ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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各軍からの返礼

ノウラン市占領地・野戦陣地・銀月騎士団執務テント

 

 

 ツラック隊からの返礼が届いた翌日。

 

 銀月騎士団の執務テントには、さらに三通の返書が届いていた。

 

 ウモス軍。

 ロッゾ帝国軍。

 ガマッシャーン軍レイスル騎士団。

 

 ジィッドは、三通の封を机の上に並べた。

 

「……返ってくる時はまとめて返ってくるんだな」

 

 冷めた珈琲を横に置き、ペンを持ったまま肩を回す。

 

 ニナリスは端末を開いていた。

 

「各軍とも、ベラ方面会戦の戦後処理記録を整え始めています。こちらの礼状と感謝状が、その記録に組み込まれたものと思われます」

 

「つまり」

 

「返礼も軍務です」

 

「知ってた」

 

 ジィッドはため息をついた。

 

 テントの入口から、若い騎士たちが顔を出す。

 

「隊長、また返事っすか」

 

「今度はどこからです?」

 

「ツラック隊のやつ、教材になるって聞いたんすけど」

 

「入れ」

 

 ジィッドが言うと、数人がぞろぞろ入ってきた。

 

 ラドもいる。

 相変わらずカーバーゲン再貸与待ちの身だが、最近は救護班補助と観測記録でやけに真面目になっていた。

 

「今日は三通だ」

 

 ジィッドは封筒を指で示した。

 

「ウモス軍、ロッゾ帝国、レイスル騎士団」

 

「うわ、並びが重い」

 

「ロッゾ帝国から返事来るんすね」

 

「ナオ団長からも?」

 

「来た」

 

 ジィッドはまず、ウモス軍の封を開いた。

 

 文面は整っていた。

 飾り気は少ない。

 だが、軍務文書としては非常に正確だった。

 

 差出人は、ベルミ・クローゼ総騎士団長。

 

 ジィッドは要所だけ読み上げる。

 

「ベラ方面会戦において、銀月騎士団が南翼映像を継続共有したため、第五大隊の半壊を避けられた。南翼突破発生時、貴隊の追撃抑制と映像共有は、ウモス軍後退線再構築に有用であった」

 

 若い騎士たちは、しばらく黙った。

 

 それから、一人がぽつりと言う。

 

「……これ、戦果なんですか?」

 

「戦果だ」

 

 ジィッドは即答した。

 

「味方を生かした戦果だ。派手じゃないが、次にウモスがこちらの後退路を開けてくれる理由になる」

 

「俺たち、南に行かなかっただけですよ」

 

「行かなかったから、映像を流せた。映像を流したから、ウモス第五大隊は半壊せずに済んだ」

 

 若い騎士は、少し眉を寄せる。

 

「敵を落としてないのに」

 

「敵を落とすだけが戦果じゃない」

 

 ジィッドは机の上を指で叩いた。

 

「南翼の所属不明八騎に飛びついていたら、銀月はそこで消耗した。ウモスへの映像共有も止まった。中央帰還線も薄くなった。結果として、もっと味方が死んだ」

 

 ラドが小さく呟く。

 

「行かなかったことが、戦果になる……」

 

「なる」

 

 ジィッドは頷いた。

 

「特に相手が天位級ならな。手柄に見える敵へ飛びつかないことは、立派な戦果だ」

 

 ニナリスが端末に入力する。

 

「教育資料分類。南翼映像共有および追撃抑制。ウモス軍第五大隊半壊回避に寄与」

 

「教材が増える……」

 

 若手の一人が呻いた。

 

「増えるぞ」

 

 ジィッドは次の封へ手を伸ばした。

 

「次、ロッゾ帝国」

 

 若い騎士たちの姿勢が、少しだけ固くなった。

 

 封の作りが違う。

 紙質も違う。

 文面も違った。

 

 硬い。

 

 高圧的というほどではないが、上から下へ確認しているような文体だった。

 

 ジィッドは目を通し、少しだけ口元を歪めた。

 

