ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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野戦陣地・銀月騎士団執務テント

ノウラン市占領地

 

 

 返礼は、ひどく短かった。

 

 封は簡素。

 飾りもない。

 紙質も上等ではない。

 

 だが、ツラック隊の正式な印があった。

 

 ジィッドはそれを受け取った時、まずニナリスに確認させた。

 

「偽造では」

 

「ありません。封印、署名、通信経路、すべて一致します」

 

「そうか」

 

 ジィッドは短く答え、封を切った。

 

 中身は、一枚。

 

 文面は、驚くほど事務的だった。

 

 

 

/*/

 

 

 貴隊がベラ方面会戦後、戦時協定を遵守し、負傷騎士およびファティマの身柄を適切に返還したことを確認した。

 また、白旗掲揚下における救護班の行動に、戦闘行為および鹵獲行為が伴わなかったことを記録する。

 

 

/*/

 

 

 

 そこまでは、確認文だった。

 

 礼ではない。

 感謝でもない。

 敵対中の騎士団同士が、互いの行為を事実として記録するだけの文。

 

 だが、最後に一文だけあった。

 

 

 

/*/

 

 

 次に白旗を掲げる時、銀月騎士団の名は考慮する。

 

 

/*/

 

 

 

 ジィッドは、その一文を見て、しばらく黙った。

 

 短い。

 

 冷たい。

 

 だが、重い。

 

 それは「助ける」とは書いていない。

 「安全を保証する」とも書いていない。

 

 ただ、考慮する。

 

 それだけ。

 

 けれど戦場では、その「考慮する」が命を分けることがある。

 

 ジィッドは、ゆっくり息を吐いた。

 

「……通ったか」

 

 ニナリスが静かに言う。

 

「はい。少なくとも、ツラック隊の記録上、銀月騎士団は白旗を汚さなかった部隊として扱われます」

 

「十分だ」

 

「はい」

 

 その時、テントの外から若い騎士たちの声がした。

 

「隊長、ツラック隊から返事が来たって本当ですか」

 

「見せてくださいよ」

 

「敵から返礼って、どういう感じなんすか」

 

「入れ」

 

 ジィッドが言うと、若い騎士たちが何人か入ってきた。

 

 ラドもいた。

 カーバーゲンを回収され、いまは随伴観測と救護補助に回されている。

 顔つきは以前より少し硬い。

 

 ジィッドは返礼文を机の上に置いた。

 

「声に出して読むな。見るだけだ」

 

「了解です」

 

 若い騎士たちは、肩を寄せ合うようにして文面を覗き込んだ。

 

 最初は拍子抜けした顔をする。

 

「……短いっすね」

 

「感謝状って感じじゃないな」

 

「敵ですからね」

 

「でも、ここ」

 

 一人が最後の一文を指した。

 

 

 

/*/

 

 

 次に白旗を掲げる時、銀月騎士団の名は考慮する。

 

 

/*/

 

 

 

 その瞬間、テントの中の空気が少し変わった。

 

「え、これってつまり」

 

 若い騎士が、少し声を潜めた。

 

「俺たちが擱座しても、ワンチャン返してもらえるってことっすか」

 

 すぐに、ジィッドが睨んだ。

 

「ワンチャンとか言うな。命の橋だ」

 

「す、すみません」

 

 だが、別の騎士も目を離せない。

 

「でも、隊長の礼状、効いてるじゃないですか」

 

「効くように書いたんだよ」

 

 ジィッドは軽く言った。

 

 軽く言ったつもりだった。

 

 だが、ニナリスは見ていた。

 

 ジィッドの指先が、わずかに緩んだことを。

 

 安堵していた。

 

 深く。

 

 ベラで死者なしだった。

 白旗は通った。

 敵味方の負傷者は交換できた。

 ファティマを返せた。

 敵機に手を付けなかった。

 

 そのすべてが、紙一枚の最後の一文になって返ってきた。

 

 次に白旗を掲げる時、銀月騎士団の名は考慮する。

 

