/*/ 星団暦3073年 ミノグシア戦域 決闘指定区域 バッハトマ側限定観測区画 /*/
その場に入ることを許された者は、少なかった。
A.K.D.側。
バッハトマ側。
立会人。
記録官。
各国軍事チャンネルの限定中継班。
騎士団関係者。
そして、ごく少数の軍務責任者。
全星団が見たがっていた。
だが、全星団がそこに立てるわけではない。
決闘とはそういうものだった。
戦争ではない。
会戦でもない。
だが、戦争の行方を変える。
国家の威信を賭け、騎士の名誉を賭け、GTMとファティマとマスターのすべてを賭ける。
その場には、余計な兵も、余計な旗も、余計な歓声もなかった。
ただ、二騎のGTMがいた。
黒騎士デコーズ・ワイズメル。
GTMダッカス。
ファティマ、エスト。
対するは、ヨーン・バインツェル。
アマテラスの帝の代理として立つ、ミラージュ騎士。
ジィッド・マトリア大将は、バッハトマ側の観測区画から、その光景を見ていた。
隣にはニナリス。
少し後ろに、黒騎士団副団長バギィ。
黒騎士団の騎士たちは、誰も喋らない。
喋れる空気ではなかった。
デコーズは、笑っていた。
最後まで、楽しそうだった。
アマテラスが作った舞台。
ヨーン・バインツェルという相手。
全星団が注視する決闘。
黒騎士にとって、それは逃げる理由のない場所だった。
いや。
逃げるなどという選択肢は、最初から存在していなかった。
決闘は始まった。
詳しくはFSS19巻読んでね!
――ダイナミック・マーケティング省略。
そして。
決闘は、終わった。
黒騎士デコーズ・ワイズメルは敗れた。
GTMダッカスは沈み、エストはヨーン・バインツェルへ引き継がれる。
その事実だけが、観測区画に重く落ちた。
A.K.D.側も、バッハトマ側も、立会人も、各国軍事チャンネルの記録官も、すぐには声を出せなかった。
それは敗北だった。
だが、ただの敗北ではなかった。
騎士の誉れそのものだった。
伝説の戦いだった。
だからこそ、余計に重い。
ジィッドは、目を閉じた。
「……こんなの、記録に残るに決まってる」
ニナリスが静かに答える。
「はい。全星団軍事記録級の決闘です」
「各国の軍事チャンネルも入っていた」
「はい」
「現場に入れた人数は限られている。だが、記録映像は分析される。各国の騎士団、軍務局、宮廷、軍学校、全部が見る」
「はい」
「デコーズ隊長の敗北も、ヨーン・バインツェルの勝利も、エストとダッカスの継承も、全部だ」
「はい」
ジィッドは、ゆっくり目を開けた。
決闘場の向こうで、ヨーン・バインツェルが立っていた。
勝者の顔ではない。
ただ、引き継いだ者の顔だった。
黒騎士の名。
GTMダッカス。
エスト。
そのすべてが、次の者へ渡った。
黒騎士の伝説は終わらない。
だが、デコーズ・ワイズメルの黒騎士は終わった。
バギィ副団長は、長く沈黙していた。
その顔に、取り乱しはない。
ただ、黒騎士団の中心にあった巨大な柱が失われたことを、誰よりも理解している顔だった。
「マトリア大将」
バギィが言った。
声は低い。
「黒騎士団は、団長を失いました」
「ああ」
「黒騎士の名は、ヨーン・バインツェルへ移るでしょう」
「ああ」
「GTMダッカスも、エストも、もはや我々の手元にはありません」
「ああ」
「ですが、黒騎士団そのものは、まだ残っています」
ジィッドは黙ってバギィを見た。
バギィは続ける。
「ベイジ王都基地。王宮黒騎士団区画。残存騎士。整備班。人間職員。ファティマ管理線。補給倉庫。訓練区画。記録室。これらは、今この瞬間から指揮を必要とします」
ジィッドは、嫌なほど理解していた。
決闘は伝説になった。
だが、伝説の後には書類が残る。
団長戦死。
GTM喪失。
ファティマ継承。
黒騎士団長空位。
残存戦力再編。
ベイジ王都基地の指揮系統変更。
A.K.D.進軍下での士気維持。
外部勢力への発表文。
市場と銀行と証券取引所の混乱抑制。
孤児院と病院とボルサ便の安全確保。
全部、今日中に動き出す。
ジィッドは低く言った。
「黒騎士団長は空位」
「はい」
「バギィ副団長が黒騎士団をまとめる」
「はい」
「同時に、俺の副官としてベイジ防衛と黒騎士団残存戦力の再配置に入る」
バギィは深く頭を下げた。
「拝命します」
「ただし、黒騎士団を潰すな」
バギィが顔を上げる。
ジィッドは続けた。
「デコーズ隊長は死んだ。ダッカスとエストは継承された。だが、黒騎士団の騎士、整備班、王宮区画、ベイジ基地の役割は残っている。そこで折れたら、デコーズ隊長の決闘がただの敗戦処理になる」
バギィの目が、わずかに変わった。
「承知しました」
「泣くなとは言わない。悼むなとも言わない。だが、今は崩れるな」
「はい」
「ベイジに帰るぞ」
ニナリスが端末を開いた。
「帰還後の初動を整理します」
「やれ」
「第一、黒騎士団長戦死の公式発表文」
