/*/ 星団暦3074年 スバース市外縁 AP騎士団管理着陸区画 戦闘封鎖線 /*/
白銀の騎士は、沈黙した。
赤いヒトエフタエも、膝をついたまま動かない。
砂塵が落ちる。
焼けた装甲の匂いが残る。
誰もすぐには近づけなかった。
あまりにも異常な戦いだった。
ジィッド・マトリア総督大将は、血に濡れた唇を動かした。
「……ハイトは」
ラドが答えなかった。
答えられなかった。
ニナリスが、白銀の騎体の反応を見ていた。
「アララギ・ハイト様の生命反応、消失」
それだけだった。
ジィッドは目を閉じた。
最弱の騎士。
そう呼ばれ、そう扱われ、そう生きてきた男。
その男が、最後の最後に、白銀の騎士へ乗り、アウクソーに「マスター」と呼ばれ、死んだ剣聖の四十四分を受けて、最強の騎士として戦った。
そして死んだ。
ジィッドは、かすれた声で呟いた。
「バカ野郎……」
ラドが止血布を押さえる手に力を込める。
「大将、喋らないでください」
「そのまま生きてりゃ良かったのに……」
誰も返せなかった。
ハイトは、仇を取ろうとした。
ジィッドの起動キーを奪い、アウクソーを呼び、白銀の騎士を起こした。
正しいかどうかで言えば、最悪だった。
外交上も、軍務上も、GTM管理上も、ファティマ管理上も、全部最悪だった。
だが、あの瞬間、彼は走ってしまった。
最弱の騎士が、最強の騎士へ届いてしまった。
その代償として、命を置いていった。
/*/ スバース市 ミノグシア連合臨時会議室 /*/
会議室は、葬儀場のように重かった。
マイケル・ギラ・ジョーイ大将。
AP騎士団スバース隊のランド・アンド・スパコーン。
ミノグシア連合側の軍務官、外交官、記録官。
ジィッド側からは、ノエル、ニナリス、ラド、バギィ副団長。
ジィッド本人は医療区画にいる。
意識は戻っているが、会議に出られる状態ではない。
そして机の上には、事故報告書が並んでいた。
安全通行を認められてスバース市へ来たバッハトマ側の交渉使節。
その代表であるジィッド・マトリア総督大将が、会談前に重傷を負った。
加害者はマキシ。
その後、ジィッド側のアララギ・ハイトがGTMへ搭乗。
アウクソーが応答。
デムザンバラは白銀の騎士シュペルターの姿を取り戻し、ヒトエフタエと交戦。
結果、アララギ・ハイト戦死。
マキシ重篤。
ヒトエフタエ大破。
シュペルター沈黙。
そして、さらに面倒な事実がある。
戦った騎士は、A.K.D.のミラージュ騎士。
ミノグシア連合の管理下で起きた停戦会談事故なのに、現場の核心にはA.K.D.の因縁が入り込んでいる。
誰かが、低く言った。
「面目丸つぶれだ」
誰も否定しなかった。
ランドは、静かに目を伏せていた。
「我々は、安全を保証した使節を守れなかった」
マイケル・ギラが重く頷く。
「その上、GTM戦まで起きた。しかも死者が出た」
ノエルが、青い顔で言った。
「我々の大将は、報復を命じていません」
マイケルが顔を上げる。
ノエルは震える声を押さえ込んで続けた。
「ジィッド大将は、意識を取り戻した直後、ノウラン、オータ、ボルサ、黒騎士団、銀月騎士団に報復禁止を通達しました。これは事故であり、まだ戦闘ではない、と」
バギィ副団長が低く言う。
「黒騎士団は出ていない」
ランドが頷いた。
「それは確認している」
「大将が止めたからです」
バギィの声には、怒りがあった。
だが、統制された怒りだった。
「大将がいなければ、今頃ノウラン=オータ=ボルサは全面警戒から一段進んでいたでしょう」
会議室の空気がさらに重くなる。
それは脅しではない。
現実だった。
/*/ スバース市 医療区画 夜 /*/
ジィッドは、寝台の上で起き上がろうとして、ラドに止められた。
「動くなって言ってるでしょうが!」
「書状を書く」
「骨が折れてるんですよ!」
「手は動く」
「頭もだいぶ怪しいです」
「うるさい」
ニナリスが横で淡々と告げる。
