ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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星団歴3031年
銀月騎士団、野戦陣地・休憩区画


ノウラン市占領後

 

 

 教育戦闘は成功した。

 

 死者なし。

 カーバーゲン一騎中破。

 ファティマ一名、過負荷。

 停止線違反者一名。

 停止線遵守者二名。

 

 銀月騎士団の若手たちは、敵前で止まることの重さを知った。

 

 少なくとも、そのはずだった。

 

 だが、戦場の教育成果など、メディアには載らない。

 

 ノウラン市での小規模な補給中継線制圧など、記事の片隅だった。

 

 代わりに紙面を埋めるのは、ベラとナカカラのニュースだった。

 

 

 

/*/

 

 

ベラ戦線、枢軸軍圧力強まる

ナカカラ方面、クリスティン・Vの機動戦が戦局を動かす

今期最大のエース、クリスティン・V――若き騎士の時代へ

 

 

/*/

 

 

 

 クリスティン・V。

 

 今期最大のエース。

 戦線を動かす若き騎士。

 ベラとナカカラで戦場の華をさらう存在。

 

 銀月騎士団の若い騎士たちは、それを読んで、また熱を上げた。

 

「ベラなんてヌルい戦線だろ」

 

「俺たちなら一日で落とせる」

 

「ナカカラで少し派手に動いたくらいで今期最大のエースって、メディアは見てるところが浅いんだよ」

 

「ノウランの停止線の方が、よっぽどきつかっただろ」

 

「いや、停止線は地味すぎて記事にならないんだよ」

 

「だから派手に戦わせてくれって話だろ!」

 

 まただ。

 

 ジィッドは少し離れた場所で、その声を聞いていた。

 

 隣にはニナリス。

 手元の端末には、若手騎士たちの発言傾向と任務評価が並んでいる。

 

「熱が戻っています」

 

「見れば分かる」

 

「停止線教育の効果は残っていますが、外部評価への不満で再加熱しています」

 

「メディアは冷却水にはならないな」

 

「はい。むしろ加熱要因です」

 

 ジィッドはため息を吐いた。

 

 教育戦闘で一度は冷えた。

 ラドの失敗を見て、全員が止まる意味を理解した。

 

 だが、人間は忘れる。

 

 特に若い騎士は、すぐに熱を戻す。

 

 敵前停止の重さより、紙面の見出しの方が派手に見える。

 死者なしの成功より、クリスティン・Vの活躍の方が眩しく見える。

 

 それは自然なことだった。

 

 自然だからこそ、危ない。

 

「デコーズ隊長に話を通す」

 

「ベラ戦線ですか」

 

「ああ」

 

「銀月騎士団の同行を要請するのですね」

 

「そうだ」

 

 ニナリスは端末に記録した。

 

「目的は」

 

「ガス抜きと経験値の獲得。ただし、主攻ではなく、制御された前線経験」

 

「適切です」

 

「問題は、デコーズ隊長が嫌がることだな」

 

「同盟軍との関係ですね」

 

「たぶん、そこを突かれる」

 

「はい」

 

 ニナリスは静かに頷いた。

 

「ですが、行くべきです」

 

 ジィッドは少しだけ彼女を見た。

 

「君がそう言うのか」

 

「はい」

 

「理由は」

 

「このままでは、銀月騎士団の若手は“教育された死に役”になります」

 

 手厳しかった。

 

 だが、正しかった。

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「俺より言い方がきついな」

 

「事実です」

 

「そうだな」

 

 ジィッドは端末を閉じた。

 

「行こう」

 

 

 

/*/ 黒騎士隊臨時指揮所 ベラ戦線参加要請 /*/

 

 

 

 デコーズ・ワイズメルは、ジィッドの話を聞き終える前から、面倒くさそうな顔をしていた。

 

 机にはベラ方面の戦況図。

 ナカカラの報告。

 同盟各部隊の配置。

 補給線。

 そして、メディアに流すための戦果整理。

 

 戦争は戦場だけでは進まない。

 

 誰がどこで勝ったことにするか。

 誰に花を持たせるか。

 どの同盟軍に戦功を配るか。

 

 そういう泥臭い調整も、戦争だった。

 

「で?」

 

 デコーズは椅子にだらしなく座ったまま、ジィッドを見る。

 

「銀月をベラに連れていけって?」

 

「はい」

 

「やだね」

 

 即答だった。

 

 ジィッドは予想していたので、表情を変えなかった。

 

「理由を伺っても」

 

