/*/ 星団暦3070年 軍政圏 黒豹再編対策室 /*/
報告書は薄かった。
だが、薄い報告ほど中身が重いことを、ジィッドはもう知っていた。
差出人は、黒豹ニンジャ部門経由。
さらにその奥に、ガス・ガルの影がある。
ヨシワラ・シズナは、報告書を両手で差し出した。
「アーリィ・ブラスト元副団長の追跡について、外部ニンジャ筋から通達が入りました」
ジィッドは顔を上げる。
「外部?」
「はい。元受けのガス・ガルのニンジャ組織、“地潜り”からです」
室内の空気が、少し変わった。
ラドが眉をひそめる。
ノエルが記録端末を開く。
カラスマ・ゲンロウは、腕を組んだまま沈黙している。
ニナリスだけが、静かにシズナを見ていた。
ジィッドは報告書を受け取った。
「読め」
シズナは頷く。
「ハンザキ・バクロ。ガス・ガルのニンジャ組織“地潜り”統領より」
その名に、ゲンロウの目がわずかに動いた。
「“イラカの暗殺王”、“アイス・ハンド”の異名を持つニンジャ”ステートバルロ・カイダ”の縄張りに、アーリィ・ブラストが侵入したものと見られる」
ジィッドは黙って聞いている。
シズナは続けた。
「地潜り側は、アーリィ・ブラストを上忍殺しの抜け忍として認識。ただし、ステートバルロ・カイダからの伝言により、追跡を打ち切ると通達」
ラドが思わず言った。
「追跡を打ち切る?」
シズナは頷く。
「はい」
ノエルが確認する。
「始末された、という扱いですか」
「地潜り側の文面では、“暗殺王の縄張りに入り、処理済みと見なす”です」
ジィッドは報告書を机に置いた。
「見なす、か」
その一言で、部屋の全員が意味を理解した。
死体はない。
首もない。
ファティマの確認もない。
だが、ニンジャの世界ではそれで終わることがある。
縄張りに入った。
帰ってこない。
上が追跡を止めた。
ならば、それは処理済み。
生きているか死んでいるかより、追うなという意味が重い。
ゲンロウが低く言った。
「ステートバルロ・カイダの伝言、ですか」
ジィッドが見る。
「知っているのか」
「名だけは。あの筋から止めが入るなら、ガス・ガルのニンジャ部門でも追跡は難しいでしょう」
シズナが小さく頷く。
「はい。こちらから踏み込めば、黒豹の問題では済みません」
「だろうな」
ジィッドは椅子に背を預けた。
「つまり、アーリィはニンジャ筋では抜け忍として処理された。地潜りは追わない。こちらにも追わせるな、ということか」
「そう受け取るべきかと」
「便利な幕引きだな」
誰も答えなかった。
便利。
あまりにも便利だった。
アーリィが死んだことにできる。
追跡を止められる。
黒豹の若手を抑えられる。
仇討ち派も、連れ戻し派も、真相を聞きたい派も、足場を失う。
だが、それは同時に、アーリィ・ブラストという騎士が、どこかの闇に落ちたまま戻らないということでもある。
ジィッドは静かに言った。
「死亡確認は取れていない」
シズナが顔を上げる。
「はい」
「なら、公式記録に死亡とは書くな」
ノエルが記録する。
「では、扱いは?」
「追跡打ち切り。外部ニンジャ組織により処理済みと見なされる。ただし総督府公式記録では死亡未確認」
シズナの指が、わずかに震えた。
ジィッドはそれを見た。
「シズナ」
「はい」
「黒豹にはどう伝える」
シズナは、すぐには答えなかった。
その沈黙は、迷いではない。
言葉を選んでいる沈黙だった。
「……アーリィ・ブラスト元副団長の追跡は終了。黒豹騎士団は、以後、独断追跡を禁ずる。ニンジャ部門においても抜け忍処理は完了扱い。ただし、トモエ団長殺害事件の内部記録は封印継続」
