ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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決闘は終わった

/*/ 星団暦3073年 旧王都ベイジ 王宮中央棟 総督大将執務室 /*/

 

 

 

 黒騎士デコーズ・ワイズメルが敗れた。

 

 GTMダッカスとエストは、ヨーン・バインツェルへ引き継がれた。

 

 決闘は終わった。

 

 だが、戦争は終わっていない。

 

 ベイジ王都基地では、黒騎士団の残存騎士たちが沈黙したまま再編命令を受けていた。

 

 黒騎士団長位は空位。

 

 バギィ副団長が団をまとめる。

 

 そして、その黒騎士団は、ジィッド・マトリア総督大将の指揮下に入る。

 

 王宮中央棟の総督大将執務室で、ジィッドは何枚もの書状を前にしていた。

 

 ノエルが確認する。

 

「A.K.D.宛て、各国立会人宛て、軍事チャンネル関係者宛て、騎士団関係国宛て。全部出すんですか」

 

「出す」

 

 ジィッドは短く答えた。

 

「黙っていると、負けて折れたと思われる」

 

 ラドが腕を組む。

 

「喪中なのに、強気の書状ですか」

 

「喪中だからこそだ」

 

 ジィッドは筆を取った。

 

「デコーズ隊長は、逃げずに戦って死んだ。なら、残った俺たちがすることは、泣き言ではない。礼を言う。見届けに礼を言う。そして、まだ立っていると伝える」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「外交文書であり、軍事通達であり、士気維持文書でもあります」

 

「そうだ」

 

「文面は」

 

 ジィッドは少し考えた。

 

「まず、A.K.D.宛てだ」

 

 執務室の空気が少し変わる。

 

 ジィッドはゆっくり書き始めた。

 

 

 

/*/

 

 

 A.K.D.および天照王朝、関係各位へ。

 

 黒騎士デコーズ・ワイズメル卿との決闘において、貴国が彼を最後まで黒騎士として扱い、騎士の礼をもって戦いを成立させたことに、バッハトマ魔法帝国ベイジ軍政圏を預かる者として礼を申し上げる。

 

 デコーズ卿は敗れた。

 しかし、その敗北は卑小な敗北ではなく、騎士の誉れにふさわしいものであった。

 

 もし貴国においてデコーズ卿の埋葬、あるいは一時安置の任を執られたのであれば、その場所をお知らせ願いたい。

 ベイジ軍政圏および黒騎士団の名において、献花の使者を送りたい。

 

 使者は喪礼のためにのみ赴く。

 武装はせず、貴国の指示する人数と手順に従う。

 

 ジョー・ジィッド・マトリア

 バッハトマ魔法帝国

 ベイジ軍政圏総督大将

 

 

/*/

 

 

 

 ノエルは、読み終えて少し黙った。

 

「……かなり丁寧ですね」

 

「相手は帝だ。しかも、デコーズ隊長を全星団の前で黒騎士として扱った」

 

 ジィッドは筆を置かない。

 

「そこは礼を言う。礼を言わないと、こっちが小さくなる」

 

 ラドが頷いた。

 

「献花したい、というのも効きますね」

 

「ああ。死者を取り戻そうとしているわけじゃない。だが、悼む権利は手放さない」

 

 ニナリスが静かに記録する。

 

「A.K.D.宛て書状、喪礼・騎士礼節・戦意維持の三要素を確認」

 

「分析するな」

 

「必要です」

 

「必要で殴るな」

 

 

 

/*/ 各国宛て書状 /*/

 

 

 

 次にジィッドは、各国の立会人と見届け人に向けた書状を書いた。

 

 こちらは、A.K.D.宛てよりも固い。

 

 礼節はある。

 

 だが、明確に軍事的だった。

 

 

 

/*/

 

 

 各国立会人、軍務記録官、騎士団関係者各位。

 

 このたびの黒騎士デコーズ・ワイズメル卿と、A.K.D.代理騎士ヨーン・バインツェル卿とのGTM決闘を見届けられたことに、ベイジ軍政圏を代表して謝意を表する。

 

 本決闘は、各国の記録に残るべき騎士の戦いであった。

 デコーズ卿は戦死した。

 だが、その戦いは黒騎士の名に恥じぬものであり、我らはその最後を誇りとする。

 

 現在、黒騎士団は団長位を空位とし、バギィ副団長が団内統括を担う。

 黒騎士団残存戦力は、ベイジ軍政圏総督大将ジョー・ジィッド・マトリアの指揮下に入り、王都ベイジ、ノウラン、オータ、ボルサ諸島列島方面の防衛および軍務に従事する。

 

 誤解なきよう申し添える。

 黒騎士団は折れていない。

 デコーズ卿の戦いを見た我らは、意気消沈ではなく、意気高揚している。

 

