/*/ 星団暦3070年 総督府執務棟 黒豹諜報部門・暫定面談室 /*/
少女は、黒い装束の上に騎士用の外套を羽織っていた。
まだ若い。
アーリィ・ブラストと同じくらいか、あるいは少し下。
だが、目だけは若くなかった。
鋭い。
疑っている。
怒っている。
そして、傷ついている。
ジィッドは名簿を見た。
「ヨシワラ・シズナ」
「はい。ヨシワラ・シズナです」
「黒豹騎士団ニンジャ部門、暫定統括候補」
「候補、ですか」
シズナの声には棘があった。
「もう決まっているものと思っていました。総督大将閣下の書類では」
ラドが少し眉を動かす。
だが、ジィッドは手で制した。
「候補だ。お前が折れていたら立てない」
「折れていません」
「なら、なぜ怒っている」
シズナの目が細くなる。
「怒ってはいけませんか」
「怒っていい。だが、怒りで諜報部門を動かす奴は使えない」
部屋が静かになる。
シズナはジィッドを睨んだ。
「トモエ様を殺したのは、アーリィ姉様だと聞いています」
「公式にはそうだ」
「公式には?」
「現場証言は封印した」
シズナの表情が、一瞬だけ変わった。
ジィッドは続ける。
「トモエ団長とブラスト副団長が突然斬り合いを始めた。ブラスト副団長が生き残り、逃亡した。公式にはそこまでだ」
「なぜです」
「それ以上を撒くと、黒豹が割れる」
「事実を隠すのですか」
「今はな」
シズナの拳が震えた。
「トモエ様は……」
言葉が詰まる。
それでも、少女は続けた。
「トモエ様は、私も育ててくださいました」
「知っている」
「でも、選んだのはいつもアーリィ姉様でした」
ラドとノエルが黙る。
ニナリスだけが、静かに記録している。
シズナは笑った。
笑い損ねたような顔だった。
「アーリィ姉様は速かった。強かった。迷わなかった。私は、いつも遅かった」
「そうか」
「だから、裏を任されました。記録。連絡。防諜。裏口。後始末」
彼女の声が、少し低くなる。
「トモエ様は、私を捨てなかった。でも、刃にはしてくれなかった」
ジィッドはしばらく黙っていた。
そして言った。
「なら、お前は今、刃になるな」
シズナが顔を上げる。
「何ですって」
「刃になろうとするな。今の黒豹に必要なのは、刃じゃない。縫い合わせる糸だ」
「……糸」
「トモエ団長が握っていたニンジャ系の諜報、防諜、裏連絡。そこが抜けた。アーリィを追いたい奴もいる。仇討ちに走りたい奴もいる。逆に、アーリィを逃がしたい奴もいるかもしれない」
ジィッドはシズナを見た。
「お前の仕事は、誰が怒っていて、誰が黙っていて、誰が嘘をついていて、誰が泣けていないかを見ることだ」
シズナは何も言わない。
「できるか」
「……アーリィ姉様の代わりですか」
「違う」
ジィッドは即答した。
「トモエ団長の後始末だ」
その言葉で、シズナの目が揺れた。
怒りではない。
悲しみだった。
「私は、アーリィ姉様より出来が悪い」
「だろうな」
ラドがぎょっとする。
ノエルも顔を上げる。
シズナは逆に、怒るのを忘れたような顔をした。
ジィッドは淡々と続ける。
「だが、今必要なのはアーリィじゃない。アーリィみたいな奴を立てたら、黒豹は割れる。怒って走る。血で答えを出そうとする」
「……」
「お前は遅いんだろう」
「はい」
「なら、ちょうどいい。今は速い奴より、止まって見られる奴が必要だ」
シズナは唇を噛んだ。
「慰めですか」
「軍務だ」
「便利な言葉ですね」
「俺も嫌いだ」
その返しに、シズナは初めて少しだけ表情を崩した。
笑ったわけではない。
だが、棘が少しだけ下がった。
ジィッドは書類を机に置く。
「ヨシワラ・シズナ。黒豹ニンジャ部門の暫定統括を命じる」
「……私でよろしいのですか」
「よくはない」
また即答だった。
「今のお前は怒っている。屈折している。アーリィへの劣等感もある。トモエ団長の死も飲み込めていない」
「なら、なぜ」
「それでも、お前は黒豹を割りたくない顔をしている」
シズナは目を伏せた。
「……割りたくありません」
「ならやれ」
「失敗したら?」
「俺の責任だ」
シズナが顔を上げる。
ジィッドは嫌そうに言った。
「俺は総督大将らしいからな」
ラドが小声で言う。
「らしい、ではなく正式です」
「言うな」
シズナは、そこでほんの少しだけ笑った。
今度は確かに笑った。
けれど、すぐに顔を引き締める。
「条件があります」
「言え」
「アーリィ姉様を追う任には、黒豹ニンジャ部隊を出さないでください」
ジィッドの目が細くなる。
「理由は」
「追えば、捕まえる者と逃がす者に割れます」
「正しい」
「それから、トモエ様の最後の言葉は、黒豹全体には出さないでください」
「出さない」
「ただし、完全に消さないでください」
ジィッドは少しだけ黙った。
シズナは言う。
「あれは、黒豹の傷です。傷をなかったことにすると、後で膿みます」
ジィッドは、ゆっくり頷いた。
「採用する」
シズナは目を伏せた。
「ありがとうございます」
「礼はいい。仕事をしろ」
「はい」
彼女は立ち上がった。
まだ若い少女騎士。
アーリィより出来が悪かったと自分で思っている、トモエのもう一人の子。
だが、今の黒豹には、速すぎる刃よりも、切れた組織を縫う影が必要だった。
ジィッドは最後に言った。
「シズナ」
「はい」
「アーリィになるな」
シズナは一瞬だけ止まった。
「……はい」
「トモエ団長の真似もするな」
「はい」
「お前のやり方で黒豹を残せ」
シズナは深く頭を下げた。
「承知しました、総督大将閣下」
ジィッドは嫌そうに顔をしかめた。
「その呼び方はやめろ」
シズナは、少しだけ意地悪く言った。
「軍務ですので」
ラドとノエルが同時に噴き出した。
ジィッドは天井を見た。
「黒豹にも感染したか……」
ニナリスが静かに記録する。
「ヨシワラ・シズナ、黒豹ニンジャ部門暫定統括。初回面談、良好」
ジィッドは低く呟いた。
「記録はいつも残酷だな」
だが、その声にはほんの少しだけ、安堵が混じっていた。