ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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書いて書いて書状書いて

/*/ 星団暦3074年 旧王都ベイジ 王宮中央棟 総督大将執務室 /*/

 

 

 

 次の戦は、剣では始まらなかった。

 

 書状だった。

 

 王宮中央棟の総督大将執務室には、夜になっても灯が点いていた。

 

 机の上には、地図が広げられている。

 

 ベイジ。

 

 ノウラン。

 

 オータ。

 

 ボルサ諸島列島。

 

 ラーン。

 

 ハスハ側勢力。

 

 A.K.D.進軍線。

 

 ガマッシャーン共和国。

 

 メヨーヨ朝廷。

 

 コーネラ帝国。

 

 そして、もはや本国と呼べるか怪しくなったバッハトマ魔法帝国の帝都方面。

 

 ジィッド・マトリア総督大将は、筆を持ったまま言った。

 

「停戦の書状を回す」

 

 ノエルが顔を上げた。

 

「各陣営に、ですか」

 

「各陣営にだ」

 

 ジィッドは短く答えた。

 

「ハスハ。ミノグシア連合。詩女フンフト。ラーン。ガマッシャーン。メヨーヨ。コーネラ。A.K.D.。それと、各国の軍事チャンネルと立会人筋にも写しを回す」

 

 ラドが眉を寄せた。

 

「多すぎませんか」

 

「少ないよりマシだ」

 

 ジィッドは地図を指で叩いた。

 

「一箇所にだけ出すと、握り潰される。二箇所に出すと、歪められる。全員に出せば、全員が“読んでしまった”状態になる」

 

 ニナリスが静かに言った。

 

「公開外交圧です」

 

「そうだ」

 

「停戦提案であり、戦線整理提案であり、民間保護宣言でもあります」

 

「そうだ」

 

「降伏文書ではありません」

 

「絶対に違う」

 

 ジィッドは筆を置いた。

 

「そこを間違えられると困る。これは降伏じゃない。俺たちはまだ戦える。ノウランもオータもボルサも動いている。黒騎士団も残っている。銀月騎士団もいる。オータ工場も止まっていない」

 

 バギィ副団長が静かに頷いた。

 

「黒騎士団も、戦力として残っています」

 

「ああ」

 

 ジィッドはベイジを見た。

 

「だが、ベイジは象徴だ。ハスハが取り返さないと面子が立たない。こちらが意地で抱えれば、王都で市街戦になる。銀行、孤児院、病院、下水、取引所、市場、王宮、全部が燃える」

 

 シズナが低く言った。

 

「地下線も、また腐ります」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「俺はもう、ベイジの地下から子供を掘り出す仕事は御免だ」

 

 誰も笑わなかった。

 

 ジィッドは最初の書状を取った。

 

 

 

/*/ 第一書状 ハスハ/ミノグシア連合宛て /*/

 

 

 

 ミノグシア連合およびハスハント共和国関係各位へ。

 

 ベイジ軍政圏総督大将、ジョー・ジィッド・マトリアより書状を送る。

 

 旧王都ベイジは、星団暦3045年以降、無政府状態および無法勢力の占拠を排除し、王宮、旧AP騎士団格納庫、主要道路、医療、孤児院、金融、市場、上下水、港湾連絡を段階的に復旧してきた。

 

 その事実は、貴国にとって不快であろう。

 だが、同時に、現在のベイジが再び市民の生活を抱える都市となっていることも事実である。

 

 我らは、ベイジを焦土にする意思を持たない。

 ハスハが王都ベイジを象徴として回復せねばならぬ事情も理解している。

 

 よって、条件付き無血開城を提案する。

 

 一、王宮、基地、市場、銀行、病院、孤児院、上下水、通信施設の破壊を行わないこと。

 二、ベイジ市民、帰還民、保護児童、医療患者、王宮勤務者、工房労働者への報復を禁ずること。

 三、黒騎士団、銀月騎士団、国家騎士団残存部隊、および軍政職員の撤収路を保証すること。

 四、ノウラン=オータ=ボルサ諸島列島の軍政線に対する即時攻撃を停止し、ラーン停戦協定会議まで現状線を維持すること。

 五、港湾、灯台、医療、孤児院、食料、民生品輸送に関わるボルサ便を停戦協議期間中は攻撃対象としないこと。

 

