/*/ 星団暦3074年 総督府執務棟 総督大将執務室 /*/
ランド・アンド・スパコーンとの面会は、成功した。
少なくとも、失敗ではなかった。
独立承認ではない。
降伏でもない。
ノウラン=オータ=ボルサ暫定管理線。
段階的武装管理。
GTMカーバーゲン登録。
黒騎士団残存戦力の再配置。
ベイジ無血開城。
港湾税務。
灯台。
ボルサ便。
孤児院。
病院。
オータ工場。
全部を、次の協議の机に載せることには成功した。
だからこそ、書類が増えた。
机の上には、積み上がった報告書と協議案がある。
ジィッド・マトリア総督大将は、それを見て、しばらく沈黙していた。
そして、突然、両手で頭を抱えた。
「めんどくせぇぇぇっ!」
執務室が止まった。
ノエルが羽ペンを落とした。
ラドが茶を吹きかけた。
バギィ副団長が眉を動かした。
シズナが記録用端末を抱えたまま硬直した。
ニナリスだけが、静かにジィッドの心拍を観測している。
ジィッドは机の上の書類を指差した。
「ベイジを渡す手順! ノウランを残す理屈! オータ工場の査察! ボルサ便の非攻撃確認! 黒騎士団の名誉を傷つけない武装登録! 銀月の再配置! 国家騎士団残存兵の給与! 孤児院の避難準備! 港湾税務官の身分保証! 全部俺か!」
ノエルが慌てて言う。
「大将、全部ではありません。各局へ分担しています」
「最終決裁は俺だろ!」
「それは、まあ……」
「ほら見ろ!」
ジィッドは椅子から立ち上がり、王宮から持ち帰った地図の前でぐるぐる歩いた。
「もう誰かに押しつけようかなぁぁぁッ!」
ラドが嫌な予感のする顔をした。
「誰か、とは」
「バギィさんとか!」
バギィ副団長が無表情で一歩引いた。
「黒騎士団の再編だけで手一杯です」
「ラドとか!」
「医療と孤児院を抱えてます」
「ノエルとか!」
「書類処理で死にます」
「じゃあ、やりたがってる鉄砲玉!」
ノエルが叫んだ。
「一番駄目です!」
シズナも即座に言った。
「総督大将職を鉄砲玉へ渡すのは黒豹として看過できません」
「じゃあ俺がカステポーに隠居する!」
「やめてください!」
全員の声が揃った。
ニナリスまで、ほんの少し遅れて言った。
「推奨しません」
「お前まで!」
ジィッドは両腕を広げた。
「カステポーで小さい宿でもやる! 朝は市場で魚を買って、昼は適当に客に飯を出して、夜は寝る! GTMも港湾税務も証券取引所も暫定管理線もない生活!」
ラドが冷静に突っ込む。
「大将が宿をやったら、三日で周辺の治安台帳を作り始めますよ」
「やらない!」
ノエルが続ける。
「一週間で仕入れ経路を整理します」
「やらない!」
シズナが淡々と言う。
「十日で裏社会の密輸線を拾います」
「拾わない!」
ニナリスが静かに締めた。
「十五日でカステポー周辺宿場町の暫定管理線が成立する可能性があります」
「俺は何なんだよ!」
バギィ副団長が、低く言った。
「総督大将です」
「答えが重い!」
ジィッドは机に突っ伏した。
数秒、誰も動かなかった。
やがて、ラドがそっと茶を置く。
「まあ、叫ぶくらいなら良いんじゃないですか」
ノエルも拾った羽ペンを持ち直した。
「実際、逃げないのは分かっていますし」
シズナが頷く。
「大将は、手放せるものと手放してはいけないものを分けているだけです」
バギィ副団長が静かに言う。
「面倒だからこそ、あなたが掴んでいる」
ジィッドは机に突っ伏したまま、くぐもった声で言った。
「綺麗にまとめるな……」
ニナリスが書類を一枚差し出す。
「マスター。カステポー隠居案は却下として、次の決裁です」
「鬼か」
「必要です」
「必要で殴るな……」
ジィッドはのろのろと顔を上げた。
目の前には、また一枚、書類がある。
> ノウラン=オータ=ボルサ暫定管理線
> 第一次協議提出用 補足資料案
ジィッドは深く息を吸った。
「……分かった。やる」
全員が、少しだけ安心した。
ジィッドは羽ペンを取る。
「ただし、俺が本当にカステポーに逃げたら」
ノエルが即答した。
「連れ戻します」
ラドも言った。
「医療名目で拘束します」
シズナが続ける。
「黒豹が追跡します」
バギィ副団長が締める。
「黒騎士団も出します」
ニナリスが静かに言う。
「逃走成功率は低いです」
ジィッドは、乾いた笑いを漏らした。
「俺の軍政圏、俺に対して強すぎるだろ」
そして、判を押した。
その音が、総督大将執務室に響く。
カステポー隠居計画は、即日却下。
ノウラン=オータ=ボルサ暫定管理線の書類は、また一歩進んだ。
記録はいつも残酷だった。