ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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黒豹騎士団再編任命式

/*/ 星団暦3072年 総督府執務棟 /*/

 

 

 

 黒豹騎士団の再編は、ようやく暫定の文字を外すところまで来ていた。

 

 トモエ団長は死んだ。

 

 アーリィ・ブラスト副団長は逃亡した。

 

 その傷は、消えない。

 

 消えるはずもない。

 

 だが、黒豹は止まらなかった。

 

 港湾防諜。

 

 密輸照会。

 

 街道裏線。

 

 黒豹内部の緘口令。

 

 ノウラン孤児院・密輸潜入作戦。

 

 ボルサ便の裏帳簿。

 

 オータ工場への部品流通監視。

 

 血と泥と書類の上で、黒豹は少しずつ縫い直されていた。

 

 ジィッド・マトリア大将は、任命書を手にして立っていた。

 

 正面には、カラスマ・ゲンロウ。

 

 古参の黒豹騎士。

 

 黒豹の表の騎士たち、GTMヘッドライナーたちを黙らせ、立たせ、動かしてきた男。

 

 その横に、ヨシワラ・シズナ。

 

 以前より痩せてはいる。

 

 だが、目の奥の空洞は少し薄くなっている。

 

 黒豹の影務を縫い直した女。

 

 ジィッドは二人を見た。

 

「カラスマ・ゲンロウ」

 

「は」

 

「本日付で、黒豹騎士団団長に任ずる。あわせて准将へ昇進」

 

 黒豹の列が、かすかに揺れた。

 

 ゲンロウは深く頭を下げる。

 

「拝命します」

 

「トモエ姐さんの椅子だ」

 

 ジィッドは言った。

 

「軽くはないぞ」

 

「承知しております」

 

「軽く座るな」

 

「座りません」

 

 ゲンロウは顔を上げた。

 

「立って支えます。必要なら、座るのは黒豹がもう少し落ち着いてからにします」

 

 ジィッドは少しだけ口元を歪めた。

 

「ならいい」

 

 続いて、ジィッドはもう一枚の任命書を取った。

 

「ヨシワラ・シズナ」

 

「はい」

 

 シズナの声は、以前より落ち着いていた。

 

 震えていないわけではない。

 

 だが、逃げてはいない。

 

「本日付で、大佐へ昇進。正式に黒豹騎士団副団長に任ずる」

 

 シズナの睫毛が、小さく震えた。

 

 副団長。

 

 かつてアーリィ・ブラストがいた場所。

 

 その名が、喉の奥に刺さる。

 

 だが、シズナは崩れなかった。

 

 ジィッドは、そこを見ていた。

 

「ただし」

 

 シズナが顔を上げる。

 

「お前はアーリィの代わりじゃない」

 

 黒豹の列が静まった。

 

「アーリィ・ブラスト副団長の穴を埋めるために任ずるのではない。ヨシワラ・シズナとして、黒豹の影務、諜報、防諜、港湾・街道・裏社会照会線を統括させる」

 

 シズナは、唇を引き結んだ。

 

 ジィッドは続けた。

 

「黒豹の表はゲンロウが見る。騎士、GTMヘッドライナー、三個大隊の戦闘秩序は団長が握る。お前は影を見ろ。黒豹の裏線を縫え。勝手に一人で沈むな。必要なら団長を使え。総督府を使え。医療も使え」

 

 ノエルが小さく息を吐いた。

 

 ラドは黙って見ていた。

 

 ニナリスは静かに記録している。

 

 シズナは深く頭を下げた。

 

「拝命します」

 

 声は、今度も震えなかった。

 

「黒豹騎士団副団長、ヨシワラ・シズナ。影務部門を統括し、団長を補佐します」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「よし」

 

 ゲンロウが、横からシズナを見た。

 

「副団長」

 

 その呼びかけに、シズナは一瞬だけ目を伏せた。

 

 だが、逃げなかった。

 

「はい、団長」

 

 その言葉で、黒豹の列が少しだけ変わった。

 

 暫定ではない。

 

 代理でもない。

 

 誰かの代用品でもない。

 

 団長、カラスマ・ゲンロウ。

 

 副団長、ヨシワラ・シズナ。

 

 黒豹騎士団は、正式に新しい骨格を得た。

 

 

 

/*/ 任命式後 /*/

 

 

 

 式が終わると、ジィッドは任命書の控えを机に置いた。

 

「ようやくだな」

 

 ラドが言った。

 

「長かったですね」

 

「長かった」

 

 ノエルが苦笑する。

 

「でも、これで黒豹は暫定再編から正式体制へ移れます」

 

「ああ」

 

 ジィッドは窓の外を見た。

 

 黒豹の騎士たちが整列を解いていく。

 

 ゲンロウは古参たちに囲まれている。

 

 シズナは黒豹女衆と影務班の者たちに何かを言われて、少し困った顔をしていた。

 

 以前の彼女なら、ジィッドの視線だけを探していただろう。

 

 今も、探していないわけではない。

 

 だが、それだけではなかった。

 

 彼女は、自分の部下を見る。

 

 帳簿を見る。

 

 孤児院担当を見る。

 

 ボルサ便照会班を見る。

 

 自分の立つ場所を見ている。

 

 ニナリスが静かに言った。

 

「シズナ様、安定傾向です」

 

「完全ではないだろ」

 

「はい。ですが、以前とは依存の向きが変わっています」

 

「どういう意味だ」

 

