ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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銀月騎士団宿舎、ジィッド自室

ウラン市占領後

 

 

 夜。

 

 ノウラン市の騒ぎは、少しだけ遠くなっていた。

 

 外ではまだ補給車両の音がする。

 通信塔にはバッハトマの識別灯が灯り、野戦陣地では交代の警備が続いている。

 

 だが、ジィッドの自室だけは静かだった。

 

 仮設宿舎の一室。

 机。

 簡易ベッド。

 壁に貼られたデムザンバラの調整表。

 その横に、ニナリスが作成した欠点一覧。

 

 ジィッドは椅子に座り、珈琲を飲んでいた。

 

 苦い。

 

 軍の支給品にしては悪くない。

 だが、バランシェ邸で出されたものを思い出すと、どうしても別物だった。

 

「……バランシェ邸の珈琲、うまかったな」

 

「はい」

 

 ニナリスは壁際に控えていた。

 

 いつも通り、静かに。

 端末を手に、今日の記録を整理している。

 

「ハイト、大丈夫かな」

 

「現時点で、バランシェ邸より異常連絡は来ていません」

 

「異常連絡が来る前提なのが怖いな」

 

「心理負荷は高い状態でした」

 

「まあ、銘入りファティマたちがいるし、大丈夫だろう」

 

「はい。必要なら制圧可能です」

 

「制圧前提か」

 

「可能性の評価です」

 

 ジィッドは苦笑して、珈琲を一口飲んだ。

 

 しばらく沈黙が落ちた。

 

 デムザンバラ。

 アウクソー。

 バランシェ邸。

 ピーク領域を使わないために残す、という知見。

 

 今日得たものは多すぎた。

 

 そして、多すぎるものを整理しているうちに、ふと別のことが頭に浮かんだ。

 

「ニナリス」

 

「はい」

 

「お前のスペックってさ」

 

 ニナリスの指が止まる。

 

「スペック、ですか」

 

「ああ。戦闘A、GTM制御B1、演算B1、耐久B2、精神B2、クリアランスVVS1、タイプL型だよな」

 

「はい」

 

 即答だった。

 

 ジィッドはカップを持ったまま、少しだけ眉を寄せた。

 

「……よく考えたら、クリアランスVVS1って最高ランクじゃんか」

 

「はい」

 

「いや、はいじゃなくて」

 

 ジィッドは椅子にもたれた。

 

「すごいことだよな、それ」

 

「評価上は、高い水準です」

 

「高い水準どころじゃないだろ」

 

 彼は机にカップを置いた。

 

「戦闘Aも普通にすごい。GTM制御と演算がB1なのも、俺からすれば十分すぎる。精神B2、耐久B2も、まあ君らしい。その上、GTMスライダーも出来る……」

 

 そこで、少しだけ笑った。

 

「良く俺をマスターに選んだな」

 

 ニナリスは、すぐには答えなかった。

 

 その沈黙に、ジィッドは少しだけ慌てる。

 

「いや、変な意味じゃない。責めてるわけでも、自虐したいわけでもなくてな」

 

「自虐の傾向はあります」

 

「欠点一覧に入れるな」

 

「すでに近似項目があります」

 

「あるのか……」

 

 ジィッドは額に手を当てた。

 

 ニナリスは静かに端末を閉じた。

 

「ジィッド様」

 

「はい」

 

「クリアランスは、マスターを選ぶための格付けではありません」

 

「そうなのか?」

 

「少なくとも、私はそう解釈していません」

 

 ニナリスは一歩前へ出た。

 

「高い透明度。高い精度。高い応答性。それは、より高位の騎士だけに仕えるための資格ではありません」

 

「だが、普通はそう見るだろ」

 

「普通は、そう見るかもしれません」

 

 静かな肯定だった。

 

 ジィッドの胸に、少しだけ刺さる。

 

「名のある騎士。血筋のある騎士。剣聖級。黒騎士級。そういう相手を選ぶべきだった、とは思わないのか」

 

「思いません」

 

 即答だった。

 

 今度は、手心がなかった。

 

 ジィッドは少しだけ目を瞬かせた。

 

「少しは迷え」

 

「迷う必要がありません」

 

「軍務か?」

 

「いいえ」

 

 ニナリスは、珍しくその言葉を使わなかった。

 

「これは、私の判断です」

 

 部屋が静かになる。

 

 外の補給車両の音が、遠くで途切れた。

 

 ジィッドは、カップに指を添えたまま黙っていた。

 

 ニナリスは続ける。

 

「ジィッド様は、私の能力値を見ています」

 

「ああ」

 

「ですが、私はジィッド様の能力値だけを見て選んだわけではありません」

 

「俺に、そんなに見るところがあったか?」

 

「ありました」

 

「どこだ」

 

「自分が足りないことを、認めるところです」

 

 ジィッドは言葉に詰まった。

 

「それは、長所なのか?」

 

「はい」

 

「情けないだけじゃないか」

 

「情けなさを認識しながら、軍務から逃げないことは長所です」

 

 ニナリスの声は平坦だった。

 

 だからこそ、誤魔化しがない。

 

