/*/ 星団暦3072年 旧王都ベイジ 王宮中央棟 朝 /*/
ベイジは、もう瓦礫ではなかった。
だが、戦前の王都でもなかった。
王宮中央棟の白い外壁は、本設の石材で修復されている。東翼には軍政局、復興行政局、金融監督室、通信司令部が入り、黒騎士団区画の窓は朝の光を受けて静かに光っていた。
王宮前広場には石畳が戻り、衛兵の靴音が揃う。
だが、広場の端にはまだ工事用の足場が残っている。
西翼の一部は、いまだ補修幕に覆われていた。
式典用広間は使える。
通信塔も使える。
黒騎士団も入っている。
国家騎士団、銀月騎士団連絡部隊、工兵、黒豹の連絡員、民政管理官、金融屋、証券屋、運送組合、建材商。
面倒なものは、だいたい戻ってきた。
ジィッド・マトリア大将は、王宮中央棟の窓から街を見下ろしていた。
「……戻ったな」
ニナリスが背後で静かに答える。
「はい。旧王都ベイジは、再建中枢都市として安定段階に入っています」
「言い方が硬い」
「報告書用です」
「街を見て報告書の顔をするな」
「マスターの机に届くのは報告書ですので」
「事実で殴るな」
窓の外では、王宮前通りを荷車が進んでいる。
積んでいるのは、ボルサ諸島列島の民生工場から運ばれてきた冷蔵庫と保冷庫だった。
白い筐体に、コフツ分工廠の検査印。
冷蔵庫、保冷庫、TVモニタ、電源制御機器。
かつて軍需工場の周辺技術だったものが、今は王都復興の生活道具として売られている。
市場へ向かう荷車の横を、オータ工場から来た部品輸送車が走る。
GTM本格製造はオータ。
ベイジは整備、補修、下請け、工具、配管、建材、民生品修理。
都市の役割が、はっきり分かれていた。
ジィッドは低く言った。
「オータが作り、ボルサが運び、ベイジが売る。嫌なくらい回ってる」
「良好です」
「判定するな」
/*/ 王宮前通り 午前 /*/
王宮前通りは、かつての仮設市場ではなかった。
常設の店舗が並んでいる。
銀行支店。
運送組合。
建材商。
食堂。
冷蔵庫屋。
靴修理。
工具屋。
王宮勤務補助員養成課程の掲示所。
ボルサ製TVモニタを店先に並べた商人が、通りの人間へ映像を見せている。王宮通信局から流れる復興告知、天候情報、港湾便の入港予定、証券取引所の速報。
その前で、子供たちが足を止めていた。
星団暦3045年以降、ベイジで生まれた子供たち。
FSS世界の成長感覚では、まだ十歳前後の子供たちだった。
彼らは、瓦礫の王都を知らない。
王宮前通りに街灯があることを当たり前に思い、舗装された道を走り、冷蔵庫屋の前でTVモニタを眺め、復興学校の鞄を肩にかけている。
ただし、彼らはまだ街を担う実務層ではない。
石材を運び、銀行の帳簿を書き、測量杭を持ち、下水管をつなぎ、オータから来た部品を検品している若い実務層は、別の世代だった。
3045年時点ですでに児童だった帰還民の子。
地下倉庫から救い出され、ノウランやオータの孤児院へ送られた子。
戦災を覚えている子供たち。
その子たちが、今は復興学校を出て、工房見習い、測量補助、銀行下働き、民政局補助、運送組合の若手としてベイジを支え始めている。
ラドが、通りを歩く彼らを見ながら言った。
「戦災児童が若手になって、復興後に生まれた子が学校に通ってる。街の時間が二重ですね」
ノエルが頷く。
「ええ。王都が瓦礫だったことを覚えている世代と、王都が復興していく姿しか知らない世代が並んでいます」
ジィッドは、小さな子供たちがTVモニタの前で歓声を上げるのを見た。
その後ろを、元保護児童だった若い測量補助員が、図面筒を背負って通り過ぎる。
「時間まで混ざるのが王都か」
ニナリスが端末を持ち上げる。
「記録しますか」
「するな」
「記録しました」
「記録はいつも残酷だな」
/*/ ベイジ王都基地 旧AP騎士団格納庫 昼 /*/
旧AP騎士団格納庫は、もはや「旧」と呼ぶ方が不自然なほど使い込まれていた。
ベイジ王都基地。
それが今の名前だった。
黒騎士団のGTMが奥の整備区画に並び、国家騎士団のカーバーゲンが外縁待機区に並ぶ。銀月騎士団の連絡整備班と工兵資材班は、南側区画に常駐していた。
通常車両。
補給倉庫。
医療搬送区画。
ファティマ調整室。
粉塵対策水路。
地下通路監視線。
かつて中古GTM持ちの傭兵崩れが巣食っていた格納庫は、今では王都軍事中枢の心臓になっている。
デコーズ・ワイズメルは、整備架台の横で腕を組んでいた。
「二十七年か」
ジィッドは隣で顔をしかめる。
「正確には、掃討開始から二十七年です」
「十分長えよ」
「赤子が子供になる程度です」
「お前がそれを言うか」
「俺も最近、言い訳に使えるようになりました」
デコーズは笑った。
「王都らしくなったじゃねえか」
「基地らしくなった、の間違いです」
「王宮が動く。格納庫が動く。銀行が金を回す。証券屋が怒鳴る。商人が集まる。子供が学校に行く。十分王都だろ」
「下水未整備区画がまだ残っています」
「お前、本当に下水が好きだな」
「好きじゃありません。詰まると全員が死ぬだけです」
デコーズが楽しそうに笑った。
