/*/ 星団暦3070年 黒騎士団ベイジ司令区画 /*/
作戦卓の上に、駒が並んでいた。
白。
灰。
黒。
銀月騎士団。
バッハトマ国家騎士団。
黒豹騎士団。
ベイジ、ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏の広域図は、もはや一騎士団の管区図ではなくなっていた。
街道。
衛星都市。
補給中継地。
税収輸送路。
スバース市外縁。
ノウラン保存食工場群。
黒豹三個大隊の一時宿営地。
国家騎士団700騎の巡回配置。
銀月騎士団200騎以上の機動待機線。
総数、1,100騎前後。
ジィッドは、その数字を見て、あらためて顔をしかめた。
「デコーズ隊長」
「あん?」
デコーズ・ワイズメルは、椅子にだらしなく座ったまま、足を組んでいた。
いつもの軽い顔。
だが、作戦卓の数字は見ている。
見ていて、その上で面白がっている。
ジィッドは真顔で言った。
「バッハトマ魔法帝国のGTM、四千騎以上でしたよね」
「そうだな」
「俺、四分の一近く指揮下にしちゃったんですけど、良いんですか?」
デコーズは、そこで口元を吊り上げた。
「お」
嫌な声だった。
「野心出てきた?」
「出てません」
「独立して脱サラするか?」
「しませんよ!」
ジィッドは即座に叫んだ。
「なんてこと言うんですか!」
デコーズは腹を抱えるほどではないが、実に楽しそうに笑った。
「いやあ、いいじゃねえか。ノウランとオース。ボルサ諸島列島を持って、銀月二百、国家七百、黒豹二百。税収もある。補給線もある。酒も飯もある。総督大将殿が旗を上げりゃ、立派な小国家だ」
「やめてください」
「名前はどうする? 銀月総督府独立自治領とか」
「やめてくださいと言いました」
「バッハトマ脱サラ騎士団」
「最悪です」
バギィが横で咳払いした。
笑いを堪えている。
ジィッドは睨んだ。
「バギィさんまで笑わないでください」
「いや、すまん。絵面がな」
「絵面にしないでください」
デコーズは、作戦卓の黒豹駒を指で弾いた。
「まあ、真面目な話をするとだ」
「最初から真面目にしてください」
「お前さんが本気で野心を出す奴なら、その数字を俺に聞かねえよ」
ジィッドは黙った。
デコーズは続ける。
「四分の一近く持っちまったけど良いんですか、なんて顔青くして聞きに来る奴は、まだ安心だ」
「安心なんですか」
「安心だな」
「俺は全然安心できません」
「だろうな」
デコーズはにやりと笑った。
「でも、主宰はそこが気に入ってんだろうよ」
ジィッドの顔がさらに嫌そうになる。
「気に入られたくないんですが」
「無理だな。お前さん、面白い育ち方してるから」
「その評価、全然嬉しくないです」
「嬉しがるな。調子に乗らねえのが取り柄なんだから」
「取り柄が地味すぎる」
デコーズは作戦卓に身を乗り出した。
「千百騎前後ってのは、確かにでけえ。だが全部を前線に出せるわけじゃねえ。国家騎士団七百は街道と衛星都市。黒豹は再編中。銀月は機動判断戦力。お前さんの本当の仕事は、その千百騎で帝国を脅すことじゃなく、千百騎を腐らせずに回すことだ」
ジィッドは、静かに息を吐いた。
「分かっています」
「分かってる顔だな」
「分かりたくありませんでした」
「知るか」
デコーズは、灰色の国家騎士団駒をつまんだ。
「国家騎士団は功を焦らせるな。黒豹は割らせるな。銀月は使い潰すな。スバースは軍都にするな。ノウランは補給を止めるな。簡単だろ?」
「一つも簡単じゃないです」
「だろうな」
デコーズは笑った。
「だからお前に投げられたんだよ」
ジィッドは天井を見た。
「投げられたという表現が正確すぎて嫌です」
「主宰のプレゼントだ」
「いりません」
「返品不可だ」
「最悪だ」
バギィが静かに言った。
「ただ、ジィッド。お前が気にしていることは正しい」
ジィッドが顔を向ける。
バギィは作戦卓を見た。
「四千騎以上のうち千百騎前後が一人の総督府管区に集まる。外から見れば、かなり危うい。内から見ても危うい」
「ですよね」
「だが、それを自覚して配置を分けている。市内に置かない。外縁に置く。国家騎士団を街道に回す。黒豹は保護扱いで、銀月に吸収しない。そこは重要だ」
デコーズが頷く。
「そういうこった。独立する気の奴は、黒豹をまず自分の旗に染める。国家騎士団を前線功績で釣る。スバースにGTMを並べる。お前さんは逆をやってる」
ジィッドは苦い顔をした。
「それは、そうしないと壊れるからです」
「だから安心だって言ってんだよ」
「安心と言われても、俺の仕事は減りません」
「そりゃ減らねえ」
デコーズはさらりと言った。
「大将だしな」
ジィッドは即座に顔をしかめた。
「まだその階級に慣れてません」
「慣れろ」
「無理です」
「じゃあ慣れないまま働け」
「ひどい」
デコーズは椅子に背を預けた。
「まあ、独立するなら先に言えよ。潰しに行くから」
「しませんってば!」
「遠慮すんな」
「遠慮じゃないです!」
「じゃあ脱サラ記念に、まずノウラン牛乳で乾杯だな」
「その名前で企画が立つのでやめてください」
バギィがとうとう少し笑った。
「総督府なら本当にやりそうだな」
「だから嫌なんです」
ジィッドは作戦卓を見下ろした。
千百騎前後。
帝国全体の四分の一に近いGTM戦力。
だが、それは栄光ではない。
街道に散らばり、衛星都市を守り、黒豹を落ち着かせ、国家騎士団を腐らせず、銀月を温存し、ノウランとスバースを回すための責任だった。
「……俺、帝国に反乱を起こす前に、書類で死にますよ」
デコーズは愉快そうに笑った。
「安心しろ、ジィッド」
「何がですか」
「お前さんが死にそうになったら、また主宰が仕事を足してくれる」
「殺す気ですか」
「育成だろ」
「育成と拷問の境界線が曖昧すぎます」
デコーズは、最後にぽんとジィッドの肩を叩いた。
「ま、頑張れ。総督大将殿」
「その呼び方、本当にやめてください」
「嫌だね」
ジィッドは深く息を吐いた。
「……脱サラどころか、退職届も出せないじゃないですか」
デコーズは笑った。
「当たり前だ。バッハトマはブラックだからな」
「笑えません」
「笑っとけ。笑わねえとやってられねえぞ」
ジィッドは作戦卓に並ぶ駒を見て、低く呟いた。
「本当に、やってられませんね」
それでも彼は、次の配置図を手に取った。
独立のためではない。
反乱のためでもない。
千百騎前後と、その後ろにいる都市と人間を、今日もどうにか壊さず回すために。