ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

16 / 17
銀月騎士団、野戦陣地・夜食休憩

ノウラン市占領後

 

 

 夜の野戦陣地に、薄い油と土と金属の匂いが漂っていた。

 

 デムザンバラの再設定作業は一段落した。

 ピーク領域を完全封鎖せず、警告領域として細く残す。

 低中域のトルクを太らせながら、逃げ場を殺しすぎない。

 

 言葉にすれば簡単だが、実際の調整は地味で細かい。

 

 その地味さに疲れた整備班と、夜間警備交代前の騎士たちは、簡易テーブルの周りに集まっていた。

 

 テーブルの上には、レーションの小袋が並んでいる。

 

 クラッカー。

 硬めのパン。

 ピーナッツバター。

 チーズペースト。

 妙に濃厚なスプレッド類。

 クッキー。

 パウンドケーキ。

 M&M'sのようなチョコレート。

 袋入りのポテトチップス。

 

 戦場の夜食としては、悪くない。

 

 いや、むしろこういうものの方が落ち着く。

 

 ジィッドはクラッカーにチーズペーストを厚めに塗り、ひと口かじった。

 

「……こっちの方が落ち着くな」

 

 若い騎士が笑う。

 

「バランシェ邸の食事、そんなに凄かったんですか?」

 

「凄かった」

 

 ジィッドは即答した。

 

「珈琲も菓子も、何もかも上等だった。美味いものは美味い。そこは否定しない」

 

「じゃあ、いいじゃないですか」

 

「だが、勘違いしそうになる」

 

 ジィッドはクラッカーを見下ろした。

 

「上等な屋敷で、上等な博士たちに会って、銘入りのファティマたちがいて、アウクソー殿に知見をもらう。そういう場所にいると、自分も何か上等なものになったような気がする」

 

 整備班長が、ピーナッツバターをパンに塗りながら言った。

 

「団長は、そういうところでちゃんと怖がるからまだ大丈夫です」

 

「怖がらないと危ないだろ」

 

「だいたいの人は、気持ちよくなります」

 

「だろうな」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「だから、こっちの方がいい。土嚢の横で、チーズペーストを塗って、濃すぎるピーナッツバターを食ってる方が、俺には合ってる」

 

 部下の一人が、パウンドケーキの袋を開けながら言った。

 

「ジィッドさん、わりと庶民派ですよね」

 

「血筋がないからな」

 

「またそれ言う」

 

「事実だ」

 

「でも、その事実をクラッカーに塗るのやめましょうよ」

 

 周囲が笑った。

 

 ジィッドも笑った。

 

 少しだけ、自然に。

 

 その時、別の若い騎士がふと思い出したように言った。

 

「そういや、ジィッドさんはなんでウェイトトレーニングなんかやってんすか?」

 

 ジィッドは、手を止めた。

 

「ウェイト?」

 

「はい。朝、重り担いでスクワットしたり、引いたり押したりしてるじゃないですか。騎士って、普通の筋トレで強くなる感じでもないでしょう?」

 

「ああ」

 

 ジィッドは納得したように頷いた。

 

「デムザンバラのピークに踏み込まない訓練だ」

 

 若い騎士たちが顔を見合わせる。

 

「ウェイトが?」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは、クラッカーを置いた。

 

「自重じゃ負荷が小さすぎる。騎士の肉体で腕立てやスクワットをやっても、出力制御の練習にはなりにくい。だから重りを使う。高負荷をかけて、身体が本気で出力を上げたがる状況を作る」

 

 整備班長が真顔で頷いた。

 

「騎士の身体だと、自重ではウォームアップにもならないですからね」

 

「そういうことだ」

 

 ジィッドは自分の右腕を軽く回した。

 

「デムザンバラのピークパワーが出るトルクバンドは、針みたいに細い。そこへ踏み込めば、俺は機体に振り落とされる。下手をすれば、バックラッシュで腕を持っていかれる」

 

 整備班長が、あっさり頷く。

 

「ありえますね」

 

「軽く言うな」

 

「軽く言わないと怖いので」

 

「それは分かる」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「だから、ウェイトトレーニングそのものが目的じゃない。騎士としての筋力を鍛えるためじゃなく、自分の出力を一定の範囲で止める訓練だ」

 

「出力を止める?」

 

「ああ」

 

 ジィッドはクラッカーを指で折った。

 

「重いものを持つ。身体が勝手に出力を上げようとする。もう一段、奥に入れたくなる。踏み込みたくなる。筋肉と神経が、もっと出せると言ってくる」

 

「まあ、ありますね」

 

「そこで入らない」

 

 ジィッドの声が少しだけ真面目になる。

 

「最大出力の手前で止める。フォームを崩さない。余力を残す。限界まで引き絞らない。出したい力を、出さない。針のように細いピークバンドに踏み込まないように、自分の出力を制御する訓練だな」

 

 若い騎士は、しばらく黙っていた。

 

 そして、ぽつりと言った。

 

「真面目っすねぇ」

 

「バックラッシュで腕を持っていかれたくないからな」

 

「現実的だった」

 

「現実的だぞ。俺は自分の腕が好きだ」

 

 笑いが起きる。

 

 ジィッドはその笑いの中で、少しだけ肩をすくめた。

 

「デムザンバラは怖い。鈍らせているのに、まだ怖い。アウクソー殿にも言われた。踏んではいけない道は、消してはいけない。なら、俺が踏まない訓練をするしかない」

 

 整備班長が、チョコレートの袋を開けながら言った。

 

「カーバーゲンの方が気を遣わなくていいですね」

 

「ああ。カーバーゲンの方が気楽だ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「予備パーツもたくさんあるしな」

