ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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外なる観測者

/*/ 神々の世界 時の外縁 星々の観測庭 /*/

 

 

 

 旧王都ベイジの返還式典は、ひとつの光景として、神々の世界にも届いていた。

 

 王宮前大通り。

 

 整列するカーバーゲン。

 

 白装甲の騎体が掲げる、GTMサイズの鍵。

 

 ゆっくりと進むカイゼリン。

 

 左右へ割れる銀月騎士団。

 

 そして、杖を突き、痛みを隠しきれない顔でそれを見届けるジョー・ジィッド・マトリア。

 

 映像は静かだった。

 

 だが、そこに至るまでの因果は、ひどく騒がしい。

 

 黒騎士デコーズ・ワイズメルの敗北。

 

 ベイジ無血開城。

 

 ノウラン=オータ=ボルサ暫定銀月騎士団領。

 

 スバース市外縁でのマキシ暴走。

 

 アララギ・ハイトの戦死。

 

 シュペルターの返還交渉。

 

 A.K.D.の後ろ盾。

 

 そして、ミノグシア連合の面目を保ちながら、ジィッドの線を残すという、妙に整った落とし所。

 

 アマテラスの大神は、静かにその映像を見ていた。

 

 神々の世界においても、彼の姿は揺るがない。

 

 光そのもののようでありながら、どこか人間じみた退屈さと、底知れぬ慈悲と、悪戯好きな残酷さを同時に宿している。

 

 その傍らに、ファーンドームの星王マキシがいた。

 

 彼は、映像の中のカイゼリンを見つめていた。

 

 ベイジへ入っていく、デプレの騎体。

 

 旧王都を受け取る騎士。

 

 かつての戦火を終わらせるための象徴。

 

 マキシは、少しだけ首を傾けた。

 

「当初の予定とは、場面が変わってしまいました」

 

 アマテラスは答えない。

 

 ただ、映像を見ている。

 

 マキシは続けた。

 

「ベイジは、もっと血で汚れるはずだった。

 追い詰められた者が、降伏もできず、王都に立てこもり、人質を取り、難民の命にまで手を出す。

 そういう、救いのない局面へ落ちるはずだった」

 

 星々の観測庭に、風はない。

 

 けれど、光だけが流れている。

 

「しかし、そうはならなかった」

 

 映像の中で、ジィッドがほんの少し頭を下げる。

 

 持っていけ。

 

 壊すなよ。

 

 誰にも届かないその声が、神々の世界には届いていた。

 

 マキシはその口の動きを読んだ。

 

「彼は、手放しました」

 

 アマテラスが、ようやく口を開いた。

 

「手放すために、ずっと掴んでいたのだろう」

 

「面倒な人ですね」

 

「面倒な者ほど、歴史を少しだけ曲げる」

 

 マキシは映像を見つめた。

 

 白いカーバーゲンが鍵を渡す。

 

 カイゼリンがそれを受け取る。

 

 全星団放送の視線が、その瞬間に集まる。

 

 あれは映像だ。

 

 儀式だ。

 

 政治だ。

 

 しかし同時に、歴史の縫い目でもあった。

 

「私たちの知らぬ何者かの介入があったのでしょうか?」

 

 マキシが問う。

 

 アマテラスは、微笑んだ。

 

「知らぬ、か」

 

「はい」

 

「私が知らぬものは、少ない」

 

「では、知っているのですか」

 

「知っているものもある。知らぬふりをしているものもある。知っていても、名を呼べぬものもある」

 

 マキシはアマテラスを見る。

 

「それは、神々ですか」

 

「神々だけなら、まだ扱いやすい」

 

 アマテラスの声は穏やかだった。

 

「神は、神の理で動く。星王は、星王の理で動く。騎士は、騎士の理で死ぬ。ファティマは、マスターのために泣く。人間は、帳簿と下水と孤児院で歴史を曲げる」

 

 マキシは、少しだけ黙った。

 