 これは降伏ではない。

 市民と都市機能を守るための戦線整理である。

 

 ベイジを奪うためにベイジを壊すのか。

 それとも、ベイジを王都として受け取るのか。

 貴国の返答を待つ。

 

 ベイジ軍政圏総督大将

 ジョー・ジィッド・マトリア

 

 

/*/

 

 

 

 

 ノエルが読み終え、しばらく黙った。

 

「かなり強いですね」

 

「弱く書けば、降伏文書にされる」

 

 ジィッドは言った。

 

「強く書きすぎれば、挑発になる」

 

 ラドが言う。

 

「これは?」

 

「ぎりぎりだ」

 

 ニナリスが淡々と告げた。

 

「挑発性はありますが、民間保護と都市引継ぎを前面に置いているため、受け取り側が無視しにくい文面です」

 

「それでいい」

 

 

 

/*/ 第二書状 詩女フンフト/ラーン停戦協定会議宛て /*/

 

 

 

 次の書状は、もっと慎重だった。

 

 ジィッドは筆を変えた。

 

 

 

/*/

 

 

 詩女フンフト猊下、ならびにラーン停戦協定会議準備関係各位へ。

 

 ベイジ軍政圏総督大将、ジョー・ジィッド・マトリアより申し上げる。

 

 現在、バッハトマ魔法帝国本国は、ガマッシャーン共和国、メヨーヨ朝廷、コーネラ帝国の進軍により重大な局面にある。

 また、A.K.D.軍のミノグシア進軍、黒騎士デコーズ・ワイズメル卿の戦死により、戦域全体は新たな段階へ移行した。

 

 我が軍政圏は、ベイジ、ノウラン、オータ、ボルサ諸島列島を抱え、多数の市民、孤児、帰還民、医療患者、港湾労働者、工房労働者を内包している。

 

 これらを市街戦と報復の中へ投げ込むことは、戦後のミノグシアにとっても不利益である。

 

 よって、ラーン停戦協定会議に先立ち、以下を提案する。

 

 一、ベイジ無血開城交渉の場を設定すること。

 二、ノウラン=オータ=ボルサ諸島列島の現状線を、停戦協議終了まで暫定管理線として扱うこと。

 三、病院、孤児院、港湾灯台、民生輸送、食料保冷輸送、医療物資輸送を非攻撃対象として確認すること。

 四、黒騎士団残存部隊、銀月騎士団、軍政職員、民政管理官の撤収および再配置について、第三者立会いを認めること。

 

 我らは、戦を恐れて書状を出すのではない。

 戦後に残るべきものを、戦の前に定めるために書状を出す。

 

 どうか、ラーンの名において、この線を受け取られたい。

 

 ベイジ軍政圏総督大将

 ジョー・ジィッド・マトリア

 

 

/*/

 

 

 

 ラドが息を吐いた。

 

「これは……停戦会議に先に議題を投げ込む形ですね」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「会議が始まってからでは遅い。始まる前に“市民保護線”と“暫定管理線”という言葉を各国の机に乗せる」

 

 ニナリスが記録する。

 

「議題先置き戦術」

 

「変な名前をつけるな」

 

「有効です」

 

「有効で殴るな」

 

 

 

/*/ 第三書状 ガマッシャーン・メヨーヨ・コーネラ宛て /*/

 

 

 

 この書状は、さらに軍事的だった。

 

 

 ガマッシャーン共和国ナオ党首、レイスル騎士団関係各位。

 メヨーヨ朝廷軍務関係各位。

 コーネラ帝国騎士団関係各位。

 

 ベイジ軍政圏総督大将、ジョー・ジィッド・マトリアより通達する。

 

 貴国らがバッハトマ魔法帝国本国へ進軍し、帝都方面を制圧せんとしていることは承知している。

 また、バッハトマ南部ハプハミトン公国の全面降伏も確認した。

 