 

「団長、言い方」

 

「事実だろ」

 

「事実ですけど」

 

 整備班長は苦笑した。

 

「カーバーゲンなら、多少無茶しても部品交換で済む範囲が広い。デムザンバラはそうはいかない。元が元だけに、どこを触っても怖い」

 

「整備班が怖がる機体に乗る俺の身にもなってくれ」

 

「乗る側が怖がってくれるだけ、整備班としてはありがたいです」

 

 若い騎士がポテトチップスをつまみながら言った。

 

「普通、強い機体に乗ったら嬉しくなりません?」

 

「嬉しいぞ」

 

 ジィッドは素直に言った。

 

「嬉しいから危ない」

 

 その場が少し静かになる。

 

「俺は剣聖騎に憧れていた。デムザンバラに乗って七騎落とした時、胸の奥が熱くなった。もっといけるんじゃないかと思った」

 

 ジィッドは、自分の掌を見た。

 

「そこで止まれないと死ぬ。俺だけならまだしも、お前たちまで巻き込む」

 

 若い騎士たちは黙った。

 

 ジィッドは、また明るい声に戻した。

 

「だからウェイトだ。地味だろ」

 

「地味っすね」

 

「剣聖騎対策がウェイトトレーニング」

 

「記事にしたら地味ですね」

 

「するな。黒騎士殿に笑われる」

 

「デコーズ隊長なら何て言いますかね」

 

 ジィッドは少し考え、口調を真似た。

 

「“へえ、剣聖騎に乗る若造が重り担いで自制訓練かよ。泣かせるねえ。ボクちゃん涙が出ちゃう”」

 

 似ていた。

 

 部下たちが笑った。

 

 整備班長も笑いをこらえきれなかった。

 

「似てますね」

 

「怒られるから本人の前ではやるなよ」

 

「団長が一番危ないです」

 

「確かに」

 

 そこへ、静かにニナリスが歩いてきた。

 

 端末を手にしている。

 

「何が危ないのですか」

 

 全員が一瞬黙った。

 

 ジィッドは咳払いした。

 

「デコーズ隊長の物真似の話だ」

 

「記録しますか」

 

「しなくていい」

 

「士気管理上、有効な可能性があります」

 

「ない。絶対にない」

 

 若い騎士が笑いをこらえながら言った。

 

「ニナリスさん、ジィッド隊長がウェイトトレーニングはデムザンバラのピークに踏み込まない訓練だって話をしてました」

 

「はい。正確です」

 

「正確なんだ」

 

 ニナリスはジィッドを見た。

 

「マスターの場合、筋力向上より出力制限の学習が優先です。自重負荷では騎士の肉体に対して刺激が不足します。外部負荷を用いる判断は妥当です」

 

「ほらな」

 

 ジィッドは少し得意げに言った。

 

 だが、ニナリスは続けた。

 

「ただし、最近は最終セットで規定重量を一段上げる傾向があります」

 

「ニナリス」

 

「ピークに踏み込まない訓練としては不適切です」

 

 部下たちが一斉にジィッドを見た。

 

「隊長?」

 

「いや、それはだな」

 

「踏み込んでるじゃないですか」

 

「ウェイトの一段階とデムザンバラのピークは違う」

 

「同じ訓練だって今言ったのは隊長ですよ」

 

 ジィッドは詰まった。

 

 整備班長がパンにチーズペーストを塗りながら言った。

 

「明日から最終セットの重量追加は禁止ですね」

 

「整備班長まで」

 

「軍務ですので」

 

「便利に使うな」

 

 ニナリスは淡々と端末に入力した。

 

「明朝より、出力制限制御訓練における終了条件を再定義します。最終セットでの重量追加は禁止。規定重量内で、余力を残した終了を確認します」

 

「本当に記録してる」

 

「必要です」

 

 部下たちは笑っていた。

 

 だが、その笑いは軽いだけではなかった。

 

 ジィッドが怖がっていること。

 それでも乗ること。

 七騎落としても止まったこと。

 ウェイトトレーニングひとつにも、デムザンバラを扱うための意味を持たせていること。

 

 それを知った上での笑いだった。

 

 若い騎士が、ピーナッツバターを厚く塗ったクラッカーを差し出した。

 

「隊長、これ食べます?」

 

「ありがとう」

 

「これ、めちゃくちゃ濃いです」

 

「戦場の味だな」

 

「美味いっすよ」

 

 ジィッドは受け取り、かじった。

 

 甘い。

 重い。

 喉に貼りつく。

 

 だが、落ち着く。

 

「うん。美味い」

 

「バランシェ邸より?」

 

「味の方向が違いすぎるだろ」

 

「どっちが落ち着きます?」

 

 ジィッドは、少しだけ笑った。

 

「こっちだな」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「理由は」

 

「勘違いしないで済む」

 

「良い傾向です」

 

「記録するなよ」

 

「しました」

 

「早い」

 

 夜の野戦陣地に、また笑いが起きた。

 

 デムザンバラは整備区画で静かに膝をついている。

 ピークへ向かう細い道を残したまま、まだ生まれようとしている。

 

 そのそばで、剣聖ではない若い騎士は、濃すぎるピーナッツバターをかじりながら、翌朝の最終セットの重量追加を禁止されていた。

 

 派手な話ではない。

 

 記事にもならない。

 

 だが、銀月騎士団の部下たちは、その夜の会話をよく覚えていた。

 

 強い機体に乗っているから強いのではない。

 強い機体に飲まれないよう、クラッカー片手に笑いながら、自分を止める訓練をしている。

 

 それが、ジョー・ジィッド・マトリアという隊長だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。