ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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汚く広がるぜ

/*/ 星団暦3074年 総督府執務棟 総督大将執務室 /*/

 

 ジィッド・マトリアは、しばらく書状の宛名を見ていた。

 

 

 

 AP騎士団スバース隊

 支隊長

 ランド・アンド・スパコーン公

 

 

 

 その名だけで、胃が痛い。

 

 かつて総督府舞踏会で対面した時、ジィッドははっきり悟った。

 

 この人とは正面から戦ってはいけない。

 

 騎士としての格。

 

 貴族としての格。

 

 外交官としての格。

 

 そして、ミラージュ右翼大隊No.3級という、悪夢のような戦闘力。

 

 ノエルが、少し硬い声で言った。

 

「本当に、ランド公へ面会を申し込むんですか」

 

「申し込む」

 

 ジィッドは短く答えた。

 

「ハスハ側の実務線に話を通すなら、ランド公を避けては通れん」

 

 ラドが腕を組む。

 

「独立を認めろ、ではないんですよね」

 

「違う」

 

 ジィッドは即座に否定した。

 

「そんなことを言ったら、交渉はその場で死ぬ。これは独立交渉じゃない。現実を見てくれ、という話だ」

 

 ニナリスが端末へ項目を並べる。

 

「面会目的。ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏の暫定管理線維持。段階的武装管理。ベイジ無血開城後の治安悪化防止。カーバーゲン持ち武装勢力の野盗化抑制」

 

「柔らかく言え」

 

「“敗残武装勢力の無秩序化防止”」

 

「まだ硬いが、それでいい」

 

 シズナが静かに言う。

 

「認知戦ですね」

 

 ジィッドは顔をしかめた。

 

「言い方が悪い」

 

「ですが、その通りです」

 

 黒豹副団長としてのシズナは、淡々としていた。

 

「独立を認めろと言わず、こちらを潰した場合に何が発生するかを、ランド公の頭の中に置く。こちらを“敗残兵”ではなく、“統制下に置かれた危険物の管理者”として認識させる」

 

 ジィッドはため息を吐いた。

 

「本当に嫌な表現だが、そうだ」

 

 バギィ副団長が低く言った。

 

「黒騎士団も、その危険物に含まれますか」

 

「含まれる」

 

 ジィッドは逃げなかった。

 

「だが、黒騎士団は野盗にはしない。銀月も、国家騎士団残存も、港湾警備も同じだ。俺が言いたいのは、今ならまだ帳簿と補給と任務で縛れる、ということだ」

 

 ノエルが頷く。

 

「追い詰めれば、その縛りが切れる」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは書状に目を落とした。

 

「その現実を、ランド公に見てもらう」

 

 

 

/*/ 書状草案 /*/

 

 

 

 ジィッドは筆を取った。

 

 

 

 AP騎士団スバース隊支隊長

 ランド・アンド・スパコーン公へ。

 

 ベイジ軍政圏総督大将、ジョー・ジィッド・マトリアより、面会を願い出る。

 

 まず申し上げる。

 本書状は、ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏の独立承認を求めるものではない。

 また、旧王都ベイジの無血開城交渉を盾に、ハスハおよびミノグシア連合へ不当な要求を突きつける意図もない。

 

 私が求めるのは、戦後治安の現実を見ていただくことである。

 

 現在、ノウラン、オータ、ボルサ諸島列島には、銀月騎士団、黒騎士団残存部隊、国家騎士団配属残存兵力、港湾警備、工兵、憲兵、整備班、民政管理官が存在している。

 これらは、軍政、給与、補給、工場、港湾税務、黒豹監視線によって、かろうじて統制下に置かれている。

 

 もし、この線を一挙に破壊し、彼らを追い詰め、給与と補給と任務を奪えば、GTMカーバーゲンを持つ騎士崩れ、整備兵崩れ、武装兵、港湾警備兵が、ミノグシア各地へ散る可能性がある。

 

 私は、それを望まない。

 無為に反乱軍や野盗を野に放ちたいわけではない。

 

 むしろ、それを防ぐために、暫定管理線、段階的武装管理、港湾・工場・孤児院・病院・民生輸送の維持を協議したい。

 

 ランド公は、騎士であり、軍務を知る方であり、またスバース隊を預かる方である。

 だからこそ、この現実を最初に見ていただきたい。

 

 面会の場所、人数、武装、手順は、貴公の指定に従う。

 

 ベイジ軍政圏総督大将

 ジョー・ジィッド・マトリア

 

 

 

 ノエルは読み終えて、深く息を吐いた。

 

「かなり率直ですね」

 

「遠回しにすると、独立要求に見える」

 

 ジィッドは筆を置いた。

 

「最初に否定する。独立承認を求めない。だが、潰せば何が起こるかは見ろ、と言う」

 

 ラドが苦い顔で言った。

 

「“私たちを潰すとGTM持ちのゴロツキが出ますよ”を、ここまで礼儀正しく書けるんですね」

 

「礼儀正しく書かないと、本当に脅迫状になる」

 

「中身は?」

 

「現実だ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「脅しじゃない。現実を相手に置く。認知戦というなら、そうだろうな」

 

 

 

/*/ スバース市 AP騎士団スバース隊 支隊長執務室 /*/

 

 

 

 ランド・アンド・スパコーンは、書状を読み終えた後、しばらく黙っていた。

 

 机の横には、ファティマのティスホーンが控えている。

 