「ジィッド様は、剣聖騎を前にして、自分では持て余すと言いました」

 

「あれは事実だ」

 

「事実を口に出せる騎士は多くありません」

 

「そうか?」

 

「はい。特に、褒美として与えられた力の前では」

 

 ジィッドは珈琲の黒い液面を見た。

 

 そこに、自分の顔がぼんやり映っている。

 

「俺は、別に立派なわけじゃない。怖かっただけだ」

 

「恐怖を認識し、出力制限を受け入れました」

 

「死にたくなかったからな」

 

「部下も死なせたくなかった」

 

 ジィッドは黙った。

 

 ニナリスは続ける。

 

「ノウランで七騎撃破した後、追撃しませんでした」

 

「深追いすれば危なかった」

 

「戦果を伸ばせた可能性はありました」

 

「部下を失った可能性もあった」

 

「だから、止まりました」

 

「ああ」

 

「私は、それを評価します」

 

 ジィッドは、少しだけ顔を上げた。

 

「俺を選んだ理由が、それか」

 

「理由の一つです」

 

「他にもあるのか」

 

「はい」

 

 ニナリスは端末を開いた。

 

 ジィッドは身構えた。

 

「まさか、俺の評価項目を作っているのか」

 

「あります」

 

「あるのか」

 

「はい」

 

「見せなくていい」

 

「見せません」

 

「あるんだな……」

 

 ニナリスは淡々としたまま言う。

 

「ジィッド様は、屈折しています」

 

「いきなり刺すな」

 

「事実です」

 

「そうだが」

 

「血筋がないこと。出世に限界を見せられてきたこと。称号や家名への劣等感。剣聖騎への憧れ。デコーズ隊長への悔しさ。それらは、ジィッド様の中にあります」

 

「……あるな」

 

「ですが、今のところ、それを軍務の外へ溢れさせていません」

 

「今のところ、か」

 

「はい。継続監視が必要です」

 

「厳しいな」

 

「必要です」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

 それから、ふと視線を落とした。

 

「でも、ニナリス。お前、スペック表にないGTMスライダーとしての能力持ってる超級ファティマじゃないか」

 

 ニナリスの指が止まった。

 

 ジィッドは続けた。

 

「天位も取れない俺に……と、卑屈になることはある」

 

 その声は、冗談ではなかった。

 

 明るく包もうとしていない。

 ただ、夜の珈琲の苦さに紛れて、ぽろりと落ちた本音だった。

 

「戦闘A。クリアランスVVS1。おまけに、スペック表に出てこない領域でデムザンバラを滑らせてる。GTMスライダーとして、あの機体の癖を読んで、俺が落ちる前に線路を敷いてくれる」

 

 ジィッドは自分の手を見た。

 

「俺は、天位も取れない。血筋もない。実力で黒騎士になったデコーズ隊長みたいな証もない。褒美で剣聖騎を貰って、君に鈍らせてもらって、ようやく戦えてる」

 

 少しだけ笑う。

 

 今度は痛い笑いだった。

 

「だから、思うことはある。

 こんな超級のファティマが、なぜ俺なんだって」

 

 ニナリスは、しばらく黙っていた。

 

 すぐには返さなかった。

 

 即答すれば、それは慰めになる。

 慰めは、この男がまた冗談に包んで逃げる。

 

 だから、ニナリスは少しだけ間を置いた。

 

「ジィッド様」

 

「はい」

 

「私は、ジィッド様が天位を持たないことを知っています」

 

「ああ」

 

「黒騎士ではないことも知っています」

 

「ああ」

 

「剣聖ではないことも知っています」

 

「そこまで重ねるか」

 

「必要ですので」

 

 ニナリスは静かに言った。

 

「その上で、私はジィッド様をマスターとしています」

 

 ジィッドは何も言わない。

 

 ニナリスは、壁のデムザンバラ調整表へ視線を向けた。

 

「ジィッド様は、ピークへ踏み込む騎士ではありません」

 

「それはまあ、踏み込んだら死ぬからな」

 

「はい。踏み込んだら死にます」

 

「そこは少し柔らかく言ってもいいんだぞ」

 

「死にます」

 

「分かった」

 

「ですが、ジィッド様は、踏み込まないことを学べます」

 

 ニナリスは言った。

 

「踏み込まない騎士を生かすためには、機体を滑らせる必要があります。ピークへ向かう力を殺しきらず、使わせず、逃がしとして残す。ジィッド様が踏む前に、私が滑らせる。デムザンバラを、ジィッド様の戦場へ落とし込む」

 

 その声は、いつもよりわずかに熱を帯びていた。

 

「私は、そのために必要です」

 

 ジィッドは、ようやく顔を上げた。

 

「君が?」

 

「はい」

 

「俺の不足を埋めるために?」

 

「不足を埋めるだけではありません」

 

「では?」

 

「ジィッド様が持っている判断を、戦場で死なせないために」

 

 ジィッドは言葉を失った。

 

 ニナリスは続ける。

 

「ジィッド様は、部下を帰す判断をします。追撃しない判断をします。自分の技量ではなく機体の耐久性が戦果に寄与したと認めます。剣聖騎を前にして、自分が剣聖ではないと認めます」

