ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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銀月騎士団、野戦陣地・夜食休憩3

ノウラン市占領後

 

 

 夜食で空気は緩んだ。

 

 クラッカーにピーナッツバターを塗り、濃すぎるチーズペーストに顔をしかめ、パウンドケーキを割って分けながら、整備班と若い騎士たちは笑っている。

 

 だが、笑えばそれで済むほど、銀月騎士団の若者たちは枯れていない。

 

 ノウラン市国境ラインで、デムザンバラは七騎を落とした。

 黒騎士隊は本陣を落とした。

 銀月騎士団は国境線を守り、敵の後退を見送った。

 

 それは確かな戦果だった。

 

 だが、若い騎士たちにとっては、同時に焦りでもある。

 

「隊長」

 

「何だ」

 

「次は、もっと前に出たいです」

 

 ジィッドはクラッカーを持った手を止めた。

 

 若い騎士の目は真面目だった。

 

「国境ライン保持が大事なのは分かってます。でも、黒騎士隊が本陣を落として、隊長がデムザンバラで七騎落として、俺たちは牽制と足止めで……」

 

「不満か」

 

「不満というか」

 

 別の騎士が続けた。

 

「銀月騎士団だって、もっと派手に戦えます」

 

「敵の主力にぶつけてもらいたいです」

 

「黒騎士殿に頼めませんか。銀月をもっと派手に使ってくれって」

 

 声は一つではなかった。

 

 若い。

 血気盛ん。

 戦果を見て、戦場の熱に煽られている。

 

 ジィッドは、それを頭ごなしに叱らなかった。

 

 その熱がなければ、騎士団は前に出られない。

 全員が生還率だけを見ていたら、戦線は押せない。

 

 だが、その熱だけで前に出せば、部下は死ぬ。

 

 ジィッドは、チーズペーストの袋を閉じて言った。

 

「分かった」

 

 若い騎士たちが顔を上げる。

 

「デコーズ隊長には頼んでやる。銀月騎士団を、もっと派手に使ってくれってな」

 

 ざわめきが広がった。

 

「本当ですか!」

 

「ああ。ただし」

 

 ジィッドの声が少し低くなる。

 

「派手に使われるということは、派手に死ぬ可能性も増えるということだ」

 

 場が静まった。

 

「俺は、お前たちを飾りにしたくない。だが、燃え上がったところへ雑に突っ込ませる気もない」

 

「でも、俺たちは騎士です」

 

「知ってる」

 

「前に出るためにいるんです」

 

「それも知ってる」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「だから、前に出る準備をする」

 

 彼は整備班長へ視線を向けた。

 

 整備班長は、すでに端末を開いていた。

 

「例の件ですか」

 

「ああ」

 

 ジィッドは若い騎士たちを見渡した。

 

「カーバーゲンを回す」

 

 場の空気が変わった。

 

「カーバーゲンを?」

 

「俺たちにですか?」

 

「全員にじゃない」

 

 ジィッドはすぐに釘を刺した。

 

「予備機を全部ばら撒くわけじゃない。そんなことをすれば、整備も運用も崩れる」

 

 整備班長が頷く。

 

「カーバーゲンは、癖のない良い機体です。扱いやすく、整備性も悪くない。だからこそ、乗り手の未熟さや雑さがそのまま出ます」

 

「そういうことだ」

 

 ジィッドは言った。

 

「それに、GTMは騎士一人で動かすものじゃない。ファティマがいなければ操縦できない。カーバーゲンを回してもらうということは、パートナーであるファティマを娶るということでもある」

 

 若い騎士たちの顔つきが、一気に変わった。

 

 ただの機体配備ではない。

 

 ファティマを娶る。

 

 それは騎士にとって、戦場へ出る資格であり、名誉であり、人生が変わる出来事だった。

 

「ついに俺にもファティマが……」

 

 誰かが、夢を見るように呟いた。

 

 すかさず隣の騎士が肘で小突く。

 

「おいおい、お披露目に出たからって選ばれるとは限らないぜ」

 

「分かってるよ。でも、候補に入るだけでもすげえだろ」

 

「いや、まあ、それはそうだけど」

 

「相手は主を失って戻ってきたブーメランファティマだろ。軽い気持ちで行ったら、見抜かれて終わるぞ」

 

「うっ」

 

 浮つきかけた空気が、そこで少し引き締まった。

 

 ジィッドはその反応を見て、少しだけ頷いた。

 