 室内は静かだった。

 

 やがてランドは、書状を丁寧に折り直した。

 

「率直だな」

 

 副官が言う。

 

「脅迫でしょうか」

 

「脅迫ではある」

 

 ランドは静かに答えた。

 

「だが、脅しとしてはかなり正直だ」

 

 副官は眉を寄せた。

 

「正直な脅し、ですか」

 

「マトリア大将は、“我々を認めろ”とは書いていない。“潰した後の処理を想像してくれ”と書いている」

 

 ランドは地図を見る。

 

 ノウラン。

 

 オータ。

 

 ボルサ諸島列島。

 

 海路。

 

 工場。

 

 カーバーゲン。

 

 黒騎士団残存。

 

 銀月騎士団。

 

 管理官。

 

 孤児院。

 

 病院。

 

「嫌な現実だ」

 

 副官が沈黙する。

 

 ランドは続けた。

 

「ベイジを取り返すことは、政治的には必要だろう。だが、ノウラン=オータ=ボルサまで一息に潰せば、秩序が崩れる可能性は高い。彼らが持っているのは武器だけではない。工場と港と整備兵だ」

 

 ティスホーンが静かに言った。

 

「統制を失ったGTM保有者は、通常兵力より危険です」

 

「そうだ」

 

 ランドは頷いた。

 

「しかも、マトリア大将はそれを理解している。理解しているから、こちらへ先に書いてきた」

 

 副官が問う。

 

「面会を許可しますか」

 

 ランドは少し考えた。

 

「許可する」

 

「場所は」

 

「スバース市内。AP騎士団管理区画。人数は絞る。武装は最低限。こちらの監視下で行う」

 

「かなり厳しく」

 

「当然だ」

 

 ランドは書状をもう一度見た。

 

「だが、会う価値はある」

 

 副官が低く言う。

 

「マトリア大将を信用されますか」

 

「信用はしない」

 

 ランドは即答した。

 

「だが、彼が言っている現実は見る」

 

 

 

/*/ ノウラン総督府 総督大将執務室 夜 /*/

 

 

 

 ランド公から面会受諾の返書が届いた。

 

 場所はスバース市。

 

 AP騎士団管理区画。

 

 人数制限あり。

 

 武装制限あり。

 

 記録官同席。

 

 黒豹の随行は不可、ただしジィッド側の事務官と医療補佐一名は認める。

 

 ジィッドは返書を読んで、深く息を吐いた。

 

「会ってくれるか」

 

 ノエルが言う。

 

「厳しい条件ですが、拒否ではありません」

 

「十分だ」

 

 ラドが苦笑する。

 

「ランド公、やっぱり怖いですね」

 

「怖いよ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「あの人は、こちらの言い分を感情で切らない。だから怖い」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「面会の主目的は、ノウラン=オータ=ボルサ軍政圏を“無秩序化させてはならない対象”として認識させることです」

 

「ああ」

 

「副目的は、ベイジ無血開城と暫定管理線を切り分けること」

 

「ああ」

 

「第三目的は、ランド公を通じてミノグシア連合側へ、ジィッド・マトリア総督大将が野盗化を望んでいないと伝えること」

 

「そうだ」

 

 シズナが言った。

 

「認知戦としては、すでに第一段階成功です。ランド公は、会うことを選びました」

 

 ジィッドは苦い顔をした。

 

「成功と言うには早い」

 

「はい。ですが、無視されなかった」

 

「それは大きい」

 

 バギィ副団長が低く問う。

 

「大将。面会で何を言いますか」

 

 ジィッドは地図を見た。

 

「独立は求めない。だが、即時解体も受けない」

 

 彼は、ノウランからオータ、そしてボルサ諸島列島へ伸びる線を指でなぞった。

 

「この線は、敗残兵の巣じゃない。港、工場、孤児院、病院、民生品、保存食、GTM整備、灯台、船舶登録、港湾税務を持つ。だから、壊すなら責任を持って壊せ、と言う」

 

 ノエルが顔をしかめた。

 

「すごい言い方ですね」

 

「もちろん、そのままは言わない」

 

 ラドが小さく笑う。

 

「言いそうで怖いです」

 

 ジィッドは疲れたように笑った。

 

「俺だって、ランド公相手に喧嘩を売るほど馬鹿じゃない」

 

 少し間を置いて、彼は続けた。

 

「ただ、これは伝える」

 

 ジィッドは低く言った。

 

「私も無為に反乱軍や野盗を野に放ちたいわけではありません。だから、追い詰める前に、管理する方法を話し合いたい、と」

 

 部屋が静かになった。

 

 それは弱音ではなかった。

 

 降伏でもなかった。

 

 しかし、勝利宣言でもない。

 

 戦後を見ている者の言葉だった。

 

 ニナリスが記録する。

 

「面会主文、記録しました」

 

「記録はいつも残酷だな」

 

 ジィッドは窓の外を見た。

 

 ノウランの灯。

 

 オータの工場。

 

 ボルサの灯台。

 

 ベイジを手放しても、残すべき線。

 

 その線を守るために、彼はランド・アンド・スパコーンへ会いに行く。

 

 独立を認めろと言うためではない。

 

 現実を見ろと言うために。

 

 そして、自分たちを追い詰めた時、ミノグシアに何が放たれるのかを、相手の頭の中へ置くために。

 

 次の戦は、剣ではなく認識から始まっていた。

 

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