 それは、銀月の若い騎士たちが次の戦場で泥に倒れた時、敵側の救護線が一瞬だけ止まらずに済むかもしれない、という意味だった。

 

 ラドが、ぽつりと言った。

 

「隊長」

 

「何だ」

 

「これ……俺があっち側に倒れても、ティリカを乱暴に扱われない可能性が少し上がった、ってことですか」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「確約ではない。戦場で何が起きるかは分からない。だが、上がった」

 

 ラドは黙った。

 

 それは、戦果よりも重い実感だった。

 

 敵を一騎落とすよりも、自分が倒れた時にファティマがどう扱われるか。

 その想像は、若い騎士たちを一瞬で黙らせた。

 

 ジィッドは言った。

 

「覚えておけ。礼状は飾りじゃない。戦場で生き残る装備の一つだ」

 

 若い騎士たちが顔を上げる。

 

「装備、ですか」

 

「そうだ」

 

 ジィッドは返礼文を指で叩いた。

 

「剣。装甲。GTM。ファティマ。整備。撤退線。白旗。礼状。全部、生きて帰るための装備だ」

 

「礼状まで」

 

「礼状までだ」

 

 ジィッドは静かに続けた。

 

「お前たちは、カーバーゲンの装甲厚や反応速度なら気にする。ファティマの制御負荷も気にする。だが、戦場で擱座した時、最後に効くのは装甲じゃないことがある」

 

 彼は最後の一文を見る。

 

「相手が白旗を撃たないか。負傷した騎士を捕虜として晒さないか。ファティマを戦利品扱いしないか。擱座機を漁らないか。そういうところで、以前の積み重ねが効く」

 

 若い騎士の一人が、苦い顔をした。

 

「でも、敵ですよね」

 

「敵だ」

 

「敵に、そういう信用を積むんですか」

 

「敵だから積む」

 

 ジィッドは言った。

 

「味方なら、後で頭を下げられる。敵にはそれができない。だから、戦場で守ったことを紙で残す。礼で返す。記録にする」

 

 ニナリスが静かに補足する。

 

「今回の返礼により、銀月騎士団はツラック隊側の記録において、戦時協定遵守部隊として扱われます」

 

「それ、すごいんですか」

 

「即効性のある戦果ではありません」

 

「じゃあ」

 

「ですが、将来的な救護交渉、負傷者交換、白旗通行、ファティマ返還において有利に働く可能性があります」

 

 若い騎士は、少し考え込んだ。

 

「……つまり、地味だけど命に関わる」

 

「はい」

 

 ジィッドは椅子に座り直した。

 

「派手な戦果は記事になる。こういう文書は記事にならない」

 

「また記事にならないんすね」

 

「ならない」

 

「悔しくないんですか」

 

「悔しい」

 

 ジィッドは即答した。

 

「だが、お前らが泥の上で倒れた時、新聞の見出しは担架を持ってこない。こういう一文の方が、まだ役に立つ」

 

 誰も言い返さなかった。

 

 ラドが、返礼文を見つめたまま言う。

 

「隊長。俺、前に敵前停止を破った時、ティリカに後始末させました」

 

「ああ」

 

「白旗の意味も、礼状の意味も、あの時の俺には分かってなかったと思います」

 

「今は?」

 

 ラドは少しだけ歯を食いしばった。

 

「少し、分かります。止まるのも、返すのも、書くのも、全部……次に帰るためなんですね」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「そうだ」

 

 ニナリスが端末に入力する。

 

「ラド・ベイカー様、戦時協定および礼状の軍事的意義を一部理解」

 

「ニナリスさん、それ記録するんですか」

 

「します」

 

「一部、って厳しくないですか」

 

「完全理解には継続観察が必要です」

 

「うへぇ」

 

 少しだけ笑いが戻った。

 

 だが、その笑いは軽くなかった。

 

 若い騎士の一人が、もう一度返礼文を見る。

 

「次に白旗を掲げる時、銀月騎士団の名は考慮する……」

 

 彼は、ゆっくり呟いた。

 