「分かってて聞いてるだろ、お前さん」

 

 デコーズは軽く笑った。

 

「ベラで戦いたいと言う同盟軍も多い。あそこは見栄えがいい。戦果が記事になる。旗を立てれば分かりやすい。クリスティン・Vちゃんも持ち上げられてる。そんなところへ、ボクたちが出る」

 

 彼は指で机を叩いた。

 

「どうなる?」

 

「良いところばかり取るな、と突き上げを食らいます」

 

「そういうこと」

 

 デコーズは笑っている。

 

 だが、目は笑っていない。

 

「黒騎士隊と銀月が出れば、戦場は動く。動いたら記事になる。記事になったら、同盟軍の連中は面白くねえ。こんなことで同盟の士気を落とすのはごめんだ」

 

「理解しています」

 

「なら帰れ」

 

「ですが、要請します」

 

 デコーズの目が細くなる。

 

「へえ」

 

 ジィッドは姿勢を正した。

 

「適度に前線に出してガス抜きしつつ、経験を積ませないと、銀月の若手は血気盛んな死に役のままです。成長しません」

 

 その言葉で、指揮所の空気が少し変わった。

 

 傍らにいたバギィ・ブーフ少将が、報告書から顔を上げる。

 

「死に役、か」

 

「はい」

 

 ジィッドは逃げなかった。

 

「停止線教育は効きました。ラドの件も、全員見ています。ですが、メディアはベラとナカカラばかりです。クリスティン・Vが今期最大のエースとして持ち上げられている。若手はまた熱を上げています」

 

「ベラなんてヌルい、自分たちなら一日で落とす、か」

 

 バギィが言う。

 

「はい」

 

「若いな」

 

「若いです」

 

「馬鹿だな」

 

「馬鹿です」

 

「だが、騎士はそういうところがないと前に出ない」

 

「はい」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「だから、消すつもりはありません。ですが、このまま放置すると、次の偵察哨戒か小競り合いで余計なことをします。止まれた者まで、メディアの熱でまた踏み込みます」

 

 デコーズは、くつりと笑った。

 

「お前さん、部下のことをずいぶん信用してねえな」

 

「信用したいから、前線に出します」

 

「言うようになったじゃねえか」

 

「デコーズ隊長の下にいますので」

 

「ボクちゃんのせいにするな」

 

 バギィが低く言った。

 

「ジィッド。ベラに出して、どうするつもりだ」

 

「主攻は取りません」

 

 即答だった。

 

「同盟軍の戦功を奪わない。メディアに映る場所も取らない。銀月に欲しいのは、ベラの良いところではありません」

 

「では何だ」

 

「悪いところです」

 

 デコーズの笑みが少し深くなった。

 

「悪いところ?」

 

「はい」

 

 ジィッドは戦況図へ指を伸ばした。

 

「ベラ正面ではなく、側面の湿地帯。補給路の細い場所。撤退線の管理。敵の予備戦力が出入りする谷筋。見栄えは悪いが、崩れると戦線全体が乱れる場所です」

 

 バギィが図面を覗き込む。

 

「こっちか」

 

「はい」

 

「きっついぜ。足場が悪い。見通しも悪い。敵を落としても記事にならん」

 

「だから良いのです」

 

 ジィッドは言った。

 

「若手には、ベラはヌルいと言わせておきます。実際に連れていくのは、ベラのヌルくない場所です。派手な旗取りではなく、泥と撤退線と補給路の戦場を見せます」

 

 デコーズは喉の奥で笑った。

 

「性格悪いねえ」

 

「必要です」

 

「ニナリスみたいな逃げ方しやがる」

 

「便利なので」

 

「開き直ったな」

 

 バギィは腕を組み、少し考え込んだ。

 

「同盟軍への説明はどうする」

 

「銀月は主攻ではなく、後方安全化および側面警戒。表向きは同盟軍主攻の支援です」

 

「戦果を持っていかない?」

 

「はい。敵主力撃破や拠点制圧は同盟軍の手柄にします。銀月は撤退路確保、敵予備戦力の捕捉、補給線保護、負傷機の回収。記事にならない仕事を引き受けます」

 

「若手は文句を言うぞ」

 

「言わせます」

 

 ジィッドは答えた。

 

「そのうえで、現場に出します。文句を言いながらでも、足場の悪い場所で止まれるか。撤退中の味方を見捨てずに線を保てるか。敵を落とすより、味方を帰すことを優先できるか。そこを見ます」

 

 デコーズが指先で机を叩いた。

 

