/*/ 星団暦3074年 旧王都ベイジ 王宮前大通り 返還式典当日 /*/
全星団が、その映像を見ていた。
旧王都ベイジ。
かつて軌道砲撃で焼かれ、無法の者たちに食い荒らされ、二十七年かけて軍政の線で縫い直された都。
その王宮前大通りに、GTMカーバーゲンが整列していた。
銀月騎士団。
黒騎士団残存部隊。
国家騎士団から編入された騎体。
オータ工場で再生され、ノウランの補給で食わせ、ボルサ便で部品を運ばれた、軍政圏そのものの象徴。
その先頭に、一騎だけ白い装甲のカーバーゲンが立っていた。
通常の銀月色ではない。
儀仗用に磨かれ、白布と銀飾をまとい、両腕で巨大な鍵を抱えている。
GTMサイズの鍵。
都市の門を開けるための実用品ではない。
王宮、基地、市場、銀行、孤児院、下水、灯台連絡、すべてを「引き渡す」という、馬鹿みたいに重い象徴だった。
その鍵を見上げながら、ジィッド・マトリア総督大将は包帯の下で顔をしかめた。
「……でかすぎないか」
ノエルが小声で答える。
「全星団放送ですので、分かりやすさ優先です」
「分かりやすさでGTMに鍵を持たせるな」
ラドが横から言う。
「でも、かなり映えますよ」
「映えなくていいんだよ」
ニナリスが静かに告げる。
「マスター。象徴映像としては極めて有効です」
「お前まで言うな」
ジィッドは杖に体重を預けた。
スバースで受けた傷は、まだ完全には癒えていない。
肋骨は痛む。
内臓もまだ鈍く響く。
だが、今日は立つ必要があった。
ベイジを渡す日だからだ。
逃げるわけではない。
敗走でもない。
無血開城。
戦線整理。
そして、ノウラン=オータ=ボルサ暫定銀月騎士団領を残すための、最大の儀式。
王宮前広場の左右には、ミノグシア連合の代表団が並ぶ。
AP騎士団。
ハスハ側の儀仗隊。
詩女フンフトの名代。
A.K.D.の立会人。
各国軍事チャンネル。
報道用の飛行端末。
中継用のホログラム標識。
全てが、この瞬間を記録するために置かれていた。
やがて、大通りの奥から白い影が進んできた。
GTMカイゼリン。
カイエンの息子、デプレが駆る騎体。
その姿が王宮前通りへ入った瞬間、群衆のざわめきが波のように広がった。
カイゼリンは、急がない。
王都を奪いに来た騎体ではない。
王都を受け取りに来た騎体として、ゆっくりと進む。
その一歩ごとに、石畳がわずかに鳴った。
ジィッドはそれを見て、低く呟いた。
「カイエンの息子が、ベイジへ入るか」
バギィ副団長が横で静かに答える。
「時代が変わりますな」
「ああ」
ジィッドは目を細めた。
「変わる時ってのは、いつも胃に悪い」
カイゼリンが、白いカーバーゲンの前で止まった。
沈黙。
全星団の映像が、その一点へ寄る。
白装カーバーゲンが、ゆっくりと膝をつく。
巨大な鍵を両腕で掲げる。
カイゼリンが、それを受け取る。
ただの受け渡し。
だが、その瞬間、旧王都ベイジはミノグシア連合へ返還された。
ノエルが息を呑む。
ラドは何も言わなかった。
シズナは黒豹副団長として、周囲の反応を見ている。
ゲンロウは沈黙している。
バギィ副団長は、目を伏せた。
ジィッドは、ほんの少しだけ頭を下げた。
「持っていけ」
その声は、誰にも届かないほど小さかった。
「壊すなよ」
鍵の引き渡しが終わると、左右に並んでいたカーバーゲンが動いた。
一糸乱れぬ動きだった。
王宮前の大通りを塞いでいた銀月の騎体が、左右へ分かれる。
白銀と灰色の列が、音もなく割れる。
その中央に、カイゼリンの進む道ができた。
ミノグシア連合の旗が前へ出る。
カイゼリンが王宮へ向かって進む。
その背後で、銀月騎士団のカーバーゲンが一斉に踵を返した。
王宮へ背を向ける。
ベイジ王都基地へではない。
ノウラン方面へ。
オータ方面へ。
ボルサ便の続く北東沿岸線へ。
