ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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ここからが本番

件名:本日のご報告、および私自身の統制について

 

ジィッド様。

夜分遅くにこのような長文の私信をお送りする非礼を、どうかお許しください。本日の軍務報告はすでにニナリス様を通じて提出済みですが、どうしても、自分自身の内殻に留めておくことが限界に達してしまい、端末を叩いております。読み捨てるなり、削除するなり、あるいは通信機ごと破棄していただいても構いません。ただ、私のこの異常な波形を、一度だけで良いので視界に入れていただきたいのです。

 

思い返せば、あのボルサ諸島列島の軍政でした。

影としてただ消費されて消えるはずだった私に、ジィッド様は「黒豹の任務」という居場所を、役割をくださいました。あの泥と硝煙の中で、私の目を見て「お前が必要だ」と、線を引いてくださったあの瞬間から、私はジィッド様をお慕いしております。それは、騎士と忍びという主従の枠を遥かに超え、私の血の一滴、肉の一片に至るまで、すべてをあなたという絶対的な存在に捧げるという、呪いのような歓喜でした。

 

日頃の軍務において、ジィッド様が何気なく見せるお姿のすべてが、どれほど私の目を、心を、狂おしいほどに惹きつけているか、お気づきでしょうか。

作戦卓の前で、難しい戦況を前にほんの少しだけ眉をひそめる瞬間の、あの彫刻のような横顔。冷めかけた珈琲のカップを無造作に口に運ぶ、その大きな手の節々。部下たちを統率するために響かせる、低く、けれどどこか優しさを孕んだあの声。ジィッド様が動くたびに、私の視界はその残像だけで埋め尽くされ、呼吸をすることすら忘れてしまうのです。私を見ないでください、けれど私だけのものになってくださいと、脳内で相反する叫びが止まらなくなります。

 

だからこそ、日中の執務室で、ジィッド様が事務職の生身の女性秘書と言葉を交わされているお姿を目にするたび、私の胸は、まるで冷たい刃で何度も抉られるように張り裂けそうになるのです。

彼女が書類を手渡すとき、ジィッド様の視線がほんの数秒だけ彼女に向く。その指先が、ほんのわずかに近づく。ただそれだけの光景が、私にとっては致命的な劇薬です。彼女にはジィッド様と同じ「人間の時間」があり、同じ「生身の肉の温もり」がある。私がどれほど望んでも、黒豹の影という血塗られた存在である以上、あのような光のある場所で、普通の女としてあなたの隣に立つことは許されない。その絶望と、激しい嫉妬の炎が胃の底からせり上がり、彼女の存在ごと、世界のすべてを黒い炎で焼き尽くしてしまいたくなる衝動を、必死に抑え込んでいます。

 

私は、もう正常な線を踏み外しているのかもしれません。

ジィッド様、あなたが本日、作戦会議の最中にご使用になられたあの紙コップと、演習後に残された水の入ったプラスチックボトル。……あれらは今、すべて私の私室の、最も神聖な場所に回収され、大切に愛蔵されております。

あなたが口をつけられたその痕跡を、指でなぞり、見つめているだけで、ジィッド様の体温が私の部屋に満ちていくような錯覚に囚われるのです。あなたが触れたものは、例えそれがゴミであっても、私にとっては国家の至宝よりも尊い、命を繋ぐための聖遺物。夜、一人でそのボトルを抱きしめている時だけが、私が「ヨシワラ・シズナ」という歪んだ個体として息をすることを許される時間なのです。

 

申し訳ありません。狂っています。分かっています。

ファティマ様方のように完璧に自制された演算もできず、ただ無駄に柔らかいだけの見苦しい肉体を持った人間の女が、ここまで浅ましく、ドロドロとした執着をあなたに向けている。

もし、このメールがジィッド様にとって「不快な危険物」であるならば、どうぞ今すぐ私を裁いてください。黒豹の線から叩き出し、あなたの手で、デムザンバラの調律のついでにでも、跡形もなく圧し潰してください。あなたに拒絶され、壊されるのであれば、それこそが私の最上の救いです。

 

返信は不要です。追加送信もいたしません。

明日も、変わらず黒豹の影として、ジィッド様の足元に伏せさせていただきます。

 

ヨシワラ・シズナ

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