「お前さん、本当に銀月を華々しく使う気はないんだな」

 

「あります」

 

「ほう」

 

「ただし、華々しく死なせる気はありません」

 

 短い沈黙。

 

 バギィが小さく息を吐いた。

 

「……いい答えだ」

 

「評価と受け取ります」

 

「褒めてはいない」

 

「はい」

 

 デコーズは笑った。

 

「で、ジィッド君。若造どもに何て言う?」

 

「ベラに行くと言います」

 

「喜ぶだろうな」

 

「はい」

 

「そのあと?」

 

「ベラの側面、湿地帯、撤退路、補給線を担当すると言います」

 

「荒れるな」

 

「荒れます」

 

「その荒れた熱はどうする」

 

「現場で冷やします」

 

 ジィッドの声は静かだった。

 

「敵前停止線の次は、味方撤退線です。前に出るためではなく、味方が下がるために止まる。自分が戦果を取るためではなく、他部隊の戦功を成立させるために泥を被る」

 

 バギィが目を細めた。

 

「若手にはきついな」

 

「はい」

 

「だが、そこを通らないと死に役のままだ」

 

「はい」

 

 デコーズは戦況図を見たまま、しばらく黙っていた。

 

 それから、ゆっくり言った。

 

「ボクたちがベラの良いところを取るのはまずい」

 

「はい」

 

「同盟軍の士気を落とすのはごめんだ」

 

「はい」

 

「だが、ベラの悪いところなら、誰も欲しがらねえ」

 

「はい」

 

 デコーズは顔を上げた。

 

「銀月にくれてやる」

 

 ジィッドは敬礼した。

 

「ありがとうございます」

 

「礼はいい。文句を言う若造どもを黙らせろ」

 

「黙らせるのではなく、納得させます」

 

「面倒くせえな」

 

「納得していない騎士は、戦場で勝手に踏み込みます」

 

「それもそうだ」

 

 デコーズは、嫌そうに笑った。

 

「バギィ」

 

「何だ」

 

「お前も行け」

 

「だと思ったぜ」

 

 バギィはため息を吐いた。

 

「俺はまた後詰めか」

 

「そうだ。銀月の若造どもが泥で転んだら拾え」

 

「きっついぜ、本当に」

 

「いいじゃねえか。お前さん、そういう地味で嫌な仕事が似合う」

 

「褒めてねえだろ」

 

「評価だよ」

 

「気持ち悪い」

 

 ジィッドは、そのやり取りを黙って聞いていた。

 

 バギィが同行するなら、銀月の生存率は上がる。

 同時に、若手たちは見られる。

 

 止まれるか。

 戻れるか。

 ファティマを守れるか。

 カーバーゲンを雑に扱わないか。

 味方の撤退線で、自分の戦果欲求を殺せるか。

 

 ベラで、それを学ばせる。

 

「ジィッド」

 

 デコーズが呼んだ。

 

「はい」

 

「お前さんも出るのか」

 

「中央予備です」

 

「またか」

 

「俺とデムザンバラが前に出ると、若手が熱を上げます」

 

「白い餌みたいなもんだな」

 

「否定しません」

 

「じゃあ、いつ出る」

 

「撤退線が切れた時。味方が孤立した時。あるいは、若手が止まれずに死にそうになった時です」

 

 デコーズは笑った。

 

「つまり、最悪の時だ」

 

「はい」

 

「いいねえ。剣聖騎の成れの果てが、撤退線の穴埋めか」

 

「デムザンバラです」

 

 ジィッドは静かに訂正した。

 

「シュペルターではありません」

 

「分かってるよ」

 

 デコーズは満足げに目を細めた。

 

「その鈍い刃で、銀月の若造どもを帰してこい」

 

「承知しました」

 

 バギィが言った。

 

「ジィッド」

 

「はい」

 

「ベラをヌルいと言った奴らに、最初に泥を踏ませろ」

 

「はい」

 

「泥で滑ってからが本番だ。そこで怒鳴るのは俺がやる」

 

「お願いします」

 

「礼はいらん。仕事だ」

 

 ジィッドは深く頷いた。

 

 

 

/*/ 銀月騎士団陣地 ベラ行きの通達 /*/

 

 

 

 ジィッドが戻ると、若手たちはすぐに集まった。

 

 彼らはもう、半分分かっていた。

 

 隊長がデコーズのところへ行った。

 ベラ戦線の話が出ている。

 メディアはクリスティン・Vを持ち上げている。

 銀月も、ついに大きな戦場へ出るのではないか。

 