 騎士が騎士として戦い、騎士として倒れた以上、残る者は残る者の務めを果たすのみである。

 

 ベイジ軍政圏総督大将

 ジョー・ジィッド・マトリア

 

 

/*/

 

 

 

 ノエルが思わず顔を上げた。

 

「大将。“意気高揚”まで書くんですか」

 

「書く」

 

「挑発に見えませんか」

 

「挑発だと思う奴は、そう受け取る」

 

 ジィッドは淡々としていた。

 

「だが、これは内外への宣言だ。黒騎士団は団長を失った。ダッカスもエストも失った。だからこそ、“折れていない”と書かなきゃならん」

 

 バギィ副団長は、黙って書状を読んでいた。

 

 やがて、深く頭を下げる。

 

「マトリア総督大将」

 

「なんだ」

 

「黒騎士団は、この文面を受けます」

 

 ジィッドは一瞬だけバギィを見た。

 

「よし」

 

 バギィは続けた。

 

「デコーズ団長の戦いを見て、我々は確かに折れていません。怒りもある。喪失もある。だが、それ以上に、あれを見て逃げる黒騎士団員はいません」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「なら、この書状は嘘じゃない」

 

「はい」

 

 

 

/*/ 黒騎士団区画 /*/

 

 

 

 書状の写しは、黒騎士団区画にも掲示された。

 

 王宮の黒騎士団区画は、静かだった。

 

 ファティマたちは、いつも通りに内部管理を続けている。

 

 だが、空気は違う。

 

 デコーズがいない。

 

 エストがいない。

 

 ダッカスがいない。

 

 その空白は、廊下の整えられた絨毯よりも、磨かれた銀器よりも、はっきりとそこにあった。

 

 黒騎士団の騎士たちは、掲示された書状を黙って読んだ。

 

 

 

 黒騎士団は折れていない。

 デコーズ卿の戦いを見た我らは、意気消沈ではなく、意気高揚している。

 

 

 

 一人の若い騎士が、歯を食いしばった。

 

 別の騎士が目を伏せる。

 

 整備班の老人が、黙って拳を握る。

 

 バギィ副団長は、彼らの前に立った。

 

「読むだけで終わるな」

 

 声は低かった。

 

「団長は死んだ。黒騎士の名は継承された。ダッカスもエストも、もはや我らの手元にはない」

 

 誰も動かない。

 

「だが、我らは黒騎士団だ。団長位は空位。だが団は残る。ベイジ王都基地は残る。王宮区画は残る。整備班も、記録室も、人員も、任務も残る」

 

 バギィは、掲示された書状を指した。

 

「総督大将は、我らを敗残扱いしなかった。喪中の飾りにも使わなかった。指揮下に置く、と明記した。つまり、使うということだ」

 

 若い騎士が顔を上げた。

 

「我々を、ですか」

 

「そうだ」

 

 バギィは言った。

 

「黒騎士団を、だ」

 

 空気が変わった。

 

 失ったものの大きさは変わらない。

 

 だが、残った者の立ち位置が決まった。

 

 弔いではなく、軍務。

 

 敗北ではなく、再編。

 

 黒騎士団は、ジィッド・マトリア総督大将の指揮下に入り、次の戦へ進む。

 

 

 

/*/ A.K.D.側 臨時司令区画 /*/

 

 

 

 A.K.D.側にも、ジィッドの書状は届いた。

 

 読まれた。

 

 回された。

 

 幾人かの騎士が眉を上げた。

 

 敵からの礼状。

 

 しかも、デコーズを黒騎士として扱ってくれた礼。

 

 埋葬地を知らせてほしいという献花願い。

 

 そこに、卑屈さはなかった。

 

 負け惜しみも薄かった。

 

 むしろ、騎士の礼節として整っていた。

 

 A.K.D.側の記録官が言った。

 

「敵ながら、整った文面です」

 

 別の者が返す。

 

「整いすぎている。これは喪礼だけではない」

 

「黒騎士団が折れていない、と各国へ送っているらしい」

 

「当然だろうな」

 

「ベイジ軍政圏総督大将、ジョー・ジィッド・マトリア」

 

「都市を回す男か」

 

「下水と市場を止めない男、とも聞く」

 

「嫌な敵だな」

 

 その評価は、武勇の評価ではなかった。

 

 だが、軍にとっては厄介な評価だった。

 

 騎士は倒せる。

 

 GTMも壊せる。

 

 だが、都市を止めず、負けた直後に礼状と再編通達を同時に出してくる敵は、別の意味で面倒だった。

 

 

 

/*/ 各国軍務局 反応 /*/

 

 

 

 各国の軍務局にも、書状は届いた。

 

 軍事チャンネルで決闘を見届けた者たちは、それを読んだ。

 

 多くは、まず一文に目を止めた。

 

 

 

