ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

123 / 134
普通に出来る女です

/*/ 星団暦3071年 基地 総督府執務棟 小会議室 /*/

 

 

 

 お付き合い作戦は、三回目で早くも改訂された。

 

 理由は単純だった。

 

 シズナが、作戦書を毎回提出しようとしたからである。

 

「毎回はいらん」

 

 ジィッドは言った。

 

「ですが、進捗報告が」

 

「恋愛の進捗報告を軍務書式で出すな」

 

「では、私的書式で」

 

「書式から離れろ」

 

 シズナは真剣に考え込んだ。

 

 ニナリスが横から静かに言う。

 

「シズナ様。記録はご自身の内省用に留め、マスターへ提出する必要はありません」

 

「なるほど」

 

「必要な場合のみ、口頭で相談してください」

 

「はい」

 

 ジィッドは、心底助かった顔をした。

 

「ニナリス、本当に助かる」

 

「はい。マスターの負荷軽減も私の職務です」

 

「俺の負荷として分類されているのか」

 

「はい」

 

「言葉で殴るな」

 

 卓の上には、今日も茶と焼き菓子が置かれていた。

 

 ただし、最初の頃と違って、シズナの前には黒豹影務部門の報告書がある。

 

 黒豹騎士団の再編。

 

 港湾防諜線。

 

 逃亡したアーリィ・ブラスト関連の追跡打ち切り後処理。

 

 トモエ団長死亡後の緘口令維持。

 

 ニンジャ部門の再配置。

 

 黒豹内の旧トモエ派、旧アーリィ派、実務派の温度差。

 

 それらを、シズナは淡々と報告した。

 

「黒豹影務部門の再編ですが、三系統に分けます」

 

 ジィッドは茶を置いた。

 

「三系統?」

 

「はい。第一、港湾・街道・倉庫の防諜線。第二、黒豹内部の緘口令維持と精神状態確認。第三、外部流入者、騎士崩れ、情報屋の照会です」

 

 ノエルが資料を覗き込む。

 

「かなり整理されましたね」

 

「ゲンロウ殿にも確認いただきました」

 

 カラスマ・ゲンロウは部屋の隅で腕を組んでいた。

 

「妥当だ。表の騎士たちには、影の事情を細かく見せすぎん方がよい」

 

 シズナは頷く。

 

「はい。ですので、私が全部を抱え込むのではなく、各線に副担当を置きます」

 

 ジィッドは少し目を細めた。

 

「普通に出来る女だな」

 

 シズナが固まった。

 

「……はい?」

 

「いや、普通に出来る。報告も整理されてるし、部下も立ててる。なんでそんな卑屈なんだ」

 

 シズナは視線を落とした。

 

 ノエルが「あ」と顔をした。

 

 ラドも目を逸らした。

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「マスターがそれを言いますか」

 

 ジィッドは一瞬黙った。

 

「……そうだったな」

 

 シズナは、湯呑みを両手で持ったまま、小さく言った。

 

「私は、アーリィ姉様の代わりではありません」

 

「ああ」

 

「トモエ団長の代わりでもありません」

 

「ああ」

 

「でも、黒豹の影を縫う役は任されました」

 

「任せた」

 

 シズナは、少しだけ顔を上げた。

 

「ですので、任された範囲では、立ちます」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「それでいい」

 

 沈黙が落ちた。

 

 以前のシズナなら、その沈黙に耐えられず、何か極端な言葉を差し出していただろう。

 

 忠誠。

 

 愛。

 

 全て。

 

 抱いてください。

 

 選んでください。

 

 だが、今のシズナは湯呑みを持ったまま、ただ息を整えている。

 

 ニナリスは、その様子を見て静かに記録していた。

 

「シズナ様。本日の私的会話時間は残り四分です」

 

「はい」

 

「申請ではなく、会話としてどうぞ」

 

「はい」

 

 シズナはジィッドを見た。

 

「ジィッド様」

 

「なんだ」

 

「今日は、寄り掛かっていませんでしたか」

 

 ジィッドは少し考えた。

 

「寄り掛かってはいない」

 

 シズナの肩が、わずかに下がった。

 

「そうですか」

 

「ああ。報告も出来ていた。茶も飲んだ。時間も守っている」

 

「はい」

 

「だから、今日は勝ちでいい」

 

 シズナは目を丸くした。

 

「勝ち、ですか」

 

「勝ちだろ。お付き合い作戦的には」

 

 ノエルが噴き出しそうになった。

 

 ラドが咳払いで誤魔化した。

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「はい。現段階では成功判定です」

 

「ニナリス様まで」

 

 シズナは、少しだけ笑った。

 

 それは、怯えた笑みではない。

 

 作戦が成功した安堵でもない。

 

 ほんの少しだけ、自分で立てたことを喜ぶ笑みだった。

 

 

 

/*/ 公的場面同伴訓練 ノウラン市 戦没者慰霊式 /*/

 

 

 

 第三段階は、思ったより早く来た。

 

 黒豹騎士団の戦没者慰霊式。

 

 トモエ団長の名は、公式には「任務中死亡」とされた。

 

 アーリィ・ブラストの名は、式次第から外されている。

 

 上官殺しで逃亡。

 

 抜け忍として処理済み。

 

 そう記録されている。

 

 だが、黒豹の者たちは知っている。

 

 トモエが笑って死んだこと。

 

 アーリィが泣かなかったこと。

 

 その斬り合いの中に、誰にも言えない感情があったこと。

 