「帳簿と下水で」

 

「そうだ」

 

 アマテラスは楽しそうに言った。

 

「ジョー・ジィッド・マトリアは、剣でベイジを返したのではない。

 帳簿で返した。

 港湾税で返した。

 孤児院で返した。

 ボルサ便で返した。

 オータ工場で返した。

 そして、カステポーへ逃げたいと叫びながら、逃げなかったことで返した」

 

「それは、介入ではなく、積み重ねでは」

 

「そうとも言う」

 

 マキシは、もう一度映像を見た。

 

 カーバーゲンの列が左右へ分かれる。

 

 銀月騎士団が王都を出ていく。

 

 その映像は、あまりにも整っていた。

 

 血の匂いがしない。

 

 無血開城としては、見事すぎる。

 

 しかし、そこには血があった。

 

 デコーズの血。

 

 ハイトの血。

 

 ジィッドの血。

 

 マキシ自身の暴走で流れた血。

 

 見えないところに積もった血が、あの綺麗な映像を支えている。

 

「でも」

 

 マキシは言った。

 

「スバース市のあれは、予定外でした」

 

 アマテラスの目が、ほんの少しだけ細くなる。

 

「そうだな」

 

「私が、あの場で動いた。

 アララギ・ハイトが、デムザンバラの起動キーを奪った。

 アウクソーが応えた。

 シュペルターが戻った。

 カイエンの四十四分が重なった。

 そして、私は殺しの重さを教えられた」

 

 マキシの声に、わずかな揺れがあった。

 

「それも、予定でしたか」

 

 アマテラスは答えない。

 

 答えないことが、答えのようでもあった。

 

 マキシは続けた。

 

「あの瞬間、誰かがこちらを見ていました」

 

 観測庭の光が、ほんのわずかに揺れた。

 

「戦場ではありません。

 スバース市でもありません。

 神々の庭でもない。

 もっと外側からです」

 

 アマテラスは、静かに笑った。

 

「気づいたか」

 

「はい」

 

「その瞳は、どのように見えた」

 

 マキシは、言葉を探した。

 

 王都の映像が、薄い水面のように揺れる。

 

 その奥に、一瞬だけ、別の視線があった。

 

 ジィッドを見ていた。

 

 ベイジを見ていた。

 

 カイエンを呼び戻した四十四分の意味を見ていた。

 

 デコーズの墓なき墓を見ていた。

 

 ハイトの死を、ただの事故ではなく、線を変える楔として見ていた。

 

 そして、今。

 

 神々の世界にいる自分たちすら、見返していた。

 

「物語を見る瞳です」

 

 マキシは言った。

 

「ですが、ただ見るだけではない。

 少しずつ、問いを置く。

 “こうならないか”と。

 “この人物ならどう動くか”と。

 “この死は避けられるか”と。

 “この都市は燃やさずに返せるか”と」

 

 アマテラスは、静かに聞いている。

 

「その問いに、世界が答えた」

 

 マキシは呟いた。

 

「だから場面が変わった」

 

 アマテラスは、ようやく頷いた。

 

「その瞳はこちらを見ていた」

 

 彼は、映像ではなく、観測庭のさらに外を見た。

 

「我らが星々を見下ろすように、さらに外から我らを見るものがある。

 名を持つかは知らぬ。

 神か、記録者か、語り手か、夢見る者か。

 だが、確かに見ている」

 

 マキシは、ほんの少し不機嫌そうに言った。

 

「それは、私たちより上位なのですか」

 

「上位下位で測るものではない」

 

「では、何です」

 

「面倒な読者だ」

 

 アマテラスが言った。

 

 その言い方が、あまりにも軽かったので、マキシは一瞬黙った。

 

「読者」

 

「そうだ。面倒で、しつこくて、諦めが悪い。

 死んだ者をそのまま死なせず、悪党に生存の余地を与え、下水と孤児院で王都を救い、半殺しの総督に書状を書かせる」

 