「マスター個人への一点集中から、黒豹副団長としての役割、孤児院保護線、影務部門の責任へ分散しています」

 

 ジィッドは鼻で笑った。

 

「人の心を兵站みたいに言うな」

 

「類似しています」

 

「言葉で殴るな」

 

 ラドが外を見て言った。

 

「でも、シズナさん、大佐ですか」

 

「仕事量を考えれば妥当だ」

 

 ノエルが頷く。

 

「むしろ、今まで暫定統括のまま動いていた方がおかしいですね」

 

「おかしいことばかりだったからな」

 

 ジィッドは任命書の控えを閉じた。

 

「トモエ姐さんが死んで、アーリィが消えて、黒豹は割れかけた。ゲンロウが表を抑えた。シズナが影を縫った。なら、正式に椅子を渡すしかない」

 

 ニナリスが記録する。

 

「黒豹騎士団正式再編。団長カラスマ・ゲンロウ准将。副団長ヨシワラ・シズナ大佐」

 

「記録しろ」

 

 ジィッドは珍しく、そう言った。

 

 ニナリスが少しだけ目を伏せる。

 

「はい」

 

 

 

/*/ 黒豹影務室 同日夕刻 /*/

 

 

 

 シズナは、自分の机の前に立っていた。

 

 机の上には、新しい階級章。

 

 大佐。

 

 そして、副団長任命書。

 

 隣には、ノウラン孤児院・密輸潜入作戦の記録写し。

 

 その横に、孤児院の子供から届いた短い礼状の写し。

 

 ジィッドの紙コップはない。

 

 ボトルもない。

 

 あるのは、自分の仕事の記録だった。

 

 ゲンロウが部屋に入ってくる。

 

「副団長」

 

「団長」

 

「慣れんな」

 

「私もです」

 

 ゲンロウは少しだけ笑った。

 

「だが、慣れろ。明日から書類が増える」

 

 シズナは静かに頷いた。

 

「はい」

 

「影務班の副担当を二名、正式に立てる。お前一人で抱えるな」

 

「承知しています」

 

「孤児院の線は」

 

「継続します。民政局台帳、医療品配給、朝食会、児童保護記録を月次照合にします」

 

「ボルサ便は」

 

「港湾帳簿班へ移しました。ただし、偽装船荷と未登録児童移送の類似パターンは私が確認します」

 

「よし」

 

 ゲンロウは机の任命書を見た。

 

「トモエ団長の椅子は重い」

 

「はい」

 

「ブラスト副団長の影も重い」

 

「はい」

 

「だが、お前はお前の椅子に座れ」

 

 シズナは少しだけ黙った。

 

 それから、深く頷いた。

 

「はい。ヨシワラ・シズナとして、座ります」

 

 ゲンロウは満足そうに頷いた。

 

「それでいい」

 

 その時、扉の外から黒豹女衆の声がした。

 

「副団長、夕食です」

 

 シズナは少し驚いた顔をする。

 

「もうですか」

 

「大佐昇進祝いです。逃げないでください」

 

 ゲンロウが低く言う。

 

「食え」

 

「……はい」

 

 シズナは任命書を丁寧に机へ置いた。

 

 そして、礼状の写しも、その隣に置いた。

 

 胸に抱え込まない。

 

 机に置く。

 

 黒豹の仕事として。

 

 自分の記録として。

 

 それから、部屋を出た。

 

 夕食の席へ。

 

 仲間のいる場所へ。

 

 

 

/*/ 大将執務室 同時刻 /*/

 

 

 

 ジィッドの端末に、黒豹影務室から短い報告が届いた。

 

 

 

 黒豹騎士団副団長任命書、受領。

 影務部門正式再編、明日より運用開始。

 夕食、黒豹女衆同席で摂取予定。

 ヨシワラ・シズナ

 

 

 

 ジィッドはそれを読んだ。

 

 少しだけ笑った。

 

「飯の報告まで入ってる」

 

 ニナリスが言う。

 

「重要項目です」

 

「まあな」

 

 ジィッドは短く返信した。

 

 

 

 受領。

 明日から副団長として働け。

 今日は食って寝ろ。

 

 

 

 送信してから、ジィッドは少しだけ考えた。

 

 以前なら、この短文ひとつでも危うかった。

 

 今も、まったく危うくないわけではない。

 

 だが、彼女にはもう支点がある。

 

 ゲンロウがいる。

 

 黒豹女衆がいる。

 

 軍医がいる。

 

 孤児院がある。

 

 自分の仕事の記録がある。

 

 だから、この程度なら渡せる。

 

 すぐに返信が来た。

 

 

 

 はい、大将。

 食べて寝ます。

 明日から働きます。

 

 

 

 ジィッドは端末を閉じた。

 

「黒豹も、ようやく一段落か」

 

 ニナリスが静かに答える。

 

「一段落です。終わりではありません」

 

「分かっている」

 

「書類は増えます」

 

「言うな」

 

 窓の外では、ノウランの灯が点き始めていた。

 

 黒豹は傷を負った。

 

 完全には癒えない。

 

 だが、新しい団長と副団長が立った。

 

 死者の思い出を抱えたまま、生きている者たちが椅子に座る。

 

 それでいい。

 

 ジィッドは低く呟いた。

 

「トモエ姐さん。アーリィ。見てるかは知らんが、黒豹はまだ動くぞ」

 

 返事はない。

 

 だが、遠くで黒豹の食堂から笑い声が聞こえた。

 

 それが、今の返事だった。

 

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