ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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野戦陣地・銀月騎士団執務テント

ノウラン市占領地

 

 

 

 戦場の後始末は、泥より重い。

 

 ジィッドは、そう思いながら机に向かっていた。

 

 ノウラン市占領地の外縁。

 銀月騎士団の野戦陣地に置かれた執務テント。

 

 外では、カーバーゲンの足回りを整備班が洗っている。

 泥が落ちるたびに、整備班長の小言が飛んでいる。

 

 中では、ジィッドが書類の山に埋もれていた。

 

 礼状。

 協力感謝状。

 負傷者引き渡し記録。

 ファティマ保護確認書。

 擱座騎回収確認。

 戦時協定遵守報告。

 

 宛先は一つではない。

 

 ツラック隊。

 AP騎士団。

 ウモス軍。

 ロッゾ帝国軍。

 ガマッシャーン軍レイスル騎士団。

 ハプハミトン。

 ドレンノ連邦。

 

 そして、それぞれに文面が違う。

 

 敵には敵への礼がある。

 味方には味方への礼がある。

 負傷者を返してくれた相手には、その事実を記録に残す必要がある。

 撤退線を守った部隊には、こちらから正式に感謝を出す必要がある。

 

 面倒だった。

 

 ひどく面倒だった。

 

 ジィッドはペンを置き、冷めた珈琲を飲んだ。

 

「……苦い」

 

 すると、テントの入口が開いた。

 

 若い騎士が顔を出す。

 カーバーゲンを貸与されたばかりの一人で、ベラで南翼のHL1を追いかけたくなったが、どうにか止まった男だった。

 

「ジィッドさん、何してるんすか」

 

「書類」

 

「それは見れば分かります」

 

「なら聞くな」

 

「いや、何の書類かって意味です」

 

 ジィッドは軽く肩を回した。

 

「ベラでの会戦で、戦時協定を守って負傷者交換したことへの礼状と協力感謝状だ」

 

「礼状?」

 

「ツラック隊やらAP騎士団やら、ウモスやロッゾ、ガマッシャーン軍レイスル騎士団、ハプハミトンとドレンノ連邦に出す」

 

 若い騎士は、顔をしかめた。

 

「うわ、多い」

 

「多いぞ」

 

「なんでそんな面倒なことを」

 

 ジィッドはペンを取り直した。

 

「お前らが戦場で擱座した時に、無体な扱いを受けないようにだよ」

 

 若い騎士は、少し黙った。

 

 ジィッドは文面を確認しながら続ける。

 

「若くて勢いがあるだけじゃない。礼には礼で返せる相手だと分かれば、向こうも無礼な扱いはしてこない」

 

「そういうものですか」

 

「そういうものだ」

 

 ジィッドは、ツラック隊宛の文面に目を落とした。

 

「戦場でこちらの負傷者を返してくれた。ファティマも乱暴に扱わなかった。なら、こちらも記録に残して礼を返す。次に似た場面があった時、白旗が通りやすくなる」

 

「敵ですよね」

 

「敵だ」

 

「敵にも礼状を出すんですか」

 

「敵だからこそだ」

 

 ジィッドは言った。

 

「味方なら、多少雑でも後で言い訳できる。敵にはそれができない。だから、最初から筋を通す」

 

 若い騎士は、机の上の書類を覗いた。

 

「これ、全部文面違うんですか」

 

「違う」

 

「使い回しじゃダメなんですか」

 

「ダメだ」

 

「何でですか」

 

「相手がやったことが違うからだ」

 

 ジィッドは一枚ずつ指で叩く。

 

「ツラック隊には、負傷者交換と戦時協定遵守への礼。AP騎士団には、ベラ側全体としての救護線維持への確認。ウモスには、南翼での情報共有と後退線の調整。ロッゾには、中央第一軍の後退時に銀月の識別灯を通してくれた礼。ガマッシャーン軍レイスル騎士団には、ナオ団長の撤退支援への感謝。ハプハミトンとドレンノ連邦には、こちらの帰還線に従ってくれたことと、損傷騎回収の連携への礼」

 

「うへぇ」

 

 若い騎士は、心底嫌そうな声を出した。

 

「俺は騎士団長まで出世しなくて良いや」

 

「まったくだ」

 

 ジィッドは真顔で頷いた。

 

「こんな面倒だと分かってたら、ラーンを落とす時にデコーズ隊長に次ぐ撃墜数なんか稼がなかったのにな」

 

「いや、それはそれで凄い話なんですけど」

 

「凄くない。面倒が増えた」

 

「隊長、出世ってそういうものなんですね」

 

「知らなかった。知りたくもなかった」

 

 そこへ、ニナリスが静かに入ってきた。

 

 今は前線向けに動きやすいデカダン・スタイル。

 それでも、野戦テントの粗い光の中で、線の整い方だけが異様に美しい。

 

「マスター」

 

「何だ」

 

「ツラック隊宛て文書、三行目の表現がやや軽いです」

 

「どこだ」

 

 ニナリスは端末を差し出した。

 

「『迅速な負傷者交換に感謝する』ではなく、『貴隊の戦時協定遵守と負傷騎士・ファティマへの適切な処置に、銀月騎士団として謝意を表する』が適切です」

 

「硬い」

 

「必要です」

 

「硬すぎないか」

 

「敵対中の騎士団に出す文書です。軽くすると、相手の行為を軽く扱ったことになります」

 

