ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

150 / 150
こんなに大きくなりました★

/*/ 星団暦3074年 ラーン停戦協定準備会議 周辺外交筋 /*/

 

 

 

 ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏。

 

 最初、その名は軽く見られていた。

 

 バッハトマ魔法帝国の占領地。

 

 銀月騎士団の管区。

 

 ジィッド・マトリアという、黒騎士デコーズの下にいた実務型騎士の軍政地。

 

 その程度だった。

 

 だが、ベイジ無血開城交渉と同時に各国の机へ回された資料は、その認識を変えた。

 

 ノウラン。

 

 オータ。

 

 ボルサ諸島列島。

 

 北東沿岸の港湾群。

 

 オータ市郊外のGTMカーバーゲン工場。

 

 コフツ分工廠。

 

 ボルサ便。

 

 保存食工場。

 

 港湾税務。

 

 灯台網。

 

 医療区画。

 

 孤児院。

 

 民生工場。

 

 冷蔵庫、保冷庫、TVモニタ、電源制御機器。

 

 黒騎士団残存戦力。

 

 銀月騎士団。

 

 国家騎士団配属分。

 

 憲兵。

 

 黒豹。

 

 それは、ただの敗残占領地ではなかった。

 

 大きな小規模国家。

 

 あるいは、小さな中規模国家。

 

 ミノグシア連合の外交官の一人が、資料を閉じて呟いた。

 

「……これは、無視できませんな」

 

 隣の軍務官が頷く。

 

「王都ベイジだけなら、象徴の問題です。だが、ノウラン=オータ=ボルサは実体がある」

 

「兵站、工場、海路、港湾税、民生品、孤児院まである」

 

「しかも、GTMを維持できる」

 

「潰せば?」

 

 軍務官は、少し苦い顔をした。

 

「潰せば、管理されていた騎士とカーバーゲンが散ります。マトリア卿の言う通り、野盗化する可能性がある」

 

「脅しか」

 

「脅しです」

 

 軍務官は資料を叩いた。

 

「だが、現実です」

 

 

 

/*/ 同日 各国軍事チャンネル関係者控室 /*/

 

 

 

 軍事チャンネルの記録官たちも、同じ資料を見ていた。

 

 ある記録官が言った。

 

「妙だな」

 

「何が」

 

「この軍政圏、偶然にしては出来すぎている」

 

 机の上には、ジィッドの二十年以上にわたる統治線が並べられていた。

 

 ノウラン制圧。

 

 オータ占領。

 

 オータ工場建設。

 

 ボルサ諸島列島制圧。

 

 コフツ分工廠。

 

 民生工業化。

 

 ベイジ掃討と中枢化。

 

 黒騎士団受け入れ。

 

 デコーズ戦死後の黒騎士団残存戦力再編。

 

 本国崩壊後の戦線整理書状。

 

「ボスヤスフォートは、ここまで見ていたのか?」

 

 誰かが言った。

 

 部屋の空気が少し変わる。

 

「本国が落ちることを?」

 

「あるいは、落ちた時の保険を」

 

「黒騎士デコーズの元で、ジィッド・マトリア卿を育てていた?」

 

「黒騎士は剣。マトリアは帳簿と港と工場。そういう組み合わせか」

 

「まさか」

 

「だが、結果だけ見ればそう見える」

 

 別の記録官が資料をめくる。

 

「デコーズが戦死した後、黒騎士団は崩れず、マトリアの指揮下へ入った。ベイジは無血開城交渉対象にされ、ノウラン=オータ=ボルサは防衛主線として残る。これは敗戦処理ではなく、政体の縮退運用だ」

 

「縮退運用?」

 

「帝国本国を失った時、機能する部分だけを切り出して残す。まるで最初から、そうできるように育てていたみたいだ」

 

 沈黙が落ちた。

 

 その憶測は、あまりに嫌だった。

 

 だが、否定しきれなかった。

 

 

 

/*/ 旧王都ベイジ 王宮中央棟 総督大将執務室 /*/

 

 

 

 同じ頃。

 

 その憶測は、ジィッドの耳にも入っていた。

 

 ノエルが、かなり言いにくそうに報告する。

 

「大将。ラーン周辺の外交筋と各国軍務関係者の間で、妙な噂が出ています」

 

「妙な噂は毎日出ている」

 

「今回は少し大きいです」

 

「聞きたくない」

 

「聞いてください」

 

 ジィッドは椅子に沈んだ。

 

「言え」

 

 ノエルは資料を読み上げた。

 

「ボスヤスフォート主宰は、バッハトマ本国を失った時のために、黒騎士デコーズ・ワイズメルの元でジィッド・マトリア卿を育てていたのではないか、という憶測です」

 

