ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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デムザンバラ安全運用基準策定、聴取終了後

バランシェ邸

 

 

 聴取は、予定より長引いた。

 

 だが、無駄な時間はなかった。

 

 アウクソーの言葉は静かだった。

 しかし、その一つ一つが、デムザンバラの奥に残っていた旧シュペルターの輪郭を照らしていった。

 

 ピーク領域は完全に殺さない。

 使うためではなく、逃がすために残す。

 低中域を太らせるなら、反応の粘りと熱の逃げ道を同時に設計する。

 ファティマ側が警告を出す領域と、騎士側が絶対に踏まない領域を分ける。

 そして、剣聖騎の名残を恥じて潰しすぎれば、デムザンバラとしての生まれ方も歪む。

 

 ジィッドは、何度も黙った。

 

 ニナリスは、黙ったまま記録した。

 

 整備班長は、途中から完全に目の色を変えていた。

 

「右肩負荷は、トルク補正そのものではなく、逃がしの不足か」

 

「はい」

 

「なら、補強ではなく逃げ道を作るべきですね」

 

「補強だけでは、次に別の場所が歪みます」

 

「ですよね」

 

 整備班長は、戦場で敵騎を見つけた騎士のような顔をしていた。

 

 ジィッドはそれを見て、少しだけ笑った。

 

「君、今日は一番楽しそうだな」

 

「整備できる話ですので」

 

「いいことだ」

 

「はい。非常にいいことです」

 

 ニナリスも、最初より少しだけ硬さが抜けていた。

 

 不快感が消えたわけではない。

 アウクソーに知見を求めた事実は残る。

 

 だが、それはニナリスを否定するためではなかった。

 ニナリスが背負っていたものを、ジィッドと整備班が少しでも共有するためのものだった。

 

 最後に、アウクソーは静かに言った。

 

「デムザンバラは、シュペルターではありません」

 

「はい」

 

「ですが、シュペルターであったことを消しすぎてはいけません」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「分かりました」

 

「あなたが剣聖ではないことと、機体がかつて剣聖騎であったことは、矛盾しません」

 

 その言葉に、ジィッドは少しだけ息を止めた。

 

 ニナリスが横で目を伏せる。

 

 整備班長も、端末を打つ手を止めた。

 

「矛盾させないように、運用してください」

 

 アウクソーの声は、責めるものではなかった。

 

 ただ、託す声だった。

 

「はい」

 

 ジィッドは深く頭を下げた。

 

「ありがとうございます。アウクソー様」

 

 ニナリスも、静かに礼をした。

 

「知見の共有に感謝します」

 

 整備班長は、少し遅れて慌てて頭を下げた。

 

「ありがとうございました。戻ったら、すぐ設定案を組み直します」

 

 アウクソーは小さく頷いた。

 

「デムザンバラが、よい形で生まれることを願います」

 

 その言葉を胸に、三人は部屋を出た。

 

 廊下に戻ると、モラード博士たちの話し声が遠くから聞こえていた。

 エストと姉妹ファティマたちの交流は、まだ続いているらしい。

 

 ジィッドは少しだけそちらへ視線を向けたが、深入りはしなかった。

 

「帰るぞ」

 

「はい」

 

「はい」

 

 三人は案内を受け、玄関へ向かった。

 

 バランシェ邸の空気は、来た時より少しだけ重く、少しだけ優しかった。

 

 知見は得た。

 だが、それは自信ではない。

 

 むしろ、自分たちがどれほど危ういことをしていたのか、より明確になった。

 

 それでも、帰る足は来た時より確かだった。

 

 玄関を出る。

 

 庭に夕方の光が差していた。

 

 その隅で、アララギ・ハイトがテントを立てていた。

 

 かなり本格的なテントだった。

 

 支柱。

 ロープ。

 地面に打ち込まれたペグ。

 簡易通信端末。

 水と食料の収納箱。

 なぜか周囲の見通しまで計算された配置。

 

 騎士としての実務能力は、やはり高い。

 

 ただし、本人の精神状態は明らかに妙だった。

 

