/*/ 星団暦3070年・バッハトマ魔法帝国 黒騎士団司令区画 /*/
ジィッドは、しばらく黙っていた。
ヨシワラ・シズナから得た情報。
アーリィ・ブラストが最後の頃、ヨーン・バインツェルと私的なやり取りをしていたこと。
自撮り写真。
食事の写真。
任務情報は漏らしていない。
だが、トモエ団長はその関係を知っていた。
そしてその後。
ヨーンはデコーズと私闘し、敗北。
ファティマは死亡。
ヨーン本人も重体。
その直後に、トモエ団長が死に、アーリィが逃亡した。
繋がる。
繋がりすぎる。
だから、ジィッドはデコーズのもとへ来ていた。
黒騎士団司令区画。
嫌になるほど空気が軽い部屋で、デコーズ・ワイズメルは椅子に座っていた。
足を組み、手元の杯を弄びながら、面白そうにジィッドを見ている。
「で、総督大将殿が何の用だよ」
「その呼び方はやめてください」
「嫌だね」
いつものやり取り。
だが、ジィッドの顔は笑っていなかった。
「デコーズ隊長」
「あん?」
「ヨーン・バインツェルと私闘したのって、どういう状況だったんです?」
デコーズの目が細くなった。
少しだけ、愉快そうに。
「ほう」
「黒豹再編のために確認が必要です」
「軍務か」
「軍務です」
「便利な言葉だな」
「俺もそう思います」
デコーズは杯を置いた。
「小うるさく嗅ぎ回ってたからな」
「ヨーンが?」
「ああ。カステポーの野良騎士にしちゃ、鼻が利きすぎた。いや、鼻が利いたってより、誰かを追ってたんだろうよ」
ジィッドは黙って聞く。
デコーズは続けた。
「それでトモエが、アーリィの端末を使って誘い出したって言ってたな」
ジィッドの表情が硬くなった。
「アーリィの端末を」
「そうだ」
「アーリィ本人ではなく」
「本人じゃねえ。端末だ。あいつの偽装が雑だったのか、トモエが抜いたのかは知らねえがな」
ジィッドは、シズナの言葉を思い出した。
『アーリィ姉様は端末の偽装が雑でしたので』
喉の奥が苦くなる。
デコーズは軽い口調のまま言った。
「ヨーンって餓鬼は、エストに懸想してたんだよ」
「エストに?」
「ああ。笑えるだろ。ファティマに懸想して、こっちを嗅ぎ回って、誘い出されて、ボクちんに斬られる」
ジィッドは何も言わない。
デコーズの声だけが続く。
「で、斬られたあと、エストに言われたんだよ。『知らない』ってな」
デコーズは、そこで笑った。
楽しそうに。
嫌になるほど楽しそうに。
「すっげぇ絶望した、いい表情してたぜ」
ジィッドは、目を伏せた。
ヨーン・バインツェル。
アーリィが探していた男。
アーリィが、写真を送り、食事を送り、日常を送っていた相手。
その男が、自分の名を使われて誘い出された。
デコーズに斬られた。
ファティマを失った。
エストに否定された。
重体になった。
その全てを、アーリィが知ったのなら。
「じゃあ」
ジィッドの声は低かった。
「アーリィは、自分の名前でヨーンが誘い出されて、重傷を負って、ファティマも死亡したと知って……」
デコーズが、あっさり頷いた。
「トモエに斬りかかったんだろうな」
部屋が静かになる。
あまりにも軽く言われた結論だった。
だが、ジィッドの中で、その言葉は重く沈んだ。
「流石のトモエも、そこまで男に入れ込んでるとは思わなかったんだろうぜ」
デコーズは言った。
「黒豹の規律。防諜。危険因子の処理。トモエから見りゃ、いつもの仕事だったんだろうよ」
「いつもの仕事」
「そうだ。アーリィがどれだけ怒るか、そこを読み違えた」
ジィッドは拳を握った。
「……それで育ての親と斬り合いですか」
「騎士なんざ、そんなもんだ」
デコーズは椅子にもたれた。
「強い弱いじゃねえ。何で狂うかだ。アーリィはそこで狂った。トモエはそれを読み違えた。ヨーンは何も分からんまま斬られた。で、お前さんは後始末だ」
「最悪ですね」
「戦争だろ」
「これは戦争というより、人のこじれです」
「戦争の中身なんざ、だいたいそれだ」
ジィッドは返せなかった。
トモエの最後の言葉が、頭に戻る。
『このバカが……育ての親を……』
そして、死に顔は笑っていた。
トモエは、最後に何を思ったのか。
