ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

120 / 136
総督府舞踏会後日

/*/ 星団暦3070年・ノウラン基地 司令室 /*/

 

 

 

 舞踏会の報告書は、まだ机の上にあった。

 

 旧ノウラン、オータ市政評議会。

 

 ボルサ列島諸島代表団。

 

 黒豹騎士団。

 

 国家騎士団。

 

 AP騎士団スバース隊支隊長、ランド・アンド・スパコーン卿。

 

 その名が書かれた箇所だけ、ジィッドは何度も読み返していた。

 

 いや、読み返したくて読んでいたわけではない。

 

 目が勝手にそこへ戻る。

 

「結論から言う」

 

 ジィッドは司令室に集まった面々を見た。

 

 ラド。

 

 ノエル。

 

 ニナリス。

 

 ヨシワラ・シズナ。

 

 カラスマ・ゲンロウ。

 

 管理官。

 

 さらに銀月と国家騎士団の作戦参謀が数名。

 

 全員が、舞踏会後のAP騎士団スバース隊分析会議だと理解していた。

 

 ジィッドは、実に嫌そうな顔で言った。

 

「絶対にスバース隊の支隊長とは戦わない」

 

 沈黙。

 

 ラドが、少しだけ目を細める。

 

「ランド・アンド・スパコーン卿ですね」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「あれは駄目だ。剣でどうこうする相手じゃない」

 

 ノエルが確認する。

 

「総督大将。それは、戦術的に避けるという意味ですか」

 

「戦術でも戦略でも政治でも避ける」

 

 ジィッドは地図を指した。

 

 スバース市。

 

 市外縁。

 

 シーゾス王国方面。

 

 カッツェー公国方面。

 

 AP騎士団スバース隊の活動圏。

 

 その全部が、細い赤線で繋がっている。

 

「ランド公が出てきたら、何十騎いても死ぬわ」

 

 ラドが苦笑した。

 

「そこまでですか」

 

「そこまでだ」

 

 ジィッドは真顔だった。

 

「ランド公は、デコーズ隊長みたいに“斬り殺される”怖さだけじゃない。場を見て、相手の未熟さを見て、どこを押せば血を流さずに崩れるかを分かっている。ああいう相手と正面から盤面を作った時点で負けだ」

 

 ゲンロウが低く頷いた。

 

「剛の騎士でありながら、外交も分かる。厄介ですな」

 

「厄介どころじゃない」

 

 ジィッドは舞踏会記録を指で叩いた。

 

「本人は丁寧だった。威圧もしていない。だが、市政、ボルサの港湾、黒豹再編、一通り見て帰った。あれで“知らなかった”はない。次に動く時は、こちらの構造を見た上で動いてくる」

 

 シズナが静かに言う。

 

「では、スバース隊そのものへの直接工作は避けますか」

 

「避ける」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「ランド公の周囲を直接突くな。AP騎士団スバース隊に雑な挑発をするな。あの人が前に出てくる口実を作るな」

 

 ラドが地図を見る。

 

「では、どこを動かします?」

 

 ジィッドは地図上の別の二点を指した。

 

「シーゾス王国とカッツェー公国だ」

 

 ノエルが眉を上げる。

 

「そちらですか」

 

「ああ」

 

 ジィッドは低く言った。

 

「裏工作を密にして、シーゾス王国とカッツェー公国の足の引っ張り合いを加速させる」

 

 管理官が即座に端末を開いた。

 

「既存の不和を増幅する形ですね」

 

「そうだ。ない火をつけるな。ある火を風で煽る」

 

 ニナリスが静かに補足する。

 

「ランド卿を直接敵対正面に立たせず、AP側周辺勢力の調整負荷を増やす方針です」

 

「そういうことだ」

 

 ジィッドは机に両手を置いた。

 

「スバース隊が強いなら、スバース隊に戦わせるな。ランド公が強いなら、ランド公に剣を抜かせるな。あの人が“出るべき場”を散らす」

 

 ゲンロウが目を細める。

 

「名誉ではなく、手間で縛る」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「シーゾス王国にはシーゾス王国の面子がある。カッツェー公国にはカッツェー公国の利権がある。補給路、通行税、港湾使用権、旧領境界、騎士派遣の優先順位。揉める種はいくらでもある」

 

 ノエルが記録する。

 

「ただし、やりすぎると地域全体の緊張が上がります」

 

「だから密にやる」

 

 ジィッドは言った。

 

「表では穏やかに。商人の噂、契約条件、通行許可、補給優先順位、貴族の招待順、報告書の表現。その程度でいい。軍を動かすな。騎士を動かすな。ランド公を動かすな」

 

 シズナが少しだけ頷いた。

 

「黒豹ニンジャ部門で、両国間の既存不満を洗います」

 

「洗うだけだ。作るな」

 

「承知しました」

 

「それと、アーリィの件で使ったような端末偽装工作は慎重にしろ。あれは黒豹の傷に触れる」

 

 シズナの表情が一瞬だけ硬くなった。

 

「はい」

 

 ニナリスがジィッドを見る。

 

「マスター。シズナ様への負荷が上がります」

 

「分かっている」

 

 ジィッドはシズナへ向く。

 

「シズナ。お前一人で握るな。第一系で外を洗い、第二系で漏洩を見て、第三系は封印線だけ確認。ゲンロウには騎士側の反応だけ共有。総督府防諜班と二重記録だ」

 