 本国の戦況について、我が軍政圏は直接介入する意思を持たない。

 ただし、ノウラン、オータ、ボルサ諸島列島、ならびに旧王都ベイジに存在する市民、港湾、工場、医療、孤児院、海路輸送については、我が責任下にある。

 

 貴国らがバッハトマ本国制圧後、ハツーダン大陸の統一および戦後処理に移行するならば、ミノグシア戦域の不要な拡大は避けるべきである。

 

 我らは、ベイジの無血開城交渉と、ノウラン=オータ=ボルサ諸島列島の暫定停戦線維持を提案する。

 

 貴国らが本国占領後に我が軍政圏へ即時攻撃を企図するならば、我らは防衛する。

 だが、停戦協定会議へ向けた戦線整理を選ぶならば、港湾、工場、民生流通、医療線を維持したまま戦後処理へ進める。

 

 どちらが戦後に有益か、各国の判断を求める。

 

 ベイジ軍政圏総督大将

 ジョー・ジィッド・マトリア

 

 

 

 

 バギィ副団長が低く言った。

 

「かなり冷たい文面です」

 

「相手は本国を取りに来ている連中だ」

 

 ジィッドは言った。

 

「礼より利を見せる。俺たちを潰すより、線を残した方が便利だと思わせる」

 

 ノエルが苦い顔で言う。

 

「“攻めれば防衛する”とも明記しています」

 

「停戦書状は、無抵抗宣言じゃない」

 

 ジィッドは地図を見た。

 

「こちらは戦える。だが、戦わずに済む線を出している。そこを曖昧にするな」

 

 

 

/*/ 第四書状 A.K.D.宛て /*/

 

 

 

 A.K.D.宛ては、デコーズ献花の礼があるため、礼節を保った。

 

 だが、内容は明確に戦略的だった。

 

 

 

 

 A.K.D.および天照王朝関係各位へ。

 

 黒騎士デコーズ・ワイズメル卿の決闘および献花に関する礼節について、改めて謝意を表する。

 

 その上で、ミノグシア戦域の現状について書状を送る。

 

 ベイジ軍政圏は、A.K.D.進軍、本国崩壊情勢、ガマッシャーン・メヨーヨ・コーネラ三国の進軍により、戦域全体の再整理が必要な段階に入ったと判断する。

 

 我らは、旧王都ベイジの無血開城交渉と、ノウラン=オータ=ボルサ諸島列島の暫定管理線維持を各陣営へ提案する。

 

 この提案は、A.K.D.への降伏でも、戦意喪失でもない。

 市民、孤児院、医療、港湾、民生流通、GTM工場、黒騎士団残存部隊を、市街戦と報復の混乱から遠ざけるための戦線整理である。

 

 A.K.D.がミノグシア戦域における騎士の礼と市民保護を重んじるならば、本提案への不当な妨害なきよう求める。

 

 ベイジ軍政圏総督大将

 ジョー・ジィッド・マトリア

 

 

 

 ラドが低く笑った。

 

「“不当な妨害なきよう”ですか」

 

「A.K.D.にも釘を刺す」

 

 ジィッドは言った。

 

「アマテラスの帝は、デコーズ隊長を黒騎士として扱った。なら、市民保護の書状を無下にはしにくい」

 

 ニナリスが頷く。

 

「騎士礼節を政治圧力として利用しています」

 

「言うな」

 

「事実です」

 

「事実で殴るな」

 

 

 

/*/ 第五書状 ペール会長・残存バッハトマ関係宛て /*/

 

 

 

 最後の書状は、味方向けだった。

 

 もっとも、ジィッドにとっては一番胃が痛い相手でもあった。

 

 

 

 ビューティ・ペール会長、および残存バッハトマ軍務関係各位へ。

 

 ベイジ軍政圏は、本国崩壊情勢を受け、以下の方針へ移行する。

 

