ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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白銀の騎士

/*/ 星団暦3074年

 

/*/ スバース市外縁 AP騎士団管理着陸区画 /*/

 

 

 

 ドーリーの腹が、低く唸った。

 

 いや――違う。

 

 それは本来、もっと低く、太く、腹の底を震わせるように歌うはずの声だった。

 

 デムザンバラはそういう騎体だ。

 

 剣聖の血と、狂気じみたピークを抱えた、白銀の怪物。

 

 重く、深く、太く、まるで古い獣が咆えるように音を引く。

 

 だが今、ドーリーの中から響いているのは、そんな声ではなかった。

 

 細い。

 

 高い。

 

 甲高い。

 

 まるで、細い刃先を何百枚も擦り合わせているような、甲高く澄んだ歌声。

 

 誰かが、呆然と呟いた。

 

「……音が、違う」

 

 ラドが、ジィッドの上体を支えながら顔を上げる。

 

 ノエルも、血の気の引いた顔でドーリーを見た。

 

 ニナリスの瞳だけが、無機質なほど静かに開いている。

 

 搬出路の暗がりの奥で、何かが動いた。

 

 銀色の輪郭。

 

 いや、白銀だった。

 

 ゆっくりと、一歩。

 

 それだけで、周囲の空気が張り詰める。

 

 現れたのは、デムザンバラ――のはずだった。

 

 だが、誰もすぐにはそう断定できなかった。

 

 肩の形状が違う。

 

 胸部装甲の線が違う。

 

 膝から脛へ落ちる流れが違う。

 

 あのバッハトマ風に改装された、鋭く重い意匠ではない。

 

 もっと古い。

 

 もっと高貴で。

 

 もっと峻烈で。

 

 白銀の装甲が、まるで月光をそのまま鍛えたかのように滑らかに立ち上がっている。

 

 誰かが息を呑んだ。

 

「……シュペルター……?」

 

 別の者が、反射的に否定する。

 

「馬鹿な。あれはデムザンバラだ」

 

「だが、装甲が――」

 

「一体、なにが……」

 

 ドーリーから完全に姿を現した騎体は、白銀の巨躯をすっと起こした。

 

 首がわずかに振れる。

 

 高く細い歌声が、さらに一段澄んだ。

 

 まるで、改修前の記憶そのものが機体に蘇ったようだった。

 

 白銀の騎士。

 

 ナイト・オブ・クローム。

 

 かつて剣聖ダグラス・カイエンが駆った、伝説の姿。

 

 シュペルター。

 

 ラドが、唇を噛んだ。

 

「起動キーだけじゃない……アウクソーと、あのアララギが、何をやった」

 

 ニナリスが低く答える。

 

「不明です。ですが、現在あの機体は、マスターの運用記録とは異なる反応を示しています」

 

「異なる、どころじゃないだろ……!」

 

 その時だった。

 

 反対側から、赤が走った。

 

 赤い閃光。

 

 赤い装甲。

 

 砂塵を巻き上げながら飛び込んでくる一騎のGTM。

 

 マキシの騎。

 

 ヒトエフタエ。

 

 赤い騎体が、まるで獲物を見つけた獣のように急停止し、その場で低く腰を落とす。

 

 隣にいるSSLの制御線が、一瞬だけ火花のように走った。

 

 マキシの声が、外部拡声越しに弾んだ。

 

「いいじゃん! それ! 面白い!」

 

 ドーリーから出てきた白銀の騎体――もはやそれはデムザンバラというより、シュペルターだった――が、甲高い歌声を細く引いた。

 

 応じるように。

 

 誘うように。

 

 挑むように。

 

 アララギ・ハイトの声が、拡声越しに響く。

 

「来いよ!」

 

 若い。

 

 荒い。

 

 だが、妙に真っ直ぐな声だった。

 

「ジィッドさんを殴ったんだろ! だったら――来い!」

 

 マキシが、笑った。

 

「いーよ!」

 

 次の瞬間、二騎が消えた。

 

 いや、消えたように見えた。

 

 実際には、見えている者の認識が追いつかなかっただけだ。

 

 赤と白銀。

 

 交差。

 

 火花。

 

 遅れて轟音。

 

 さらに一拍遅れて、地面が裂けた。

 

「下がれ!」

 

 誰かが怒鳴った。

 

「下がれ! 下がれ! 巻き込まれるぞ!」

 

 AP騎士団員たちが、周囲の者を引き剥がすように後退させる。

 

 マドラが青ざめた顔で叫ぶ。

 

「全員距離を取れ! 今のは剣聖技だ!」

 

 ヒトエフタエが、赤い円弧を引いて跳んだ。

 

 シュペルターが、それに合わせるように細い歌声を引き、半身をずらす。

 

 斬撃。

 

 受けたのではない。

 

 いなしたのでもない。

 

 “外した”。

 

 その動きが、あまりに滑らかで、あまりに自然で、見ていた者の目に逆に遅く映った。

 

 スローハンド。

 

 ラドが、思わず呻く。

 

「なんだよ、あの動きは……」

 

 ノエルの声が震える。

 

「踊ってる……」

 

 本当に、踊っているようだった。

 

 巨体のGTMが、舞う。

 

 踏み込み。

 

 ひねり。

 

 切り上げ。

 