 ジィッドは固まった。

 

 ラドが一瞬で顔を逸らした。

 

 シズナは無表情を保とうとしているが、目元が少し動いた。

 

 ゲンロウは沈黙している。

 

 バギィ副団長は、何とも言えない顔になった。

 

 ニナリスだけが、静かに記録していた。

 

 ジィッドはゆっくり言った。

 

「育てられた覚えはない」

 

 ニナリスが答える。

 

「しかし、外部からはそう見える可能性があります」

 

「事実で殴るな」

 

「外部評価です」

 

「もっと嫌だ」

 

 ラドが咳払いした。

 

「でもまあ、大将。ノウラン、オータ、ボルサ、ベイジ。工場、港、民生品、孤児院、銀行、黒騎士団再編。結果だけ見ると……」

 

「言うな」

 

「帝国本国が落ちても動ける軍政圏になってます」

 

「言うなと言った」

 

 ノエルが真面目な顔で続ける。

 

「しかも、デコーズ隊長の戦死後、黒騎士団を吸収している。外から見ると、デコーズ隊長が武威で守り、ジィッド大将が実務で育てた予備中枢に見えます」

 

 ジィッドは頭を抱えた。

 

「やめろ。俺はただ、取った場所を腐らせないようにして、飯を食わせて、工場を建てて、港を動かして、孤児院を増やして、帳簿を書いていただけだ」

 

 ニナリスが言った。

 

「それを国家運営と言います」

 

「言うな!」

 

 バギィ副団長が、低く言う。

 

「デコーズ団長なら、笑ったでしょう」

 

「絶対笑う」

 

 ジィッドは即答した。

 

「“育てられてんじゃねえか、ジィッド”って腹抱えて笑う」

 

 シズナが静かに言った。

 

「ですが、大将。噂としては悪くありません」

 

 ジィッドが顔を上げる。

 

「悪くない?」

 

「はい」

 

 シズナは黒豹副団長の顔で続ける。

 

「“敗残占領軍”ではなく、“主宰が黒騎士の下で育てていた軍政中枢”と見られるなら、交渉上の格が上がります」

 

 ゲンロウも頷いた。

 

「潰せば野盗化する敗残兵、ではなく、扱いを誤れば地域全体の秩序が崩れる準国家組織として見られる」

 

 ノエルが言う。

 

「停戦交渉では有利です。ハスハもミノグシア連合も、無視して潰すより、管理線として扱う理由ができます」

 

 ジィッドは沈黙した。

 

 嫌な話だった。

 

 だが、使える話でもあった。

 

「……つまり」

 

 ジィッドは低く言う。

 

「俺がボスヤスフォート主宰に育てられた疑惑を、否定しきらずに利用しろと」

 

 ニナリスが静かに言った。

 

「有効です」

 

「最悪だ」

 

「はい」

 

「そこは否定しろ」

 

「否定できません」

 

「記録はいつも残酷だな」

 

 

 

/*/ 停戦書状補足資料 追記 /*/

 

 

 

 その夜。

 

 ジィッドは、新たな補足資料に目を通していた。

 

 表題はこうだった。

 

 

 

 ノウラン=オータ=ボルサ暫定管理線の実効統治能力について

 

 

 

 中身は、冷徹だった。

 

 人口。

 

 港湾税。

 

 保存食生産量。

 

 オータ工場のGTM部品供給能力。

 

 コフツ分工廠の民生品生産量。

 

 ボルサ便の航路。

 

 維持可能なカーバーゲン数。

 

 歩兵、憲兵、工兵、港湾警備協力隊。

 

 黒騎士団残存戦力。

 

 銀月騎士団。

 

 孤児院と医療区画。

 

 金融機能。

 

 工房区。

 

 冷蔵・保冷輸送。

 

 それはもう、占領地報告ではなかった。

 

 ほとんど国家概要だった。

 

 ジィッドは紙面を見て、嫌そうに言った。

 

「大きな小規模国家。小さな中規模国家。誰だ、こんな表現を入れたのは」

 

 ノエルが手を上げた。

 

「私です」

 

「なぜだ」

 

「実態に近いので」

 

「事実で殴るな」

 

 ニナリスが補足する。

 

「ミノグシア連合から見ても、無視できない規模です」

 

「だから嫌なんだ」

 

 ジィッドは資料を閉じた。

 

「よし。使う」

 

 ラドが笑った。

 

「嫌がりながら使うんですね」

 

「使えるものは使う」

 

 ジィッドは筆を取った。

 

「ただし、“主宰が俺を育てた”とは一行も書くな」

 

 ニナリスが言う。

 

「明記しない方が効果的です」

 

「お前、本当に容赦ないな」

 