「よし……風向き、警備線、邸内動線、エスト様のメンテナンス区画への最短経路、ミース様の御負担にならない視線配置……いや、視線配置とは何だ。落ち着け、アララギ・ハイト。俺は冷静だ。極めて冷静だ」

 

 独り言が漏れていた。

 

 ジィッドは足を止めた。

 

 整備班長も止まった。

 

 ニナリスは静かに観察した。

 

「心理負荷が継続しています」

 

「だろうな」

 

 ジィッドは小声で返した。

 

 そして、声をかける。

 

「ハイト」

 

 ハイトが勢いよく振り返った。

 

「はい! ジィッド団長!」

 

 背筋が伸びる。

 

 返事は立派だった。

 

 ただ、目がやや据わっていた。

 

 ジィッドは少し心配になったが、任務の確認を優先した。

 

「それじゃハイト。俺たちは帰るが、エスト様のことは頼んだぞ」

 

「はい! ジィッド団長!」

 

 ハイトは力強く敬礼した。

 

「バランシェ博士とエスト様は、俺が守ります!」

 

 ジィッドは沈黙した。

 

 ニナリスも沈黙した。

 

 整備班長が、ぽつりと言った。

 

「なんか……増えてる」

 

 ハイトは気づいていない。

 

「バランシェ博士に御迷惑をおかけしないよう、庭の隅で待機し、エスト様の安全を確認し、必要とあらば邸の外周警備も補助し、ミース様に御心配を――いや、ミース様ではなく、バランシェ邸全体の安全をですね」

 

「ハイト」

 

「はい!」

 

「一度、深呼吸しろ」

 

「はい!」

 

 ハイトは深呼吸した。

 

 吸って、吐く。

 

 少しだけ落ち着いた。

 

 ように見えた。

 

 ジィッドはニナリスを見た。

 

「どう思う」

 

「精神状態に不安があります」

 

「だよな」

 

「ただし、任務遂行能力そのものは維持しています。テント設営、警備動線確認、通信配置は適切です」

 

 整備班長がテントを見て頷いた。

 

「悔しいですが、配置は上手いですね。屋敷に迷惑をかけない位置で、かつエスト様の区画への経路を見ている」

 

「そうなんだよな」

 

 ジィッドは困った。

 

 精神状態は怖い。

 

 だが、仕事はしている。

 

 非常に困るタイプだった。

 

「ハイト」

 

「はい!」

 

「無理はするな。食事は出されたものを食べろ。倒れるな。命に代えるな。何かあれば邸の方に報告して、単独判断で突っ走るな」

 

「承知しました!」

 

「あと、ミース様を直視できないなら無理に見るな」

 

「じじじジィッド団長!」

 

「今の反応で答えは出てる」

 

「私は正常です!」

 

「正常な人間は、そこまで大きな声で正常を主張しない」

 

 ハイトは撃沈した。

 

 ジィッドはため息をついた。

 

「……本当に大丈夫か?」

 

 そこで、庭の奥から数人のファティマが静かに歩いていくのが見えた。

 

 銘入りのファティマたちだった。

 

 立ち居振る舞いだけで分かる。

 ただ美しいだけではない。

 存在の精度が違う。

 

 そのうち一人が、ちらりとハイトのテントを見た。

 

 もう一人が、エストの方へ向かう廊下を確認する。

 

 さらに別の一人が、庭の警備線を一目で把握したように視線を流した。

 

 ジィッドは、ふと現実を思い出した。

 

 ここはバランシェ邸だ。

 

 モラード博士がいて、ミースがいて、エストがいて、銘入りのファティマたちがいる。

 

 下手をすれば、ナイト・ポリスをしていたハイトより、この場にいる銘入りファティマたちの方が強い。

 

 少なくとも、異常事態への対処能力は恐ろしく高い。

 

 整備班長も同じことを考えたらしい。

 

「団長」

 

「何だ」

 

「我々が心配する必要、ありますかね」

 

「ハイトの精神状態は心配だ」

 

「それはそうです」

 

「だが、警備面は……」

 