「そういうところだよ。王都を戻したのは」
ジィッドは答えなかった。
格納庫の向こうでは、黒騎士団区画へ入る人間メイドが審査表を確認されている。
ファティマたちは内部管理を行う。
だが外部との交渉、人間職員への命令、物資受領、工事申請は騎士が行う。
ファティマは人間に逆らえない。
だから、王宮の中で最も整った区画ほど、境界管理が厳しい。
ジィッドはその光景を見て言った。
「完璧な連中を守るために、不完全な人間の制度が必要になる」
デコーズが片眉を上げる。
「また報告書みてえなこと言いやがる」
「現実です」
「いいじゃねえか。王宮らしい」
「王宮らしさって、もっと優雅なものじゃなかったんですか」
「戦争中の王宮だ。こんなもんだろ」
/*/ ベイジ復興取引所 午後 /*/
証券取引所は、まだ「臨時」の看板を外していなかった。
だが、誰もそれを本気で臨時とは思っていない。
ベイジ復興取引所。
半官半民。
軍政監督下。
扱うのは、復興債、工事債、倉庫証券、運送会社株、建材会社株、ボルサ民生品販売会社、オータ下請け工房、住宅再開発区画権利。
場内は今日も騒がしい。
「南区再開発債、買い!」
「ボルサ冷蔵販売、上がるぞ!」
「オータ下請け工房、第三期手形!」
「王宮西翼補修工事証、誰が持ってる!」
ジィッドは入口で足を止めた。
「相変わらず戦場よりうるさい」
ノエルが資料を持ちながら答える。
「金が動いていますので」
「金が動く音は、砲声より苦手だ」
「ペール会長はお喜びです」
「だろうな」
取引所の奥には、ビューティ・ペール会長の代理人がいた。
涼しい顔で帳簿を見ている。
「マトリア大将。復興取引所の月次監査、ご確認を」
「喜んで確認しているわけじゃない」
「もちろんです。ですが、確認していただかないと市場が暴れます」
「市場ってのは、放っておくと暴れる生き物か」
「はい」
「嫌な生き物だ」
ニナリスが静かに記録する。
「ベイジ復興取引所、半官半民市場として安定。ただし過熱銘柄あり。監督継続」
「簡単に書くな。俺の胃痛も書け」
「主観情報です」
「そこは記録しないのか」
「必要なら」
「するな」
/*/ 王宮東翼 夕方 /*/
夕方、ジィッドは王宮東翼の大将執務室に戻った。
執務室の窓からは、ベイジの街が見える。
王宮前通り。
銀行街。
復興取引所。
常設市場。
黒騎士団区画の灯。
旧AP騎士団格納庫の整備灯。
外縁部には、まだ再開発待ちの赤い区画が残っている。
旧破壊激甚区。
記念封鎖区。
低所得仮設住宅区。
黒豹と憲兵が監視する旧闇市跡。
完全な王都ではない。
だが、未完成の中枢としては、十分すぎるほど動いていた。
ジィッドは椅子に座り、報告書を開いた。
/*/
星団暦3072年、旧王都ベイジ復興状況。
王宮中央棟・東翼・主要政務区画、本設運用。
黒騎士団区画、安定。
旧AP騎士団格納庫、ベイジ王都基地として定着。
市街主要区画、本設化進行。
金融、復興取引所、市場、運送、飲食、小売、製造補助、民生品流通、安定。
外縁部および旧破壊激甚区、継続課題。
3045年以降出生児はFSS世界の子供として十歳前後。
若年実務層は主に帰還民児童、保護児童、孤児院出身者が成長した世代。
ベイジは、戦前王都の復元ではなく、軍政線を骨に持つ再建中枢として扱うべし。
/*/
ジィッドは筆を止めた。
「軍政線を骨に持つ再建中枢、か」
ニナリスが言う。
「適切な表現です」
「嫌な表現だ」
「ですが、正確です」
「正確な言葉ほど胃が痛い」
窓の外では、復興後に生まれた子供たちが学校帰りに王宮前通りを走っている。
まだ街を担う世代ではない。
だが、舗装された道と街灯と冷蔵庫屋とTVモニタを、当たり前のものとして知っている世代だった。
その少し後ろを、十五年前に救い出された元保護児童の若者が歩いている。
腕には測量補助の腕章。
手には図面。
彼は王宮前通りで足を止め、走る子供たちを避けてから、工房区へ向かって歩き出した。
ジィッドはそれを見て、少しだけ目を細めた。
「街は戻ったのか」
ニナリスは少し考えてから答えた。
「戦前の形では戻っていません」
「ああ」
「ですが、生活、仕事、金融、軍事、行政、教育、流通、記憶が接続されています」
「長い」
「つまり、戻っています」
ジィッドは苦笑した。
「最初からそう言え」
「正確性を優先しました」
「言葉で殴るな」
彼は報告書に判を押した。
その音が、夕方の執務室に小さく響いた。
星団暦3072年。
旧王都ベイジは、もう瓦礫でも、仮設都市でもなかった。
だが、戦前の王都でもない。
王宮と基地と市場と銀行と取引所と工房と冷蔵庫屋と学校が、軍政の線で縫い合わされた再建中枢。
傷は残る。
記憶も残る。
だが、人が歩き、子供が走り、金が動き、GTMが整備され、下水が流れ、灯りが点く。
それだけで、王都は十分に生きていた。
ジィッドは窓の外を見たまま、低く呟いた。
「便利な王都ほど、戻った時に胃が痛い」
ニナリスが端末を持ち上げる。
「記録します」
「使うな」
「記録しました」
「記録はいつも残酷だな」