/*/ 星団暦3074年 スバース市 ミノグシア連合臨時会談室 別室 /*/
会談の後、マイケル・ギラ・ジョーイ大将は、ジィッド・マトリアの提出した補足資料を読み返していた。
ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏。
黒騎士団、二百騎以上。
黒豹騎士団、二百騎以上。
銀月騎士団、二百騎以上。
国家騎士団残存戦力、再編後およそ千二百騎。
合計、GTMだけで千八百から二千騎規模。
そこに通常歩兵、憲兵、工兵、港湾警備、海上警備協力隊、宇宙港防衛隊、補給艦艇、倉庫警備、医療後送線がつく。
ジョーイ大将は、資料を閉じた。
「……方面軍だな」
副官が頷く。
「はい。もはや占領地守備隊ではありません」
「本国を失った軍政方面軍。しかも工場と港を持っている」
「オータ市郊外のカーバーゲン工場。コフツ分工廠。ボルサ諸島列島の民生工業。ノウラン保存食工場。宇宙港も整備済みです」
「ユーコン財団経由の交易もある」
「はい。完全封鎖は困難です」
ジョーイ大将は、窓の外のスバース市を見た。
静かな街だった。
だが、この静けさの外側に、二千騎近いGTMを抱えた軍政圏がある。
しかも、その兵力は帰る本国を失っている。
つまり、追い詰めれば逃げ場がない。
逃げ場のない騎士団ほど危険なものはない。
「降伏勧告は下策だな」
副官が顔を上げる。
「降伏させないのですか」
「降伏しろと言えば、相手は面子を守るために戦う。黒騎士団も、黒豹も、銀月も、国家騎士団残存兵力も、全てだ」
ジョーイ大将は資料を指で叩いた。
「しかも、連中は食えている。補給もある。工場もある。港もある。宇宙港もある。外部交易もある。飢えて膝をつく敗残兵ではない」
「では、どう扱いますか」
「降伏ではなく、統制維持だ」
ジョーイ大将は低く言った。
「ノウラン=オータ=ボルサ暫定管理線。武装解除ではなく、武装管理。即時解体ではなく、段階的再編。カーバーゲンを基地に留め、騎士に給与を払い、整備兵を工場へ戻し、港湾警備に灯台を守らせる」
「つまり、ジィッド・マトリアの軍政線を一時的に認める?」
「認めるという言い方はするな。政治問題になる」
「では」
「利用する」
副官は黙った。
ジョーイ大将は続ける。
「非常に邪魔だ。だが、邪魔だからと潰せば、二千騎規模のGTM持ちが散る。野盗、傭兵崩れ、復讐戦、港湾襲撃、工場強奪、密輸。全部がミノグシアに降りかかる」
「最悪ですね」
「現実だ」
その言葉は、先ほどのジィッドと同じだった。
ジョーイ大将は、少しだけ苦い顔をした。
「嫌な男だ。こちらが嫌がる現実を、きちんと書類にして持ってくる」
/*/ 同時刻 スバース市 バッハトマ側使節控室 /*/
ジィッドは椅子に沈んでいた。
ニナリスが横に立ち、ノエルが資料を整理し、バギィ副団長が無言で壁際に立っている。
ジィッドは天井を仰いだ。
「二千騎近いGTM方面軍か」
ノエルが言う。
「数字上はそうなります」
「なんでそうなった」
「復旧させたので」
「またそれか」
「ノウランを食わせ、オータに工場を作り、ボルサに分工廠と民生工業を作り、宇宙港を整備し、ユーコン財団経由で交易を繋いだからです」
ジィッドは目を閉じた。
「俺はただ、部隊を飢えさせないようにしていただけなんだが」
ニナリスが静かに言う。
「結果として、独立活動可能な軍政経済圏になりました」
「事実で殴るな」
バギィ副団長が低く言った。
「総督大将。黒騎士団は、降伏勧告を受ければ戦います」
「ああ」
「銀月も戦うでしょう。黒豹も、影として動く。国家騎士団残存兵力も、行き場がなければ武装したまま散る」
「だから降伏勧告は下策だ」
ジィッドは言った。
「俺たちを綺麗に消せると思うな、という話じゃない。消そうとすると、汚く広がると言っている」
ノエルが苦い顔をした。
「最悪の交渉材料ですね」
「最悪だが、現実だ」
ジィッドは机の上の資料を叩いた。
「俺たちは独立国だとは言わない。だが、潰せば国家ひとつ潰すくらい後始末が要る規模になっている。だったら、線を引いて管理した方が安い」
「相手もそう判断しますか」
「ジョーイ大将なら分かる」
ジィッドは、少し間を置いた。
「あの人は、問題児だらけのAP騎士団をまとめた男だ。騎士を飯と面子と命令系統から切り離したらどうなるか、絶対に知っている」
ニナリスが頷く。
「会談継続の見込みは高いです」
「良好とか言うなよ」
「言いません」
「珍しいな」
「胃痛値が高いためです」
「測るな」
/*/ ミノグシア側評価資料 /*/
その夜、ミノグシア連合側の内部資料に、一文が追加された。
ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏は、バッハトマ残存軍ではなく、工業・港湾・宇宙港・民生産業・GTM維持能力を有する準国家的軍政経済圏として扱うべし。
即時降伏勧告および無条件武装解除要求は、統制崩壊と武装勢力拡散を招く恐れが高い。
段階的停戦、暫定管理線、武装管理、経済封鎖ではなく監視付き交易管理を検討すべし。
ジョーイ大将は、その文面を見て短く言った。
「気に食わん」
副官が問う。
「修正しますか」
「いや。正しい」
ジョーイ大将は資料に判を押した。
「気に食わん現実ほど、先に認めた方がいい」
/*/ スバース市 夜 /*/
ジィッドは、宿舎代わりに指定された館の窓からスバース市を見ていた。
ここは自分の街ではない。
だから、静かに見える。
だが、明日にはまた会談がある。
ベイジ。
ノウラン。
オータ。
ボルサ。
黒騎士団。
黒豹。
銀月。
国家騎士団残存兵力。
GTM千八百から二千騎。
宇宙港。
工場。
港。
交易。
全部を抱えたまま、降伏ではなく停戦を求める。
「本当に、面倒なものを作ったな」
ニナリスが答える。
「はい」
「そこは慰めろ」
「慰めが必要ですか」
「いや、いい」
ジィッドは苦笑した。
「降伏勧告も下策。追い詰めるのも下策。潰すのも下策。なら、相手は俺たちと交渉するしかない」
「はい」
「だが、交渉するということは、こちらも逃げられない」
「はい」
ジィッドは窓から離れた。
「明日も書類だ」
ニナリスが頷く。
「明日も書類です」
「記録はいつも残酷だな」
ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏。
大きな小規模国家。
小さな中規模国家。
誰もそう呼ぶことを公式には認めない。
だが、誰ももう無視できない。
それが、ジィッド・マトリア総督大将が二十年以上かけて、胃痛と帳簿と工場と港で作ってしまった、帰る場所を失った者たちの国境線だった。