「言葉を選べ。騎士の誉れとして戦死したことは明記する。ただし、過度に煽るな。A.K.D.への報復感情を王都内で暴走させるな」
「はい」
「第二、黒騎士団区画の警戒引き上げ」
「ファティマ区画への接触制限、騎士窓口一本化、人間メイドの再審査、外部業者停止期間を設定します」
「よし」
「第三、ベイジ王都基地の指揮系統再編」
「バギィを俺の副官扱いで組み込む。黒騎士団の名誉を傷つけず、指揮線だけ通す」
「はい」
「第四、市場・金融安定措置」
「証券取引所は?」
「一日停止。それ以上閉じると恐慌になる。翌日、監督付きで再開。デコーズ隊長戦死関連の投機は禁止。黒豹と金融監督室に見せろ」
「はい」
「銀行は閉じるな。給与決済、医療支払い、孤児院配給、工場支払いを止めるな」
「はい」
「第五、ボルサ便」
「継続ですね」
「継続だ。軍需と民需を分けろ。保冷庫、医療品、食料、孤児院向け物資は優先。海路の動揺を止める」
「はい」
「第六、オータ工場」
「GTM整備補助およびカーバーゲン部品供給」
「検査工程は三重のまま。デコーズ隊長戦死で急がせるな。不良品を出したらさらに死ぬ」
「はい」
「第七、ノウラン」
「保存食、医療後送、孤児院予備受け入れ」
「増やせ。ただしパニックにするな」
「はい」
ジィッドはそこで一度息を吐いた。
決闘場の向こうでは、A.K.D.側が静かに動いている。
バッハトマ側の黒騎士団は、まだ誰も大きく声を出していない。
それが余計に痛々しかった。
ラドが低く言った。
「大将。医療班は」
「黒騎士団区画へ回せ。身体より心を見ろ。騎士も整備班も人間職員も、今日は変な動きをする」
「了解」
ノエルが続ける。
「王都内の流言は」
「黒豹だ」
ゲンロウは、すでに静かに頷いていた。
「ベイジ、ノウラン、オータ、ボルサ。デコーズ隊長戦死、ダッカス継承、エスト継承、ヨーン・バインツェル、A.K.D.進軍。関連流言を監視します」
シズナが続く。
「黒豹影務部門は、決闘賭博、黒騎士団を騙る詐欺、A.K.D.側への内通、旧ハスハ系の反応を見ます」
「頼む」
ジィッドは一瞬、シズナを見た。
ヨーンの名が出ている。
アーリィの古い影もある。
だが、シズナは揺れていなかった。
黒豹副団長として立っている。
それが救いだった。
ジィッドは、もう一度決闘場を見た。
「デコーズ隊長は、最後まで黒騎士だった」
バギィが静かに答える。
「はい」
「だから、残った黒騎士団も、黒騎士団として残す」
「はい」
「だが、現実は現実だ。黒騎士団長は空位。ダッカスもエストもない。ベイジを空けるわけにもいかない。A.K.D.は進軍してくる。なら、残存戦力を軍政線へ組み込む」
バギィは深く頷いた。
「黒騎士団は、マトリア大将の指揮下に入ります。ただし、団長位は空位のまま、私が副団長としてまとめます」
「それでいく」
ジィッドはニナリスへ向き直った。
「公式文面」
「作成します」
「短く、重く、煽らずに」
「はい」
「まず、こうだ」
ジィッドは低く言った。
/*/
黒騎士デコーズ・ワイズメル卿は、アマテラスの帝の代理騎士ヨーン・バインツェルとのGTM決闘において戦死。
その戦いは騎士の誉れにふさわしいものであり、黒騎士の名は決闘の定めに従い継承された。
黒騎士団は団長位を空位とし、バギィ副団長が残存戦力を統括する。
ベイジ王都基地、ノウラン、オータ、ボルサ諸島列島の各軍政機能は継続。
市民は流言に惑わされず、通常の配給、医療、金融、交通の指示に従うこと。
/*/
ノエルが静かに息を吐いた。
「良い文面です」
「良くない。必要な文面だ」
ニナリスが記録する。
「必要な文面です」
「そうだ」
ジィッドは疲れたように目を閉じた。
決闘は伝説だった。
しかし、伝説を見届けた者は、そのまま物語の中に残れるわけではない。
帰らなければならない。
都市へ。
基地へ。
市場へ。
病院へ。
孤児院へ。
下水と銀行と証券取引所と冷蔵庫屋のある、あの面倒な王都へ。
「騎士の誉れで負けた日でも、都市は止められん」
バギィが静かに言った。
「それが、残った者の仕事です」
「ああ」
ジィッドは頷いた。
「残った者の仕事だ」
その日、黒騎士デコーズ・ワイズメルは敗れた。
GTMダッカスとエストは、ヨーン・バインツェルへ引き継がれた。
決闘は伝説となり、各国の軍事チャンネルに記録され、騎士の誉れとして語られることになる。
だが、その伝説の影で、ジィッド・マトリア大将の机には、新しい報告書が積まれ始めていた。
黒騎士団長空位。
黒騎士団残存戦力再編。
ベイジ王都基地警戒態勢。
A.K.D.進軍対応。
市場安定策。
ボルサ便維持。
オータ工場検査強化。
孤児院保護線。
デコーズ・ワイズメル戦死通知。
ジィッドは低く呟いた。
「記録はいつも残酷だな」
ニナリスは、何も言わずに記録を続けた。