 ジィッドはしばらく黙り、結局うなずいた。

 

「……直す」

 

「はい」

 

 若い騎士が横からぼそっと言った。

 

「ニナリスさん、書類でも容赦ないっすね」

 

「軍務ですので」

 

「出た」

 

 ジィッドはペンを走らせた。

 

「覚えておけ。戦場で止まるのも軍務。白旗を守るのも軍務。礼状を書くのも軍務だ」

 

「礼状まで軍務なんですか」

 

「そうだ」

 

「戦うより地味ですね」

 

「戦うより面倒だ」

 

 ジィッドは次の書類を引き寄せた。

 

「だが、こういう面倒を積むしかない」

 

「積む?」

 

「ああ」

 

 ジィッドは、若い騎士を見上げた。

 

「俺たちは血筋も伝統も薄い。銀月騎士団はまだ若い。お前たちも若い。カーバーゲンを貸与されて、ファティマを娶って、戦場に出られるようになったばかりだ」

 

 若い騎士の表情が、少し真面目になる。

 

「積み重ねがないから、舐められないように、コツコツ面倒なことをやる必要があるんだよ」

 

 ジィッドはペン先を紙に置いた。

 

「礼を返す。記録を残す。約束を守る。敵のファティマを雑に扱わない。擱座した敵機に手を出さない。白旗を汚さない。そういう面倒を積んで、ようやく次の戦場で信用される」

 

「信用、ですか」

 

「そうだ」

 

「強さじゃなくて?」

 

「強さだけで信用されるなら、戦場はもっと楽だ」

 

 ジィッドは苦笑した。

 

「強い奴は警戒される。派手な奴は妬まれる。若い奴は舐められる。なら、礼と記録と手順で、こちらがどういう騎士団かを示すしかない」

 

 若い騎士は、しばらく黙っていた。

 

「……隊長」

 

「何だ」

 

「ベラで俺たちが敵を追わなかったことも、こういう書類に残るんですか」

 

「残す」

 

「敵を落としてないのに」

 

「落としてないから残す」

 

 ジィッドは言った。

 

「南翼のHL1を追わなかった。所属不明八騎に飛びつかなかった。撤退線を守った。ハプハミトンとドレンノの損傷騎を帰した。レイスルの線を邪魔しなかった。青銅騎士団に映像を流し続けた」

 

 彼は書類の端を叩いた。

 

「これが銀月の戦果だ」

 

 若い騎士は、少しだけ目を伏せた。

 

「記事にはならないっすね」

 

「ならないな」

 

「悔しいですね」

 

「悔しいな」

 

「でも、こういう礼状には残る」

 

「残す」

 

 ジィッドは言った。

 

「少なくとも、受け取った相手は知る。銀月騎士団は、突撃しか知らない若造の集まりではない。撤退線を守れる。負傷者を返す。礼状も出す。そういう相手だと」

 

 若い騎士は、頭を掻いた。

 

「……うへぇ。やっぱり騎士団長にはなりたくないっす」

 

「正しい判断だ」

 

「でも、少し分かりました」

 

「何が」

 

「敵を落とすだけじゃ、騎士団にはならないんすね」

 

 ジィッドは少しだけ笑った。

 

「そうだな」

 

 ニナリスが端末に入力する。

 

「若手騎士、戦後処理の意義を一部理解」

 

「記録するんですか、それ」

 

「します」

 

「俺、何か評価されてます?」

 

「現時点では保留です」

 

「厳しい!」

 

 ジィッドは少しだけ声を出して笑った。

 

 執務テントの外では、整備班長が誰かを怒鳴っている。

 

「だから泥を落としてから足回り開けと言ったでしょう! カーバーゲンを沼から拾ってきた木箱みたいに扱うな!」

 

 若い騎士が、びくっとする。

 

「俺、そろそろ戻ります。整備班長に怒られる前に」

 

「行け。あと、ポテトチップスを整備端末の近くで食うな」

 

「まだ言います?」

 

「礼状にも書くぞ」

 

「それはやめてください!」

 

 若い騎士は慌てて出ていった。

 

 テントの中に、ジィッドとニナリスが残る。

 

 紙の山は減っていない。

 

 むしろ、文面を直した分だけ増えた気がする。

 

「ニナリス」

 

「はい」

 

「騎士団長って、面倒だな」

 

「はい」

 

「否定してくれないのか」

 

「事実ですので」

 

「軍務か」

 

「軍務です」

 

 ジィッドはため息を吐き、またペンを取った。

 

 次はレイスル騎士団宛てだった。

 

 ナオ団長の撤退判断と友軍保護に対する感謝。

 ドレンノとハプハミトンの損傷騎を守りながら下がったこと。

 銀月が退路を広げた際、混乱なく線を通してくれたこと。

 

 文面は硬く、面倒で、時間がかかる。

 

 だが、必要だった。

 

 派手な戦果ではない。

 メディアには載らない。

 若い騎士たちが誇るには地味すぎる。

 

 それでも、こういう紙が次の戦場で白旗を通す。

 

 ジィッドは、ペン先を紙に置いた。

 

「……礼には礼で返す、か」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「良い方針です」

 

「記録するなよ」

 

「記録します」

 

「だろうな」

 

 ジィッドは苦笑しながら、礼状を書き始めた。

 

 戦場は終わった。

 

 だが、騎士団長の戦いは、まだ終わっていなかった。

 

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