「マスター。肋骨損傷、内臓損傷、全身打撲、失血。書状作成は推奨しません」
「推奨しろ」
「しません」
ジィッドは、しばらく天井を見た。
それから、低く言った。
「アウクソーは」
ニナリスが答える。
「シュペルター内で沈静状態です。外部接触は制限されています」
「ハイトは」
「戦死確認済みです」
ジィッドは目を閉じた。
「最弱の騎士が、最後に最強の騎士になって死んだか」
ラドは何も言わなかった。
ジィッドは、痛みに顔を歪めながらも、ノエルを呼んだ。
「書くぞ」
「大将」
「アマテラスの帝へだ」
ノエルの顔が変わった。
ジィッドは続ける。
「この件は、ミノグシア連合だけでは収まらん。マキシ、アウクソー、シュペルター、ヒトエフタエ、ハイト、カイエン。どこを切ってもA.K.D.の影が出る」
ニナリスが静かに言う。
「A.K.D.への照会および協力要請が必要です」
「そうだ」
ジィッドは息を整えた。
「シュペルターは、俺の手元に置くには重すぎる。あれがアウクソーの安らぎになるなら、返還してもいい」
ノエルが目を見開いた。
「大将、それは――」
「分かっている」
ジィッドは言った。
「デムザンバラを手放すという話だ。戦力としては痛い。俺個人としても痛い。だが、今日のあれを見た後で、ただの所有物として扱えん」
少し沈黙が落ちた。
ジィッドは続けた。
「代わりに、アマテラスの帝に後ろ盾になってもらう」
「後ろ盾」
「ミノグシア連合との停戦協定だ。ベイジ無血開城。ノウラン=オータ=ボルサ暫定管理線。GTM登録。段階的武装管理。あの帝が“停戦協定の履行を見届ける”と言えば、各陣営は無茶をしにくくなる」
ノエルが、ゆっくり頷いた。
「シュペルターを返す代わりに、A.K.D.の政治的保証を得る」
「そうだ」
ラドが呆れた声で言う。
「半殺しにされた直後に、よくそこまで考えますね」
「使えるものは使う」
「自分の重傷もですか」
「もちろんだ」
ニナリスが言った。
「マスターの認知機能は正常範囲です」
「正常扱いするな」
ラドが怒る。
「そこは正常でいいんですよ!」
/*/ アマテラスの帝への書状 /*/
ノエルが筆を持つ。
ジィッドは、寝台の上から言葉を選んだ。
A.K.D.および天照王朝
アマテラスの帝へ。
ベイジ軍政圏総督大将、ジョー・ジィッド・マトリアより書状を送る。
スバース市における会談途上、我が身に生じた襲撃、およびその後に発生したGTM戦については、すでに各方面より報告が届いているものと思う。
本件は、ミノグシア連合の管理下で起きた重大な外交事故である。
同時に、マキシ、アウクソー、シュペルター、ヒトエフタエ、アララギ・ハイト、そしてダグラス・カイエンの名が絡む、A.K.D.にとっても無視し得ぬ事象であると判断する。
アララギ・ハイトは戦死した。
最弱の騎士として生きてきた男は、最後に最強の騎士となって死んだ。
その死を、私は軽く扱わない。
また、白銀の騎士シュペルターについて申し上げる。
もし、あの騎体がアウクソーの安寧に資するものであり、彼女を本来あるべき静けさへ戻すために必要であるならば、私はシュペルターをアウクソーへ返還する用意がある。
ただし、代わりに求めるものがある。
ミノグシア連合との停戦協定締結にあたり、A.K.D.およびアマテラスの帝には、後ろ盾として立っていただきたい。
我が求めるものは、独立承認ではない。
ベイジ無血開城、ノウラン=オータ=ボルサ暫定管理線、GTM登録、段階的武装管理、孤児院・病院・港湾・工場・民生輸送の保護。
これらが、感情的報復や面子のために踏み潰されぬよう、停戦協定の履行を見届けていただきたい。
私は、無為に反乱軍や野盗をミノグシアへ放ちたいわけではない。
また、ミノグシア連合が自らの管理下で起きた事故により、面子を失ったまま報復へ傾くことも望まない。
