ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

116 / 117
なにしてるんだ?

/*/ 星団暦3070年・総督府執務棟 小茶室 /*/

 

 

 

 

 茶会、と呼ぶには質素だった。

 

 卓が一つ。

 

 茶器が二つ。

 

 菓子が少し。

 

 記録官はいない。

 

 ラドもノエルもいない。

 

 ただし、扉の外には警備がいる。

 

 そして、室内の少し離れた位置にはニナリスが控えていた。

 

 完全な私的時間ではない。

 

 だが、報告会でもない。

 

 ジィッドはそれを、ぎりぎり「友人としての茶」と呼ぶことにしていた。

 

 ヨシワラ・シズナは、以前よりも落ち着いていた。

 

 黒豹ニンジャ部門の暫定統括として、対外諜報、隊内防諜、旧トモエ直属線の保全をかなりの精度で回し始めている。

 

 それでも、時々目が揺れる。

 

 任されたことを理解し始めたが、選ばれたかった傷はまだ消えていない。

 

 ジィッドは茶を一口飲み、何気なく聞いた。

 

「アーリィとは、普段どんな話をしていたんだ?」

 

 シズナは少しだけ瞬きをした。

 

「アーリィ姉様ですか?」

 

「ああ」

 

「最後の方は、男性とお付き合いを始めたらしく、自撮り写真や食事の写真をよくメールしていましたよ」

 

 ジィッドの手が止まった。

 

「……は?」

 

 シズナは懐から小型端末を取り出し、数回操作した。

 

「あ、これです」

 

 画面に写真が出る。

 

 食事の皿。

 

 店の卓。

 

 自分で撮ったらしいアーリィの横顔。

 

 さらに別の写真。

 

 向かいに座る男の手元。

 

 顔は写りきっていない。

 

 だが、雰囲気は分かる。

 

 ジィッドは端末を見てから、シズナを見た。

 

「なんでそのデータ持ってるんだよ」

 

 シズナは当然のように答えた。

 

「アーリィ姉様は端末の偽装が雑でしたので」

 

「プライベートは触れないでやれよ……」

 

「ニンジャ部門の防諜基準では、端末偽装が雑な方が悪いです」

 

「それを本人に言ったのか?」

 

「一度だけ」

 

「どうなった」

 

「怒られました」

 

「そりゃそうだ」

 

 ジィッドは頭を押さえた。

 

 シズナは少し不満そうに言う。

 

「ですが、任務情報は抜けないようにしていました。写真や日常通信が甘いだけです」

 

「その分け方もどうなんだ……」

 

 ジィッドはもう一度画面を見た。

 

 食事。

 

 写真。

 

 短い文面。

 

 任務の匂いはない。

 

 むしろ、妙に普通だった。

 

 黒豹副団長アーリィ・ブラストではなく、若い女が、誰かに見せたいものを送っている。

 

 それだけの記録。

 

 だからこそ、痛い。

 

「ところで、その男って誰?」

 

 シズナは、少しだけ記憶を探るように目を伏せた。

 

「確か、ヨーン・バインツェルという方だったと」

 

 ジィッドの目が細くなる。

 

「ヨーン・バインツェル」

 

「はい。デコーズ隊長に突っかかって敗北した野良騎士です」

 

「言い方」

 

「黒豹内ではそういう扱いでした」

 

「カステポー随一の素手の騎士、とか言われていた奴だな」

 

「はい」

 

 ジィッドは茶器を置いた。

 

 かち、と乾いた音がした。

 

 点が繋がる。

 

 アーリィが探していた若くて素手の強い騎士。

 

 ヨーン・バインツェル。

 

 デコーズと戦い、敗北。

 

 ファティマ死亡。

 

 ヨーン重体。

 

 その報道の直後に、トモエ団長死亡とアーリィ逃亡。

 

 偶然にしては、線が濃い。

 

 だが、濃すぎる線ほど、踏むと罠になる。

 

「シズナ」

 

「はい」

 

「アーリィって、任務の内容をそのヨーンに漏らしたと思うか?」

 

 シズナの答えは早かった。

 

「いいえ」

 

 迷いがなかった。

 

「アーリィ姉様は、そのようなことをする方ではありません」

 

 ジィッドはシズナを見た。

 

「恋人でも?」

 

「はい」

 

「浮かれていても?」

 

「はい」

 

「端末偽装が雑でも?」

 

 シズナは少しだけむっとした。

 

「任務情報の隔離はしていました。雑なのは私信です」

 

「そこは信用しているんだな」

 

「はい」

 

 シズナは小さく息を吸った。

 

「アーリィ姉様は、強くて、速くて、勝手で、私には眩しすぎる方でした。でも、黒豹の任務を男に漏らすような人ではありません」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「分かった」

 

 少し間を置く。

 

 そして、次の問いを出した。

 

「そのヨーンのことは、トモエ団長も知っていたか?」

 

「はい。知っておりました」

 

 答えはまた早かった。

 

 今度は、ジィッドの表情が動かなかった。

 

 動かさなかった。

 

 トモエは知っていた。

 

 アーリィがヨーンと関わっていることを。

 

 ヨーンがデコーズに突っかかった。

 