「分かっているな。今回の相手は、はぐれファティマだけじゃない」

 

 若い騎士たちが黙る。

 

「はぐれファティマは、主を失い、騎士や国家の庇護を失って野良になったファティマだ。戦場で主を失い、そのまま放置され、別の騎士に保護されるまで放浪するような場合だな」

 

 ジィッドは指を一本立てた。

 

「ロストファティマは、主を失ったファティマだ。ただし、仮のマスターや国家、騎士団の庇護下にある。野良ではない」

 

 そして、もう一本。

 

「ブーメランファティマは、主を失って、製造したマイトや調整役のマイスターのところへ戻ったファティマだ。今回、話が来ているのはそっちだ」

 

 場の軽さが、さらに薄れる。

 

「だから、こちらの都合だけで“誰か余っているなら回してください”とは言えない。彼女たちは物資じゃない。マイトやマイスターのもとで再調整を受け、次の主を選ぶ立場だ」

 

 若い騎士の一人が、少し緊張した声で言った。

 

「つまり、正式なお披露目ですか」

 

「平時ならな」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「本来、ファティマのお披露目は大きな式典だ。特に銘入りなら、国家を代表する騎士や外交関係者まで集まる。だが、今は戦時だ。そこまでの場は作れない」

 

「では、どうするんですか」

 

「戦時の略式お披露目にする」

 

 ジィッドは言った。

 

「騎士級の見届け人を三人以上立てる。黒騎士隊と銀月、それからマイト側ないし調整役の了承を得る。記録を残す。ファティマが選び、騎士が受ける。そこを曖昧にしない」

 

 若い騎士たちは息を呑んだ。

 

 お見合い会、という言葉で少し浮ついていたものが、正式な手続きの重さを帯びていく。

 

 それでも、目は輝いていた。

 

 ファティマに選ばれるかもしれない。

 

 それは騎士にとって、何より重い名誉だ。

 

「隊長」

 

「何だ」

 

「その……費用は」

 

 現実的な問いだった。

 

 周囲が一瞬、そちらを見た。

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「そこも当然、問題になる。新規育成の銘入りファティマほどではないとしても、費用は発生する。マイト側への支払い、再調整費、装備、衣装、維持費。個人で払えと言われたら、お前たちの大半は死ぬ」

 

「ですよね……」

 

「だから、銀月騎士団として申請する。俺がデコーズ隊長に話を通す。騎士団として必要な戦力化だ、と」

 

「そこまでしてもらえるんですか」

 

「その価値がある者にだけだ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「つまり、偵察哨戒任務できちんと情報を持ち帰った騎士だ」

 

 若い騎士たちの表情が変わる。

 

「敵を落とした数じゃないんですか」

 

「違う」

 

 ジィッドははっきり言った。

 

「敵を落とした数では選ばない。偵察で見たものを正しく持ち帰れるか。敵を見つけて、突っ込まず、見失わず、味方に必要な形で報告できるか。追いたい場面で追わずに帰れるか。そこを見る」

 

「地味ですね」

 

「派手に戦うための入口は、地味だ」

 

 ジィッドはクラッカーを一枚割った。

 

「情報を持ち帰れない騎士に、GTMは渡さない。勝手に敵を追う騎士にも渡さない。報告をごまかす騎士にも渡さない。戦果を盛る騎士にも渡さない」

 

 整備班長が補足する。

 

「カーバーゲンは良い機体です。良い機体だからこそ、雑な運用で失うわけにはいきません。最初に回せるのは、せいぜい二、三名です」

 

「二、三名……」

 

「まずはな」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「略式お披露目でブーメランファティマに選ばれ、偵察哨戒で情報を持ち帰り、整備班の指示に従える。その二、三名にカーバーゲンを回してやる」

 

 若い騎士たちは息を呑んだ。

 

 機体。

 ファティマ。

 前線。

 

 その三つが、ようやく一つの線になった。

 

「隊長」

 

「何だ」

 

「お披露目では、何を話せばいいんですか」

 

 場の空気が少し緩む。

 

 別の騎士が小声で言う。

 

「いきなり“僕とカーバーゲンに乗ってください”とか言えばいいんですか」

 

「やめろ。絶対にやめろ」

 

 ジィッドは即座に止めた。

 

 整備班長が額に手を当てる。

 

「それは最低です」

 

 ニナリスも静かに言った。

 

「不適切です」

 

「ほら見ろ」

 