 期待で、目が熱い。

 

 ジィッドは、その熱を見て言った。

 

「ベラへ行く」

 

 歓声が上がった。

 

「よし!」

 

「ついに!」

 

「ベラ戦線!」

 

「見てろよ、メディア!」

 

「一日で――」

 

「ただし」

 

 ジィッドの一言で、歓声が止まった。

 

「銀月が受け持つのは、正面ではない」

 

 若手たちの顔に、疑問が浮かぶ。

 

「ベラ正面の主攻は同盟軍に任せる。戦功も、見出しも、旗も、そこが取る」

 

「え」

 

「じゃあ、俺たちは」

 

「側面の湿地帯。補給線。撤退路。敵予備戦力の出入り口。そこを押さえる」

 

 沈黙。

 

 そして、不満が噴き出した。

 

「それ、地味じゃないですか!」

 

「ベラに行くのに撤退路ですか!」

 

「正面に出してもらえないんですか!」

 

「俺たち、また裏方ですか!」

 

 ジィッドは聞いていた。

 

 叱らない。

 

 言わせる。

 

 全部、出させる。

 

 そして、言った。

 

「そうだ。裏方だ」

 

 若手たちが黙る。

 

「だが、裏方が崩れたら、正面で勝った味方が帰れない。補給線が切れれば、華々しい戦功も続かない。撤退路が潰れれば、勝ち戦が死体の山になる」

 

 彼は、彼らを見渡した。

 

「ベラがヌルいと言ったな」

 

 何人かが顔を強張らせる。

 

「なら、ベラのヌルくないところを見せてやる」

 

 声が低くなる。

 

「泥だ。補給だ。撤退だ。味方の壊れた機体を引きずって帰る道だ。敵を落としても記事にならない場所だ。そこで止まれ。そこで帰せ。そこで、他部隊の勝ちを成立させろ」

 

 若手たちは、少しずつ表情を変えた。

 

 不満はまだある。

 

 だが、話の意味は分かり始めている。

 

「カーバーゲン貸与者は、正面突破ではなく側面哨戒。ファティマとの連携を崩すな。停止線、撤退線、補給線の三つを覚えろ」

 

 ニナリスが端末を開く。

 

「各騎、任務区分を配布します」

 

 整備班長が続ける。

 

「湿地帯です。足回りの点検を増やします。泥を舐めてる奴は機体を痛めます。痛めたら私が怒ります」

 

 若手の一人が、悔しそうに言った。

 

「でも、隊長。俺たちは戦果を――」

 

「戦果は取れる」

 

 ジィッドは遮った。

 

「ただし、敵を落とすだけが戦果ではない。味方を帰す。補給を通す。敵の予備を縛る。撤退線を守る。それも戦果だ」

 

「記事にはなりません」

 

「そうだな」

 

「悔しくないんですか」

 

「悔しい」

 

 ジィッドは即答した。

 

「だが、記事に載るために死なせるよりはいい」

 

 若手は黙った。

 

 ジィッドは少しだけ声を緩める。

 

「お前たちが前に出たいのは知っている。だからベラへ連れていく。だが、正面の花道ではない。泥の側面だ」

 

 彼は言った。

 

「そこで働けた者だけが、次に正面を語れ」

 

 沈黙。

 

 やがて、一人が小さく言った。

 

「……やります」

 

 別の一人が続く。

 

「ベラの泥、踏んでやります」

 

「撤退路、守ります」

 

「補給線、通します」

 

 熱が変わった。

 

 突撃の熱から、まだ不器用だが任務の熱へ。

 

 ジィッドは頷いた。

 

「よし」

 

 ニナリスが静かに記録する。

 

「銀月騎士団、ベラ側面任務受領。若手騎士の熱量、再方向付け成功」

 

「成功かどうかはまだ分からない」

 

「はい。継続評価が必要です」

 

「だろうな」

 

 ジィッドは、遠くのデムザンバラを見た。

 

 白い騎体は静かに立っている。

 

 ベラの正面ではない。

 

 泥の側面。

 撤退線。

 補給線。

 敵の予備。

 見出しにならない戦場。

 

 そこへ、銀月を連れていく。

 

 若い騎士たちを冷やし、鍛え、死に役ではなく部隊にするために。

 

「出発準備」

 

 ジィッドが言った。

 

「ベラへ行くぞ」

 

 今度の返事は、少し低かった。

 

 少し重かった。

 

 それでいい。

 

「了解!」

 

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