 黒騎士団は折れていない。

 デコーズ卿の戦いを見た我らは、意気消沈ではなく、意気高揚している。

 

 

 

 ある小国の軍務官は、苦く笑った。

 

「これは弔辞ではないな」

 

 隣の騎士が頷く。

 

「宣戦継続声明です」

 

「しかも、礼状の形をしている」

 

「厄介ですね」

 

 別の国では、老騎士が書状を机に置いた。

 

「デコーズは負けた。だが、バッハトマの一部は折れていない」

 

 若い士官が問う。

 

「黒騎士団長は空位のまま、ジィッドの指揮下ですか」

 

「ああ。黒騎士の名そのものはヨーンへ移る。だが、団は残る。これで黒騎士団は“黒騎士を失った騎士団”ではなく、“黒騎士の最後を見届けてなお戦う団”になる」

 

「士気は落ちませんか」

 

「落ちる。落ちるに決まっている」

 

 老騎士は低く言った。

 

「だが、落ちたところをこの書状で底打ちさせた。うまい」

 

 

 

/*/ ベイジ王宮中央棟 夜 /*/

 

 

 

 ジィッドは、各方面へ書状を出し終えた後、椅子に沈んだ。

 

 机の上には、まだ書類が残っている。

 

 A.K.D.への喪礼使者編成。

 

 献花用の黒布と花の手配。

 

 黒騎士団再編命令。

 

 バギィ副団長の副官任命書。

 

 ベイジ王都基地警戒態勢。

 

 市場安定通達。

 

 復興取引所の再開条件。

 

 ボルサ便の護衛増強。

 

 オータ工場の検査工程維持。

 

 ノウラン孤児院の避難準備。

 

 全部、同じ机に積まれている。

 

 ラドが呟いた。

 

「礼状を書いたと思ったら、次は戦争準備ですね」

 

「同じことだ」

 

 ジィッドは目を閉じた。

 

「礼を尽くす。喪を整える。団を再編する。市場を止めない。海路を止めない。工場を止めない。全部、次の戦の準備だ」

 

 ノエルが言う。

 

「A.K.D.は、どう受け取るでしょう」

 

「礼は礼として受け取るだろう」

 

 ジィッドは答えた。

 

「だが、分かるはずだ。俺たちは折れていない、と」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「書状により、戦意継続と軍政機能維持を同時に示しました」

 

「そうだ」

 

「各国にも、黒騎士団の指揮系統が空白ではないと伝わります」

 

「それが大事だ。団長空位は危険だ。外から見れば、そこは裂け目になる」

 

「バギィ副団長を大将の副官として組み込むことで、裂け目を縫いました」

 

「黒豹みたいな言い方をするな」

 

 シズナが静かに言った。

 

「良い縫い方です」

 

 ジィッドは少しだけ笑った。

 

「お前が言うなら、そうなんだろうな」

 

 シズナは一礼する。

 

「黒豹は、書状後の流言線を見ます。特に“黒騎士団は終わった”という噂は早めに潰します」

 

「頼む」

 

 バギィ副団長は、机の前に立っていた。

 

 ジィッドは彼に書類を差し出す。

 

「バギィ副団長」

 

「はい」

 

「黒騎士団は、団長空位のままお前がまとめる。俺の副官として、ベイジ王都基地と黒騎士団残存戦力の再編に入れ」

 

「拝命します」

 

「それと」

 

 ジィッドは少しだけ声を落とした。

 

「デコーズ隊長の戦いを、敗北としてだけ語らせるな」

 

 バギィの目が変わる。

 

「はい」

 

「騎士の誉れだった。だから、残った者が泥臭く仕事を続ける価値がある」

 

「承知しました」

 

 ジィッドは窓の外を見た。

 

 王都ベイジは、夜でも動いている。

 

 黒騎士団区画の灯。

 

 王都基地の整備灯。

 

 市場の警備灯。

 

 銀行街の遅い帳簿灯。

 

 遠くで、ボルサ便から来た冷蔵庫を荷下ろしする明かり。

 

 戦争は来る。

 

 A.K.D.が来る。

 

 だが、ベイジは止めない。

 

 止めたら、戦う前に負ける。

 

 ジィッドは、最後の書状に封をした。

 

「送れ」

 

 ニナリスが頷く。

 

「はい」

 

 封蝋が押される。

 

 黒騎士団への弔意。

 

 A.K.D.への礼。

 

 各国への通知。

 

 そして、次の戦への宣言。

 

 それらはすべて、同じ夜にベイジから放たれた。

 

 翌日から、各国は理解する。

 

 黒騎士デコーズ・ワイズメルは敗れた。

 

 しかし、ベイジ軍政圏は崩れていない。

 

 黒騎士団は折れていない。

 

 そしてジィッド・マトリア総督大将は、礼状の形で次の戦の布陣を始めていた。

 

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