ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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心的外傷後ストレス障害

/*/ 星団暦3071年 総督府執務棟 ジィッド私室 深夜 /*/

 

 

 

 ジィッド・マトリアは、端末を見たまま固まっていた。

 

 画面には、ヨシワラ・シズナからの長文私信。

 

 件名からして重い。

 

 本文は、さらに重かった。

 

 慕情。

 

 依存。

 

 嫉妬。

 

 自己否定。

 

 崇拝。

 

 自罰。

 

 そして、ジィッドが使った紙コップとボトルを私室に回収しているという告白。

 

 ジィッドは、最後まで読んだ。

 

 そして、静かに端末を机に置いた。

 

「……どうすればいいんだ、これ」

 

 誰も答えない。

 

 私室だからだ。

 

 ジィッドは頭を抱えた。

 

「違う。これは、まずい。これは俺が返事してどうにかなる奴じゃない」

 

 もう一度、画面を見る。

 

 

 

/*/

 

 

 返信は不要です。追加送信もいたしません。

 明日も、変わらず黒豹の影として、ジィッド様の足元に伏せさせていただきます。

 

 

/*/

 

 

 

「返信不要って書くな。余計に返信が必要になるだろうが」

 

 ジィッドは低く吐き捨てた。

 

 ただし、指はすぐには動かなかった。

 

 ここで、

 

 

「大丈夫だ」

「お前は必要だ」

「そんなことを言うな」

 

 

 とだけ返せば、シズナは救われる。

 

 一瞬だけ。

 

 だが、それは次の依存の餌になる。

 

 逆に、

 

 

「気持ち悪い」

「二度と送るな」

「処罰する」

 

 

 と返せば、壊れる。

 

 ジィッドはしばらく黙ってから、通信を開いた。

 

「ニナリス。起きているか」

 

 すぐに返答が来る。

 

「はい、マスター」

 

「私室に来い。緊急だ。あと、ゲンロウを呼べ。医師もだ」

 

 一拍。

 

「シズナ様ですか」

 

「分かるのか」

 

「本日、休日後の夜間帯です。危険時間です」

 

「……分かっていたなら先に言え」

 

「マスターの私信領域へ過剰介入する権限はありませんでした」

 

「今から権限を与える。緊急だ」

 

「承知しました」

 

 通信が切れる。

 

 ジィッドはもう一度端末を見た。

 

 シズナの言葉が、画面の上で濡れているように見えた。

 

 彼女は助けを求めている。

 

 だが、その形が危うすぎる。

 

 好意ではある。

 

 忠誠でもある。

 

 だが、それ以上に、自分自身を処分品として差し出している。

 

「馬鹿が」

 

 ジィッドは呟いた。

 

「誰が、お前を壊すか」

 

 

 

/*/ 同 私室 /*/

 

 

 

 ニナリスは、到着してすぐ全文を読んだ。

 

 表情は変わらない。

 

 だが、読み終えた後の沈黙が少し長かった。

 

「マスター。これは恋愛上の私信ではありません」

 

「だろうな」

 

「境界侵犯、自己破壊的願望、嫉妬反応、孤立時の依存増幅、収集行動が同時に出ています」

 

「言葉が硬い」

 

「柔らかく言えば、危険です」

 

「それは分かる」

 

 遅れてカラスマ・ゲンロウが入ってきた。

 

 寝間着ではない。

 

 すでに黒豹の略装を整えている。

 

 端末を読んだゲンロウは、長く目を閉じた。

 

「……やったか」

 

 ジィッドが顔を上げる。

 

「知っていたのか」

 

「兆候はあった。だが、ここまで速く深く落ちるとは思わなんだ」

 

「使用済みの紙コップとボトルだぞ」

 

「黒豹の影は、対象の痕跡を拾う訓練を受ける」

 

「俺のゴミを拾えとは教えてないだろ」

 

「教えてはいない。だが、できてしまう」

 

 ジィッドは額を押さえた。

 

「最悪だな」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「初動対応を整理します」

 