 だから、慰霊式の空気は重かった。

 

 ジィッドは黒の礼装で立つ。

 

 隣にはニナリス。

 

 少し後ろにラドとノエル。

 

 そして黒豹側代表として、カラスマ・ゲンロウとヨシワラ・シズナが並んだ。

 

 シズナは、ジィッドの隣には立たなかった。

 

 黒豹側の列に立った。

 

 それを見て、ジィッドは少しだけ息を吐いた。

 

「立ててるな」

 

 ニナリスが答える。

 

「はい。依存行動は抑制されています」

 

「言い方」

 

「良好です」

 

「それでいい」

 

 式が始まる。

 

 黒豹の古参が名を読み上げる。

 

 戦死者。

 

 行方不明者。

 

 任務中死亡者。

 

 黒豹の影に消えた者たち。

 

 シズナの顔は白かった。

 

 だが、崩れない。

 

 ゲンロウが一歩横にいる。

 

 ジィッドは前に出すぎない。

 

 黒豹の慰霊は、黒豹の者たちが行うべきだからだ。

 

 式の終盤、献花の順番が来た。

 

 シズナは花を持ち、トモエ団長の名が刻まれた仮の碑の前に立った。

 

 少しだけ唇が震える。

 

 だが、彼女は花を置いた。

 

「トモエ団長」

 

 声は小さい。

 

 それでも、届いた。

 

「私は、アーリィ姉様ではありません」

 

 黒豹の列が静まり返る。

 

「ですが、任された影は縫います」

 

 シズナは深く頭を下げた。

 

「どうか、お見届けください」

 

 ジィッドは何も言わなかった。

 

 ここで声をかければ、彼女はジィッドへ寄り掛かる。

 

 だから、何も言わない。

 

 ゲンロウだけが、静かに頷いた。

 

 式が終わった後、シズナはジィッドのところへ来た。

 

 ただし、走らなかった。

 

 距離を保ち、礼をした。

 

「ジィッド様」

 

「ああ」

 

「本日は、黒豹代表として立てていましたか」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「立てていた」

 

「寄り掛かっていませんでしたか」

 

「寄り掛かっていない」

 

 シズナは小さく息を吐いた。

 

「良かった」

 

 ジィッドは少しだけ迷ってから言った。

 

「偉かったな」

 

 シズナは固まった。

 

 完全に固まった。

 

 ニナリスが横から即座に言う。

 

「マスター。過剰な承認は依存再燃の可能性があります」

 

「すまん」

 

「ですが、事実としては適切な評価です」

 

「どっちだ」

 

 シズナは、顔を真っ赤にしたまま俯いた。

 

「……記録します」

 

 ジィッドが慌てる。

 

「何を」

 

「本日、ジィッド様より、偉かったな、との評価を受けました」

 

「記録するな」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「シズナ様。個人日誌までに留めてください」

 

「はい」

 

 ノエルが小声で言った。

 

「お付き合い作戦、かなり危うい綱渡りですね」

 

 ラドが頷く。

 

「でも、前より歩いてる」

 

 ゲンロウが重く言った。

 

「歩かせねばならん。寄り掛からせるだけなら、黒豹はまた割れる」

 

 ジィッドは、遠くにある黒豹の列を見た。

 

 トモエはいない。

 

 アーリィもいない。

 

 シズナはまだ危うい。

 

 だが、立とうとしている。

 

「お付き合い作戦、第三段階」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「現時点では成功です」

 

 ジィッドは頭を抱えた。

 

「名前だけ何とかならんのか」

 

 シズナが、小さく、しかしはっきりと言った。

 

「私には、必要な名前です」

 

 その言葉に、ジィッドは黙った。

 

 作戦という形でなければ、彼女は自分の感情を置けない。

 

 なら、今はその名前でいい。

 

 いつか、作戦でなくなればいい。

 

 ジィッドはそう思いながら、短く答えた。

 

「なら、今はそれでいい」

 

 シズナは、少しだけ笑った。

 

「はい」

 

 

 

/*/ その夜 ニナリスの記録 /*/

 

 

 

 ニナリスは、個人観測記録に短く記した。

 

 

 

/*/

 

 

 ヨシワラ・シズナ。

 ジィッド様への依存傾向は残存。

 ただし、任務達成、自立的役割認識、黒豹内での立場確立により、依存先の一点集中は緩和傾向。

 

 お付き合い作戦という名称は未熟だが、本人にとって感情を整理するための仮枠として機能している。

 

 マスターは困惑している。

 しかし、拒絶による破綻ではなく、段階的距離調整を選択。

 負荷は増加。

 ただし、黒豹再編の安定性には寄与。

 

 

/*/

 

 

 

 ニナリスは、最後に一行だけ追加した。

 

 

『マスターは、また面倒なものを拾った』

 

 

 記録を閉じる。

 

 その向こうの部屋で、ジィッドが書類を見ながら呻いていた。

 

「黒豹の慰霊式報告、港湾防諜線、国家騎士団の酒場規定、それにお付き合い作戦の経過観察……なんで最後だけ毛色が違うんだ」

 

 ニナリスは静かに答えた。

 

「すべて総督府案件です」

 

「便利な言葉で殴るな」

 

 星団暦3071年。

 

 ヨシワラ・シズナのお付き合い作戦は、まだ恋愛には届いていない。

 

 だが、彼女が自分を誰かに差し出すのではなく、自分の足で立ったまま誰かを慕うための訓練として、黒豹再編の裏側で静かに続いていた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。