ジィッドは頷いた。
「それでいい」
ゲンロウが言う。
「騎士側には、“戻らない”と伝えるべきです」
「死んだと言わずにか」
「はい」
ゲンロウは目を伏せた。
「黒豹の騎士に必要なのは、死体ではありません。終わったという線です」
ジィッドは報告書を見た。
「終わった、か」
終わっていない。
少なくとも、真相は終わっていない。
ヨーン。
トモエ。
アーリィ。
デコーズ。
エスト。
ステートバルロ・カイダ。
地潜り。
イラカの暗殺王。
アイス・ハンド。
線はまだ奥へ続いている。
だが、黒豹騎士団を残すためには、ここで一度、終わらせなければならない。
ジィッドは決めた。
「黒豹全体への通達を出す」
ノエルが姿勢を正す。
「はい」
「アーリィ・ブラスト元副団長の追跡は、外部ニンジャ組織の処理確認をもって終了。黒豹騎士団による独断追跡、私的接触、仇討ち、回収行動を禁ずる」
「はい」
「トモエ団長の死に関する封印記録は継続。上層面談は続ける。アーリィ派狩りも、トモエ派粛清も認めない」
「はい」
「黒豹騎士団は、トモエ団長の死とアーリィ逃亡をもって終わらない。三個大隊編成を維持し、再編を続行する」
シズナが静かに目を伏せた。
ゲンロウも深く頷く。
ジィッドはシズナを見た。
「ニンジャ部門は?」
シズナは、少しだけ息を吸った。
「地潜りとの接続線を記録します。ただし踏み込みません。ステートバルロ・カイダからの伝言経路は、第三系封印記録に格納。閲覧権限は総督大将閣下、ニナリス様、私、総督府防諜主任まで」
「ゲンロウは?」
「存在のみ共有。詳細は不要です」
ゲンロウが頷いた。
「それでいい。騎士側が知りすぎると、動く者が出る」
ジィッドは少しだけ口元を歪めた。
「普通に出来る女だな」
シズナは目を伏せる。
「……任されましたので」
ニナリスがジィッドを見た。
「マスター」
「なんだ」
「今の褒め方は危険域ではありません」
「いちいち判定するな」
「必要です」
シズナがほんの少しだけ笑った。
だが、すぐに表情を戻す。
「ジィッド様」
「なんだ」
「アーリィ姉様は、死んだのでしょうか」
部屋が静かになった。
ジィッドは答えるまで少し時間を置いた。
「分からない」
「はい」
「だが、黒豹には戻らない」
シズナの肩が、わずかに震えた。
「はい」
「お前は、それを受けて黒豹を残せ」
「……はい」
「泣くのは後でもいい」
シズナは目を伏せたまま、小さく首を振った。
「今は、泣きません」
「そうか」
「任されましたので」
ジィッドは、それ以上言わなかった。
ニナリスが静かに端末へ記録する。
/*/
アーリィ・ブラスト追跡終了。
外部ニンジャ組織“地潜り”より処理済み扱いの通達。
死亡未確認。
黒豹独断追跡禁止。
ヨシワラ・シズナ、任務継続可。
/*/
ジィッドは窓の外を見た。
夜の軍政圏。
街道灯。
衛星倉庫。
黒豹の宿営地。
そこに、もうアーリィ・ブラストは戻らない。
少なくとも、そう扱わなければならない。
「幕引きとしては、雑だな」
ラドが言う。
「でも、必要です」
「ああ」
ジィッドは報告書を閉じた。
「必要な幕引きほど、雑で苦い」
管理官が小さく言った。
「名言ですね」
「使うな」
ニナリスが静かに言う。
「記録しました」
「記録はいつも残酷だな」
だが、その記録がなければ、黒豹は前に進めない。
アーリィ・ブラストは、抜け忍として処理された。
死んだかどうかは分からない。
だが、黒豹騎士団は、その日からようやく、彼女を追うことをやめた。