ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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銀月騎士団、野戦陣地・夜食休憩2

ノウラン市占領後

 

 

 夜食のテーブルは、相変わらず雑だった。

 

 クラッカー。

 硬いパン。

 ピーナッツバター。

 チーズペースト。

 クッキー。

 パウンドケーキ。

 袋入りのチョコレート。

 ポテトチップス。

 

 銀月騎士団の騎士たちと整備班が、野戦陣地の片隅でそれをつまんでいる。

 

 ジィッドはBDUの上着を少し開け、袖をまくっていた。

 泥もついている。

 肘には油染み。

 指先にはまだ、デムザンバラの整備区画の匂いが残っている。

 

 前線の若い騎士団長としては、それで十分だった。

 動ける。汚れてもいい。洗える。ポケットも多い。

 要するに、雑で、実用的で、戦場向きだった。

 

 その横に、ニナリスが立っていた。

 

 今夜の彼女は、デカダン・スタイルだった。

 

 紫紺に近い深い色の細身の上着。

 白い襟元。

 胸元に大きく結ばれた、鮮やかな橙色のリボンタイ。

 袖口には白い手袋が覗き、細い手指の動きだけで、周囲の空気を整えるような静けさがあった。

 

 腰から下は、左右非対称に流れる変形スカート風の構造になっている。

 外側は黒に近い紫で引き締められ、歩くたびに内側の赤紫や橙の布がちらりと覗く。

 正面から見れば端正なジャケットドレス。

 だが、横から見れば布の重なりが複雑に崩れ、後ろへ回れば裾の流れが不規則に揺れる。

 

 上品なのに、ただ上品では終わらない。

 整っているのに、どこか退廃的な華がある。

 白い手袋、濃いタイツ、白と黒の切り替えが印象的な高いヒール。

 そのすべてが、ニナリスの細い身体線を隠すのではなく、むしろ精密に浮かび上がらせていた。

 

 泥と油とレーションの匂いが混じる野戦陣地にあって、その姿だけが異質だった。

 だが、ニナリスが着ると、場違いにはならない。

 

 むしろ周囲の方が、彼女の格に追いつけていないだけだった。

 

 若い騎士の一人が、ピーナッツバターを塗ったクラッカーをかじりながら、ぽつりと言った。

 

「前から思ってたんですけど」

 

「何だ」

 

「ジィッドさんはBDUとかラフなスタイルなのに、ニナリスさんにはちゃんと服を揃えてますよね」

 

 ジィッドはクラッカーを咀嚼しながら、視線だけ向けた。

 

「ちゃんと?」

 

「アシリア・セパレート。プラスチック・スタイル。デカダン・スタイル。しかも予備の服まであるじゃないですか。今はデカダン・スタイルですよね」

 

 場が少しだけ静かになった。

 

 数人がニナリスを見る。

 

 ニナリスは、いつも通り静かに立っている。

 橙のリボンタイが夜間照明を受け、深い紫紺の上着の中で鋭く浮いていた。

 

 ジィッドは当然のように言った。

 

「VVS1だからな。半端なかっこさせられねぇよ」

 

 若い騎士たちが目を瞬かせた。

 

「即答」

 

「迷いなしですね」

 

「いや、当たり前だろ」

 

 ジィッドは眉を寄せた。

 

「クリアランスVVS1だぞ。戦闘Aだぞ。しかもスペック表に出ないGTMスライダーとしての能力まである。俺みたいなのに付き合って、デムザンバラまで滑らせてくれてるんだ。せめて着るものくらい、きちんとしたものを用意する」

 

 整備班長が、チーズペーストをパンに塗りながら言った。

 

「団長、自分の服には無頓着ですよね」

 

「BDUは楽だ。汚れてもいい。洗える。動ける。ポケットも多い」

 

「実用一点張りですね」

 

「前線の騎士団長としては正しいだろ」

 

「では、ニナリスさんの服は?」

 

「敬意だ」

 

 ジィッドは、あっさり言った。

 

 その言葉に、周囲が少しだけ黙った。

 

「アシリア・セパレートは動きやすい。あの軽い外装と白いスカーフは、前線でもまだ取り回しが利く。プラスチック・スタイルは、黒いフードと赤いバイザーで表情が読みにくくなる分、場の圧を作れる。あれは警戒や護衛向きだ」

 

 ジィッドは、改めてニナリスのデカダン・スタイルを見た。

 

「デカダン・スタイルは違う。これは、ニナリスの格を隠さない」

 

 ニナリスは何も言わない。

 

 ジィッドは続けた。

 

「深い紫紺の上着。白い襟。橙のリボンタイ。左右非対称の裾。白い手袋。高いヒール。全部、戦場では過剰だ。けど、ニナリスが着ると過剰じゃなくなる。こいつがVVS1で、超級で、デムザンバラを支えているファティマだって、見れば分かる」

 

「そこまで考えてるんですか」

 

「考えるだろ」

 

 ジィッドはクラッカーにピーナッツバターを塗り直した。

 

「俺は天位もない。血筋もない。剣聖でもない。デムザンバラは褒美で与えられた。そこにニナリスがいる」

 

 彼は、少しだけニナリスを見る。

 

「だったら、俺が卑屈になるより先に、こいつが誰なのかを周りに分からせておいた方がいい」

 

「誰なのか、ですか」

 

「ああ」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「クープ博士の銘入りファティマ。ニナリスだ。VVS1の、超級の、デムザンバラを支えているファティマだ。俺の都合で雑に扱っていい存在じゃない」

 