「これ、何か、怖いっすね」

 

「怖くていい」

 

 ジィッドは言った。

 

「怖くない奴は、白旗を軽く見る」

 

 そこで、テントの入口から整備班長が顔を出した。

 

「団長。カーバーゲン十九騎の戦後点検、一次報告です」

 

「入れ」

 

 整備班長は端末を持って入ってきたが、机の上の返礼文に気づいて足を止めた。

 

「ツラック隊からですか」

 

「ああ」

 

「何と」

 

 ジィッドは最後の一文だけを読ませた。

 

 整備班長は少し黙った後、深く頷いた。

 

「良い返事です」

 

「良いのか、これ」

 

「とても」

 

 若い騎士が驚いた顔をする。

 

「短いのに?」

 

「短いからです」

 

 整備班長は言った。

 

「余計な美辞麗句がない。確認した、記録した、次は考慮する。戦場では、それで十分です」

 

「整備班長までそう言うんすね」

 

「我々も、擱座機から騎士やファティマを引き出す側です。白旗が通るかどうかは、整備兵にも関わります」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「だから、お前たちも覚えておけ」

 

 若い騎士たちを見る。

 

「敵機に手を出すなと言われたら、手を出すな。白旗の線を塞ぐなと言われたら、塞ぐな。救護班の横で武器を構えるなと言われたら、構えるな。礼状を書くと言われたら、笑うな」

 

「最後、俺らですか」

 

「お前らだ」

 

 若い騎士たちは、気まずそうに目を逸らした。

 

「すみません」

 

「分かればいい」

 

 ジィッドは返礼文を丁寧に折り、記録用の封筒に戻した。

 

「ニナリス。写しを作れ。銀月の教育資料にも入れる」

 

「題名は」

 

「礼状は装備」

 

「承知しました」

 

 若い騎士たちが顔を見合わせる。

 

「……教材になるんすか」

 

「なる」

 

「俺たち、礼状の授業も受けるんすか」

 

「受ける」

 

「GTM訓練より眠そう」

 

「寝た奴は救護班で白旗担がせる」

 

「起きます」

 

 今度は、テントの中に少しだけ明るい笑いが戻った。

 

 ジィッドもわずかに笑った。

 

 だが、返礼文を持つ手は、丁寧だった。

 

 短い紙だ。

 

 だが、これは命の橋だった。

 

 銀月騎士団はまだ若い。

 血筋も積み重ねも薄い。

 派手な戦果も少ない。

 新聞にも大きく載らない。

 

 それでも、こうして一つずつ積んでいく。

 

 白旗を守る。

 負傷者を返す。

 ファティマを保護する。

 敵機を漁らない。

 礼状を出す。

 返礼を受ける。

 

 その積み重ねが、いつか戦場で誰かを帰す。

 

 ジィッドは、もう一度だけ返礼文の最後の一文を見た。

 

 

 

/*/

 

 

 次に白旗を掲げる時、銀月騎士団の名は考慮する。

 

 

/*/

 

 

 

 軽い約束ではない。

 

 だが、何もないより遥かにいい。

 

「よし」

 

 ジィッドはペンを取った。

 

「次はウモスへの返礼の返事だ」

 

 若い騎士が悲鳴を上げた。

 

「まだ書くんですか」

 

「書く」

 

「隊長、もう戦場より書類の方が多くないですか」

 

「俺もそう思う」

 

「騎士団長って嫌だなあ」

 

「だから言っただろ。出世は面倒だ」

 

 ニナリスが淡々と告げる。

 

「ですが、必要です」

 

 ジィッドと若い騎士たちは、同時にため息を吐いた。

 

「軍務ですので」

 

 ニナリスがそう締めると、テントの中にもう一度笑いが起きた。

 

 その笑いの横で、ツラック隊からの返礼は、銀月騎士団の記録箱へ収められた。

 

 派手な戦果ではない。

 

 だが、次に誰かが泥の上で倒れた時、そこから伸びるかもしれない一本の橋だった。

 

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