「頼む」

 

「第一。マスターは単独でシズナ様の私室へ行かない」

 

「行く気はない」

 

「第二。長文の情緒的返信をしない」

 

「分かっている」

 

「第三。完全拒絶もしない」

 

「それも分かっている」

 

「第四。使用済み物品の回収を中止させ、返却または廃棄は第三者立ち会いで行う」

 

 ジィッドが顔をしかめた。

 

「俺が取りに行ったら駄目だな」

 

「駄目です」

 

 ゲンロウが重く頷く。

 

「俺が行く。黒豹の女衆を二人付ける。医師も同行させる」

 

「処罰ではない」

 

 ジィッドは即座に言った。

 

「処罰に見せるな」

 

「分かっている。だが、甘やかしにも見せん」

 

 ニナリスが続ける。

 

「第五。シズナ様の深夜私信を一時停止。緊急時はニナリス、ゲンロウ、医師へ送る。マスター直通は昼間の規定時間のみ」

 

 ジィッドは呻いた。

 

「また線か」

 

「必要です」

 

「必要なのが腹立たしい」

 

 ゲンロウが低く言った。

 

「大将。これは線を引かねば死ぬ類いだ」

 

 ジィッドは黙った。

 

 ゲンロウは続ける。

 

「シズナは、拒まれれば自分を壊す。受け入れられれば、もっと差し出す。どちらでも沈む。なら、沈まぬ深さに縄を張るしかない」

 

「……分かっている」

 

 ジィッドは端末を持ち上げた。

 

「返事は短くする」

 

 ニナリスが頷く。

 

「はい。内容は、確認、境界、今後の連絡先、明日の面談指示。好意への詳細応答は避けてください」

 

「分かった」

 

 ジィッドは文章を打った。

 

 何度か消した。

 

 また打った。

 

 最後に、ニナリスへ見せた。

 

 ニナリスが頷く。

 

「適切です」

 

 ゲンロウも頷いた。

 

「それでよい」

 

 ジィッドは送信した。

 

 

 

/*/

 

 

 読んだ。

 これは処罰案件ではないが、放置もしない。

 今夜は追加送信するな。自分を罰するな。

 俺の使用済み物品の回収は今後禁止する。明日、ゲンロウと医師立ち会いで整理する。

 深夜の私信は一時停止。苦しくなったらニナリスかゲンロウへ送れ。

 明朝、黒豹再編室で話す。

 お前を壊すつもりはない。だが、この線は越えさせない。

 

 

/*/

 

 

 

 送信。

 

 返事はすぐ来た。

 

 

 

/*/

 

 

 読んでいただけたのですね。

 ありがとうございます。

 追加送信しません。

 自分を罰しません。

 明朝、伺います。

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは息を吐いた。

 

「止まったか」

 

 ニナリスが画面を確認する。

 

「現時点では、急性波形は下降しています」

 

「人間を計器みたいに言うな」

 

「ただし、今夜は監視が必要です」

 

 ゲンロウが立ち上がる。

 

「俺が黒豹側を動かす。女衆を付ける。医師もな」

 

「頼む」

 

 ゲンロウは一礼した。

 

「中将」

 

「なんだ」

 

「シズナを拒むなら、早く拒め。拾うなら、線を引いて拾え。曖昧が一番毒だ」

 

 ジィッドは苦い顔をした。

 

「分かっている」

 

「分かっている顔ではない」

 

「だから頭を抱えてるんだ」

 

 ゲンロウは少しだけ笑った。

 

「なら、まだ大丈夫だ」

 

 

 

/*/ 黒豹再編室 翌朝 /*/

 

 

 

 シズナは、椅子に座っていた。

 

 背筋は伸びている。

 

 服装も整っている。

 

 黒豹影務部門暫定統括としての顔は、崩れていない。

 

 だが、目の奥が空洞だった。

 

 ジィッド・マトリア大将は、机の上に置かれた小箱を見た。

 

 紙コップ。

 

 水の入っていたプラスチックボトル。

 