 敗北した。

 

 ファティマが死んだ。

 

 ヨーンは再起不能に近い重体。

 

 そしてアーリィは、トモエを斬って逃げた。

 

 ジィッドの頭の中で、嫌な仮説が形を取りかける。

 

 トモエ姐さんは、そのヨーンってのを消そうとするよな。

 

 黒豹の防諜上、危険と見れば。

 

 アーリィが惚れていようが。

 

 ヨーンが任務情報を知らなかろうが。

 

 ヨーンが黒豹にとって不確定要素なら、トモエなら処理する。

 

 その辺りの痴情のもつれで、アーリィがトモエ姐さんを――

 

 まさかな。

 

 ジィッドは、そこで思考を止めた。

 

 断定するな。

 

 これは証拠ではない。

 

 線が見えただけだ。

 

 線が見えた時こそ、人は都合よく結ぶ。

 

 ジィッドは茶を飲んだ。

 

 少し冷めていた。

 

「シズナ」

 

「はい」

 

「この写真と通信記録は、どこまで共有している」

 

「私の個人保全領域と、黒豹ニンジャ部門第三系の封印記録にのみ」

 

「総督府には?」

 

「まだです」

 

「なぜ」

 

「私的情報ですので」

 

 ジィッドは少しだけ眉を上げた。

 

「そこは触れないのか」

 

「触れましたが、撒きません」

 

「そうか」

 

「はい」

 

「よし。総督府防諜に封印扱いで写しを置け。閲覧権限は俺、ニナリス、お前、総督府防諜主任、ゲンロウまで。ラドとノエルには存在だけ伝える。中身は見せるな」

 

 シズナは頷いた。

 

「承知しました」

 

「それと、この件で黒豹内を煽るな。アーリィが男に狂ってトモエ団長を斬った、みたいな噂になったら黒豹が腐る」

 

「はい」

 

 ニナリスが静かに口を開いた。

 

「マスター。仮説として記録しますか」

 

「いや」

 

 ジィッドは即答した。

 

「まだ記録するな。記録すると、形になる」

 

「承知しました」

 

「ただし、調査項目には入れろ。ヨーンとアーリィの接触時期。トモエ団長が把握した時期。デコーズ隊長との戦闘の前後。ヨーンのファティマ死亡の詳細。アーリィ逃亡までの時間差」

 

「はい」

 

 シズナが静かに言う。

 

「ジィッド様」

 

「なんだ」

 

「アーリィ姉様は、任務を漏らしていません」

 

「分かっている」

 

「本当に?」

 

「お前がそう言うなら、まずそこから始める」

 

 シズナの目が揺れた。

 

 ジィッドは続けた。

 

「だが、漏らしていないことと、問題がなかったことは別だ」

 

「……はい」

 

「トモエ団長がどう見たか。ヨーンが何に巻き込まれたか。デコーズ隊長が何を知っていたか。アーリィが何を守ろうとしたか。そこは別に見ないと駄目だ」

 

 シズナは、ゆっくり頷いた。

 

「承知しました」

 

 少しの沈黙。

 

 茶会のはずだった。

 

 だが、いつの間にか防諜会議になっている。

 

 ジィッドは自分でそれに気づき、深く息を吐いた。

 

「茶会で仕事の話をしすぎたな」

 

 シズナは少しだけ目を伏せた。

 

「申し訳ありません」

 

「いや。俺が聞いた」

 

 ニナリスが淡々と言った。

 

「本日の茶席は、私的雑談から黒豹関連重要情報の発見に移行しました」

 

「記録しなくていい」

 

「必要です」

 

「茶会の敗北判定みたいに言うな」

 

 シズナが、ほんの少し笑った。

 

「では、次回はもう少し普通の話をします」

 

「普通の話って何だ」

 

「食事の話や、服の話や、天気の話でしょうか」

 

「お前、そういう話できるのか」

 

「アーリィ姉様のメールには、よくそういう話がありました」

 

「参考にする相手を間違えてないか」

 

「では、ニナリス様に聞きます」

 

 ニナリスは静かに答えた。

 

「私はマスターの食事、休息、軍務、騎体状態、書類処理量についてなら話せます」

 

 ジィッドが顔をしかめた。

 

「普通じゃない」

 

 シズナは少し考えてから言った。

 

「では、次回までに普通の話題を調べておきます」

 

「調べるものなのか、それは」

 

「任されましたので」

 

 ジィッドは、ほんの少し笑った。

 

「それは任せてない」

 

 シズナも小さく笑った。

 

 だが、端末の中の写真は、もう軽い私的な記録ではなくなっていた。

 

 アーリィ・ブラストが、何を守り、何を失い、なぜ逃げたのか。

 

 その入口が、茶会の卓の上に置かれていた。

 

 ジィッドは、冷めた茶を飲み干した。

 

「シズナ」

 

「はい」

 

「この件は静かにやる」

 

「はい」

 

「黒豹を割らせるな」

 

「承知しました」

 

 そして彼は、心の中でだけ呟いた。

 

 アーリィ。

 

 お前、何をやった。

 

 いや。

 

 何を守ったんだ。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。