「悪質ですね」

 

「優しいとも言う」

 

「どちらですか」

 

「両方だ」

 

 王宮前大通りの映像が、少しずつ遠ざかる。

 

 カイゼリンが王宮へ入る。

 

 銀月騎士団が門を出る。

 

 ジィッドが杖をつきながら去る。

 

 ノウラン=オータ=ボルサ暫定銀月騎士団領。

 

 そんな曖昧で、苦心に満ちた名前の線が、星図の上に残る。

 

 マキシは、その線を見た。

 

「では、これもまた、本来の歴史とは異なる支流なのですね」

 

「支流であり、本流でもある」

 

「ずるい答えです」

 

「神らしいだろう」

 

 アマテラスは笑った。

 

 だが、その笑みはすぐに薄くなる。

 

「ただし、変わった場面には代償がある」

 

「ハイトの死ですか」

 

「それもある」

 

「デコーズの死」

 

「それもある」

 

「ジィッドの傷」

 

「それもある」

 

「では」

 

 アマテラスは、星図の一点を指した。

 

 ノウラン。

 

 オータ。

 

 ボルサ諸島列島。

 

 小さな中規模国家。

 

 大きな小規模国家。

 

 銀月騎士団領という暫定の名で押し留められた、武装した経済圏。

 

「ここだ」

 

 マキシは見つめた。

 

「この線が残ったことが代償ですか」

 

「代償でもあり、火種でもあり、救いでもある」

 

 アマテラスは言った。

 

「ベイジは返った。

 だが、ジィッド・マトリアは残った。

 銀月騎士団も残った。

 黒騎士団残存も、黒豹も、オータ工場も、ボルサ便も残った」

 

「戦争の種ですね」

 

「平和の種でもある」

 

「やはりずるい」

 

「歴史とは、そういうものだ」

 

 映像の中で、ジィッドが最後に振り返る。

 

 王宮を。

 

 鍵を。

 

 カイゼリンを。

 

 去っていくカーバーゲンを。

 

 その顔は疲れていた。

 

 勝者ではない。

 

 敗者でもない。

 

 ただ、残った者の顔だった。

 

 マキシは、その顔を見て、小さく言った。

 

「彼は、神の駒ではありませんね」

 

「駒にしては、文句が多すぎる」

 

「では、何です」

 

「書類を持った災厄避けだな」

 

 マキシは少しだけ笑った。

 

「それは、褒めていますか」

 

「かなり」

 

 アマテラスは、また観測庭の外へ視線を向けた。

 

 そこには何もない。

 

 何もないはずだった。

 

 だが、確かに視線がある。

 

 こちらを見る瞳。

 

 問いを置く瞳。

 

 世界が一度決めたはずの流れに、指先で小さな波紋を作る瞳。

 

 その瞳は、アマテラスを見ていた。

 

 ファーンドームの星王マキシを見ていた。

 

 そして、その向こうで、ベイジを出ていくジィッドの背も見ていた。

 

「当初の予定とは、場面が変わってしまいました」

 

 マキシは、もう一度言った。

 

「ええ」

 

 アマテラスは答えた。

 

「私たちの知らぬ何者かの介入があったのでしょう」

 

 そして、少しだけ楽しそうに付け加えた。

 

「だが、悪くない」

 

 星々の観測庭に、王宮の鐘の余韻が届く。

 

 旧王都ベイジは返還された。

 

 銀月騎士団領は残った。

 

 最弱の騎士は死に、黒騎士は眠り、白銀の騎士は返還の道へ置かれた。

 

 そして、神々ですら知らぬ瞳が、まだこちらを見ていた。

 






完走した感想ですが、アップするのが一番めんどくさかったです。
FSSらしく最後は読者に語り掛ける描写を入れられて満足。

原作で決着がつく前に投稿したかったので勿体ないけど毎日複数回更新したのです。おかげでダブって投稿した事もありました。
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