「銀月騎士団による識別灯展開は有用であった。中央第一軍の後退秩序維持に一定の寄与を認める」

 

 若い騎士が首を傾げる。

 

「……褒めてるんすか、これ」

 

「褒めてる」

 

「これで?」

 

「ロッゾが“有用”と言ったなら十分だ。帝国はそう簡単に褒めない」

 

 別の騎士が、文面を覗き込んだ。

 

「一定の寄与を認める、ってめちゃくちゃ硬いっすね」

 

「かなり認めてる方だ」

 

「本当に?」

 

「本当だ」

 

 ジィッドは文書を丁寧に畳んだ。

 

「帝国軍は、こちらを軽々しく持ち上げない。特にバッハトマ相手ならなおさらだ。それでも“有用”と書いた。これは、中央第一軍の後退で銀月の識別灯が機能したと、向こうの記録に残るという意味だ」

 

 ラドが言う。

 

「つまり、ロッゾの記録にも銀月の名前が残る」

 

「そうだ」

 

「新聞じゃなくて」

 

「軍務記録にな」

 

 若い騎士たちは、少しずつ意味を飲み込んでいた。

 

 新聞ではない。

 見出しではない。

 だが、軍の記録に残る。

 

 次に同じ戦場で会った時、ロッゾ帝国軍は銀月の識別灯を「有用だったもの」として扱う。

 

 それは、小さなようで大きい。

 

「隊長」

 

「何だ」

 

「これ、俺たちが正面で敵を落とすより価値あるんですか」

 

「場合による」

 

 ジィッドは答えた。

 

「敵を落とすべき場面なら、落とす方が価値がある。だが、ベラのあの場面では、中央第一軍が崩れずに下がることの方が重要だった」

 

「だから、識別灯」

 

「そうだ」

 

「地味ですね」

 

「地味だな」

 

「でも、ロッゾが有用って言った」

 

「そうだ」

 

 若い騎士は、少しだけ笑った。

 

「なんか、地味に嬉しいっすね」

 

「地味に喜んでおけ」

 

 ジィッドは最後の封を手に取った。

 

「次、レイスル騎士団」

 

 空気が少し変わった。

 

 レイスル騎士団。

 ナオ団長。

 

 ベラで、ハプハミトンとドレンノ連邦の崩れた突撃線を守りながら下がった部隊。

 

 ジィッドは封を切り、中身を読む。

 

 そして、少しだけ笑った。

 

「これは……らしいな」

 

「何て書いてあるんですか」

 

 ジィッドは文面を読み上げた。

 

「あの退き道、助かったぜよ。銀月が線を開けてくれんかったら、ドレンノの二騎は置いていくしかなかった」

 

 若い騎士たちは、黙った。

 

 さっきまでのように「褒めてるんすか」とは言わなかった。

 

 その言葉は、分かりやすかった。

 

 ドレンノの二騎は置いていくしかなかった。

 

 つまり、自分たちが退路を広げたことで、二騎が帰った。

 

 そこには、騎士がいる。

 ファティマがいる。

 整備兵がいる。

 帰る場所がある。

 

 ラドが、低く言った。

 

「俺たちが退路を広げたから、置いていかれずに済んだ……」

 

「そうだ」

 

「敵を落としたわけじゃないのに」

 

「味方を置いていかなかった」

 

 ジィッドは言った。

 

「それも戦果だ」

 

 若い騎士たちは、文面を見つめる。

 

 ナオ団長の返礼は、硬くない。

 むしろ軽い。

 だが、軽い言葉の奥にあるものが重かった。

 

 あの退き道、助かった。

 

 それだけで、十分だった。

 

 若い騎士の一人が、ぽつりと言った。

 

「隊長」

 

「何だ」

 

「俺、あの時、正体不明機の方を見てました」

 

「知ってる」

 

「行きたいと思ってました」

 

「知ってる」

 

「でも、退路を開けって言われて、正直、ちょっと嫌でした」

 

