悲しむ暇もねぇ
/*/ 星団暦3070年 軍政圏 総督府執務棟 総督中将執務室 /*/
受像機から、騎士向け週報が流れていた。
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「――ミノグシア騎士ニュースです。カステポーの放浪騎士として名を馳せたヨーン・バインツェル氏が、バッハトマ魔法帝国の総騎士団長、黒騎士デコーズ・ワイズメル卿と戦闘し敗北!
バインツェル氏のファティマは死亡。バインツェル氏は重体で、再起は難しいと見られています。
以上、今週の騎士ニュースでした――」
/*/
軽い音楽が戻った。
あまりにも軽い音だった。
ジィッドは、書類に走らせていた筆を止める。
「……デコーズ隊長、なにしてるんだ?」
独り言だった。
だが、ニナリスは静かに視線を向けた。
ジィッドは受像機を見つめたまま、記憶を探る。
「ヨーン・バインツェル。確か、カステポー随一の素手の騎士とか……」
そこまで言って、ひとつ繋がった。
若くて。
素手が強い。
アーリィが探していた騎士。
「……アーリィが探してたのって、ヨーン・バインツェルだったのか?」
その瞬間、扉が開いた。
ラドが駆け込んでくる。
「団長!」
「今のニュースか?」
「違います! いや、それも大変ですけど、もっと大変です!」
「言え」
「トモエ団長が殺されました!」
椅子が床を鳴らした。
ジィッドは立ち上がっていた。
「なんだと! どこのどいつだ!」
ラドは、言いづらそうに顔を歪める。
「そ、それが……アーリィ副団長が上官殺しで、そのまま逃亡した、と」
ジィッドの表情が消えた。
「……アーリィが?」
「報告では、そうです」
「トモエ団長を殺して、逃げた?」
「はい」
ジィッドはしばらく立ったまま動かなかった。
それから、椅子に崩れ落ちるように座った。
「なんてこった……」
黒豹騎士団。
3個大隊、200騎以上を抱えるバッハトマの名付き大騎士団。
その団長トモエが殺され、副団長アーリィが逃亡した。
黒豹は一騎士団ではない。
一方面の機動戦力だった。
その頭と牙が、同時に消えた。
「黒豹騎士団は……いきなりトップ二人を失ったのか……」
ニナリスが端末を操作する。
「黒豹騎士団内部通信、混乱しています。三個大隊それぞれで指揮継承確認が錯綜。ファティマ保護要請、騎士の所在確認、武装待機命令の重複が発生しています」
「だろうな」
「本国軍務局より、緊急通達が準備中です」
ジィッドは、その言葉で嫌な予感を覚えた。
その予感が形になるより早く、今度はノエルが駆け込んでくる。
「団長!」
「今度は何だ」
「大変です! 黒豹騎士団を一時的に団長の配下にすると連絡が!」
ジィッドは目を閉じた。
「来たか」
だが、ノエルはまだ終わっていなかった。
「それと、国家騎士団です!」
「国家騎士団?」
「本国から追加で180騎が送られます。管区内の国家騎士団は再編後、700騎規模になります!」
ジィッドは顔を上げた。
「待て」
「はい」
「国家騎士団が700騎」
「はい」
「銀月が200騎以上」
「はい」
「黒豹が三個大隊、200騎以上」
「はい」
「合計は」
ノエルは、言いづらそうに答えた。
「1,100騎前後です」
沈黙。
長い沈黙。
ラドも、ノエルも、ニナリスも黙った。
ジィッドは両手で顔を覆った。
「……悲しむ暇もねぇ」
その時、ニナリスが静かに告げた。
「マスター。本国通達、正式受信しました」
「読まなくていい」
「読み上げます」
「読まなくていいと言った」
「軍務です」
ジィッドは呻いた。
「卑怯な言葉だ」
ニナリスは端末を見る。
「ジョー・ジィッド・マトリア総督中将を、同日付で大将へ昇任。ノウラン=スバース軍政圏総督職は継続。銀月騎士団、バッハトマ国家騎士団管区戦力、ならびに黒豹騎士団を一時的に総督大将指揮下へ編入」
ジィッドは固まった。
「……大将?」
「はい」
「俺が?」
「はい」
「デコーズ隊長が上級大将だぞ」
「はい。通達上、デコーズ上級大将に次ぐ管区大将待遇です」
ラドが小声で言った。
「規模としては、まあ……」
ジィッドが睨む。
「まあ、何だ」
ラドは正直に答えた。
「銀月200騎以上、国家騎士団700騎、黒豹200騎以上。1,100騎前後を一時指揮下に置くなら、中将では足りないかと」
ノエルも頷く。
「黒豹は名付き騎士団ですし、国家騎士団700騎は実質的に一方面軍です。階級上、他部隊を押さえるには大将でないと通りません」
ジィッドは天井を見た。
「通るな。通らなくていい」
ニナリスはさらに読み上げる。
「黒豹騎士団内部の指揮系統再建、逃亡中のアーリィ・ブラスト元副団長に関する情報整理、トモエ団長殺害事件の軍務上影響評価、国家騎士団700騎の管区配置再編、ベイジ、ノウラン=オータ=ボルサ経済圏防衛計画の更新を命ずる」
