/*/ 星団暦3073年 旧王都ベイジ 王宮中央棟 大将執務室 /*/
その日、旧王都ベイジでは、多くの者がTVモニタの前に張り付いていた。
王宮前通りの食堂。
ベイジ復興取引所の控室。
銀行街の応接室。
旧AP騎士団格納庫――今ではベイジ王都基地と呼ばれる巨大施設の休憩区画。
ボルサ製TVモニタを売る店の前。
復興学校の講堂。
工房区の食堂。
誰もが、デルタ・ベルンからの全星団向け重大発表を待っていた。
A.K.D.。
天照王朝。
アマテラスの帝。
その名が出るだけで、星団の空気は変わる。
そしてベイジも例外ではなかった。
王宮中央棟、大将執務室。
臨時放送受信機の前には、ジィッド・マトリア大将、ニナリス、ラド、ノエル、カラスマ・ゲンロウ、ヨシワラ・シズナ、黒騎士団のバギィ副団長がいた。
そして、デコーズ・ワイズメル。
黒騎士本人も、部屋の隅の椅子にだらしなく座っていた。
エストは、その傍らに静かに控えている。
ジィッドは腕を組んだまま、画面を睨んでいた。
「嫌な予感しかしない」
ノエルが小声で答える。
「デルタ・ベルンから全星団向け重大発表ですからね」
「重大で済めばいいがな」
ラドが軽く息を吐く。
「アマテラスの帝が、わざわざ全星団に向けて話す時点で、済まないでしょうね」
ニナリスは無言で記録準備に入っている。
シズナは黒豹副団長の顔をしていた。
王都内で何が起きるか。
誰が反応するか。
どの流言が走るか。
すでに、その線を考えている。
ゲンロウは静かに立ち、デコーズを見ていた。
やがて、画面が切り替わった。
光。
玉座。
圧倒的な気配。
デルタ・ベルンの中心から、アマテラスの帝が全星団に向けて語り始めた。
『A.K.D.および天照王朝、アマテラスの帝なり!
本日、今より、我がA.K.D.はバッハトマ魔法帝国に宣戦布告する!』
部屋の空気が止まった。
ノエルの顔から血の気が引く。
ラドが、低く「嘘だろ」と呟いた。
ジィッドは、椅子の肘掛けを握る。
だが、放送は止まらない。
『そして、名実共に偉大なる黒騎士!
デコーズ・ワイズメル卿、聞いているか!?』
デコーズの口元が、ゆっくり歪んだ。
「聞いてるぜ、帝サマ」
その声は小さかった。
しかし、部屋の全員に聞こえた。
画面の中のアマテラスは、さらに声を張る。
『我が忠実なるしもべ、ミラージュ騎士団のヨーン・バインツェルを朕の代理として……そなたに決闘を申し入れる!
決闘の日と場所は追って貴公に伝える!
GTMで戦え!
我がバインツェルはそなたを倒し、ミノグシアからバッハトマを排除する!』
シズナの指が、わずかに動いた。
ヨーン・バインツェル。
アーリィ・ブラストの痕跡と、どうしても繋がる名。
だが、シズナは崩れなかった。
ただ、黒豹副団長として画面を見つめていた。
ゲンロウが、静かにその横へ立つ。
アマテラスの帝は、最後に高らかに告げた。
『さて……!
ミラージュ騎士団!
王朝近衛軍!
A.K.D.第一軍団!