 返し。

 

 身を沈め。

 

 肩を抜き。

 

 膝で間合いを盗み。

 

 相手の斬線を読む前に、次の線へ移っている。

 

 剣聖技が飛び交っているのに、乱暴さがない。

 

 殺気に満ちているのに、美しい。

 

 だからこそ、恐ろしい。

 

 ヒトエフタエの赤い刃が、白銀の肩を裂きかける。

 

 シュペルターが細く甲高く歌い、半歩沈む。

 

 その沈み込みの途中で、すでに次の斬撃が放たれている。

 

 赤が弾ける。

 

 ヒトエフタエが後退。

 

 だが、それも転倒ではない。

 

 後ろへ流れながら身を翻し、赤い騎体が片脚で着地する。

 

 マキシの声が、嬉しそうに響いた。

 

「すごーい!」

 

 ハイトが叫び返す。

 

「まだだ!」

 

 再び二騎が激突する。

 

 白銀と赤。

 

 音が重なる。

 

 高く細い歌声と、赤い騎体の鋭い駆動音。

 

 それが混ざり合い、戦場というより舞台のようですらあった。

 

 だが、舞台にしては危険すぎる。

 

 斬撃の余波だけで、周囲のコンクリートが割れ、駐機していた車両の外装がひしゃげた。

 

 数十メートル離れていた兵が吹き飛ばされる。

 

 AP騎士団員が再び怒鳴る。

 

「もっと下がれ! 近づくな!」

 

「医療班も後ろへ!」

 

「観戦してる場合じゃない、死ぬぞ!」

 

 マドラが拳を握り締める。

 

 止めたい。

 

 だが、割って入れない。

 

 剣聖級の戦い。

 

 それも、今この場にいる誰も完全には理解できていない異常な二騎のぶつかり合いだ。

 

 下手に入れば、三騎目が死ぬだけだった。

 

 地面に横たわるジィッドが、血の滲む唇をわずかに動かした。

 

「……ハイト……」

 

 ラドが耳を寄せる。

 

「喋るなって!」

 

 ジィッドは、それでも無理やり視線を持ち上げた。

 

 白銀の騎体を見る。

 

 高く歌うシュペルターを見る。

 

 その甲高い声が、改修で鈍く太く抑え込まれていた何かを、そのまま剥き出しにしているのが分かった。

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「マスター。機体は改修前の基本形状に近づいています。少なくとも外装レベルでは、デムザンバラではなくシュペルターの意匠です」

 

 ノエルが顔を引きつらせる。

 

「そんなこと、あるのか……?」

 

「通常は、ありません」

 

「だよな!?」

 

「ですが、現に起きています」

 

 ラドが苛立った声を上げた。

 

「どうして今このタイミングでそんな伝説再現みたいなことになるんだよ!」

 

 ニナリスは答えた。

 

「アウクソーの介在が原因である可能性が高いです」

 

 ノエルが絶句する。

 

「それで済ませるのかよ……」

 

 その時、また二騎が交差した。

 

 今度はさらに近い。

 

 白銀の大剣が弧を描き、赤い装甲の一部を大きく削る。

 

 ヒトエフタエも負けていない。

 

 返す刃が白銀の腰を掠め、火花と白い破片が飛ぶ。

 

 互いに浅く、だが決定的な位置を狙い続けている。

 

 舞っているのに、容赦がない。

 

 マキシの声が、楽しそうに跳ねる。

 

「いいね! いいね! それ!」

 

 ハイトも叫んでいた。

 

「来いよ! もっとだ!」

 

 ジィッドは、目を閉じかける意識を必死に引き戻した。

 

「……馬鹿、どもが……」

 

 ラドが怒鳴る。

 

「だから喋るな!」

 

 だが、その声にも、どこか別の震えが混ざっていた。

 

 恐怖だけではない。

 

 見てしまっている。

 

 伝説級の技と技がぶつかる現場を。

 

 しかも、ジィッドのシュペルターが、改修前の姿に戻ってまで。

 

 マドラが唇を噛みしめた。

 

「こんな……こんなところで……」

 

 彼女の視線の先では、白銀と赤がなおも踊っていた。

 

 斬って。

 

 外して。

 

 踏み込んで。

 

 弾いて。

 

 退いて。

 

 また入る。

 

 剣聖技の応酬。

 

 誰も割って入れない。

 

 誰にも止められない。

 

 下がるしかない。

 

 見ているしかない。

 

 ただ一つ確かなのは、この場がもう単なる会談破綻の現場ではないということだった。

 

 スバース市外縁は、いつの間にか、

 

 白銀の騎士シュペルターと、

 赤いGTMヒトエフタエが、

 

 踊るように殺し合う舞台へ変わっていた。

 

 そして、その舞台の端で、血にまみれたジィッド・マトリアは、かすれた声で小さく呟く。

 

「……記録に、残るな……こりゃ……」

 

 ニナリスが答えた。

 

「はい。確実に」

 

 次の瞬間、また二騎が激突し、衝撃波がその場の全員をさらに後ろへ押しやった。

 

「下がれぇッ!」

 

 怒号が重なる。

 

 白銀が歌う。

 

 赤が踊る。

 

 そして誰も、その戦いの中心へ一歩たりとも踏み込めなかった。

 

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