今日、スバース市で起きたことは、統制を失った力が何を引き起こすかを示した。
だからこそ、統制された停戦線が必要である。
シュペルターの返還と、停戦協定の後ろ盾。
この二つについて、貴殿の返答を願う。
ジョー・ジィッド・マトリア
ベイジ軍政圏総督大将
ノエルは、書き終えて沈黙した。
「……これは、かなり大きいです」
「ああ」
ジィッドは目を閉じたまま答えた。
「デムザンバラを失う。だが、アウクソーが安らげるなら、それでいい」
「大将」
「それに」
ジィッドは薄く笑った。
「A.K.D.を後ろ盾にできるなら、GTM一騎より停戦線の方が重い」
ラドが呆れたように言う。
「本当に、どこまでも交渉材料にしますね」
「ハイトの死を無駄にしない」
その一言で、部屋が静かになった。
ジィッドは、痛みに顔を歪めながら続ける。
「ハイトは、勝手に走った。馬鹿野郎だ。生きてりゃ良かった。だが、あいつが死んでまで起こした白銀の騎士の意味を、ただ事故報告書にして終わらせる気はない」
ニナリスが静かに言う。
「記録します」
「ああ」
ジィッドは、かすれた声で言った。
「記録しろ。アララギ・ハイトは戦死。最弱の騎士として生き、最後に最強の騎士として死んだ。ジィッド・マトリアは、その死を停戦線へ繋ぐ」
ラドが目を伏せた。
「残酷な記録ですね」
「記録はいつも残酷だ」
/*/ 同夜 スバース市 AP騎士団管理区画 /*/
アマテラスへの書状が封じられた。
同時に、ミノグシア連合側へも通達が出された。
ジィッド・マトリア総督大将は生存。
報復行動を禁ずる。
スバース市事故について、停戦協議継続の意思を保持。
ただし、安全保証の再確認、マキシの処遇、アララギ・ハイト戦死の扱い、シュペルターおよびアウクソーの扱いについて、A.K.D.を含む三者協議を要求する。
マイケル・ギラは、その文面を読んで、深く息を吐いた。
「半殺しにされた側が、会談を継続すると言っている」
ランドが静かに答える。
「だから厄介です」
「怒りに任せて席を蹴る方が、まだ分かりやすい」
「マトリアは、そうしない」
ランドは窓の外を見た。
封鎖された着陸区画。
沈黙した白銀の騎士。
大破した赤いGTM。
その残骸の間に残された、外交事故の匂い。
「彼は、地位に固執しているわけではない。だが、自分が掴んでいる線を手放した時の混乱を知っている。今回の事故で、その主張はさらに強くなった」
マイケルは苦々しく言う。
「我々の面目は丸つぶれだな」
「はい」
「しかも、戦った騎士が双方A.K.D.のミラージュ騎士」
「混乱に拍車をかけています」
「アマテラスの帝を巻き込むしかないか」
ランドは少し沈黙した。
「すでに、マトリアが巻き込みに行っています」
マイケルは、書状の写しを見た。
「シュペルター返還と引き換えに、停戦協定の後ろ盾か」
「実務としては、悪くありません」
「敵にしておくには面倒な男だ」
ランドは短く答えた。
「面倒な男です」
/*/ スバース市 医療区画 深夜 /*/
ジィッドは、ようやく少しだけ眠った。
眠ったというより、痛みと薬で落ちた。
ニナリスは、その傍らに立っている。
ラドは椅子に座ったまま、疲れ切った顔で医療記録を確認していた。
ノエルは書状の写しを抱え、壁際に座り込んでいる。
誰も、簡単には眠れなかった。
白銀の騎士は沈黙している。
アウクソーも沈黙している。
アララギ・ハイトは死んだ。
マキシは生きている。
そして、ジィッドはアマテラスの帝へ書状を出した。
シュペルターを返す。
アウクソーが安らげるなら。
その代わり、停戦協定の後ろ盾になれ。
戦は、また書状へ戻った。
だが、今度の書状には、血と、白銀の歌と、最弱の騎士の死が染み込んでいた。
ニナリスは静かに記録を閉じた。
「記録はいつも残酷です、マスター」
眠るジィッドは答えない。
ただ、スバース市の夜の向こうで、停戦協定の形が、また一つ変わり始めていた。