ちゃんと軍人教育受けてるジィッドくん   作:ぶーく・ぶくぶく

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礼状も停止訓練

ノウラン市占領地・銀月騎士団執務テント

 

 

 

 戦場の後始末は、紙の上で続く。

 

 ジィッドは、三通目の礼状を書き終えたところで、ペンを置いた。

 

 ツラック隊への返礼。

 ウモス軍への協力感謝。

 ロッゾ帝国への識別灯運用記録確認。

 レイスル騎士団ナオ団長への撤退支援感謝。

 ハプハミトンとドレンノ連邦への損傷騎回収連携確認。

 

 戦場では一瞬で命令を出せる。

 

 だが、礼状は違う。

 

 一行ごとに止まる。

 一語ごとに迷う。

 相手を立てすぎても媚びになる。

 軽く書けば無礼になる。

 事実を削れば記録にならない。

 事実を書きすぎれば、相手の面子を潰す。

 

「……デムザンバラのピーク制御より難しくないか、これ」

 

 ジィッドがぼやくと、隣で文面を確認していたニナリスが顔を上げた。

 

「方向性は同じです」

 

「同じか?」

 

「はい。出したい言葉を出しすぎない。軽く見せすぎない。踏み込みすぎない」

 

 ジィッドは黙った。

 

 ニナリスは端末に赤字を入れる。

 

「この文面では、相手の行為を“当然”として扱っています」

 

「当然じゃないのか。戦時協定を守ったんだぞ」

 

「当然であっても、礼状では当然として書いてはいけません」

 

「難しいな」

 

「軍務ですので」

 

「最近それで全部押し切ってないか」

 

「有効です」

 

 ジィッドは額を押さえた。

 

 ニナリスは淡々と続ける。

 

「こちらです。『貴隊が負傷者を適切に返還したことを確認する』では、確認書としては成立しますが、礼状としては温度が低すぎます」

 

「敵対中の部隊に温度を上げすぎるのも変だろ」

 

「上げすぎる必要はありません。ですが、相手が戦場で守った線を、こちらが理解していると伝える必要があります」

 

「つまり?」

 

「『貴隊が戦時協定を遵守し、負傷騎士およびファティマの身柄を適切に保護・返還されたことに対し、銀月騎士団として謝意を表します』が適切です」

 

「硬い」

 

「必要です」

 

「硬いが、確かに失礼ではない」

 

「はい」

 

 ジィッドはペンを取り、文面を書き直した。

 

 だが、すぐにニナリスの指が止まる。

 

「マスター、そこは『返還してくれた』ではなく『返還された』です」

 

「敵に敬語か」

 

「礼状ですので」

 

「……はい」

 

 若い騎士がテントの端で震えていた。

 

 資料を持ってきただけのはずが、いつの間にか礼状添削講座を聞かされている。

 

「ジィッドさん、これ、俺らも覚えるんすか」

 

「覚えろ」

 

「俺、騎士なんですけど」

 

「騎士だから覚えろ」

 

「またそれだ」

 

 ジィッドは書きながら言った。

 

「戦場で止まれない奴は死ぬ。礼状で踏み込みすぎる奴は、次の白旗を通しづらくする。どっちも同じだ」

 

 若い騎士は顔をしかめた。

 

「礼状で死ぬんすか」

 

「礼状では死なない。だが、礼を失った記録は次の戦場で返ってくる」

 

 ニナリスが静かに補足する。

 

「不適切な文面により相手部隊の協力意思が低下した場合、救護交換、擱座騎回収、ファティマ返還交渉に悪影響が出る可能性があります」

 

「礼状、怖……」

 

「怖くていい」

 

 ジィッドはうなずいた。

 

「怖くない奴は、文章でも戦場でも余計に踏み込む」

 

 ニナリスが次の文面を示す。

 

「こちらも修正が必要です」

 

「まだあるのか」

 

「はい。『貴隊の撤退支援により、友軍損傷騎の回収が円滑に進んだ』では、レイスル騎士団ナオ団長様の判断を事務処理のように扱っています」

 

「実務的にはそうだろ」

 

「実務的にそうであっても、礼状ではそう書いてはいけません」

 

「またそれか」

 