 ジィッドが使い捨てたはずの、どうでもいい物。

 

 それらが、シズナの私室では祈るように集められていた。

 

 彼女にとっては、ゴミではなかった。

 

 寂しさの輪郭を指でなぞるための、かろうじて触れられる形だった。

 

「シズナ」

 

「はい」

 

「まず、怒る」

 

「はい」

 

「俺の使用済み物品を持ち帰るな。これは駄目だ。境界を越えている」

 

「……はい」

 

「俺が知らないうちに、俺の痕跡を集めるな。お前の部屋に置くな。聖遺物にするな」

 

 シズナの指が、膝の上で強く握られた。

 

 叱責を受け止めている。

 

 だが、どこかで叱責そのものを望んでいたようにも見えた。

 

 裁かれれば、形ができる。

 

 壊されれば、終わりが来る。

 

 返事のない感情が胸の中で暴れて、自分の外へ転がり出てしまうより、誰かに潰された方が楽だと、そう思っているような目だった。

 

 ジィッドは、そこを見落とさなかった。

 

「ただし」

 

 シズナが、恐る恐る顔を上げる。

 

「これでお前を黒豹から叩き出すつもりはない。壊すつもりもない」

 

 シズナの目が揺れた。

 

「なぜですか」

 

「お前が必要だからだ」

 

 空気が止まった。

 

 ニナリスが即座に横から言う。

 

「マスター。補足を」

 

「分かっている」

 

 ジィッドは続けた。

 

「黒豹の影務部門に、お前が必要だ。任務を果たすシズナが必要だ。俺のゴミを集めて壊れていくシズナは必要じゃない」

 

 シズナは、笑おうとして失敗した。

 

 泣きそうな顔だった。

 

「私は……必要ですか」

 

「ああ」

 

「女としてではなく」

 

 張り詰めた沈黙。

 

 ジィッドは目を逸らさなかった。

 

「今は、部下としてだ」

 

 シズナは唇を噛んだ。

 

 だが、崩れなかった。

 

「はい」

 

 カラスマ・ゲンロウが、重く息を吐いた。

 

「大将」

 

「なんだ」

 

「トモエ団長とブラスト副団長を失った傷が、一番癒えていないのはシズナだったのかもしれません」

 

 シズナは何も言わなかった。

 

 ゲンロウは続ける。

 

「元々、ブラスト副団長と自分を比べて自責する傾向はあった。アーリィには届かない。トモエ団長に選ばれきれない。そう思い続けていた」

 

 ジィッドは黙って聞いた。

 

「だが、生きている相手なら、まだ比べられる。怒ることも、追うことも、勝てないと認めることもできる。だが、二人が思い出になった。思い出は、もう失敗しない。もう醜くならない。もう弱くならない」

 

 ゲンロウの声は低い。

 

「シズナは、生きている自分を、死んだ二人と比べ続けているのでしょう」

 

 ジィッドは、静かに呟いた。

 

「思い出には勝てないからな」

 

 その一言で、シズナの肩が震えた。

 

 図星だった。

 

 トモエは死んだ。

 

 アーリィは消えた。

 

 その二人は、シズナの中で傷のまま輝いている。

 

 自分は届かなかった。

 

 自分は選ばれなかった。

 

 それでも黒豹の影を縫えと言われた。

 

 ならば、せめて今度こそ誰かに選ばれたい。

 

 輪郭のない空白を、誰かにそっと撫でてほしい。

 

 だが、差し出した言葉には返事がない。

 

 胸の奥で暴れるものに蹴り出されて、愛のような、呪いのようなものだけが転がり出てくる。

 

 ジィッドは端末を見た。

 

 昨夜の長文私信。

 

 そこには、恋ではなく、穴があった。

 

 愛の形をした空洞だった。

 

 

 

/*/ 境界 /*/

 

 

 

 ゲンロウが机上の箱を見た。

 

「これは、こちらで処分する」

 

 シズナの指が震えた。

 

 ジィッドは言った。

 

