ベラ方面会戦後
AP騎士団の後送拠点にも、礼状は届いていた。
封はバッハトマ式。
差出は銀月騎士団。
署名は、ジョー・ジィッド・マトリア。
前線の仮設幕舎で、それを読んでいた古参騎士は、しばらく黙っていた。
周囲では負傷騎士の処置が続いている。
ファティマ用の簡易調整架も置かれていた。
泥を落とされたバーガ・ハリの部品が、整備兵の手で静かに確認されている。
戦場は終わった。
だが、戦の後始末はまだ終わっていない。
若いAP騎士が、古参の手元を覗き込んだ。
「バッハトマからですか」
「ああ」
「抗議文ですか?」
「礼状だ」
若い騎士は、少し意外そうな顔をした。
「礼状?」
「銀月騎士団からだ。ベラ方面会戦後、負傷騎士とファティマの返還、白旗下での救護線維持、擱座騎に手を付けなかったことへの確認と謝意だそうだ」
「……敵ですよね」
「敵だ」
古参騎士は、文面から目を離さずに答えた。
文は硬かった。
媚びていない。
情に流されていない。
だが、こちらの行為を軽くも扱っていない。
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貴騎士団および関係部隊が、白旗掲揚下において負傷騎士ならびにファティマの身柄を適切に保護・返還されたことを確認する。
銀月騎士団は、当該戦時協定遵守に対し謝意を表する。
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古参騎士は、そこで小さく鼻を鳴らした。
「バッハトマにも、こういう文を書く騎士団がいるのか」
若い騎士は眉を寄せる。
「褒めているんですか」
「感心している」
「同じことでは」
「違う」
古参騎士は紙を折らず、机に広げたまま言った。
「これは、ただの礼儀ではない。記録を残しに来ている」
「記録?」
「そうだ。銀月騎士団は、こちらが白旗を撃たなかったことを記録した。こちらが負傷ファティマを戦利品扱いしなかったことも記録した。そのうえで、自分たちも敵の擱座機を漁らず、負傷者を返したと示している」
若い騎士は、少し考えた。
「つまり、次も同じように扱え、という圧ですか」
「半分はそうだ」
「半分は?」
「自分たちも同じ線を守る、という宣言だ」
古参騎士は、礼状の署名を指で叩いた。
「ジョー・ジィッド・マトリア。若いが、戦場の後を見ている」
「バッハトマの若い騎士団長でしょう。剣聖騎の成れの果てに乗っているとか」
「そうだ。デムザンバラだったか」
「敵の戦力です」
「敵の戦力だ」
古参騎士は、そこで初めて若い騎士を見た。
「だが、白旗を撃たない敵だ。擱座したGTMを戦利品扱いしない敵だ。覚えておけ」
若い騎士は、黙った。
古参騎士の声は低かった。
「次に泥の中で会った時、そういう敵は殺し方を選ぶ」
「殺し方、ですか」
「ああ」
古参騎士は当然のように言った。
「戦場で手加減しろという意味ではない。敵なら斬る。こちらの騎士を殺しに来るなら、こちらも殺す。だが、倒した後に辱める必要はない。ファティマを奪って遊ぶ必要もない。白旗の下で撃つ必要もない」
若い騎士は、小さく息を呑んだ。
「敵に情けをかけるんですか」
「違う」
古参騎士は即座に切った。
「筋を通す敵には、こちらも筋を通す。それだけだ」
幕舎の外で、負傷ファティマが一人、調整架へ運ばれていった。
敵側から返された者だった。
泥は落とされ、応急処置も施されていた。
若い騎士は、その姿を見た。
「……銀月が返したファティマですか」
「そうだ」
「乱暴に扱われていない」
「だから、この文が来た」
古参騎士は言った。
「礼には礼で返す。敵でもな」
「敵に好かれる必要はない、ということですか」
「好かれるなど気持ち悪いことを言うな」
古参騎士は少しだけ顔をしかめた。
「敵に好かれる必要はない。だが、敵として信用されることはある」
若い騎士は、その言葉を繰り返すように黙った。
敵として信用される。
それは奇妙な響きだった。
味方ではない。
友ではない。
次の戦場では殺し合う。
だが、白旗の下では撃たない。
擱座したファティマを辱めない。
負傷騎士を見世物にしない。
その程度の信用。
その程度だからこそ、重い。
古参騎士は、礼状を丁寧に折った。
「この写しを記録へ入れろ」
「はい」
「それと救護班へ回せ。次に銀月騎士団の白旗が見えた時、軽率に撃つな、と」
「撃つ者がいるでしょうか」
「若い騎士は、熱くなると何でもやる」
若い騎士は反論しかけて、やめた。
自分にも覚えがあった。
「それから、整備班にも伝えろ。銀月の擱座騎を見つけても、白旗下なら漁るな。ファティマがいるなら、救護手順を優先しろ」
「敵機でも」
「敵機でもだ」
古参騎士は言った。
「その代わり、戦場で動いているなら遠慮なく落とせ。そこを混ぜるな」
「はい」
若い騎士は礼状を受け取り、ふと尋ねた。
「このジィッドという騎士団長、厄介ですね」
「厄介だな」
古参騎士は短く笑った。
「大将首を狙ってこない。擱座機を漁らない。白旗を守る。味方を帰す。そういう騎士団は、派手ではないが崩しにくい」
「強い、ということですか」
「まだ若い」
「では」
「強くなりかけている」
古参騎士は、幕舎の外を見た。
遠くに、泥をかぶったベラ方面の空が見える。
「ああいう連中は、こちらが一度雑に扱えば、次から同じ線を守らなくなる。だから、今のうちは筋で縛っておく」
「こちらも礼状を返しますか」
「返す」
「敵に?」
「敵にだ」
古参騎士は、当然のように言った。
「こちらも、銀月騎士団が戦時協定を守ったことを確認した、と返す。白旗下での救護線を尊重した、と残す。次に我々の騎士が泥に倒れた時、その一文が効くかもしれん」
若い騎士は、ようやく少しだけ理解した顔になった。
「礼状も、戦場の装備なんですね」
古参騎士は目を細めた。
「誰の言葉だ」
「今、思いました」
「悪くない」
若い騎士は少しだけ背筋を伸ばした。
「返礼、起案します」
「文面は軽くするな」
「はい」
「相手を褒めすぎるな」
「はい」
「だが、相手が守った筋は軽く扱うな」
「……難しいですね」
「戦場より難しい時がある」
古参騎士は、そう言って席を立った。
「覚えておけ。敵を斬るだけなら腕が要る。敵と次の白旗を通すには、筋が要る」
若いAP騎士は、銀月騎士団からの礼状をもう一度見た。
バッハトマ。
敵。
次に会えば殺し合う相手。
だが、白旗を撃たない敵。
そう記録された。
それは好意ではない。
友情でもない。
和解でもない。
敵として信用する。
その細い橋が、泥の戦場の上に一本だけ架かった。