「はい」

 

 ジィッドはため息を吐いた。

 

「外が勝手にそう思う分には、止められない。だが、俺たちは書かない。書かずに、規模と機能だけを見せる」

 

 シズナが頷く。

 

「相手が勝手に深読みする余地を残す」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは、地図のノウラン=オータ=ボルサ線を見た。

 

「ボスヤスフォート主宰がどこまで考えていたかなんて、知るか」

 

 少し間を置いて、彼は続けた。

 

「だが、俺たちは生き残る。ベイジを渡しても、線は残す。この規模の軍政圏を無視して踏み潰せば、戦後処理が地獄になる。そこだけは分かってもらう」

 

 バギィ副団長が静かに言った。

 

「黒騎士団も、その線の中で残ります」

 

「ああ」

 

 ゲンロウが続ける。

 

「黒豹も見ます」

 

「頼む」

 

 ノエルが資料をまとめる。

 

「では、停戦書状の補足として各陣営へ回します」

 

「回せ」

 

 ジィッドは判を押した。

 

 その音が、夜の執務室に響く。

 

 帝国本国は落ちようとしている。

 

 ベイジは交渉で手放すかもしれない。

 

 だが、ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏は残る。

 

 大きな小規模国家。

 

 小さな中規模国家。

 

 誰が育てたのかという憶測を背負ったまま、ジィッド・マトリア総督大将はその線を次の戦場ではなく、次の交渉の机へ置いた。

 

「育てられた覚えはないんだけどな」

 

 ジィッドはぼやいた。

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「育ったのは事実です」

 

「事実で殴るな」

 

 記録は、また増えた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

アルカンフェル転生(作者:ぶーく・ぶくぶく)(原作:強殖装甲ガイバー)

気が付くとアルカンフェルに転生していた▼お仕置きビリビリは嫌だが、巨大小惑星の衝突は回避しないと地球丸ごと死ぬとか草。▼原作開始まで何万年?忘れない様に石板に覚えてる原作内容を書き込んでおこう。気が付いたら眠りの神殿に石板が飾られてて笑う。日本語は不味くないか?


総合評価:1128/評価:8.78/連載:8話/更新日時:2026年06月15日(月) 17:00 小説情報

愛と勇気と正義にかけて、市民をお守りいたします!(作者:イングラマン)(原作:機動警察パトレイバー)

某巡査の娘が特車二課第二小隊に配属される、原作再構成二次小説です。▼自分が読みたいがために投稿しました。▼・TVアニメ版を軸にOVA、漫画版や小説版をミックスしています。▼・転生オリ主最強です。▼・一部キャラクターの生年と経歴を変更しています。▼・作者は警察組織やコンピュータについてはネットで調べた程度の知識しかありません。▼以上の点を踏まえて、本文をお読み…


総合評価:2743/評価:9.07/連載:13話/更新日時:2026年06月12日(金) 21:00 小説情報

偽書・ガンダム機動戦記(作者:雑草弁士)(原作:ガンダム)

宇宙世紀0079、サイド7ノアの1バンチコロニーグリーンノア在住のアルバイター、エグザベ・オリベは難民である。故郷であるサイド5ルウムを地球連邦とジオンの戦争で破壊しつくされた彼は、どうにかサイド7に流れ着き、ジャンク屋で働きつつ生活を立て直そうとしていた。しかし0079の9月18日、ジオン軍の英雄シャア・アズナブル少佐率いる特殊部隊がサイド7を急襲。エグザ…


総合評価:1803/評価:8.67/連載:54話/更新日時:2026年03月11日(水) 05:39 小説情報

旧型サラミスで生きる1年戦争(作者:カズkaz)(原作:機動戦士ガンダム)

ありきたりな転生ものです。機動戦士ガンダムをそこそこに知っている主人公が旧型のサラミスに乗り込み、なんとか1年戦争を生き抜こうと奮闘する物語。▼思い付きで投稿していますので続かないかもしれません。▼箸休めにご覧ください


総合評価:3032/評価:8.31/短編:20話/更新日時:2026年06月14日(日) 22:36 小説情報

逆襲のギュネイ(作者:黄金鉄塊騎士)(原作:ガンダム)

転生したらあっけなく天パにやられたギュネイ・ガス君だった件。▼原作とは違い、イキるのはやめて、▼スペックは結構高いこの体を使って宇宙世紀を謙虚に、命大事にの精神で生き延びます。▼逃げ回れば、死にはしないってシーブックニキも言ってたしね。▼ただ、宇宙世紀に転生したからには救える人は救っていきます。▼


総合評価:4810/評価:8.15/連載:9話/更新日時:2026年02月07日(土) 01:06 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>