「返せとは言わない。処分だ」

 

「……はい」

 

「ただし、お前を罰するためじゃない。線を戻すためだ」

 

「線を、戻す」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは、箱から視線を外した。

 

「俺の物は俺の物だ。お前の気持ちはお前の物だ。混ぜるな」

 

 シズナは、その言葉を何度か口の中で繰り返した。

 

「ジィッド様の物は、ジィッド様の物。私の気持ちは、私の物」

 

「ああ」

 

「混ぜない」

 

「そうだ」

 

 ニナリスが静かに記録する。

 

「境界回復文として有効です」

 

「記録するな」

 

「必要です」

 

「記録はいつも残酷だな」

 

 シズナは小さく息を吐いた。

 

「私は、ジィッド様を濁らせていますか」

 

 ジィッドは少しだけ眉を寄せた。

 

「何だ、それは」

 

「私の感情が、ジィッド様の足を引いています。黒豹を濁らせています。ジィッド様の周りの人を、私の嫉妬で黒く見てしまいます」

 

 事務職の女性秘書。

 

 会議で書類を渡すだけの相手。

 

 ジィッドが数秒視線を向けただけの相手。

 

 それすら、シズナには刺さった。

 

 自分が立てない場所に、その人は普通に立っている。

 

 光のある場所。

 

 血と影ではない場所。

 

 それが羨ましくて、憎くて、恥ずかしくて、自己嫌悪で、彼女は壊れかけた。

 

 ジィッドは、静かに言った。

 

「濁らせるな」

 

 シズナが顔を上げる。

 

「だが、濁ったからといって、自分ごと捨てるな」

 

「……はい」

 

「嫉妬は出る。執着も出る。だが、それを俺や他の職員へぶつけるな。自分を壊す理由にもするな」

 

 ニナリスが補足する。

 

「嫉妬反応は否定せず、行動制限を設けます」

 

「言い方は硬いが、それだ」

 

 ゲンロウがシズナを見る。

 

「秘書への監視、威嚇、接触は禁止だ」

 

「しておりません」

 

「今後もだ」

 

「はい」

 

「使用済み物品の回収も禁止」

 

「はい」

 

「深夜の長文私信も一時停止」

 

 シズナの目が揺れた。

 

「ジィッド様に、苦しいと伝えることも」

 

「伝える相手を変える」

 

 ジィッドが言った。

 

「苦しいなら、ニナリスかゲンロウか医師に送れ。俺に送るな、ではない。俺に直接ぶつけて、自分を壊す形にするな、だ」

 

 シズナは黙った。

 

 その言い方なら、聞けた。

 

 完全に閉じられたわけではない。

 

 だが、開きっぱなしでもない。

 

 線がある。

 

「私は、まだお慕いしていてよいのでしょうか」

 

 ジィッドは、逃げずに答えた。

 

「気持ちは、お前の物だ。俺が没収するものじゃない」

 

 シズナは息を呑んだ。

 

「だから、慕うなとは命令しない。ただし、その気持ちで俺や周囲を縛るな。自分を壊すな。黒豹を巻き込むな」

 

「はい」

 

「守れないなら距離を置く」

 

「守ります」

 

「今すぐ完璧に守れとは言わん。崩れそうになったら、先に助けを呼べ」

 

「……はい」

 

 

 

/*/ 新規定 /*/

 

 

 

 ニナリスが、更新された規定を読み上げた。

 

「第一。深夜のジィッド様直通私信を一時停止」

 

「はい」

 

「第二。苦痛、嫉妬、自己破壊衝動を含む文面は、ジィッド様ではなく、ニナリス、ゲンロウ、医師のいずれかへ送信」

 

「はい」

 

「第三。ジィッド様の使用済み物品、私物、痕跡の無断回収を禁止」

 

「はい」

 

「第四。事務職員、秘書、女性職員への監視・威嚇・接触を禁止」

 

「はい」

 

「第五。休日と夜間の空白時間を作らない。黒豹非任務茶会、食事、訓練、休養予定を事前に組む」

 