ジィッドは乾いた笑いを漏らした。
「情報整理」
ラドが言う。
「軽い言葉ほど重いですね」
「軽い言葉ほど重いんだよ」
ノエルが別紙を見て青ざめる。
「黒豹三個大隊の宿営、補給、整備、ファティマ保護、騎士の動揺対策、隊内監査。国家騎士団七百騎の街道警備、衛星都市守備、酒場利用規定、宿営再編、給与、補給、整備……全部、総督府案件です」
ジィッドは目を閉じた。
「その言葉を禁止したい」
管理官が、いつの間にか扉の外に立っていた。
「不可能です」
「入ってくるな」
「緊急案件です」
「知っている」
管理官は、分厚い書類束を抱えていた。
ジィッドはそれを見ただけで、胃を押さえた。
「まさか」
「黒豹騎士団三個大隊一時編入、ならびに国家騎士団700騎再編に伴う初期調整書類です」
「早い」
「想定していました」
「するな。そんな想定をするな」
「必要でした」
「必要なのが腹立たしい」
/*/ 黒豹騎士団の一時編入 /*/
黒豹騎士団は、単なる一部隊ではない。
三個大隊。
200騎以上。
名付き騎士団としての誇りと、独自の指揮文化を持つ大部隊である。
それを一時的に預かる。
しかも、団長は死亡。
副団長は上官殺しの容疑で逃亡。
通常の編入ではない。
爆発寸前の騎士団を、外側から抱え込むようなものだった。
ジィッドは、疲れた顔のまま言う。
「黒豹騎士団へ通達」
ノエルが端末を開く。
「はい」
「総督府はトモエ団長の死を悼む。アーリィの件は断定を急がない。ただし、黒豹騎士団の指揮系統空白は認めない」
「はい」
「三個大隊は現状の大隊編成を維持。勝手な再編はしない。各大隊長は暫定的に職務継続。総督府から連絡将校を出す」
ラドが頷く。
「銀月から出しますか」
「出す。ただし監視役と言うな。連絡役だ」
「言い方ですね」
「言い方で人は動く」
ニナリスが補足する。
「黒豹騎士およびファティマの即時拘束は行わない。宿営、食事、整備、医療を優先。GTMの単独出撃は禁止」
「それでいい」
ジィッドは続ける。
「黒豹を処分対象にするな。保護対象として扱え。ここを間違えると、黒豹が割れる」
管理官が記録する。
「黒豹騎士団一時編入は、処分ではなく保護措置」
「そうだ」
/*/ 国家騎士団700騎 /*/
次の地図が広げられる。
灰色の駒が、作戦卓を埋めていく。
国家騎士団700騎。
名付き騎士団より一段下に見られる、帝国の基幹騎士団。
街道警備。
衛星都市守備。
税収輸送護衛。
補給倉庫警備。
橋梁防衛。
通常部隊支援。
敗残兵掃討。
小規模反乱鎮圧。
それらを担う、地味だが不可欠な戦力。
ジィッドは地図を見下ろした。
「国家騎士団は、絶対に前線の名誉争いに巻き込むな」
管理官が頷く。
「街道と衛星都市ですね」
「そうだ。七百騎もいるからといって、雑に前へ出すな。700騎いるからこそ、後ろを支えさせる」
ラドが配置を書き込む。
「主要街道、補助街道、税収輸送路、医療・産院配給路、酒造原料路、保存食輸送路」
「全部見る」
ノエルが続ける。
「衛星倉庫、樽材供給町、飼料生産村、農具修理町、補給中継基地、難民定住村、工房町」
「国家騎士団を置け。銀月は監督と機動判断。国家は広域維持」
ニナリスが静かに言う。
「マスター。現在の指揮下戦力は、銀月200騎以上、国家騎士団700騎、黒豹騎士団200騎以上。合計1,100騎前後です」
「1,100騎前後」
「はい」
「運用、大変ですね」
「はい」
「そこは否定してくれ」
「事実です」
「事実で殴るな」
ラドがぽつりと言う。
「大将ですね、これは」
「言うな」
ノエルも言う。
「中将では命令系統が詰まります」
「言うなと言った」
/*/ 会議終了間際 /*/
作戦卓は、駒で埋まっていた。
白。
灰。
黒。
銀月。
国家騎士団。
黒豹。
千百騎前後。
数字だけなら、一方面軍どころではない。
だが、その全てを前線に出すわけではない。
国家騎士団700騎は、街道と衛星都市を支える。
銀月200騎以上は、機動判断戦力。
黒豹200騎以上は、まず保護し、割らせない。
ジィッドは、その地図を見て、低く言った。
「悲しむのは後だ。黒豹を割らせるな。国家騎士団を腐らせるな」
ラドが敬礼する。
「了解」
ノエルも頷く。
「すぐ通達を出します」
ニナリスが静かに言う。
「マスター。大将昇任に伴う式典は」
「後だ」
管理官が言う。
「全て後にはできません」
「減らせ」
「承知しました」
ジィッドは受像機を見た。
画面は消えている。
だが、さっきのニュースの声がまだ耳に残っている。
ヨーン・バインツェル敗北。
ファティマ死亡。
トモエ団長殺害。
アーリィ逃亡。
黒豹騎士団一時編入。
国家騎士団700騎再編。
大将任命。
全部が一日に来た。
ジィッドは、乾いた声で言った。
「本当に、悲しむ暇もねぇな」
誰も否定しなかった。