ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

118 / 120
総督府執務棟

/*/ 星団暦3070年 軍政圏 黒豹再編対策室 /*/

 

 

 

 

 報告書は薄かった。

 

 だが、薄い報告ほど中身が重いことを、ジィッドはもう知っていた。

 

 差出人は、黒豹ニンジャ部門経由。

 

 さらにその奥に、ガス・ガルの影がある。

 

 ヨシワラ・シズナは、報告書を両手で差し出した。

 

「アーリィ・ブラスト元副団長の追跡について、外部ニンジャ筋から通達が入りました」

 

 ジィッドは顔を上げる。

 

「外部?」

 

「はい。元受けのガス・ガルのニンジャ組織、“地潜り”からです」

 

 室内の空気が、少し変わった。

 

 ラドが眉をひそめる。

 

 ノエルが記録端末を開く。

 

 カラスマ・ゲンロウは、腕を組んだまま沈黙している。

 

 ニナリスだけが、静かにシズナを見ていた。

 

 ジィッドは報告書を受け取った。

 

「読め」

 

 シズナは頷く。

 

「ハンザキ・バクロ。ガス・ガルのニンジャ組織“地潜り”統領より」

 

 その名に、ゲンロウの目がわずかに動いた。

 

「“イラカの暗殺王”、“アイス・ハンド”の異名を持つニンジャ”ステートバルロ・カイダ”の縄張りに、アーリィ・ブラストが侵入したものと見られる」

 

 ジィッドは黙って聞いている。

 

 シズナは続けた。

 

「地潜り側は、アーリィ・ブラストを上忍殺しの抜け忍として認識。ただし、ステートバルロ・カイダからの伝言により、追跡を打ち切ると通達」

 

 ラドが思わず言った。

 

「追跡を打ち切る?」

 

 シズナは頷く。

 

「はい」

 

 ノエルが確認する。

 

「始末された、という扱いですか」

 

「地潜り側の文面では、“暗殺王の縄張りに入り、処理済みと見なす”です」

 

 ジィッドは報告書を机に置いた。

 

「見なす、か」

 

 その一言で、部屋の全員が意味を理解した。

 

 死体はない。

 

 首もない。

 

 ファティマの確認もない。

 

 だが、ニンジャの世界ではそれで終わることがある。

 

 縄張りに入った。

 

 帰ってこない。

 

 上が追跡を止めた。

 

 ならば、それは処理済み。

 

 生きているか死んでいるかより、追うなという意味が重い。

 

 ゲンロウが低く言った。

 

「ステートバルロ・カイダの伝言、ですか」

 

 ジィッドが見る。

 

「知っているのか」

 

「名だけは。あの筋から止めが入るなら、ガス・ガルのニンジャ部門でも追跡は難しいでしょう」

 

 シズナが小さく頷く。

 

「はい。こちらから踏み込めば、黒豹の問題では済みません」

 

「だろうな」

 

 ジィッドは椅子に背を預けた。

 

「つまり、アーリィはニンジャ筋では抜け忍として処理された。地潜りは追わない。こちらにも追わせるな、ということか」

 

「そう受け取るべきかと」

 

「便利な幕引きだな」

 

 誰も答えなかった。

 

 便利。

 

 あまりにも便利だった。

 

 アーリィが死んだことにできる。

 

 追跡を止められる。

 

 黒豹の若手を抑えられる。

 

 仇討ち派も、連れ戻し派も、真相を聞きたい派も、足場を失う。

 

 だが、それは同時に、アーリィ・ブラストという騎士が、どこかの闇に落ちたまま戻らないということでもある。

 

 ジィッドは静かに言った。

 

「死亡確認は取れていない」

 

 シズナが顔を上げる。

 

「はい」

 

「なら、公式記録に死亡とは書くな」

 

 ノエルが記録する。

 

「では、扱いは?」

 

「追跡打ち切り。外部ニンジャ組織により処理済みと見なされる。ただし総督府公式記録では死亡未確認」

 

 シズナの指が、わずかに震えた。

 

 ジィッドはそれを見た。

 

「シズナ」

 

「はい」

 

「黒豹にはどう伝える」

 

 シズナは、すぐには答えなかった。

 

 その沈黙は、迷いではない。

 

 言葉を選んでいる沈黙だった。

 

「……アーリィ・ブラスト元副団長の追跡は終了。黒豹騎士団は、以後、独断追跡を禁ずる。ニンジャ部門においても抜け忍処理は完了扱い。ただし、トモエ団長殺害事件の内部記録は封印継続」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「それでいい」