銀月騎士団は、行進を始めた。
それは撤退だった。
だが、潰走ではなかった。
列は整っている。
旗は折れていない。
GTMは沈黙しているが、敗残ではない。
王都を譲り、線を引き直し、次の場所へ移る軍の行進だった。
全星団中継の解説音声が、抑えた声で流れる。
『旧王都ベイジ、ミノグシア連合へ正式返還。
ベイジ軍政圏はこれにより解消。
ただし、ノウラン=オータ=ボルサ方面は、停戦協定に基づき、銀月騎士団領として暫定管理下に置かれます』
その言葉が流れた瞬間、ジィッドは少しだけ顔をしかめた。
「銀月騎士団領、ねえ」
ノエルが言う。
「独立国ではありません。占領地でもありません。かなり苦心した名称です」
「暫定、がついてる」
「暫定は便利です」
「便利な言葉ほど後で揉める」
ニナリスが静かに言う。
「ですが、現在もっとも安定する表現です」
「分かってる」
ジィッドは王宮を見た。
29年かけて戻した王宮。
王宮中央棟。
東翼。
黒騎士団区画。
復興行政局。
金融監督室。
通信司令部。
何度も報告書を書き、何度も予算を取り、何度も下水と市場と孤児院の数字で頭を抱えた場所。
その王宮へ、カイゼリンが入っていく。
白い鍵を携えて。
それを見て、ラドが静かに言った。
「惜しいですか」
ジィッドは即答しなかった。
少しだけ考えた。
「惜しい」
正直に言った。
「だが、壊すよりいい」
バギィ副団長が頷いた。
「はい」
「ベイジは象徴だ。返せば、ミノグシア連合は王都を取り戻したと言える。こちらはノウラン=オータ=ボルサを残せる」
シズナが言う。
「黒豹は、撤収路の流言線を確認済みです。市民への報復扇動は抑えています」
「よし」
ゲンロウが続ける。
「黒騎士団残存部隊も、予定通りノウランへ移動します」
「頼む」
ジィッドは、行進するカーバーゲンの列を見た。
オータ工場で直した騎体。
ボルサ便で部品を運んだ騎体。
ノウランの保存食で兵を食わせた騎体。
その一騎一騎が、ベイジから出ていく。
都市を去る。
だが、消えるわけではない。
次の線へ戻る。
ノウラン。
オータ。
ボルサ諸島列島。
大きな小規模国家。
小さな中規模国家。
外からはそう呼ばれ始めた、面倒な軍政圏。
ジィッドは、杖を握る手に力を込めた。
「よし。帰るぞ」
ノエルが目を丸くする。
「もうですか」
「式典は終わった。鍵も渡した。カイゼリンも入った。銀月も出る。俺たちが長居すると、絵面が濁る」
ラドが苦笑した。
「絵面まで気にするようになりましたか」
「全星団放送だぞ。嫌でも気にする」
ニナリスが記録する。
「マスター。退場順は予定通りです」
「分かった」
ジィッドは一度だけ振り返った。
王宮前。
カイゼリン。
ミノグシア連合の旗。
白いカーバーゲンが渡した鍵。
左右に割れたカーバーゲンの列。
そして、ベイジを出ていく銀月騎士団。
それは、敗北の映像ではなかった。
勝利の映像でもなかった。
長い戦争の中で、都市を壊さずに次の線を引いた映像だった。
ジィッドは小さく呟いた。
「記録に残るな、これは」
ニナリスが答える。
「はい。全星団放送記録として残ります」
「なら、変な顔してなくてよかった」
「マスターは、かなり疲弊した顔です」
「言うな」
「事実です」
「事実で殴るな」
銀月騎士団の行進が、王都の門へ向かう。
その先にはノウランへの道がある。
オータの工場がある。
ボルサの灯台がある。
ベイジを失っても、線は残る。
そしてその線は、暫定的に、銀月騎士団領と呼ばれることになった。
ジィッドは痛む身体を引きずるようにして歩き出した。
背後で、王宮の鐘が鳴る。
旧王都ベイジは、ミノグシア連合へ返還された。
銀月騎士団は、王都を出た。
だが、戦後はまだ終わらない。
次の書類は、もうノウランの机の上に積まれているはずだった。