ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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花を置いたら、次は戦だ

/*/ 星団暦3073年 旧王都ベイジ 王宮中央棟 総督大将執務室 /*/

 

 

 

 A.K.D.から返書が届いたのは、デコーズ・ワイズメル戦死通知と各国礼状を発送してから数日後のことだった。

 

 封蝋は、天照王朝のもの。

 

 宛名は、ジョー・ジィッド・マトリア総督大将。

 

 差出人は、アマテラスの帝。

 

 執務室の空気が、自然と重くなった。

 

 ジィッドは封を切る前に、しばらくそれを見ていた。

 

 ラドが小声で言う。

 

「……本当に返ってくるんですね」

 

 ノエルが緊張した顔で頷く。

 

「A.K.D.からの正式返書です」

 

 ニナリスは静かに記録待機へ入っている。

 

 バギィ副団長は、机の前に立っていた。

 

 黒騎士団長位は空位。

 

 だが、今この場で、黒騎士団を代表しているのは彼だった。

 

 ジィッドは封を開いた。

 

 そして、読み始めた。

 

 

 

/*/

 

 

 ベイジ軍政圏総督大将

 ジョー・ジィッド・マトリア殿。

 

 黒騎士デコーズ・ワイズメル卿への礼節ある書状、確かに受け取った。

 貴殿が、彼を黒騎士として悼み、その戦いを騎士の誉れとして受け止めたことを、朕は確認した。

 

 デコーズ・ワイズメル卿は、決闘において黒騎士として戦い、黒騎士として倒れた。

 その扱いについて、A.K.D.は騎士の礼を欠くことはしていない。

 

 なお、同卿は生前、「墓などいらない」との意を示していた。

 よって、我らはその言葉を尊重し、彼を決闘の場に埋葬した。

 

 献花の使者を望むならば、これを認める。

 使者は喪礼のためにのみ赴くものとし、武装を禁ずる。

 人数、経路、時刻はA.K.D.側指定に従うこと。

 

 アマテラスの帝

 

 

/*/

 

 

 

 読み終えた後、誰もすぐには喋らなかった。

 

 短い返書だった。

 

 だが、重かった。

 

 墓などいらない。

 

 デコーズらしい、と言えば、あまりにもデコーズらしい。

 

 王宮の豪奢な墓でもなく、黒騎士団の霊廟でもなく、帝国式の慰霊碑でもなく。

 

 決闘の場。

 

 あの舞台。

 

 アマテラスの帝が用意し、ヨーン・バインツェルが立ち、エストとダッカスが継承された場所。

 

 そこに埋められた。

 

 ジィッドは目を閉じた。

 

「……墓などいらない、か」

 

 ラドが低く言う。

 

「言いそうですね」

 

 ノエルも小さく頷いた。

 

「ええ。言いそうです」

 

 バギィ副団長は、何も言わなかった。

 

 ただ、拳を強く握っていた。

 

 ジィッドは返書を机に置いた。

 

「A.K.D.は、礼を返した」

 

 ニナリスが静かに答える。

 

「はい」

 

「デコーズ隊長を黒騎士として扱い、遺言を尊重し、埋葬場所を明かし、献花を認めた」

 

「はい」

 

「なら、こちらも礼を尽くす」

 

 ジィッドはバギィを見る。

 

「バギィ副団長」

 

「はい」

 

「献花の使者は、お前が行け」

 

 バギィの顔が、わずかに動いた。

 

「俺が、ですか」

 

「黒騎士団を代表できるのはお前だ」

 

 ジィッドは短く言った。

 

「俺が行けば、総督大将の政治になる。黒騎士団の弔いではなく、バッハトマとA.K.D.の外交になる」

 

「……はい」

 

「お前が行け。武装はするな。人数は絞る。花と黒布だけ持て。護衛も最低限。A.K.D.の指定に従え」

 

 バギィは、深く頭を下げた。

 

「拝命します」

 

 ジィッドは続ける。

 

「ただし、誤解するな。これは屈服じゃない」

 

「はい」

 

「礼だ。黒騎士が黒騎士として戦い、倒れ、決闘の場に埋葬された。その場所へ、黒騎士団が花を置きに行く。ただそれだけだ」

 

「はい」

 

 バギィの声は、少しだけ震えていた。

 

 それでも崩れてはいない。

 

 ジィッドは、返書をもう一度見た。

 

「墓などいらない、か」

 

 彼は小さく息を吐いた。

 

「本当に、最後まで面倒な人だ」

 

 ラドが苦笑した。

 

「大将がそれ言います?」

 

「俺は墓くらい欲しい」

 

 ノエルがぼそりと言う。

 

「その前に休暇を取ってください」

 

「今それを言うな」

 

 わずかに空気が緩んだ。

 

 だが、すぐに戻る。

 

 ニナリスが端末を開く。

 

「献花使者編成案を作成します。使者、バギィ副団長。随行、黒騎士団二名。記録官一名。医療補助一名。花、黒布、喪礼文書。武装なし」

 

「黒豹は」

 

 ゲンロウが一歩前に出た。

 

「外縁で見ます。ただし、A.K.D.の指定範囲には入れません。喪礼の場を汚さないようにします」

 

「それでいい」

 

 シズナも静かに言う。

 

「流言線は見ます。特に“バギィ副団長が降伏交渉に行く”という類の噂は潰します」

 

「頼む」

 

 ノエルが書類をまとめる。

 

「市民向けにはどう出しますか」

 

 ジィッドは少し考えた。

 

「こうだ」

 

 彼は短く言った。

 

 

 

/*/

 

 