「はい」

 

「じゃあどう書く」

 

「『貴隊ナオ団長様の迅速な撤退支援判断により、ハプハミトンおよびドレンノ連邦所属損傷騎の帰還線が維持されました。銀月騎士団は、当該判断と貴隊の統制に深く敬意を表します』」

 

 ジィッドは、少しだけ目を細めた。

 

「……相手の判断に敬意を置くのか」

 

「はい。結果だけではなく、判断を評価する文面です」

 

「なるほどな」

 

 ジィッドは素直に書き直した。

 

 若い騎士が小声で言う。

 

「ニナリスさん、礼法つよ……」

 

 ジィッドも苦笑した。

 

「流石はVVS1だ。礼法は教えられっぱなしだな」

 

 ニナリスは、ほんのわずかに目を伏せた。

 

「マスター。私は礼法そのものにおいて特別な銘入りファティマではありません」

 

「それでこれか」

 

「文書運用と相手方行動評価の整合性を見ているだけです」

 

「それを礼法って言うんだよ」

 

「そうでしょうか」

 

「少なくとも俺にはそう見える」

 

 ニナリスは少しだけ間を置いた。

 

「では、ジィッド様には継続訓練が必要です」

 

「褒められた流れじゃなかったのか」

 

「評価と訓練必要性は両立します」

 

「厳しいな、VVS1」

 

「軍務ですので」

 

 テントの端の若い騎士が、ぼそっと言った。

 

「隊長、デムザンバラだけじゃなくて文章も出力制限されてる……」

 

 ジィッドはペンを止めずに言った。

 

「聞こえてるぞ」

 

「すみません」

 

「だが、間違ってない」

 

 彼は書き直した文面を見た。

 

 出したい感情を抑える。

 相手を軽く見せない。

 自分の功を盛らない。

 相手の面子を潰さない。

 しかし、必要な事実は残す。

 

 止まる。

 

 礼状も、確かに停止訓練だった。

 

「……礼状も停止訓練か」

 

「はい」

 

 ニナリスは即答した。

 

「マスターは、戦場ではだいぶ止まれるようになりました。文面でも同様にお願いします」

 

「戦場の方が楽だった気がしてきた」

 

「慣れです」

 

「慣れたくないな」

 

「必要です」

 

 ジィッドはため息を吐き、次の紙を引き寄せた。

 

「次はどこだ」

 

「ハプハミトン宛てです。損傷騎回収時、銀月の識別灯に従っていただいたことへの感謝と、救護動線維持への協力確認です」

 

「長い」

 

「必要です」

 

「分かった。まず草案を書く。止めるところで止めてくれ」

 

「承知しました」

 

 若い騎士が、逃げるように資料を置いていく。

 

「俺、整備班長に呼ばれてるんで」

 

「待て」

 

「はい」

 

「午後の座学、お前も出ろ。題目は礼状と戦場信用だ」

 

「うへぇ……」

 

「逃げたら白旗担ぎだ」

 

「出ます」

 

 若い騎士は肩を落として出ていった。

 

 テントに、ジィッドとニナリスだけが残る。

 

 外では、カーバーゲンの足回りを洗う水音がしていた。

 

 ジィッドは新しい紙に向かい、少しだけ笑った。

 

「ニナリス」

 

「はい、マスター」

 

「俺は剣聖騎を鈍らせて、礼状で自分を鈍らせて、部下には止まれと言っている。ずいぶん地味な騎士団長になったな」

 

「地味ではありません」

 

「そうか?」

 

「帰還線を維持し、白旗を守り、礼を返せる騎士団長は貴重です」

 

 ジィッドはペンを止めた。

 

「……それは褒めているのか」

 

「評価です」

 

「デコーズ隊長みたいな言い方をする」

 

「不適切でしたか」

 

「いや」

 

 ジィッドは少し笑って、また紙に向かった。

 

「悪くない」

 

 ニナリスはその横で、赤入れ用の端末を静かに構える。

 

 戦場では、デムザンバラのピークを踏ませない。

 執務テントでは、ジィッドの文面を踏み込ませない。

 

 どちらも、銀月騎士団を次の戦場から帰すための制御だった。

 

 

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