アーリィを責めたのか。
自分の読み違いを笑ったのか。
それとも、アーリィがそこまで誰かを選んだことを、どこかで認めてしまったのか。
分からない。
分からないからこそ、記録にはできない。
「デコーズ隊長」
「あん?」
「この話、どこまで知ってる人間がいます」
「さあな。トモエの周り、アーリィ本人、あとは勘のいい黒豹の影どもか。お前さんとこのシズナって小娘も、かなり近いところまで掴んでるんじゃねえの」
「掴んでいます」
「だろうな」
デコーズは笑った。
「トモエが育てたんだ。出来が悪いって言っても、黒豹の影だろ」
ジィッドは目を細めた。
「シズナを試すようなことはしないでください」
「お、庇うねえ」
「黒豹の再編に必要な人材です」
「つまんねえ言い方すんなよ」
「本音です」
「なおさらつまらねえ」
デコーズは肩をすくめた。
ジィッドは深く息を吐く。
「公式整理は変えません」
「だろうな」
「トモエ団長とブラスト副団長が突然斬り合い、ブラスト副団長が生き残って逃亡。上官殺しとして手配。詳細証言は封印」
「無難だ」
「ただし、黒豹の上層には少しずつ事実を分けます。いきなり撒けば割れる」
「お前さん、本当に面倒くせえことやってるな」
「やらないと黒豹が割れます」
「だろうな」
ジィッドは、苦い顔で続けた。
「アーリィをただの裏切り者にすると、アーリィに近い者が腐る。トモエ団長をただの冷血な処理屋にすると、トモエ派が怒る。ヨーンを原因にすると、全部が痴情沙汰に落ちる」
「実際、痴情沙汰だろ」
「それだけじゃない」
ジィッドは即答した。
「防諜、規律、育ての親、恋愛、ファティマ、黒豹の暗部、デコーズ隊長の私闘。全部混ざっています」
「そこにボクちんも入れるなよ」
「入ってるでしょう」
「まあな」
デコーズは笑った。
ジィッドは顔をしかめた。
「笑い事じゃありません」
「笑わねえとやってらんねえだろ」
「俺は笑えません」
「お前さんは、そういうところがつまんねえ」
デコーズは少しだけ真顔になった。
「だが、だから黒豹を預けられたんだろうよ」
ジィッドは黙った。
デコーズは続けた。
「トモエは黒豹を作った。アーリィは黒豹の刃だった。シズナは黒豹の影を繋ぐ。ゲンロウは騎士どもを座らせる。じゃあ、お前さんは何だ?」
「後始末係ですかね」
「違うな」
デコーズはにやりと笑った。
「黒豹が自分で立ち直るまでの、仮の天井だ」
「嫌な表現ですね」
「潰れねえように押さえてるんだよ。上からな」
「重いです」
「大将だろ」
「階級で殴らないでください」
デコーズはまた笑った。
ジィッドは、ゆっくり立ち上がった。
「情報、ありがとうございました」
「もう帰るのか」
「黒豹の面談が残っています」
「働くねえ」
「働かされてるんです」
「脱サラするか?」
「しません」
「つまんねえな」
「つまらなくて結構です」
ジィッドは扉へ向かう。
その背中に、デコーズが軽く言った。
「ジィッド」
ジィッドは足を止めた。
「はい」
「アーリィを追うなら気をつけろよ」
「追跡は専門部隊に任せます」
「そうじゃねえ」
デコーズの声が少し低くなる。
「アーリィは、トモエを斬った時点でもう戻れねえと思ってる。そういう奴は、捕まるために逃げることがある」
ジィッドは振り返らなかった。
「……助言として受け取ります」
「おう」
ジィッドは部屋を出た。
廊下に出ると、空気が少し冷たかった。
頭の中で、線が改めて繋がる。
ヨーン。
アーリィ。
トモエ。
デコーズ。
エスト。
ファティマの死。
端末。
誘い出し。
育ての親。
斬り合い。
笑って死んだトモエ。
逃げたアーリィ。
ジィッドは小さく呟いた。
「……これは、黒豹の傷どころじゃないな」
黒豹の内側に、深く刺さった棘。
抜けば血が噴く。
残せば膿む。
だが、抜き方を間違えれば、黒豹は割れる。
ジィッドは歩き出した。
まずは、シズナに伝えること。
どこまで伝えるかを決めること。
そして、アーリィをただの裏切り者にも、ただの被害者にも、ただの恋に狂った騎士にもさせないこと。
それが、黒豹を残すための最初の線だった。