 二人は庭を見た。

 

 銘入りファティマたち。

 バランシェ邸の管理体制。

 博士たち。

 エスト。

 

 ハイトが暴走しても、たぶん誰かが止める。

 

 むしろハイトの方が保護対象になりかねない。

 

 ジィッドは深く頷いた。

 

「大丈夫だろう」

 

 ニナリスが言う。

 

「判断根拠は」

 

「銘入りのファティマがたくさんいる」

 

「合理性はあります」

 

「あるのか」

 

「はい。ハイト様が混乱しても、制圧または誘導可能な戦力が周囲に存在します」

 

「制圧って言ったな」

 

「必要なら」

 

 ジィッドはハイトを見た。

 

 ハイトは、テントのロープを調整しながら、必死に平常心を取り戻そうとしている。

 

「ハイト」

 

「はい!」

 

「もし自分が混乱したと思ったら、周囲のファティマの指示に従え」

 

「え」

 

「たぶん、その方が安全だ」

 

「ジィッド団長、それは護衛としてどうなのでしょうか」

 

「今の君を見る限り、合理的判断だ」

 

「ぐっ」

 

 ハイトは胸を押さえた。

 

 ニナリスが静かに補足する。

 

「任務継続のための補助系統と考えてください」

 

「補助系統……」

 

「はい」

 

「ならば、任務上必要な措置として受け入れます」

 

「受け入れるんだ」

 

 ジィッドは少し笑った。

 

 ハイトは真剣だった。

 

「エスト様の護衛任務を完遂するためです」

 

「その意気は良い。方向を間違えるなよ」

 

「はい!」

 

 ジィッドは、改めて敬礼を返した。

 

「頼んだ」

 

「お任せください!」

 

 返事だけは、本当に立派だった。

 

 ジィッドたちは車へ向かう。

 

 途中、整備班長が小声で言った。

 

「大丈夫ですかね」

 

「分からん」

 

「分からないんですか」

 

「精神状態は怖い。だが、場所が場所だ。下手な軍事拠点より安全だろう」

 

「まあ、銘入りファティマが複数いる庭で暴走する方が難しいですね」

 

「そういう判断で帰る」

 

「雑では?」

 

「軍務上の合理的判断だ」

 

 ニナリスが横から言う。

 

「やや雑ですが、許容範囲内です」

 

「許容された」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

 車に乗り込む直前、彼はもう一度バランシェ邸を振り返った。

 

 庭の隅で、ハイトがテントの前に立っている。

 

 エストのマントを預かっていた時よりは、少しだけ落ち着いたように見えた。

 

 ただし、ミースが遠くの窓辺を通った瞬間、背筋が不自然に伸びた。

 

 ジィッドは見なかったことにした。

 

「帰るぞ」

 

「はい」

 

「はい」

 

 車が動き出す。

 

 バランシェ邸が遠ざかる。

 

 ジィッドの膝の上には、アウクソーから得た記録がある。

 隣にはニナリスがいる。

 向かいには、整備班長がすでにデムザンバラの再設定案を書き始めている。

 

 帰れば、仕事だ。

 

 ピーク領域を消さず、踏まず、逃がしとして残す。

 低中域を太らせながら、熱と反応の逃げ道を作る。

 デムザンバラを、シュペルターの死体ではなく、銀月騎士団を帰すための騎体として生まれさせる。

 

 ジィッドは息を吐いた。

 

「知見は得たな」

 

「はい」

 

 ニナリスが答えた。

 

「では、次は責任です」

 

「厳しいな」

 

「軍務ですので」

 

 ジィッドは笑った。

 

 少し疲れた笑いだった。

 

 だが、来た時よりも軽かった。

 

「そうだったな」

 

 車はノウラン市へ向かう。

 

 背後のバランシェ邸では、庭の隅に小さなテントが一つ立っていた。

 

 その前で、アララギ・ハイトが真面目な顔で警備についている。

 

 そしてたぶん、彼が思っているよりずっと強い存在たちが、その周囲を静かに見守っていた。

 

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