/*/ 星団暦3074年 スバース市外縁 AP騎士団管理着陸区画 戦闘封鎖線 /*/
白銀と赤が、空を裂いていた。
シュペルター。
いや、デムザンバラであったはずの騎体。
それは今、改修前の白銀の騎士の姿へ戻り、細く高く、甲高い声で歌っている。
対するは、マキシの赤いGTMヒトエフタエ。
赤い装甲が光を弾き、跳ね、沈み、また跳ねる。
ただのGTM戦ではない。
騎士の戦いですらない。
剣聖級の殺し合いだった。
「下がれ! まだ下がれ!」
AP騎士団員が怒鳴る。
「観測班、外縁へ! 医療班も近づくな! 巻き込まれるぞ!」
マドラは歯を食いしばっていた。
割って入れない。
止めるには、あまりにも速すぎる。
白銀と赤の間に、第三者が入れば、その瞬間に斬線の中で潰される。
スバース隊の騎士たちも、表情を硬くして距離を取るしかなかった。
そして、その時。
白銀の騎体の歌が変わった。
さらに細く。
さらに鋭く。
さらに高く。
アウクソーの制御が、奥へ入った。
フルクリティカル。
限界制御。
騎体の性能を、安全域ではなく、騎士とファティマの全てを噛み合わせた一点へ叩き込む制御。
シュペルターの反応が跳ね上がる。
百ではない。
百十でもない。
百二十。
GTMが、本来の定格を超えた。
ニナリスが、ジィッドの生命維持処置をしながら顔を上げた。
「フルクリティカル制御です」
ラドが叫ぶ。
「今それをやるのかよ!」
「アウクソー様が、ハイト様をマスターとして受け入れています」
「受け入れてるって、どういう――」
その問いに、答えは戦場から返ってきた。
通信が開いた。
混線していた。
シュペルターとヒトエフタエの外部通信が、戦闘封鎖線の観測網へ拾われた。
まず聞こえたのは、アララギ・ハイトの声だった。
だが、違った。
若い男の声。
しかし、その奥に、妙な古さがある。
軽薄で。
乱暴で。
どこか笑っていて。
それでいて、決定的に逃げない声。
『アウクソー、頼むぜ』
アウクソーの声が返る。
『イエス、マスター』
『こいつは、これまでで一番厄介な相手だ』
その声は、もうハイトだけのものではなかった。
ジィッドは、血の気の引いた顔で目を開いた。
「……カイエン……?」
ニナリスが沈黙した。
ラドも、ノエルも、言葉を失った。
シュペルターの中で、アララギ・ハイトが喋っている。
だが、その間合い、その言葉、その軽さ。
それはハイトではない。
もっと古い。
もっと危険な誰か。
ダグラス・カイエン。
その名が、誰の口からも出せないまま、場を支配した。
白銀の騎体が、赤い斬撃をすり抜ける。
受けない。
止めない。
相手の剣を、発生する前に外す。
ヒトエフタエの刃が、空を裂く。
次の瞬間には、シュペルターの剣が赤い肩装甲を掠めていた。
マキシの声が、通信に混ざる。
『あはっ! すごい! すごいね! 誰? ねえ、誰なの!?』
ハイトの声が笑う。
『誰でもいいだろ』
『よくないよ! その動き、知ってる! 知ってる気がする!』
ヒトエフタエが低く沈んだ。
SSLの制御も跳ね上がる。
赤い騎体が、空間を折るように踏み込んだ。
普通の騎士なら、その一撃を見た瞬間に死ぬ。
だが、シュペルターは踊る。
白銀の装甲が、ありえないほど静かに流れる。
そして、カイエンの声が、ふっと低くなった。
『弱ったもんだワ……』
アウクソーが応じる。
『マスター』
『壊れファティマみてえな動きしやがる』
マキシの声が止まった。
一瞬。
本当に一瞬だけ、赤い騎体の動きが乱れた。
『……え?』
シュペルターはその隙を逃さない。
白銀の剣が、赤い騎体の腹部装甲を削る。
だが、深くは入れない。
入れられるのに、入れない。
殺せるのに、まだ殺していない。
その制御が、逆に恐ろしかった。
マキシの声が、震えた。
『今の……今の言い方……』
カイエンは笑った。
『おう。気づいたか?』
マキシの呼吸が荒くなる。
『その動き……その間合い……その、馬鹿みたいな外し方……』
ヒトエフタエが跳ぶ。
だが、もう遊びの跳躍ではない。
確かめるための一撃。
赤い剣が、真っ直ぐ白銀へ落ちる。
シュペルターは避けた。
避けたというより、そこに最初からいなかった。
そして、白銀の剣が赤い腕の関節を打つ。
壊さない。
止める。
マキシが叫んだ。
『カイエン!?』
その名が、通信に乗った。
封鎖線の全員が凍りつく。
マドラの顔から血の気が引いた。
ランドの警備騎士たちが、無言で互いを見る。
ジィッドは、血の混じった息を吐きながら、目を閉じた。
「……やっぱり、か……」
カイエンは、軽く笑った。
『よう、マキシ』
マキシの声が、子供のように跳ねる。
『ほんとに? ほんとにカイエンなの? なんで? なんでいるの? だって、死んだんじゃ――』
『死んだよ』
