ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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ジィッド、バギィ・ブーフに愚痴る

ノウラン市・黒騎士団副団長区画

 

 

 ノウラン市の夜は、まだ騒がしかった。

 

 市街地は落ちた。

 だが、落ちた都市ほど面倒なものはない。

 

 通信塔、兵站倉庫、行政庁舎、捕虜収容、野戦陣地。

 黒騎士隊と銀月騎士団は、それぞれの持ち場で戦後処理に追われていた。

 

 その一角。

 

 黒騎士団副団長、バギィ・ブーフ少将の臨時区画に、ジョー・ジィッド・マトリアは呼ばれていた。

 

 呼ばれた、というより、ふらっと寄ったら捕まった。

 

「で」

 

 バギィは椅子に腰を下ろし、書類束を机に放った。

 

「剣聖騎で七騎食った若造が、今度は何をしょげてる」

 

「しょげてはいません」

 

「顔に出てるぞ」

 

「出てますか」

 

「出てる。お前、朗らかに振る舞おうとすると、逆に面倒な顔になるな」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「そこまで分かりますか」

 

「俺を誰だと思ってる。黒騎士団の副団長だぞ。派手に強がる若造は見飽きてる」

 

「俺もその一人ですか」

 

「半分な」

 

 バギィはあっさり言った。

 

「残り半分は、まだ軍人の顔をしてる。だから話を聞いてやってる」

 

 ジィッドは少し黙った。

 

 バギィはカップを持ち上げる。

 

「珈琲でいいか」

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいい。で、何だ」

 

 ジィッドはカップを受け取り、しばらく黒い液面を見ていた。

 

「……剣聖騎に、超級ファティマって、おかしくないですか?」

 

 バギィの眉が動いた。

 

「お前、それを俺に言うか」

 

「すみません」

 

「謝るくらいなら最初から言うな」

 

「でも、他に言える人がいなくて」

 

「デコース隊長に言え」

 

「蹴られます」

 

「だろうな」

 

 バギィは少しだけ笑った。

 

「ハイトにでも言え」

 

「ハイトは今、バランシェ邸でテントを張ってます」

 

「何してんだ、あいつ」

 

「エスト様の護衛です」

 

「……そうか。あいつらしいような、らしくないような」

 

 バギィは深く息を吐いた。

 

「で、剣聖騎に超級ファティマがおかしい、だったか」

 

「はい」

 

 ジィッドはカップを置いた。

 

「デムザンバラは、元シュペルターです。剣聖騎です。俺では持て余す。だからピークを落として、低中域を太らせて、ニナリスに制御してもらっている」

 

「ああ」

 

「ニナリスは、戦闘A、クリアランスVVS1。しかもスペック表に出ないGTMスライダーとしての能力まである。超級ファティマです」

 

「そうだな」

 

「それが、天位も取れない俺についている」

 

 ジィッドは、少しだけ笑った。

 

「おかしくないですか」

 

 バギィは答えなかった。

 

 かわりに、じっとジィッドを見た。

 

 その目は、デコーズのように笑っていないわけではない。

 だが、甘くもない。

 

 古株の目だった。

 

 若い騎士がどこで腐るかを、嫌というほど見てきた目。

 

「お前な」

 

「はい」

 

「分不相応って言葉は便利だ」

 

 バギィは低く言った。

 

「剣聖騎を貰った。超級ファティマがついてる。血筋もねえ。天位もねえ。だから俺には分不相応です、ってな。そう言ってりゃ、自分の痛いところを上品に包める」

 

 ジィッドは黙った。

 

「だがな、使い方を間違えると腐るぞ」

 

「腐る」

 

「そうだ」

 

 バギィは指で机を叩いた。

 

「本当に分不相応だと思うなら、返すか、使い潰すか、使えるようになるかだ。返せねえなら使え。使うなら責任を取れ。責任を取るなら、卑屈になる暇を減らせ」

 

「減らす、ですか」

 

「なくせとは言わん」

 

 バギィは鼻で笑った。

 

「なくならねえだろ、お前のそれは」

 

「手厳しいですね」

 

「見りゃ分かる」

 

 ジィッドは少しだけ笑った。

 

 だが、すぐに視線を落とした。

 

「でも、悔しいんです」

 

「何が」

 

「デコーズ隊長は実力で三代目黒騎士になった。バギィ少将も、ベイジで右翼を務めた実績がある。ハイトも、妙なところはありますが、積み上げてるものがある」

 

「妙なところ、か」

 

「今はだいぶ妙です」

 

「後で聞く」

 

 バギィは短く言った。

 

 ジィッドは続ける。

 

「俺は、褒美で剣聖騎を貰った。ニナリスに支えられて、デムザンバラで七騎落とした。でも、これは俺が積み上げたものじゃない」

 

「七騎落としたのは事実だろ」

 

「機体とニナリスのおかげです」

 

「それも事実だ」

 

 バギィは即座に言った。

 

「だが、お前が乗っていたのも事実だ」

 

 ジィッドは顔を上げた。

 

「お前は七騎食って、追撃を止めた。部下を帰した。そこまで機体が勝手にやったのか」

 