 一、ベイジは無血開城交渉対象とする。

 二、ノウラン=オータ=ボルサ諸島列島を防衛主線とする。

 三、黒騎士団は団長位空位のまま、バギィ副団長が統括し、総督大将指揮下で再配置する。

 四、オータGTMカーバーゲン工場は稼働維持。検査工程を強化。

 五、ボルサ便は軍需・民需を分離しつつ継続。

 六、孤児院、病院、民生品流通、冷蔵・保冷輸送を優先防護対象とする。

 

 本方針は撤退ではなく、戦線整理である。

 ベイジを象徴として返す可能性を認める代わりに、実線であるノウラン=オータ=ボルサを維持する。

 

 必要予算、管理官、港湾税務官、補給監査官、工場検査官、海上警備要員の追加支援を求める。

 

 ベイジ軍政圏総督大将

 ジョー・ジィッド・マトリア

 

 

 

 ノエルが言った。

 

「最後でやっぱり人員と予算を要求するんですね」

 

「当然だ」

 

 ジィッドは真顔だった。

 

「停戦交渉は無料じゃない。撤収も無料じゃない。防衛線整理も無料じゃない。孤児院も病院も港も灯台も金がかかる」

 

 ラドが苦笑する。

 

「戦争しても金、停戦しても金」

 

「都市は何をしても金がかかる」

 

 ニナリスが記録する。

 

「名言として使用可能です」

 

「使うな」

 

「記録しました」

 

「記録はいつも残酷だな」

 

 

 

/*/ 書状発送 /*/

 

 

 

 深夜。

 

 王宮中央棟の通信室と伝令室が一斉に動いた。

 

 暗号通信。

 

 封書。

 

 喪礼書式。

 

 軍務通達。

 

 立会人筋への写し。

 

 各国軍事チャンネルへの限定通知。

 

 黒豹経由の非公式確認線。

 

 同じ内容ではない。

 

 だが、同じ芯を持つ書状が、各陣営へ向けて放たれた。

 

 ベイジは無血開城交渉対象。

 

 ノウラン=オータ=ボルサは防衛主線。

 

 市民、孤児院、病院、港湾、灯台、工場、民生輸送は守る。

 

 降伏ではない。

 

 戦線整理である。

 

 ジィッドは、発送記録に判を押した。

 

 判の音が、深夜の執務室に響く。

 

 ノエルが静かに言った。

 

「これで、各陣営が読みます」

 

「ああ」

 

 ラドが続ける。

 

「無視はしにくい」

 

「ああ」

 

 バギィ副団長が言う。

 

「受け入れるとは限らない」

 

「分かっている」

 

 ジィッドは椅子に沈んだ。

 

「だが、これで“ベイジを壊さずに受け取る”という選択肢を、各国の机に置いた」

 

 シズナが静かに言った。

 

「同時に、“ノウラン=オータ=ボルサへ踏み込めば、防衛戦になる”という線も置きました」

 

「そうだ」

 

 ゲンロウが頷く。

 

「黒豹は、書状後の反応を拾います」

 

「頼む」

 

 ジィッドは窓の外を見た。

 

 ベイジの夜景。

 

 王宮。

 

 市場。

 

 取引所。

 

 銀行街。

 

 王都基地。

 

 灯りが残っている。

 

 この街を、無血で渡すかもしれない。

 

 だが、壊さず渡せるなら、それは負けだけではない。

 

 次の線を守るための交換だ。

 

 ジィッドは低く呟いた。

 

「ベイジは象徴。ノウラン=オータ=ボルサは生命線」

 

 ニナリスが記録する。

 

「戦略方針として確定します」

 

「しろ」

 

 彼は、もう一度地図を見た。

 

 本国は遠い。

 

 もはや背中ではない。

 

 背中にあるのは、自分たちで作った線だけだった。

 

 ノウラン。

 

 オータ。

 

 ボルサ諸島列島。

 

 工場。

 

 港。

 

 灯台。

 

 孤児院。

 

 病院。

 

 冷蔵庫。

 

 市場。

 

 それらを守るために、ジィッド・マトリア総督大将は、各陣営へ停戦の書状を回した。

 

 次の戦は、剣ではなく書状から始まった。

 

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