「はい」

 

「第六。ジィッド様への好意表明は、規定時間内の口頭に限定。長文私信は禁止」

 

 ジィッドが呻いた。

 

「好意表明の規定って何だ」

 

 ノエルが小声で言う。

 

「総督府案件です」

 

「その言葉で殴るな」

 

 ゲンロウがシズナを見る。

 

「守れるか」

 

「守ります」

 

「守れなかった場合は」

 

「ニナリス様かゲンロウ殿へ連絡します。自己判断で追加送信しません」

 

「よし」

 

 シズナは、少しだけ迷ってから言った。

 

「昨夜の文面は、削除していただけますか」

 

 ジィッドはすぐには答えなかった。

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「記録として封印します。通常閲覧不可。再発防止のため、医療・安全管理上の必要範囲のみ保持します」

 

「残るのですね」

 

「全部なかったことにはしない」

 

 ジィッドは言った。

 

「だが、晒しものにもしない。お前を裁くための記録じゃない。次に同じ穴へ落ちないための記録だ」

 

 シズナは、小さく頷いた。

 

 

 

/*/ 会議後 /*/

 

 

 

 シズナが退室した後、ジィッドは椅子に沈んだ。

 

「トモエ姐さんとアーリィを失った傷が、一番深かったのはシズナか」

 

 ゲンロウは目を伏せた。

 

「恐らく」

 

「ブラスト副団長に勝てないと思い続けて、トモエ姐さんには選ばれきれなかったと思い続けて、二人とも思い出になった」

 

「はい」

 

「思い出には勝てない」

 

「はい」

 

 ジィッドは天井を見た。

 

「誰かが、あいつの空っぽの輪郭を撫でてやれればいいんだがな」

 

 ニナリスが言う。

 

「マスターがそれを直接行うと、依存が再燃します」

 

「分かっている」

 

「ですので、複数の支点が必要です。ゲンロウ、医師、黒豹女衆、任務、休養予定、そして限定されたマスターとの接点」

 

「人の心まで軍政か」

 

「近いです」

 

「近いと言うな」

 

 ゲンロウが静かに言った。

 

「大将。シズナは、誰かに全部を埋めてほしいのではない。自分の形を、外から確かめてほしいのです」

 

「輪郭か」

 

「はい」

 

「俺一人でやったら壊れるな」

 

「壊れます」

 

「なら、複数でやるしかない」

 

「はい」

 

 ジィッドは深く息を吐いた。

 

「黒豹を拾った時点で、こうなるのは決まっていたのかもな」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「少なくとも、可能性はありました」

 

「可能性で殴るな」

 

 ジィッドは、封印されたシズナの私信を見た。

 

 そこには、返事のない愛があった。

 

 宿命のように貼り付いて、燃え続ける北の星のような執着があった。

 

 誰かを照らすはずのものが、近すぎて相手の視界まで焦がし、濁らせる危うさがあった。

 

 だから、線を引く。

 

 拒絶で壊さない。

 

 受容で暴走させない。

 

 その間に、細い足場を作る。

 

「お付き合い作戦は、一時停止だ」

 

 ジィッドは言った。

 

 ニナリスが頷く。

 

「恋愛段階は凍結。休日安定化、境界回復、黒豹内自立支援へ移行します」

 

「名前が硬い」

 

「必要です」

 

「必要なのが腹立たしい」

 

 窓の外では、ノウラン基地の朝が始まっていた。

 

 港から荷が入り、工場は動き、黒豹は影の仕事へ戻る。

 

 シズナも戻る。

 

 ただし、昨日と同じ場所ではない。

 

 少しだけ線の引かれた場所へ。

 

 ジィッドは低く呟いた。

 

「俺の物は俺の物。お前の気持ちはお前の物。混ぜるな」

 

 ニナリスが静かに記録した。

 

「境界回復文、正式採用します」

 

「だから記録するな」

 

「必要です」

 

「記録はいつも残酷だな」

 

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