 若い騎士が慌てる。

 

「じゃあ何を話せば」

 

「まず、自分がどういう任務をしてきたか。どういう判断をしてきたか。どこで止まれるか。何を怖いと思っているか。そういう話をしろ」

 

「怖いと思っていることも言うんですか」

 

「言え」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「怖くない騎士など信用できない。怖いものを知らない奴は、ファティマも機体も部下も巻き込む」

 

 若い騎士たちは、少しだけ真面目な顔になった。

 

「主を失ったファティマに、格好つけた嘘を言うな。戦果を盛るな。自分を大きく見せるな。相手はたぶん、そういうところを見る」

 

 ニナリスが静かに補足する。

 

「ファティマ側も、騎士の反応、言葉の重さ、判断傾向、自己評価の歪みを見ます」

 

「自己評価の歪みって、隊長じゃないですか」

 

「俺を教材にするな」

 

 ジィッドが睨むと、若い騎士たちは笑った。

 

 だが、笑いながらも緊張していた。

 

「隊長」

 

「何だ」

 

「つまり、派手に戦うには、まず偵察哨戒でちゃんと帰ってきて、ファティマとまともに話して、整備班に怒られず、撤退命令で止まれってことですか」

 

「そうだ」

 

「めちゃくちゃ地味ですね」

 

「派手な戦果は、地味な奴が持っていく」

 

 ジィッドは笑った。

 

「覚えておけ」

 

 その言葉に、若い騎士たちは黙った。

 

 そして、何人かが真剣に頷いた。

 

 ニナリスが端末に入力する。

 

「カーバーゲン配備候補条件。偵察哨戒任務における情報持ち帰り実績。ブーメランファティマとの相性確認。略式お披露目の見届け人三名以上。撤退命令遵守。整備班指示遵守。初期配備数、二から三名」

 

「記録が早い」

 

「必要ですので」

 

 整備班長も端末を操作する。

 

「こちらでも機体状態と配備可能数を確認します。候補者には、まず停止、旋回、報告、帰還の基礎をやらせます」

 

「攻撃訓練は?」

 

 若い騎士が聞く。

 

 ジィッドは笑った。

 

「その後だ」

 

「また停止からですか」

 

「止まれない奴に撃破は任せない」

 

「ですよね……」

 

 少しだけ落胆の声が出る。

 

 だが、それ以上に、目が輝いていた。

 

 道が見えたからだ。

 

 派手に戦いたいという熱を、ジィッドは消さない。

 ただ、線路を敷く。

 

 偵察哨戒。

 報告。

 略式お披露目。

 ファティマとの相性。

 カーバーゲン。

 整備。

 停止。

 そして、ようやく前へ。

 

 それは、デムザンバラのピーク領域と同じだった。

 

 完全に消してはいけない。

 だが、踏ませてはいけない。

 細く残し、逃がし、必要な場所へ導く。

 

 ジィッドは、濃すぎるピーナッツバターをかじった。

 

「よし。夜食が終わったら、偵察哨戒の候補者を出せ。略式お披露目の段取りは、ニナリスと整備班長に詰めてもらう」

 

「お披露目も軍務ですか?」

 

 若い騎士が恐る恐る聞く。

 

 ニナリスが静かに答えた。

 

「軍務です」

 

 整備班長も頷いた。

 

「極めて重要な軍務です」

 

 ジィッドは笑った。

 

「そういうことだ。浮ついた奴から落とすぞ」

 

「了解!」

 

 夜の野戦陣地に、若い騎士たちの声が戻った。

 

 彼らはまだ血気盛んだった。

 派手に戦いたがっていた。

 記事に載りたがっていた。

 敵を落としたがっていた。

 

 それでいい。

 

 若い騎士が枯れていたら、騎士団は前へ出られない。

 

 問題は、その熱をどこへ流すかだ。

 

 ジィッドは、デコーズに頼むつもりでいた。

 銀月騎士団をもっと派手に使ってくれ、と。

 

 だが同時に、偵察哨戒で情報を持ち帰らせ、主を失ってマイトやマイスターのもとへ戻ったブーメランファティマたちとの略式お披露目を整え、選び合えた二、三名にだけカーバーゲンを回す。

 

 派手さと生還率。

 血気と軍務。

 ファティマへの敬意と、GTM運用。

 

 その全部を、どうにか同じ線路に乗せる。

 

 それが、剣聖ではない若い騎士団長の仕事だった。

 

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