白銀の騎体が、赤い騎体の斬撃を受け流す。
火花。
金属音。
甲高い歌。
『死んだときにな、偉そうな連中が少しだけ時間を寄越した』
マキシが黙る。
カイエンの声は、軽いままだった。
だが、その奥にあるものが変わっていた。
『四十四分だ』
アウクソーが、静かに制御を締める。
シュペルターの歌が、さらに細く尖る。
『その時間で、やることがある』
マキシの声が、低くなった。
『ぼくを、殺しに来たの?』
カイエンは答えなかった。
代わりに、白銀の騎体が一歩踏み込んだ。
その一歩で、ヒトエフタエが大きく後退する。
マキシが笑った。
笑っているのに、どこか泣きそうだった。
『そっか。そっかぁ。カイエンが、ぼくを』
『お前を放っておいたのは、俺の責任でもある』
『責任?』
『そういう面倒くせえものが、死んでも残るんだよ』
ジィッドは、地面の上でかすかに顔を歪めた。
「……分かる……」
ラドが怒鳴る。
「共感してる場合じゃない!」
戦いは止まらない。
むしろ、激しくなった。
ヒトエフタエのSSLも、完全にフルクリティカルへ入った。
赤い騎体の性能が跳ねる。
ヒトエフタエが、まるで赤い布を幾重にも重ねて翻すように、斬線を重ねる。
一重。
二重。
見えたと思った時には、三つ目が来ている。
シュペルターは、その全ての間を縫う。
白銀の騎体は、かつての白銀の騎士そのものだった。
細く高い歌声の中で、カイエンが言う。
『アウクソー』
『はい、マスター』
『頼むぜ。これまでで最強の敵だ』
『承知しました』
『死んだ後に、こんな大仕事押しつけやがってよ』
『マスターらしいです』
『うるせえ』
アウクソーの制御が、さらに深く入る。
シュペルターの反応が、わずかに人間の限界を超えて見えた。
それはGTMの性能ではない。
ファティマの制御でもない。
マスターとファティマが、ずっと昔から知っていた呼吸に戻る瞬間だった。
マキシが叫ぶ。
『ねえ、カイエン! ほんとに殺すの!? ぼくのこと!』
『ああ』
短い答えだった。
マキシの赤い騎体が止まる。
止まったように見えた。
次の瞬間、最大速度で突っ込んでくる。
『じゃあ、やってよ!』
ヒトエフタエの剣が、白銀の胸を狙う。
シュペルターは避けない。
半歩だけ踏み込む。
相手の懐へ。
赤い刃が、白銀の装甲を掠める。
血の代わりに火花が散る。
そして、シュペルターの剣が、ヒトエフタエの中心線へ入った。
止まる。
寸前で止まる。
殺せた。
だが、まだ殺していない。
マキシが、通信の向こうで息を呑む。
『……なんで止めるの』
『まだだ』
『なんで』
『お前が、まだ俺を見てるからだ』
マドラが、封鎖線の外で震えていた。
「カイエン……」
ランドの警備隊も、もはや声を出せない。
これは事故ではない。
これは暴走でもない。
これは、死んだ剣聖が与えられたわずかな時間で、自分の残した最大の歪みへ向き合っている戦いだった。
ジィッドは、痛みで霞む視界の中で、白銀の騎体を見た。
「……四十四分……」
ニナリスが静かに言う。
「カウントが存在すると仮定した場合、残り時間の制約があります」
「記録……」
「しています」
「止められるか」
ニナリスは、わずかに沈黙した。
「不可能です」
ジィッドは、苦く笑った。
「だろうな」
戦場の中心では、白銀と赤がまた離れた。
マキシの声は、もうただの遊びではなかった。
『カイエン……カイエンなんだね』
『そうだよ』
『じゃあ、ぼく、ちゃんとやる』
『そうしろ』
『殺してくれる?』
『必要ならな』
『やさしいね』
『馬鹿言え。面倒なだけだ』
アウクソーが静かに告げる。
『マスター。フルクリティカル制御、維持可能時間に制限があります』
『分かってる』
『ヒトエフタエ側も同等以上の負荷に入っています』
『分かってる』
『決着を急ぐ必要があります』
『分かってるって』
カイエンは、笑った。
『さあ、マキシ。大仕事だ』
ヒトエフタエが、赤く沈む。
シュペルターが、白銀に立つ。
二騎のGTMが、再び歌い始めた。
今度は、ただ速いだけではない。
ただ強いだけでもない。
通信越しに、誰もが理解した。
マキシは気づいた。
自分の前にいるのが、アララギ・ハイトではないことを。
あるいは、ハイトの中に一時だけ重なった、死んだ剣聖であることを。
ダグラス・カイエン。
その名を認識した瞬間、戦いの意味が変わった。
白銀と赤は、また動いた。
剣聖技が飛ぶ。
フルクリティカル制御が唸る。
GTMの性能が限界を超える。
誰も割って入れない。
誰も止められない。
封鎖線の外で、ただ怒号だけが響いていた。
「下がれ! 下がれぇ!」
「これ以上近づくな!」
「巻き込まれるぞ!」
そして、白銀の騎士シュペルターは、高く細く、泣くように歌いながら、赤いヒトエフタエへ踏み込んでいった。