ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

111 / 115
ヨシワラ・シズナ

/*/ 星団暦3070年 総督府執務棟 黒豹諜報部門・暫定面談室 /*/

 

 

 

 少女は、黒い装束の上に騎士用の外套を羽織っていた。

 

 まだ若い。

 

 アーリィ・ブラストと同じくらいか、あるいは少し下。

 

 だが、目だけは若くなかった。

 

 鋭い。

 

 疑っている。

 

 怒っている。

 

 そして、傷ついている。

 

 ジィッドは名簿を見た。

 

「ヨシワラ・シズナ」

 

「はい。ヨシワラ・シズナです」

 

「黒豹騎士団ニンジャ部門、暫定統括候補」

 

「候補、ですか」

 

 シズナの声には棘があった。

 

「もう決まっているものと思っていました。総督大将閣下の書類では」

 

 ラドが少し眉を動かす。

 

 だが、ジィッドは手で制した。

 

「候補だ。お前が折れていたら立てない」

 

「折れていません」

 

「なら、なぜ怒っている」

 

 シズナの目が細くなる。

 

「怒ってはいけませんか」

 

「怒っていい。だが、怒りで諜報部門を動かす奴は使えない」

 

 部屋が静かになる。

 

 シズナはジィッドを睨んだ。

 

「トモエ様を殺したのは、アーリィ姉様だと聞いています」

 

「公式にはそうだ」

 

「公式には?」

 

「現場証言は封印した」

 

 シズナの表情が、一瞬だけ変わった。

 

 ジィッドは続ける。

 

「トモエ団長とブラスト副団長が突然斬り合いを始めた。ブラスト副団長が生き残り、逃亡した。公式にはそこまでだ」

 

「なぜです」

 

「それ以上を撒くと、黒豹が割れる」

 

「事実を隠すのですか」

 

「今はな」

 

 シズナの拳が震えた。

 

「トモエ様は……」

 

 言葉が詰まる。

 

 それでも、少女は続けた。

 

「トモエ様は、私も育ててくださいました」

 

「知っている」

 

「でも、選んだのはいつもアーリィ姉様でした」

 

 ラドとノエルが黙る。

 

 ニナリスだけが、静かに記録している。

 

 シズナは笑った。

 

 笑い損ねたような顔だった。

 

「アーリィ姉様は速かった。強かった。迷わなかった。私は、いつも遅かった」

 

「そうか」

 

「だから、裏を任されました。記録。連絡。防諜。裏口。後始末」

 

 彼女の声が、少し低くなる。

 

「トモエ様は、私を捨てなかった。でも、刃にはしてくれなかった」

 

 ジィッドはしばらく黙っていた。

 

 そして言った。

 

「なら、お前は今、刃になるな」

 

 シズナが顔を上げる。

 

「何ですって」

 

「刃になろうとするな。今の黒豹に必要なのは、刃じゃない。縫い合わせる糸だ」

 

「……糸」

 

「トモエ団長が握っていたニンジャ系の諜報、防諜、裏連絡。そこが抜けた。アーリィを追いたい奴もいる。仇討ちに走りたい奴もいる。逆に、アーリィを逃がしたい奴もいるかもしれない」

 

 ジィッドはシズナを見た。

 

「お前の仕事は、誰が怒っていて、誰が黙っていて、誰が嘘をついていて、誰が泣けていないかを見ることだ」

 

 シズナは何も言わない。

 

「できるか」

 

「……アーリィ姉様の代わりですか」

 

「違う」

 

 ジィッドは即答した。

 

「トモエ団長の後始末だ」

 

 その言葉で、シズナの目が揺れた。

 

 怒りではない。

 

 悲しみだった。

 

「私は、アーリィ姉様より出来が悪い」

 

「だろうな」

 

 ラドがぎょっとする。

 

 ノエルも顔を上げる。

 

 シズナは逆に、怒るのを忘れたような顔をした。

 

 ジィッドは淡々と続ける。

 

「だが、今必要なのはアーリィじゃない。アーリィみたいな奴を立てたら、黒豹は割れる。怒って走る。血で答えを出そうとする」

 

「……」

 

「お前は遅いんだろう」

 

「はい」

 

「なら、ちょうどいい。今は速い奴より、止まって見られる奴が必要だ」

 

 シズナは唇を噛んだ。

 

「慰めですか」

 

「軍務だ」

 

「便利な言葉ですね」

 

「俺も嫌いだ」

 

 その返しに、シズナは初めて少しだけ表情を崩した。

 

 笑ったわけではない。

 

 だが、棘が少しだけ下がった。

 

 ジィッドは書類を机に置く。

 

「ヨシワラ・シズナ。黒豹ニンジャ部門の暫定統括を命じる」

 

「……私でよろしいのですか」

 

「よくはない」

 

 また即答だった。

 

「今のお前は怒っている。屈折している。アーリィへの劣等感もある。トモエ団長の死も飲み込めていない」

 

「なら、なぜ」

 

「それでも、お前は黒豹を割りたくない顔をしている」

 

 シズナは目を伏せた。

 

「……割りたくありません」

 

「ならやれ」

 

「失敗したら?」

 

「俺の責任だ」

 

 シズナが顔を上げる。

 

 ジィッドは嫌そうに言った。

 

「俺は総督大将らしいからな」

 

 ラドが小声で言う。

 

「らしい、ではなく正式です」

 

「言うな」

 

 シズナは、そこでほんの少しだけ笑った。

 

 今度は確かに笑った。

 

 けれど、すぐに顔を引き締める。

 

「条件があります」

 

「言え」

 

「アーリィ姉様を追う任には、黒豹ニンジャ部隊を出さないでください」

 

 ジィッドの目が細くなる。

 

「理由は」

 

「追えば、捕まえる者と逃がす者に割れます」

 

「正しい」

 

「それから、トモエ様の最後の言葉は、黒豹全体には出さないでください」

 

「出さない」

 

「ただし、完全に消さないでください」

 

 ジィッドは少しだけ黙った。

 

 シズナは言う。

 

「あれは、黒豹の傷です。傷をなかったことにすると、後で膿みます」

 

 ジィッドは、ゆっくり頷いた。

 

「採用する」

 

 シズナは目を伏せた。

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいい。仕事をしろ」

 

「はい」

 

 彼女は立ち上がった。

 

 まだ若い少女騎士。

 

 アーリィより出来が悪かったと自分で思っている、トモエのもう一人の子。

 

 だが、今の黒豹には、速すぎる刃よりも、切れた組織を縫う影が必要だった。

 

 ジィッドは最後に言った。

 

「シズナ」

 

「はい」

 

「アーリィになるな」

 

 シズナは一瞬だけ止まった。

 

「……はい」

 

「トモエ団長の真似もするな」

 

「はい」

 

「お前のやり方で黒豹を残せ」

 

 シズナは深く頭を下げた。

 

「承知しました、総督大将閣下」

 

 ジィッドは嫌そうに顔をしかめた。

 

「その呼び方はやめろ」

 

 シズナは、少しだけ意地悪く言った。

 

「軍務ですので」

 

 ラドとノエルが同時に噴き出した。

 

 ジィッドは天井を見た。

 

「黒豹にも感染したか……」

 

 ニナリスが静かに記録する。

 

「ヨシワラ・シズナ、黒豹ニンジャ部門暫定統括。初回面談、良好」

 

 ジィッドは低く呟いた。

 

「記録はいつも残酷だな」

 

 だが、その声にはほんの少しだけ、安堵が混じっていた。

 





【挿絵表示】


左・カラスマ・ゲンロウ
右・ヨシワラ・シズナ

(生成AI出力)
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。