 

 ゲンロウが言う。

 

「騎士側には、“戻らない”と伝えるべきです」

 

「死んだと言わずにか」

 

「はい」

 

 ゲンロウは目を伏せた。

 

「黒豹の騎士に必要なのは、死体ではありません。終わったという線です」

 

 ジィッドは報告書を見た。

 

「終わった、か」

 

 終わっていない。

 

 少なくとも、真相は終わっていない。

 

 ヨーン。

 

 トモエ。

 

 アーリィ。

 

 デコーズ。

 

 エスト。

 

 ステートバルロ・カイダ。

 

 地潜り。

 

 イラカの暗殺王。

 

 アイス・ハンド。

 

 線はまだ奥へ続いている。

 

 だが、黒豹騎士団を残すためには、ここで一度、終わらせなければならない。

 

 ジィッドは決めた。

 

「黒豹全体への通達を出す」

 

 ノエルが姿勢を正す。

 

「はい」

 

「アーリィ・ブラスト元副団長の追跡は、外部ニンジャ組織の処理確認をもって終了。黒豹騎士団による独断追跡、私的接触、仇討ち、回収行動を禁ずる」

 

「はい」

 

「トモエ団長の死に関する封印記録は継続。上層面談は続ける。アーリィ派狩りも、トモエ派粛清も認めない」

 

「はい」

 

「黒豹騎士団は、トモエ団長の死とアーリィ逃亡をもって終わらない。三個大隊編成を維持し、再編を続行する」

 

 シズナが静かに目を伏せた。

 

 ゲンロウも深く頷く。

 

 ジィッドはシズナを見た。

 

「ニンジャ部門は?」

 

 シズナは、少しだけ息を吸った。

 

「地潜りとの接続線を記録します。ただし踏み込みません。ステートバルロ・カイダからの伝言経路は、第三系封印記録に格納。閲覧権限は総督大将閣下、ニナリス様、私、総督府防諜主任まで」

 

「ゲンロウは?」

 

「存在のみ共有。詳細は不要です」

 

 ゲンロウが頷いた。

 

「それでいい。騎士側が知りすぎると、動く者が出る」

 

 ジィッドは少しだけ口元を歪めた。

 

「普通に出来る女だな」

 

 シズナは目を伏せる。

 

「……任されましたので」

 

 ニナリスがジィッドを見た。

 

「マスター」

 

「なんだ」

 

「今の褒め方は危険域ではありません」

 

「いちいち判定するな」

 

「必要です」

 

 シズナがほんの少しだけ笑った。

 

 だが、すぐに表情を戻す。

 

「ジィッド様」

 

「なんだ」

 

「アーリィ姉様は、死んだのでしょうか」

 

 部屋が静かになった。

 

 ジィッドは答えるまで少し時間を置いた。

 

「分からない」

 

「はい」

 

「だが、黒豹には戻らない」

 

 シズナの肩が、わずかに震えた。

 

「はい」

 

「お前は、それを受けて黒豹を残せ」

 

「……はい」

 

「泣くのは後でもいい」

 

 シズナは目を伏せたまま、小さく首を振った。

 

「今は、泣きません」

 

「そうか」

 

「任されましたので」

 

 ジィッドは、それ以上言わなかった。

 

 ニナリスが静かに端末へ記録する。

 

 

/*/

 

 

 アーリィ・ブラスト追跡終了。

 外部ニンジャ組織“地潜り”より処理済み扱いの通達。

 死亡未確認。

 黒豹独断追跡禁止。

 ヨシワラ・シズナ、任務継続可。

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは窓の外を見た。

 

 夜の軍政圏。

 

 街道灯。

 

 衛星倉庫。

 

 黒豹の宿営地。

 

 そこに、もうアーリィ・ブラストは戻らない。

 

 少なくとも、そう扱わなければならない。

 

「幕引きとしては、雑だな」

 

 ラドが言う。

 

「でも、必要です」

 

「ああ」

 

 ジィッドは報告書を閉じた。

 

「必要な幕引きほど、雑で苦い」

 

 管理官が小さく言った。

 

「名言ですね」

 

「使うな」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「記録しました」

 

「記録はいつも残酷だな」

 

 だが、その記録がなければ、黒豹は前に進めない。

 

 アーリィ・ブラストは、抜け忍として処理された。

 

 死んだかどうかは分からない。

 

 だが、黒豹騎士団は、その日からようやく、彼女を追うことをやめた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。