全軍、ミノグシアに進軍!』
映像が切れた。
沈黙。
重い沈黙だった。
王宮の壁も、ベイジの街も、ノウランも、オータも、ボルサ諸島列島も、その一言で前線へ変わった。
ジィッドは立ち上がり、画面を指差した。
「なんてことしやがる!」
誰も止めなかった。
「全星団向けだぞ! 帝が名指しで宣戦布告して、黒騎士に決闘を申し込んだ! こんなの断れるわけねぇ!」
その瞬間だった。
デコーズが、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
そして、天井へ向かって吠えるように叫んだ。
「エストォォォ!」
エストが、静かに顔を上げる。
「はい、マスター」
デコーズの目は燃えていた。
怒りではない。
恐怖でもない。
歓喜だった。
「アマテラスだ! 聞いたか、エスト!? アマテラスの帝だぞ! なんてこった!」
デコーズは両手を広げ、まるで王宮そのものに語りかけるように笑った。
「あの餓鬼が生きていやがった! しかもアマテラスの手駒だってよ! チョウホオウの小僧が、ミラージュ騎士団だァ?」
ジィッドは嫌な予感しかしない顔でデコーズを見た。
「デコーズ隊長……?」
だが、デコーズはもう止まらなかった。
「で? 決闘だって? このボクちんと決闘? バ、バッカじゃねえのか、あいつら!」
言葉とは裏腹に、声は弾んでいた。
「いや……いやいやいや、そーーくるか。やっぱなァー。あいつ、分かってやがる。分かってやがるんだよ、エスト!」
「はい、マスター」
「ただ軍を出すんじゃねえ。ミラージュを出す。王朝近衛を出す。第一軍団を出す。全星団に向けて宣戦布告して、そのうえでこのボクちんを名指しだ!」
デコーズは、笑いながら歯を剥いた。
「舞台だ! 舞台を作りやがった! 逃げ場のねえ、最高に派手な舞台をな!」
ジィッドが額を押さえた。
「あー……」
ノエルが小声で言う。
「これ、喜んでますね」
ラドが小声で返す。
「完全に喜んでるな」
ジィッドは頭を抱えた。
「あーもー、喜んでるし!」
デコーズが振り向く。
笑っていた。
心底、嬉しそうに。
「当たり前だろ、ジィッド! 分かってねえな! あのアマテラスの帝ってヤツは、ボクちんのことを一番分かってる!」
「分かってるから最悪なんですよ!」
「そうだ! 最悪で最高だ!」
デコーズは拳を握った。
「あいつは、ボクちんが一番欲しいものを知ってる。ボクちんが一番喜ぶことを知ってる。黒騎士を引っ張り出すなら、ただ命令したって駄目だ。脅したって駄目だ。政治で縛ったって駄目だ」
声が低くなる。
その低さに、部屋の空気が震えた。
「だが、全星団に向けて舞台を作る。黒騎士を名指しする。決闘を申し入れる。しかも相手は、あの餓鬼だ。ヨーン・バインツェルだ」
デコーズは喉の奥で笑う。
「こ、このボクちんを引っ張り出す為だけに……かーーーっ? 宣戦布告すかァーー? 普通ー?」
ジィッドが呻いた。
「普通じゃありませんよ! だから今、王都ごと巻き込まれてるんです!」
「そこがいいんだよ!」
「よくない!」
デコーズはエストへ向き直った。
「エスト」
「はい、マスター」
「やるぞ」
エストは迷わなかった。
ただ、静かに、完璧に応じた。
「イエス、マスター」
その声で、部屋の空気が決まった。
黒騎士は受ける。
止められない。
止める意味もない。
ジィッドは深く息を吐き、両手で顔を覆った。
「こんなの断れるわけねぇとは思ったけど……本人がここまで喜ぶとは思わなかった……」
デコーズはまだ笑っている。
「断る? 断る理由がどこにある。全星団の前だぞ。相手はヨーン・バインツェル。後ろにはアマテラス。舞台はミノグシア。GTMで決闘。これ以上、黒騎士に何を用意するってんだ」
「平穏です」
「いらねえ」
「ですよね!」
ジィッドは叫び、すぐに現実へ戻った。
いや、戻らざるを得なかった。
アマテラスの帝が放った一言は、デコーズのための舞台であると同時に、ジィッドの軍政圏全体への巨大な矢印でもあった。
ベイジ。
ノウラン。
オータ。
ボルサ諸島列島。
王宮。
王都基地。
オータ工場。
ボルサ便。
復興取引所。
孤児院。
冷蔵庫屋。
下水道。
全部が、戦争に巻き込まれる。
ニナリスが静かに告げる。
「マスター。黒騎士団は決闘準備に移行します」
「分かってる」
「A.K.D.進軍に伴い、ベイジ、ノウラン、オータ、ボルサ諸島列島の全域警戒態勢が必要です」
「分かってる!」
「金融市場の一時停止、ボルサ便の軍需・民需分離、オータ工場の検査工程強化、孤児院避難計画、王都内流言監視、黒騎士団区画の接触制限」
「もう並べるな! やる! 全部やる!」