 A.K.D.より返書あり。

 黒騎士デコーズ・ワイズメル卿は、生前の意向により決闘の場へ埋葬された。

 ベイジ軍政圏および黒騎士団は、喪礼使者としてバギィ副団長を派遣し、献花を行う。

 これは降伏交渉ではなく、騎士の弔礼である。

 各員、流言に惑わされず通常軍務および市民生活を継続せよ。

 

 

/*/

 

 

 

 ノエルが頷いた。

 

「明確です」

 

「明確にしないと、勝手に意味を増やされる」

 

 ラドが言う。

 

「意味を増やす連中、山ほどいますからね」

 

「だから先に潰す」

 

 ジィッドはバギィへ返書を渡した。

 

「読んでおけ」

 

 バギィは両手で受け取った。

 

 その手つきは、剣を受け取る時より慎重だった。

 

 

 

/*/ 黒騎士団区画 /*/

 

 

 

 返書の写しは、黒騎士団区画にも掲示された。

 

 多くの騎士が、その一文の前で足を止めた。

 

 

 

「墓などいらない」

 よって、彼を決闘の場に埋葬した。

 

 

 

 若い騎士の一人が、唇を噛んだ。

 

「団長らしい」

 

 整備班の老人が言った。

 

「そうだな」

 

「墓もいらないんですか」

 

「いらないと言うだろうな、あの人は」

 

 別の騎士が、低く笑った。

 

 泣き笑いに近かった。

 

「決闘の場が墓か」

 

「舞台が墓だ」

 

「贅沢だな」

 

「黒騎士だからな」

 

 その言葉で、何人かが黙った。

 

 黒騎士だから。

 

 そう言えば、納得できてしまう。

 

 納得したくなくても、してしまう。

 

 バギィ副団長が、彼らの前に立った。

 

「献花には俺が行く」

 

 騎士たちが顔を上げる。

 

「副団長が」

 

「そうだ」

 

 バギィは返書の写しを見た。

 

「団長は墓などいらないと言った。なら、我々は墓を作らん。決闘の場に花を置く。それだけだ」

 

 整備班の老人が一歩前に出る。

 

「花は、黒騎士団で用意します」

 

「頼む」

 

「黒い花などありませんが」

 

 バギィは少しだけ目を伏せた。

 

「黒布で包めばいい」

 

 若い騎士が言った。

 

「我々も行けますか」

 

「人数はA.K.D.が指定する。多くは行けん」

 

「では、花に名前を」

 

 バギィは首を振った。

 

「名札はいらん。団として送る」

 

 騎士たちは黙った。

 

 団長位は空位。

 

 だが、団は残っている。

 

 だから、個人名ではなく、黒騎士団として花を送る。

 

 その意味は、全員に伝わった。

 

 

 

/*/ 王宮中央棟 夜 /*/

 

 

 

 その夜、ジィッドはA.K.D.への返礼文を書いた。

 

 

 

/*/

 

 

 アマテラスの帝へ。

 

 返書、確かに受領した。

 デコーズ・ワイズメル卿の意向を尊重し、決闘の場に埋葬されたとのこと、承知した。

 

 彼が墓を望まなかったことは、我らにも理解できる。

 ならば、我らは墓を求めない。

 ただ、黒騎士団として花を置く。

 

 献花の使者として、黒騎士団副団長バギィを派遣する。

 貴国指定の人数、経路、時刻、手順に従う。

 使者は喪礼のためにのみ赴き、武装しない。

 

 黒騎士デコーズ・ワイズメル卿を、最後まで黒騎士として扱われたことに、改めて礼を申し上げる。

 

 ジョー・ジィッド・マトリア

 バッハトマ魔法帝国

 ベイジ軍政圏総督大将

 

 

/*/

 

 

 

 書き終えて、ジィッドは筆を置いた。

 

 ニナリスが封蝋を準備する。

 

「文面、確認しました」

 

「どうだ」

 

「礼節を保ちつつ、黒騎士団の弔礼権を明確にしています」

 

「そうか」

 

「また、墓を求めないことで、デコーズ卿の遺志を尊重しています」

 

「墓なんて作ったら、本人が化けて出そうだからな」

 

 ラドが小さく笑った。

 

「出そうですね」

 

 ノエルも疲れたように笑う。

 

「“誰が墓なんて作れって言ったよ”って怒りそうです」

 

 ジィッドは、少しだけ目を閉じた。

 

 その光景が、妙に想像できてしまった。

 

「本当に面倒な人だ」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「ですが、皆様、少し笑えました」

 

 ジィッドは目を開けた。

 

「そうだな」

 

 それは大事だった。

 

 喪失の中で、ほんの少しだけ笑える。

 

 デコーズらしさを思い出せる。

 

 それは、黒騎士団が折れていない証でもあった。

 

 ジィッドは封蝋を押した。

 

「送れ」

 

「はい」

 

 ニナリスが返礼文を受け取る。

 

 その夜、ベイジからA.K.D.へ再び書状が送られた。

 

 戦争中の敵国へ。

 

 礼を尽くすために。

 

 墓を求めないために。

 

 ただ、決闘の場へ花を置くために。

 

 そして、残った者たちが次の戦へ進むために。

 

 ジィッドは窓の外を見た。

 

 王宮の黒騎士団区画には、まだ灯が点いている。

 

 ベイジ王都基地の整備灯も消えていない。

 

 市場も、銀行も、ボルサ便も、オータ工場も、止まってはいない。

 

 黒騎士は死んだ。

 

 だが、黒騎士団は動いている。

 

 ベイジも動いている。

 

 ジィッドは低く呟いた。

 

「花を置いたら、次は戦だ」

 

 誰も否定しなかった。

 

 記録は、静かに増えていった。

 

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