「はい」

 

「俺に直接全部持ってくるな。まず防諜班とノエルに通せ」

 

 シズナは一瞬だけ寂しそうにしたが、すぐに頷いた。

 

「……任されましたので」

 

「そうだ。任せている」

 

 その一言に、シズナの姿勢が少しだけ安定した。

 

 ラドが地図を見ながら言う。

 

「しかし団長、相手はランド卿ですよね。裏工作を見抜かれる可能性は」

 

「ある」

 

「では」

 

「だから“見抜かれても困らない程度”にする」

 

 ジィッドは淡々と言った。

 

「シーゾスとカッツェーが元から揉めていることを、少しだけ表に出す。商人が勝手に騒ぐ。貴族が勝手に機嫌を悪くする。役人が勝手に書類を遅らせる。その程度なら、ランド公が見抜いても“バッハトマの謀略”と断じるには弱い」

 

 ノエルが苦笑する。

 

「嫌なやり方ですね」

 

「ランド公と戦うよりマシだ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「剣で勝てない相手には、剣を抜かせない。これが一番安い」

 

 管理官が目を輝かせる。

 

「名言ですね。総督府戦略方針に――」

 

「使うな」

 

「記録は」

 

「最低限にしろ」

 

 ニナリスが淡々と言う。

 

「記録しました」

 

「最低限と言っただろう」

 

「必要最低限です」

 

「その必要最低限がいつも重いんだよ」

 

 ゲンロウが静かに笑った。

 

「総督大将閣下。黒豹としては、その方針に賛成です。ランド卿を前に出させるより、周辺の足並みを乱す方が安全でしょう」

 

「黒豹はランド公とやり合いたい奴を抑えておけ」

 

「承知しました」

 

「特に若手だ。舞踏会であの人を見て、変に血が騒いだ奴がいるはずだ」

 

 ゲンロウは重く頷いた。

 

「いますな」

 

「いるのかよ」

 

「剛の騎士を見ると、自分の腕を試したくなる馬鹿はどこにでもおります」

 

「黒豹にもか」

 

「当然です」

 

 ジィッドは天井を見た。

 

「本当に戦場より面倒だな」

 

 ニナリスが言う。

 

「軍務です」

 

「便利すぎる」

 

 ラドが小さく笑う。

 

「でも、団長がここまで“戦わない”って明言するの、珍しいですね」

 

「珍しくない。俺は勝てない戦は嫌いだ」

 

「ランド卿には勝てない?」

 

「勝ち筋が見えない相手とは、まず戦わない」

 

 ジィッドは少しだけ間を置いた。

 

「しかも、あの人と戦って仮に勝っても、損が大きすぎる。AP騎士団、A.K.D.、フロート・テンプル、ハスハ側、全部に余波が出る。勝っても地獄。負けたら当然死ぬ」

 

 ノエルが乾いた声で言う。

 

「最悪ですね」

 

「だから、戦わない」

 

 司令室に沈黙が落ちた。

 

 それは臆病ではなかった。

 

 恐怖を言葉にした上で、盤面を変える判断だった。

 

 ジィッドは地図上のシーゾス王国とカッツェー公国に小さな印を置いた。

 

「こっちを揉ませろ」

 

 シズナが静かに答える。

 

「はい」

 

「ただし、火事にするな。煙でいい」

 

「承知しました」

 

「ランド公が煙の向こうを見る前に、別の煙を出せ」

 

「はい」

 

 管理官が確認する。

 

「作戦名は」

 

「つけるな」

 

「必要です」

 

「つけるな」

 

「では便宜上、“外縁調整工作”として」

 

「つけてるじゃないか」

 

「便宜上です」

 

 ジィッドは深く息を吐いた。

 

「もういい。それで進めろ。ただし、ランド公を名指しで対象にするな」

 

「承知しました」

 

 会議が終わりに近づく。

 

 ジィッドは最後にもう一度、スバース市の印を見た。

 

 落とし難い都市。

 

 いや。

 

 落とした後が面倒な都市。

 

 そして、その面倒さを正確に理解して帰ったAP騎士団支隊長。

 

「……絶対に戦わない」

 

 ジィッドは、もう一度低く言った。

 

 ラドが頷く。

 

「了解です」

 

 ノエルも記録する。

 

「AP騎士団スバース隊との直接衝突回避を最優先」

 

 ゲンロウが腕を組む。

 

「黒豹にも徹底します」

 

 シズナが目を伏せる。

 

「影の方も、静かに動かします」

 

 ニナリスが静かに告げた。

 

「マスター。今回の判断は適切です」

 

「勝利判定か」

 

「いえ」

 

「違うのか」

 

「生存判定です」

 

 ジィッドは一瞬黙り、そして苦く笑った。

 

「それで十分だ」

 

 司令室の窓の外には、ノウラン基地の夜が広がっていた。

 

 遠く、スバース方面の街道灯が細い線になって続いている。

 

 その先に、ランド・アンド・スパコーンがいる。

 

 剣で勝てない相手。

 

 礼儀正しく、正確に、こちらの未熟さを見抜く相手。

 

 ジィッドはその名を、作戦地図の中央ではなく、避けるべき危険域として記憶した。

 

 戦わない。

 

 戦わせない。

 

 そのために、総督府の影が静かに動き始めた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。