/*/ 星団暦3070年 軍政圏・総督府執務棟 /*/
証言者は、黒豹騎士団の若い騎士だった。
顔色が悪い。
手は震えていない。
だが、目だけが震えていた。
ジィッドは、机の向こうで黙って聞いていた。
隣にニナリス。
後ろにラドとノエル。
さらに、軍医と記録官が控えている。
証言者は、声を絞るように言った。
「突然でした」
記録官の筆が動く。
「トモエ団長と、ブラスト副団長が……突然、斬り合いを始めて」
その場にいた者たちは、最初、訓練かと思ったという。
黒豹の団長と副団長。
互いに異常な速度で間合いを詰め、誰も割って入れなかった。
怒号ではない。
罵倒でもない。
ただ、斬撃の音と、踏み込みの音だけが響いた。
「トモエ団長が、最後に……」
証言者は唇を噛んだ。
「このバカが……育ての親を……って」
部屋の空気が凍った。
ラドが息を止める。
ノエルの筆が止まりかける。
ジィッドは動かなかった。
「それで?」
短く促す。
証言者は、目を伏せた。
「でも、死に顔は……笑っていました」
沈黙。
その言葉だけが、部屋に残った。
笑っていた。
上官殺し。
副団長の逃亡。
騎士団長の死亡。
その事実の中に、まったく別の意味が沈んでいる。
だが、それを表に出せば黒豹は割れる。
アーリィを追う者。
トモエの意志を読む者。
育ての親という言葉に縋る者。
裏切りと解釈する者。
仇討ちに走る者。
全てが同時に出る。
ジィッドは、ゆっくり息を吐いた。
「分かった」
証言者が顔を上げる。
「この証言は封印する」
ラドが反応した。
「団長」
「緘口令を敷く」
ジィッドの声は冷えていた。
「公式には、トモエ団長とブラスト副団長が突然斬り合いを始め、ブラスト副団長が生き残った。ブラスト副団長は上官殺しで逃亡。以上だ」
証言者が何か言いかける。
ジィッドは、その目を見た。
「お前が見たことは消えない。だが、今それを撒けば黒豹が死ぬ」
証言者は、唇を噛んだまま頷いた。
ジィッドはラドへ向く。
「賞金を掛けて手配しておけ」
「はい」
「ただし、手配文は事務的にしろ。煽るな。仇討ちを誘導するな。逃亡中の上官殺し。捕縛優先。抵抗時のみ交戦許可」
「了解」
ノエルが確認する。
「ブラスト副団長の扱いは、除名ですか」
「現時点では逃亡者だ。除名処理は本国と黒豹再編後に回す」
「はい」
ジィッドは少しだけ目を細めた。
「どうせニンジャの方では、抜け忍として処理されてるだろうけどな」
その言葉に、部屋の温度がさらに下がる。
トモエが仕切っていた黒豹の裏側。
ニンジャ系の諜報、防諜、暗部連絡。
表の騎士団長が死んだだけではない。
裏の管制塔も消えた。
/*/ 同日 総督府仮執務棟 黒豹騎士団再編対策室 /*/
地図の上には、黒豹騎士団三個大隊の配置が展開されていた。
第一大隊。
第二大隊。
第三大隊。
騎士、ファティマ、整備班、補給班、連絡役、暗部接続。
二百騎以上。
名付き騎士団としての独立性を持つ大部隊。
その最上部が、今、折れている。
ジィッドは作戦卓に両手をついた。
「まず、黒豹のトップ層と面談する」
管理官が確認する。
「大隊長、副大隊長、幕僚、ファティマ主任、整備主任、諜報担当ですか」
「全員だ」
「順番は?」
「軍医を同席させる。心身診断を兼ねる。忠誠確認じゃない。メンタル確認だ」
ラドが頷く。
「処分ではなく、保護措置ですね」
「そうだ。今、疑いの目で見れば黒豹は割れる。かといって放置すれば、アーリィ派だのトモエ派だの勝手に生まれる」
ノエルが書き込む。
「面談時の通達は?」
ジィッドは短く言った。
「トモエ団長の死を悼む。ブラスト副団長の逃亡は公式捜査対象。黒豹騎士団員への一括処分は行わない。各大隊は現行編成を維持。独断出撃禁止。GTM単独起動禁止。ファティマ保護を優先」
「了解」
ニナリスが静かに補足する。
「マスター。黒豹騎士団員の中には、トモエ団長とブラスト副団長の関係を知る者がいます」
「知っているだろうな」
「証言の断片が漏れる可能性があります」
「漏れる前提で封じる」
ジィッドは言った。
「完全に消すな。消そうとすると裏で膨らむ。公式記録は最小限。詳細証言は封印。上層面談でだけ扱う。噂が出たら、断定ではなく“捜査中”で止めろ」
管理官が記録する。
「緘口令。ただし完全否定ではなく、調査中扱い」
「そうだ」
ラドが言う。
「トモエ団長が仕切っていたニンジャ系の諜報、防諜部門はどうします」
ジィッドは、そこを一番嫌そうに見た。
「再編する」
短い答えだった。