「知ってる」

 

「……でも、二騎帰ったんですね」

 

「帰った」

 

 若い騎士は、深く息を吐いた。

 

「なら、よかったです」

 

 テントの中が静かになる。

 

 ジィッドは三通の返礼を並べた。

 

「見ろ」

 

 若い騎士たちは、机を見る。

 

「ウモスは、南翼映像で第五大隊の半壊を避けられたと書いた。ロッゾは、銀月の識別灯展開を有用と認めた。レイスルは、退き道があったからドレンノの二騎を置いていかずに済んだと書いた」

 

 ジィッドは、指で一枚ずつ叩く。

 

「敵を何騎落としたかは、ここには書かれていない」

 

 誰も言わない。

 

「だが、これは全部、銀月の戦果だ」

 

 若い騎士たちは黙っていた。

 

 以前なら、不満を言ったかもしれない。

 

 記事にならない。

 撃墜数じゃない。

 地味すぎる。

 

 だが、今は違った。

 

 ウモス第五大隊の半壊を避けた。

 ロッゾ中央第一軍の後退秩序を支えた。

 レイスルがドレンノの二騎を置いていかずに済んだ。

 

 どれも、誰かが生きて帰った話だった。

 

 ジィッドは静かに言った。

 

「戦場で信用される騎士団は、こういう記録で作られる」

 

 若い騎士が、小さく頷く。

 

「新聞じゃなくて」

 

「新聞じゃなくて」

 

「軍務記録に」

 

「そうだ」

 

 ニナリスが端末に入力する。

 

「教育資料分類。各軍返礼比較。ウモス軍、実務評価。ロッゾ帝国、機能評価。レイスル騎士団、撤退支援評価」

 

「ニナリスさん、また授業ですか」

 

「はい」

 

「内容、難しくなってません?」

 

「成長に応じて教材も高度化します」

 

「うへぇ」

 

 整備班長が横から言う。

 

「いいじゃないですか。戦場で生き残るための授業ですよ」

 

「整備班長まで……」

 

「あなたたちが勝手に突撃して壊したカーバーゲンを直すより、授業で止まってくれる方が助かります」

 

「返す言葉もない」

 

 ジィッドは少し笑った。

 

「よし。三通とも写しを作る。隊内教育資料に入れる。原本は記録箱へ」

 

「了解しました」

 

 ニナリスが返礼を受け取る。

 

 ラドが、そのうちの一通――レイスルの文面をもう一度見た。

 

「あの退き道、助かったぜよ……」

 

 彼は小さく呟いた。

 

「隊長」

 

「何だ」

 

「俺、次にカーバーゲンに戻れたら、敵を落とす前に退き道を見ます」

 

 ジィッドは、少しだけ目を細めた。

 

「そうしろ」

 

「はい」

 

「ただし、戻れるかはティリカと再審査次第だ」

 

「分かってます」

 

 ラドは苦笑した。

 

「前より、少しだけ分かってます」

 

 ニナリスが端末に入力する。

 

「ラド・ベイカー様、撤退支援評価への理解進展」

 

「それも記録ですか」

 

「はい」

 

「もう諦めました」

 

「良い傾向です」

 

 テントの中に、静かな笑いが広がった。

 

 ジィッドは、三通の返礼を見た。

 

 ウモス。

 ロッゾ。

 レイスル。

 

 それぞれ文体も、温度も、評価の仕方も違う。

 

 だが、どれも銀月を記録していた。

 

 敵首を取った騎士団としてではない。

 突撃で名を上げた部隊としてでもない。

 

 帰還線を守った部隊として。

 

 ジィッドは、小さく息を吐いた。

 

「……悪くない」

 

 ニナリスが聞く。

 

「記録しますか」

 

「しなくていい」

 

「記録します」

 

「聞いた意味は?」

 

「確認です」

 

 ジィッドは苦笑し、冷めた珈琲を飲んだ。

 

 苦い。

 

 だが、悪くなかった。

 

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