ノエルが即座に資料を開いた。
「大将、まず王都内発表です。A.K.D.宣戦布告により警戒態勢へ移行。ただし市場、銀行、医療、食料配給は継続」
「証券取引所は半日止めろ。閉じっぱなしにすると恐慌になる。翌日、監督付きで再開」
「はい」
ラドが言う。
「医療区画は戦時受け入れ態勢へ。孤児院は即時避難ではなく、準備段階で止めます」
「頼む」
ゲンロウが低く言った。
「黒豹は王都内流言、A.K.D.信奉者、旧ハスハ系、決闘賭博、ヨーン名への反応を見ます」
「やれ」
シズナが続ける。
「黒豹影務部門は、黒騎士団区画周辺の接触線も監視します。ただし、ファティマ区画には騎士窓口を通します」
「それでいい」
バギィ副団長が前に出た。
「黒騎士団は、デコーズ団長の決闘準備に入る。同時に、ベイジ王都基地の駐留体制を再編する」
ジィッドは即座に頷いた。
「黒騎士団の戦力を全部持っていかないでください。ベイジ王都基地は空けられません」
「承知している」
「デコーズ隊長の決闘準備と、ベイジ防衛は分けます。これは決闘だけじゃない。A.K.D.第一軍団が来る以上、こちらは都市を守らなきゃならない」
デコーズが笑った。
「お前、俺の決闘より下水と都市防衛の心配かよ」
「デコーズ隊長が勝っても、ベイジの下水が止まれば街は死にます」
「本当にお前は変わらねえな」
「変わってたまるか」
ジィッドは地図を広げた。
王宮中央棟の大机に、ベイジとノウラン、オータ、ボルサ諸島列島の地図が展開される。
線が多い。
補給線。
避難線。
医療線。
黒豹の流言監視線。
ボルサ便。
オータ工場からのGTM部品輸送線。
ノウランの保存食輸送線。
王都基地の整備線。
そして今、その上からA.K.D.という巨大な矢印が伸びてくる。
「え? 俺たちどうするんだ!?」
ジィッドは自分で叫んだ後、すぐに顔を歪めた。
「……いや、分かってる。分かってるよ。やることはある」
ノエルが顔を上げる。
「大将」
「まず、王都内の動揺を止める。市場を閉じるな。銀行も閉じるな。証券取引所は半日停止、翌日監督付き再開。閉じっぱなしにすると恐慌になる」
ニナリスが記録する。
「金融安定措置」
「次に、ボルサ便を継続。軍需と民需を分離。医療、保冷、食料、孤児院向けは優先」
「はい」
「オータ工場は稼働継続。ただし、A.K.D.戦を見据えて品質検査を二重から三重にする。急いで不良品を出すな」
「はい」
「ベイジ王都基地は黒騎士団決闘支援と防衛を分離。黒騎士団区画のファティマ管理線を厳格化。外部接触を絞れ。スパイが来る」
ゲンロウが頷く。
「黒豹を入れます」
「入れろ。ただし、黒騎士団のファティマに直接触るな。騎士窓口を通せ」
「承知」
「市民向け発表を出す。A.K.D.宣戦布告により警戒態勢へ移行。ただし、食料配給、医療、銀行決済、ボルサ便、王宮前市場は継続。買い占めを禁ずる」
ノエルが急いで書く。
「違反者は」
「まず警告。組織的買い占めは摘発。流言を流す奴は黒豹が見る」
ラドが言う。
「病院は戦時受け入れ態勢へ移します」
「頼む」
シズナが言った。
「孤児院は?」
「避難計画を作れ。ただし、すぐ動かすな。動かせば噂になる。必要時に動ける準備だけ整える」
「はい」
デコーズは、その様子を楽しそうに見ていた。
「ジィッド」
「なんですか」
「お前、さっきまで慌ててたのに、もういつもの顔だな」
「慌てても書類は減りません」
デコーズは大笑いした。
「名言だな!」
「使わないでください!」
「もう覚えた」
「最悪だ」
デコーズはエストの方へ歩き出す。
「エスト。GTM調整に入る。最高に仕上げろ」
「はい、マスター」
「ヨーン・バインツェルだ。アマテラスの代理だ。全星団の前だ。これ以上の舞台はねえ」
ジィッドは低く呻いた。
「舞台じゃなくて戦争ですよ……」
デコーズは振り返り、にやりと笑った。
「黒騎士には同じことだ」
「同じにしないでください!」
王宮の外で、警戒態勢を告げる鐘が鳴り始めた。
ベイジの市場はざわつき、銀行は窓口を閉じず、復興取引所は半日停止の掲示を出し、黒豹が街へ散る。
ボルサ便は灯台信号の確認に入り、オータ工場は検査工程を増やし、ノウランの保存食工場は夜番を増やす。
アマテラスの帝は、星団に向けて宣戦布告した。
ミラージュ騎士団が来る。
王朝近衛軍が来る。
A.K.D.第一軍団が来る。
そして、黒騎士デコーズ・ワイズメルは、喜んでその舞台に上がる。
ジィッド・マトリア大将は、机の上に積まれ始めた緊急通達書を見て、もう一度だけ呟いた。
「なんてことしやがる……」
デコーズは笑っていた。
エストは静かに立っていた。
記録はいつも残酷だった。