「率いる者を立てる必要がある。だが、黒豹内部だけで選ぶな。今は感情で割れる」
ノエルが問う。
「総督府直轄にしますか」
「一時的にな」
ジィッドは地図の端に、黒豹諜報線を書き足す。
「黒豹諜報、防諜、ニンジャ連絡は、暫定で総督府防諜班の監督下に置く。黒豹から実務を知る者を副に立てる。銀月から監査役をつける。ニンジャ側との接続は、今までの線を切らずに、記録だけ二重化する」
管理官が感心したように言う。
「完全掌握ではなく、二重記録による暴走防止ですね」
「完全掌握なんてできない。できると思う奴はニンジャを知らない」
ジィッドは吐き捨てるように言った。
「トモエ団長の穴を、一人で埋めようとするな。必ず腐る。三人で分けろ」
「三人?」
「黒豹内部の実務担当。総督府防諜の監督担当。銀月の記録監査。三者で回す」
「承知しました」
/*/ 黒豹騎士団・暫定指揮再建案 /*/
ノエルが次の書類を出す。
「騎士側の指揮再建です」
ジィッドは頷いた。
「副官補佐をやっていた者を立てる」
ラドが確認する。
「団長代理ではなく?」
「いきなり団長代理にするな。重すぎる」
「では、暫定統括補佐?」
「それでいい」
ジィッドは黒豹三個大隊の名簿を見る。
「トモエ団長の直近で副官補佐をしていた者。各大隊長と話ができる者。アーリィに近すぎない者。トモエの死で感情的になっていない者。そいつを俺の下につける」
「黒豹騎士団を、総督大将直轄の一時編入部隊として再編」
「そうだ。ただし、黒豹の看板は外すな」
ジィッドは鋭く言った。
「黒豹を銀月に吸収するな。黒豹は黒豹として残す。俺の下で再建するだけだ」
ラドが小さく頷いた。
「そこを間違えると、誇りを折りますね」
「折るな。今折ったら二度と戻らない」
ニナリスが記録する。
「黒豹騎士団は名称、隊旗、三個大隊編成を維持。暫定統括補佐を置き、総督大将の下で指揮再建。銀月騎士団への吸収は行わない」
ジィッドは頷く。
「それでいい」
管理官が問う。
「アーリィ・ブラスト元副団長の追跡は」
「専門部隊に任せる。黒豹には追わせるな」
ラドが顔を上げる。
「黒豹に追わせない?」
「追わせたら仇討ちになる。もしくは逃がす。どちらも駄目だ」
「では、通達は」
「黒豹騎士団は自己判断でブラスト元副団長を追跡してはならない。情報を得た場合は総督府へ即時報告。独断接触禁止」
ノエルが書く。
「違反時は?」
「軍規違反。ただし初回は拘束ではなく隔離と聴取。今は感情で動く奴が出る」
管理官が静かに言う。
「かなり慎重ですね」
「黒豹は二百騎以上いる。割れたら戦場より面倒だ」
/*/ 面談前 控室 /*/
最初の面談相手が来るまで、わずかな時間があった。
ジィッドは、消えた受像機を見た。
さっきまでそこには、ヨーン・バインツェルの敗北を伝える軽い騎士ニュースが流れていた。
ヨーン。
アーリィが探していた男。
デコーズと戦い、敗北した騎士。
ファティマを失った騎士。
そして、その報道の直後に届いた、トモエの死とアーリィの逃亡。
繋がっている。
だが、今のジィッドには、その全体像を追う余裕はない。
目の前にあるのは、黒豹騎士団200騎以上を割らせないこと。
国家騎士団700騎を腐らせないこと。
銀月200騎以上を動かせる状態に保つこと。
軍政経済圏を止めないこと。
そして、トモエの死を政治的爆発にしないこと。
「悲しむ暇もねぇな」
ジィッドは、低く言った。
ラドが静かに答える。
「でも、悲しんでいないわけではないんですよね」
ジィッドは答えなかった。
ノエルも何も言わない。
ニナリスだけが、静かに言う。
「マスター。最初の面談者が到着しました」
ジィッドは目を閉じ、ひとつ息を吸った。
そして、総督大将の顔に戻った。
「入れろ」
扉が開く。
黒豹騎士団の騎士が入ってくる。
疲れ切った顔。
怒りを噛み殺した目。
喪失と混乱。
ジィッドは、その全てを見て、最初に言った。
「座れ」
命令ではなく、落ち着かせるための声だった。
「ここは処分の場じゃない。黒豹を割らせないための場だ」
黒豹の騎士が、わずかに目を見開く。
ジィッドは続ける。
「トモエ団長の死は悼む。ブラスト副団長の逃亡は追う。だが、お前たちをまとめて疑うつもりはない」
騎士の肩が、ほんの少しだけ落ちた。
その反応を、軍医が記録する。
ジィッドは、静かに言った。
「まず、眠れているか」
黒豹の騎士は、一瞬、答えに詰まった。
ジィッドは待った。
総督大将の最初の再編仕事は、戦術でも配置でもなかった。
崩れかけた黒豹の騎士に、椅子を勧めることだった。