「いいえ」

 

「ニナリスが勝手に命令したのか」

 

「いいえ」

 

「なら、お前の仕事も混じってる」

 

 バギィは珈琲を飲んだ。

 

「俺は派手な若造が嫌いだ。実力もねえのに、自分を売り込むために強がる奴も嫌いだ。恩賞だけで鼻を高くする奴はもっと嫌いだ」

 

「……はい」

 

「だが、恩賞を貰ったことに傷ついて、それでも部下を帰そうとする若造は、まだ見込みがある」

 

 ジィッドは何も言えなかった。

 

「剣聖騎に超級ファティマ。おかしいかと聞かれりゃ、おかしい」

 

 バギィはあっさり言った。

 

「おかしいんですか」

 

「おかしいだろ。普通に考えろ。天位もねえ若い騎士に、元シュペルターとVVS1のファティマだぞ。古株から見れば、何だそりゃって話だ」

 

「ですよね」

 

「だがな」

 

 バギィの声が少し低くなる。

 

「戦場は、たまにそういうおかしな札を配る」

 

 ジィッドは黙って聞く。

 

「おかしな札を貰った奴が、札に酔って死ぬか、札を怖がって腐るか、札の意味を理解して働くか。それだけだ」

 

「俺は、どれですか」

 

「今のところ三つ目に行こうとしてる」

 

「今のところ」

 

「当たり前だ。七騎落としたくらいで信用しきれるか」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「ですよね」

 

「だが、七騎落としても追わなかったのは覚えておく」

 

 その言葉は、妙に重かった。

 

 ジィッドは、少しだけ頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

「礼を言うな。気持ち悪い」

 

「すみません」

 

「謝るな。もっと気持ち悪い」

 

「どうすればいいんですか」

 

「働け」

 

 バギィは即答した。

 

「剣聖騎に超級ファティマがおかしいと思うなら、そのおかしさに見合う仕事をしろ。称号がないなら結果を積め。天位がないなら、部下を帰せ。血筋がないなら、戦線を保て」

 

 ジィッドは静かに息を吸った。

 

「分かりました」

 

「分かるな。やれ」

 

「はい」

 

 バギィは立ち上がり、窓の外を見た。

 

 ノウラン市の夜景。

 灯火と煙。

 野戦陣地の警備灯。

 

「それとな」

 

「はい」

 

「ニナリスを“超級ファティマなのに俺なんかに”って見るのは、ほどほどにしろ」

 

 ジィッドの表情が止まる。

 

「それは、彼女を上に置いてるようで、実は自分の卑屈さに巻き込んでるだけだ」

 

 その言葉は、深く刺さった。

 

「……はい」

 

「ニナリスはお前を選んだんだろ」

 

「はい」

 

「なら、選ばれたことに責任を取れ。恐縮するんじゃない。責任を取るんだ」

 

 ジィッドは、ゆっくり頷いた。

 

「責任を取る」

 

「そうだ」

 

 バギィは振り返った。

 

「剣聖騎に乗る責任。超級ファティマのマスターである責任。銀月騎士団を帰す責任。全部まとめて背負え」

 

「重いですね」

 

「軽いと思ってたのか」

 

「いいえ」

 

「ならいい」

 

 ジィッドは、少しだけ笑った。

 

「バギィ少将」

 

「何だ」

 

「相談してよかったです」

 

「二度と言うな。照れる」

 

「照れるんですか」

 

「言葉の綾だ」

 

 バギィは露骨に顔をしかめた。

 

「それと、俺はお前の保護者じゃない。次からはまずニナリスに言え」

 

「ニナリスに言うと、欠点一覧が増えます」

 

「増やしてもらえ。必要だろ」

 

「……そうですね」

 

 ジィッドは立ち上がった。

 

「ありがとうございました」

 

「礼はいい。働け」

 

「はい」

 

 扉へ向かう。

 

 その背に、バギィが声を投げた。

 

「ジィッド」

 

「はい」

 

「お前、自分が分不相応だと思うならな」

 

「はい」

 

「その分不相応を、部下の生存率に変えろ」

 

 ジィッドは足を止めた。

 

「剣聖騎も、超級ファティマも、称号の飾りにするな。帰還率にしろ。そうすりゃ、古株も少しは黙る」

 

 ジィッドは、深く頭を下げた。

 

「承知しました」

 

「よし。行け」

 

 ジィッドは部屋を出た。

 

 廊下に出ると、夜の空気が少し冷たかった。

 

 胸の中の卑屈さは消えていない。

 

 剣聖騎に超級ファティマ。

 天位も持たない自分。

 

 おかしいと思う気持ちは、まだある。

 

 だが、バギィの言葉が残っていた。

 

 恐縮するんじゃない。

 責任を取るんだ。

 

 ジィッドは小さく息を吐いた。

 

「……ニナリスに言ったら、また記録されるな」

 

 だが、言わなければならない。

 

 彼は自室へ戻るため、廊下を歩き出した。

 

 分不相応な札を、部下の生存率に変えるために。

 

 

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