 

「それが?」

 

「それは、戦場で必要です」

 

 ニナリスの声は揺れない。

 

「ジィッド様が天位を持たないことは事実です。ですが、天位を持つ者が常に部下を帰すとは限りません」

 

 ジィッドは静かに息を呑んだ。

 

「君、けっこう強いことを言うな」

 

「事実です」

 

「記録に残すなよ」

 

「必要があれば残します」

 

「怖いな」

 

「軍務ですので」

 

 いつもの言葉だった。

 

 だが、少しだけ違って聞こえた。

 

 ジィッドはカップを手に取った。

 

 冷めかけた珈琲を一口飲む。

 

「それでも、卑屈になることはある」

 

「はい」

 

「あるんだな」

 

「あります」

 

「否定してくれないのか」

 

「否定しても、ジィッド様の中から消えません」

 

 ニナリスは静かに言った。

 

「ですので、否定しません。管理します」

 

「俺の卑屈さを?」

 

「はい」

 

「欠点一覧に?」

 

「すでにあります」

 

「あるんだな、本当に」

 

 ジィッドは笑った。

 

 今度は少しだけ自然だった。

 

「最高ランクのクリアランスを持つ超級ファティマに、卑屈さを管理されている騎士か」

 

「不満ですか」

 

「いや」

 

 彼は首を横に振った。

 

「贅沢だなと思った」

 

「では、記録します」

 

「何を」

 

「ジィッド様、自己評価を過剰に下げつつも、ニナリスの存在を贅沢と認識。改善傾向あり」

 

「やめろ。恥ずかしい」

 

「士気管理上、有効です」

 

「俺の士気か?」

 

「はい」

 

「なら、少しは効くかもしれない」

 

 ジィッドは、もう一度デムザンバラの調整表を見た。

 

 ピーク領域。

 警告領域。

 低中域トルク。

 逃がし。

 踏んではいけない道。

 

「なあ、ニナリス」

 

「はい」

 

「俺は天位は取れないかもしれない」

 

「現時点では、可能性は高くありません」

 

「本当に容赦ないな」

 

「事実です」

 

「だが、部下を帰す騎士にはなれるか」

 

 ニナリスは、今度は即答した。

 

「なれます」

 

 ジィッドは黙った。

 

「もうなり始めています」

 

 その言葉は、珈琲よりも深く胸に落ちた。

 

 ジィッドはしばらく俯いたままだった。

 

 やがて、ゆっくり息を吐く。

 

「……それは、効くな」

 

「記録します」

 

「するな」

 

「しました」

 

「早い」

 

 ニナリスは端末を閉じた。

 

「ジィッド様」

 

「何だ」

 

「私は、ジィッド様が剣聖ではないことを知っています」

 

「ああ」

 

「天位を持たないことも知っています」

 

「ああ」

 

「それでも、私のマスターです」

 

 ジィッドは、静かに頷いた。

 

「ありがとう」

 

「はい」

 

「俺は、君が超級ファティマだってことを忘れないようにする」

 

「必要以上に意識する必要はありません」

 

「そうなのか?」

 

「はい。意識しすぎると、また卑屈になります」

 

「管理が細かい」

 

「必要ですので」

 

 ジィッドは笑った。

 

 外では、ノウラン市の夜が続いている。

 

 戦争は終わらない。

 デムザンバラの調整も終わらない。

 ジィッドの屈折も、劣等感も、悔しさも、消えたわけではない。

 

 けれど、その夜。

 

 彼は少しだけ理解した。

 

 ニナリスが自分を選んだのは、自分が強いからだけではない。

 自分が弱いことを認め、弱いまま軍務から逃げないからだ。

 

 ならば、胸を張る理由はある。

 

 天位ではなく。

 血筋ではなく。

 黒騎士の称号でもなく。

 

 ニナリスのマスターとして。

 

 デムザンバラを、銀月騎士団を帰すための騎体として生まれさせる者として。

 

「珈琲、もう一杯飲むか」

 

「カフェイン摂取量は許容範囲内です」

 

「管理してるのか」

 

「はい」

 

「超級ファティマは、マスターの珈琲量まで見てるのか」

 

「状態管理です」

 

「ありがたいような、怖いような」

 

「両方で問題ありません」

 

 ジィッドは立ち上がり、二杯目の珈琲を淹れた。

 

 湯気が上がる。

 

 ニナリスは端末を開く。

 

「では、明日の慣熟訓練についてですが」

 

「もう仕事か」

 

「軍務ですので」

 

「そうだったな」

 

 ジィッドはカップを持って、壁の調整表を見た。

 

 踏んではいけない道。

 だが、消してはいけない道。

 

 その道の手前で止まる騎士。

 

 その騎士を滑らせ、生かすファティマ。

 

 ジィッドは少しだけ笑った。

 

「行こうか、ニナリス」

 

「はい」

 

「剣聖ではない騎士の訓練だ」

 

「はい。デムザンバラのマスターの訓練です」

 

 その訂正に、ジィッドは一瞬黙った。

 

 それから、深く頷いた。

 

「ああ。そうだな」

 

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