけ真面目な顔で言う。

 

「団長、それをやると、また仕事が増えますよ」

 

「知っている」

 

「なら」

 

「やる」

 

 短い返答だった。

 

 ノエルは何も言わずに記録した。

 

 

 

/*/ 帝国外メディア /*/

 

 

 

 外の見方は、もっと複雑だった。

 

 

 

/*/

 

 

 ナカカラ攻略失敗、同盟軍後退

 フィルモア皇帝ダイ・グの勅命が戦場を変えた

 

 それでも同盟軍壊滅を避けた銀月騎士団

 ジィッド・マトリア卿、撤退線構築で評価上昇

 

 敗北の中の実務家

 剣聖騎を扱いきれない若き騎士、今や広域軍政圏の総督中将へ

 

 ノウラン=スバース経済圏、戦争下でも成長継続

 占領か、復興か、軍政か――複雑化するバッハトマ支配地域

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは、最後の記事を見て渋い顔をした。

 

「外の方が嫌なところを突くな」

 

 ラドが頷く。

 

「占領か、復興か、軍政か。確かに外から見ると分かりにくいですね」

 

 ノエルが言う。

 

「しかも全部です」

 

「言うな」

 

 管理官は、むしろ満足そうだった。

 

「分かりにくいこと自体が、抑止力です」

 

「お前たちは本当に性格が悪いな」

 

「総督の方針です」

 

「俺のせいにするな」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「マスターの決裁印があります」

 

「記録はいつも残酷だな」

 

 

 

/*/ バッハトマ軍内部広報 /*/

 

 

 

 兵向けの内部広報は、さらに分かりやすかった。

 

 

 

/*/

 

 

 

 負け戦を敗走にしなかった男

 マトリア総督中将、撤退線を指揮

 

 銀月騎士団、黒豹騎士団と連携

 ロッゾ・西部連合の撤退を支援

 

 撃破数ではなく、生還数を残す

 銀月式撤退支援、再評価へ

 

 ノウラン=スバース経済圏、前線を支える後方へ

 保存食、乳製品、酒造、街道、整備、税収――戦いを続ける力

 

 

 

/*/

 

 

 

 兵向け食堂では、この記事が貼られた。

 

 国家騎士団の若い騎士が、それを見て言う。

 

「撃破数じゃなく、生還数か」

 

 隣の兵が答える。

 

「銀月っぽいな」

 

「でも総督中将だろ。前線で斬るより、後ろで書類書いてる人じゃないのか」

 

「ナカカラでは出たらしいぞ」

 

「撤退戦で?」

 

「撤退戦で」

 

「……地味だな」

 

「でも、生きて帰るなら地味な方がいい」

 

 その言葉は、少しずつ広がっていった。

 

 

 

/*/ 総督府仮執務棟 広報確認室 /*/

 

 

 

 ジィッドは、一通りの記事を確認し終えた。

 

 疲れていた。

 

 戦場より疲れる。

 

 会食よりは少しまし。

 

 だが、広報は広報で胃に来る。

 

「つまり、こういうことか」

 

 彼は指を折る。

 

「王都攻略は失敗した。だが、撤退支援は成功した。俺は命令違反を通信不良で処理され、総督中将にされ、軍政経済圏は発展していることになり、外には“敗北の中の実務家”とか書かれる」

 

 管理官が頷く。

 

「概ね正確です」

 

「正確なのが腹立たしい」

 

 ラドが笑う。

 

「でも、士気は保てます」

 

 ノエルも言う。

 

「兵は、負けたことより“壊滅しなかった理由”を欲しがります。市民は“戦争があっても経済圏が止まらない理由”を欲しがります。商人は“税収と市場が守られる理由”を欲しがります」

 

 ニナリスが静かに続けた。

 

「そして中央は、マスターを総督中将に任じた理由を欲しがります」

 

 ジィッドは目を閉じた。

 

「全員、理由が好きだな」

 

「理由がないと人は不安になります」

 

「なら、書かせるしかないか」

 

 管理官が確認する。

 

「では、広報方針は承認で?」

 

 ジィッドは少し黙った。

 

 それから言った。

 

「王都攻略失敗は消すな」

 

 管理官が顔を上げる。

 

「よろしいのですか」

 

「消すと嘘になる。嘘は後で腐る。失敗した。だが撤退で壊滅は避けた。経済圏は動いている。総督府は責任を取る。その線で書け」

 

 管理官は深く頷いた。

 

「承知しました」

 

「それと」

 

「はい」

 

「俺を英雄にするな」

 

 ラドとノエルが、同時に微妙な顔をした。

 

 管理官も少しだけ黙る。

 

 ジィッドが眉をひそめる。

 

「なんだ」

 

 ノエルが言いにくそうに言った。

 

「もう少し、手遅れかもしれません」

 

「おい」

 

 ラドが別の記事をそっと出す。

 

 

 

/*/

 

 

 白銀の撤退線

 マトリア総督中将、崩れた戦場に残した生還の道

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは、それを見て固まった。

 

「誰だ、これを書いた奴は」

 

 管理官が答える。

 

「帝国軍内部広報班です」

 

「呼べ」

 

「処罰ですか」

 

「見出しを変えさせる」

 

「既に配布済みです」

 

「記録はいつも残酷だな」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「広報も残酷です」

 

 ジィッドは深く、深く息を吐いた。

 

「次から、見出しは事前に見せろ」

 

 管理官は一礼した。

 

「承知しました。広報見出し事前確認会議を設置します」

 

「会議を作るな!」

 

 その声が、総督府仮執務棟に響いた。

 

 ナカカラ王都侵攻戦は失敗した。

 

 だが、同盟軍は壊滅しなかった。

 

 ノウラン=オータ=ボルサ経済圏は動き続けた。

 

 そして、ジョー・ジィッド・マトリア総督中将は、本人の希望とは無関係に、敗北の中で撤退線を引いた男として書かれていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。