 若い騎士が、少し照れたように言った。

 

「隊長、そういうところ真面目ですよね」

 

「真面目というか、怖いんだよ」

 

「怖い?」

 

「人間、慣れるからな」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「最初は恐れ多いと思っていても、毎日隣にいると当たり前になる。戦場で忙しくなると、さらに雑になる。命令して、記録させて、調整させて、危ないところを止めさせて、それで当然みたいな顔をするようになる」

 

 ニナリスが静かに言った。

 

「ジィッド様は、現時点ではそこまで雑ではありません」

 

「現時点では、か」

 

「はい」

 

「継続監視か?」

 

「はい」

 

「だろうな」

 

 部下たちが笑った。

 

 ジィッドも笑う。

 

「だから、服だ。目に見えるところで手を抜かない。俺自身に言い聞かせる意味もある」

 

「ニナリスさんに半端な格好をさせたら、自分が雑になるってことですか」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「俺はBDUでいい。俺は泥をかぶる側だ。だが、ニナリスまで俺の雑さに巻き込む必要はない」

 

 ニナリスは、少しだけ首を傾けた。

 

「マスター。私は実用性を損なわない範囲であれば、前線服でも問題ありません」

 

「それは知ってる」

 

「では」

 

「俺が問題なんだよ」

 

 ニナリスが黙る。

 

 ジィッドは、少しだけ肩をすくめた。

 

「俺が、君を雑に扱う口実を作りたくない」

 

 今度は、誰も茶化さなかった。

 

 整備班長だけが、小さく息を吐いた。

 

「なるほど。服装も運用基準ですか」

 

「そういうことにしておいてくれ」

 

「実際、そうですね」

 

 整備班長は端末に何か打とうとして、ジィッドに睨まれた。

 

「記録するなよ」

 

「整備記録にはしません」

 

「隊内記録にもするな」

 

「ニナリスさんがしています」

 

 全員がニナリスを見る。

 

 ニナリスは端末を持っていた。

 

「記録しました」

 

「早い」

 

「士気管理上、有効です」

 

「それ、最近万能すぎないか」

 

「はい」

 

「認めるんだな」

 

 若い騎士が笑いながら言った。

 

「でも隊長、自分の服ももうちょっと気を遣った方がいいんじゃないですか?」

 

「俺はいい」

 

「ニナリスさんの隣に立つんですよ?」

 

 ジィッドの動きが止まった。

 

 部下たちは、しまった、という顔をしながらも、少し楽しそうだった。

 

 今のニナリスはデカダン・スタイルだ。

 紫紺の上着に白い襟、橙のリボンタイ。

 左右非対称に揺れるスカートライン。

 白い手袋。

 高いヒール。

 野戦陣地の灯の中でも、一本だけ別の線で描かれたように整っている。

 

 その横に、泥と油染みのBDUの若い騎士団長。

 

 ジィッド本人も、ようやく絵面を理解した。

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「一理あります」

 

「ニナリス?」

 

「ジィッド様の服装が過度に雑な場合、私の服装との差異が大きくなり、隊長としての外見的統一感を損なう可能性があります」

 

「まさかの服装指導」

 

「必要です」

 

 整備班長が真顔で頷いた。

 

「団長、BDUはいいとして、せめてサイズと状態は整えましょう。肘の油染み、そのままです」

 

「これは整備区画でついた」

 

「落としましょう」

 

「はい」

 

 若い騎士が追撃する。

 

「あと、式典用の上着、ちゃんと仕立てた方がいいですよ。ニナリスさんがデカダン・スタイルで、隊長がヨレてると逆に目立ちます」

 

「お前ら、急に元気になったな」

 

「軍務ですので」

 

「流行らせるな」

 

 ニナリスが端末に入力する。

 

「ジィッド様の服装管理項目を追加します」

 

「待て」

 

「待ちません」

 

「俺はファティマの服の話をしていたはずだ」

 

「相互運用です」

 

「服も運用なのか」

 

「はい」

 

 ジィッドは椅子にもたれた。

 

「デムザンバラだけじゃなく、俺まで調整対象か」

 

「はい」

 

「知ってた」

 

 部下たちが笑った。

 

 野戦陣地の夜に、レーションの甘い匂いと、チーズペーストの濃い匂いが混じる。

 

 その中心で、BDU姿の若い騎士団長は、デカダン・スタイルのファティマの横で、ついに自分の服装まで管理対象にされていた。

 

 だが、嫌ではなかった。

 

 少し恥ずかしい。

 かなり照れくさい。

 そして、少しだけ誇らしい。

 

 ジィッドは、クラッカーをもう一枚取り、チーズペーストを塗った。

 

「分かった。俺の服も少しは考える」

 

「記録しました」

 

「早いって」

 

「士気管理上、有効です」

 

「その言葉、禁止にしようかな」

 

「禁止されても、必要なら使用します」

 

「強いな、VVS1」

 

「服装とは関係ありません」

 

「あるだろ。半端なかっこさせられねぇよ」

 

 ニナリスは少しだけ目を伏せた。

 

 橙のリボンタイが、夜間照明の中で小さく揺れた。

 デカダン・スタイルの深い紫紺が、彼女の白い肌と細い首筋を、冷たく美しく引き立てていた。

 

「では、ジィッド様にも半端な格好をさせないようにします」

 

 ジィッドは一瞬黙った。

 

 それから、小さく笑った。

 

「……お手柔らかに頼む」

 

「検討します」

 

「そこは約束してくれ」

 

「軍務ですので」

 

 今度は、全員が笑った。

 

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